月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第14話 『しがらみ』

 

 合気道県大会。中等部

 シンペイは、団体・個人の両方に出ている。

 紫織、ヨウコ、ミナ、クミコ、ケイが試合会場を見守る。

 冗談のようだがシンペイは両親にも教えていないらしい。

 親不孝なやつと思うが既に大会は、始まっている。

 県に八つの道場があって選抜チームがぶつかっている。

 シンペイの合気道は、独特の立ち回りで違和感があった。

 団体戦では、中堅。順調に勝ち抜いている。

 「・・・はい。そうです・・・・五時までに・・終わるそうです。はい」 紫織は、電話していた。

 「はぁ〜」 紫織は、携帯を切って、ため息。

 「来るって?」 ヨウコ

 「うん。おばさんが来るみたい。前もって分かっていたら、おじさんも来たのにって・・」

 「なんか、無口というレベルを超えてない」 ミナ

 「たぶん。シンペイちゃんより、わたしの方が、おばさんやおじさんと話しているけど」

 「まあ、良し悪しかな」 ヨウコ。ムフ♪

 ヨウコは、ケイコが知らないことを喜んでいる。

 「・・・公正じゃないような気もするけど」

 「公正じゃないわよ。沢木のやつ。美人なら美人らしく、もっと良い男と付き合いなさいよ」

 「庶民の男に手を出すなんて。ざけんな!」

 「「ははは」」 紫織、ケイ

 「鎌ヨ。相当、焦っているわね」 クミコ

 「沢木が相手じゃね・・・鎌ヨ、胸以外は凡庸過ぎるもの。同情する」 ミナ

 「あ、あのね。先に告白したのはシンペイ君なんだからね」

 「あの頃と状況が違うでしょう。ほら、あそこの女の選手がシンペイ君を見てるよ」

 「んん・・シンペイ君・・雰囲気が合気道と少し違うから目立つのよね」

 「ヨウコは、出ないの?」 ケイ

 「わたしは、強くないの」 ムッ!

 「シンペイ君のは、柔道とか、空手に近いの?」 ミナ

 「・・・太極拳の方に近いって、先輩が言ってた」

 「へえ、どう違うの?」 ケイ

 「良くわからないけど、シンペイ君の性格的な気質にあるみたい」

 「合気道は、日本古来の武術を総合したものだけど」

 「シンペイ君は中国拳法と融合して体系化する適性があるみたいな話しを師範がしていたけど」

 「ふ〜ん」 紫織

 「ほら、動きが曲線に近いでしょう」

 「そう?」 ミナ

 「合気道も曲線的な動きはあるけど。シンペイ君は、もっと体全体で曲線になるの」

 「そういう、バランス感覚というか、重心移動が巧妙なのよね」

 「だから3ヶ月で代表に選出されたんだけどね」

 「へえ〜」 クミコ

 「あ、勝った♪」 紫織

 シンペイが関節技を極める。

 「きゃー! すご〜い。かっこいい」 クミコ、拍手

 「手を出すな」

 「ステキ〜! シンペイく〜ん」 ケイ、叫ぶ

 「手を出すな」

 「鎌ヨ〜 応援しているだけだって」 クミコ

 シンペイは、団体でも、個人でも、順調に勝ち進む。

 午後になって、カオリおばさんが来る。

 携帯で座席を知らせる。

 「シンペイ。親に内緒で何やってんのかしら」 カオリ。ムッ。

 「きっと県大会だからよ。全国大会だったら呼ぶと思うよ」 紫織。なだめる

 「だからって親に何も言わないで、こういう大会に出るのって人情に反するでしょ そう思わない?」

 カオリがビデオカメラを撮る

 「今に始まったことじゃないし、ただ無口なだけよ。鎌ヨだって、最初、知らなかったんだから」

 「カメハメ波は、やったの?」

 「それらしい技で一人倒したけど」 クミコ

 「えっ! 光線が出たの?」

 「い、いえ、直接、両手の掌を相手に突き出して」

 「そうよね・・・鉛筆倒す程度じゃね〜」

 「鉛筆倒したって?」 紫織

 「一メートルくらい離れたところから鉛筆を倒したの見たけど」

 「?」 紫織、ミナ、クミコ、ヨウコ、ケイ

 「わたしなら自分で行って、直接、指で弾くわよ。毎日練習して、その程度なら馬鹿らしいでしょう」

 「?」 紫織、ミナ、クミコ、ヨウコ、ケイ

 「ねえ、いつ出るの? シンペイ」

 「あ・・・終わったから次の次」 紫織

 「残念」

 しかし、最初にビデオに撮られたのは勝ったところでなく、負けたところだった。

 その後、個人戦で四回ほど勝ってシンペイの合気道県大会は終わる。

 シンペイはカオリおばさんからネチネチとなにやら言われる。

 「やっぱり県大会になるとレベルが高いわね」 ヨウコ

 「鎌ヨ。次は出られそう?」 紫織

 「無理よ。けっこう、層も厚いから」

 「胸が邪魔で〜」 ミナ

 「おい!」 ヨウコ。ゲンコツ

 「なんか、見直しちゃった。シンペイ君」 ケイ

 「ケイ! “シンペイ君” って、いうな!」 ヨウコ。ゲンコツ

  

 

 こもれび商店街組合会議。

 奈河駅ビル再開発で大いに割れてしまう。

 個々の店の力量と駅向こうのライバル店との力関係など。

 相対的なもので店主によって意見が違う、

 東口商店街は、テーマパーク型への改装で貯蓄の多くを使うはずだった。

 そして、駅ビル自体の再開発で奈河市の財政も大規模な赤字になる。

 紫織は、時間的な余裕があることや大型マンション建設もあることから、

 全通立体交差でも大きな損失がないと説明する。

 さらに北奉銀行も市全体の資産価値が上がれば、こもれび商店街の利益につながると説明。

 そして、既に済んでしまったことなのか、

 次第に東口のテーマパーク型改装が問題視されるようになっていた。

 ところが、肝心要の角浦紫織は、東口商店街の模倣に無頓着。

 結局。

 “もっと良いものを作られるよりは同じもので良い”

 という、紫織の意見に落ち着いてしまう。

 東口商店街が新機軸で、未知のものに挑戦する気概が無ければ単純に真似される方が良かった。

 追い詰めて、やぶ蛇を突付くより好都合。

  

  

 数日後

 東口商店街の代表の吉野コウキチと数人が、こもれび商店街を訪れる。

 東口商店街改装に関しての説明だった。

 こもれび組合会議で紫織の

 “もっと良いものを作られるより同じもので良い” という意見が効いていたのか。

 テーマパーク型商店街で先輩格にあるという自負心があるためか。

 対応は、暖かくも無く、冷たくも無く

 “発案者が良いのなら、どうぞご勝手に” という素っ気ないものだった。

 そして、紫織の店に東口の代表数人が来て、

 東口の “木と花” テーマパーク型商店街改装の了解を得ようと平身低頭。

 発案者に駄目といわれたら万事休す。

 そういうわけでカウンターの上に現物や福引券の貢物が載る。

 そして、どうしても了承を得たい東口商店街代表は、駅ビルの全通型立体交差への計画変更に賛成すると伝える。

 どちらかと言うと比較的、余裕のある東口の方が駅ビルの全通型立体交差への計画変更に賛成の者が多かった。

 紫織は、特に気にすることもなく了承。

 ついでに東口が商店街の公称も公募しているという話しに。

 紫織は、切れ端に “せせらぎ” 商店街と書いて、

 東口商店街の代表に手渡し、公募に募集する。

 東口の代表は、面白げにその切れ端を見た後。

 これに決まったら 「20万円です」 と行って、帰って行く。

   

 その後

 奈河市の駅ビル再開発や東口商店街の改装は、南興系と北奉系の企業群の干渉で揺れ動く。

 未成年の角浦紫織と関係ないところで駆け引きが渦巻き、

 彼女自身は中学生で、それほど目立つ容姿でもなかったものの、

 いつの間にか、こもれび商店街で有力な店主になっていた。

 それでいて権利も、義務も、制限される未成年の立場を不便ながら利用する。

 大型古本屋チェーン店の3分の1程度の床面積で売り上げは順調だった。

  

  

 『んんん・・・・んんん・・・未成年から税金取るな・・・』

 紫織は、事業税、所得税など税金に関する古本を見ながらブツブツぼやく。

 前年度は、分けが分からず法定代理人が税理士に頼んで申告。

 今年は、最新の税金の古本を見ていた。

 『んんん・・・バカ官僚が、わけのわからない文書で人を煙に巻きやがって』

 『誰に金貰って、こんな陰険な税制にしたわけ・・・』

 紫織は自らの国語力を棚に上げてぼやく。

 紫織は、レシートを整理しつつ、

 眉間に皺を寄せながら経費に出来る分と、そうでない分に分けていく。

 『・・・だいたい。東大出とか、有名大学を出て頭が良くたって利己中ばかりよ』

 『自分の利益とか、出世しか考えていない人間が人のためになる決まりごとを作れるわけ無いじゃないの』

 紫織は、同じ文書を何回読んでも良く分からず、

 パソコンの辞書機能で翻訳、さらに読む。

 そして、キレそうになる。

 『・・・何で普通の言葉で書かないのよ。このバカが!』

 税金の本を投げて学校の本を勉強する。

 来年の二月まで先延ばしすることに決めた瞬間だった。

 もう一度、税理士にやってもらうか。

 自分で、もう一度、勉強しなおすか。

 結論 “この本は駄目ね”

   

 窓から見る商店街の通りは、なかなか、ステキだった。

 レーザー光によるショーで桜の木と花壇が妖しく照らされる。

 このレーザー光による、ショーも紫織の提案だった。

 お陰で夜になると若者が増える。

 組合からの要請で古本屋も夜遅くまで開けることになっていた。

 お陰でアルバイトを雇うことになったものの利益は上がっている。

 足立クミコと白根ケイは、大画面を相手にテレビゲーム。

 30分ほど宿題をすると集中力に欠けた紫織が一階に降りる。

 学校のテスト勉強も追い込みで、

 店内備え付けのテーブルでケイコがシンペイに勉強を教えている。

 こうなるとヨウコは、出る幕がない。

 トップクラスにいるケイコやチアキと違って、

 シンペイより上というだけで教えられるわけがなかった。

 紫織は、缶コーヒーを買うと二人の前に置く。

 「へぇ〜 シンペイちゃん。学校の外でマンガ以外のもの読んでいるなんて初めてじゃない」

 「・・・うん・・・」

 がくっ! 紫織とケイコは思いっきり、ずっこける

 「・・・沢木さん。このバカと本当に付き合う気。人生捨るわけ?」

 「これから、がんばればいいよ。シンペイ君」

 「・・・・美人のくせに、けなげ」

 「美人差別反対」

 「でも、良く勉強に引っ張り出されたね。シンペイちゃん」

 「・・・親が、教えてもらえって」

 「シンペイ君。今度、合気道の道場を見に行って良い?」

 「うん」

 「もう・・・酷い話し、シンペイ君が合気道やっているの、誰も教えてくれなかったなんて」

 「い、いつ、知ったの?」

 「シンペイ君の家で県大会のビデオの見てね」

 「おばさんも、かなり怒っていたけど・・・わたしも、世の中の厳しさを知ったわ」

 「・・・わ、わたしも県大会の事知ったの、ギリギリだったし」

 「ほら、この世のシガラミがあってね・・」 ごまかす

 「これから、もっと積極的にいこうかしら」

 「そ、そうよ、やっぱり当人同士の関係だし。缶コーヒー飲んで。飲んで」

 「紫織ちゃんの勉強は、進んでる?」

 「・・・わ、わたしは・・・・は、はは、ははは・・・・」

 「今日は、白根ケイが泊まっているんだっけ」

 「足立クミコもテレビゲームしてる」

 「あの二人は、塾に行っているんでしょう」

 「紫織ちゃんも、がんばろうね」

 「D組が、本気になっているの気付いたみたい」

 「他のクラスも “D組に負けるな!” で、固まってきているみたい」

 「うっそお・・・・」

 「点数、低かったら、中山さんになんて言われるかな〜」

 「うっ 勉強してこよう」

 「がんばってね〜」

 「シンペイちゃん。終わったら、ちゃんと沢木さんを家まで送ってあげないと駄目よ」

 「うん」

 「きゃー! シンペイ君。ありがとう・・・意外と良い人ね、紫織ちゃん」

 「・・・・しょうがないもの」

 紫織は、暗くなっている外を見る。

 「次の県大会には呼んでね。シンペイ君」

 「本当よ。シンペイちゃん」

 「最悪でも親と自分を好いてくれる人には教えた方が良いよ」

 「じゃないと、死ぬまで言われるからね」

 「うん」

 紫織にとっての淀中学校は、片手間のようなものだ。

 古本屋が上手くいかなければ、即、食いっぱぐれ。

 どうしても、意識の七割以上は、古本屋の経営に意識がいく。

  

 しばらくすると、南興系銀行のこもれび商店街の担当者が来る。

 40代で大人しそうな人だった。

 営業部長 白井カズオ

 「・・・角浦さん」

 「白井さん。ご無沙汰してます」

 「少し、お時間をいただけませんか?」

 「構いませんけど。未成年なので期待に応えられないかもしれませんよ」

 「ええ、その辺は存じておりますから」

 紫織は、缶コーヒーを二本買うとカウンター奥のテーブルに案内する。

 「どうもすみません。これ、実家から送ってきたものですけど沖縄のお菓子です」

 「どうも、ありがとうございます」

 「こもれび商店街は和みますね。この景観は素晴らしい」

 白井カズオ、にこやか。

 景観は良かったが通りを歩く若者たちで、イメージを上げることに失敗している。

 「単刀直入に言ってもらえた方が助かるんですよ。テスト勉強があるので」

 紫織が、なんとなく沢木ケイコの格調高そうな雰囲気を出しながら話す。

 「あ・・・そうですね・・・」

 白井カズオは設計図のようなものを封筒から出して広げた。

 「全通型立体交差の奈河駅ビルの設計図です」

 「費用対効果の関係で、こちらが選択されるかどうか」

 「まだ分かりませんが設計図だけなら安いものですからね」

 「それで・・・」

 「この、設計図の感想だけでも聞かせていただければと思いまして」

 「ここから東口にいけるのね」 紫織が指差す

 「ええ、全高4メートルの自動車道トンネルもあるので製造業側も受けがいいと思います」

 「良いと思います」

 「そうですか、良かった。まだ、青写真なので」

 「もし、全通型立体交差の駅ビルになるなら、この設計図を基本に使います」

 「本当のところは、どちらのビルになるんですか?」

 「・・・私個人とすれば全通型立体交差の駅ビルの方が市民権を受けられて良いのですが・・・」

 「なにぶん、駅周辺は利害が入り乱れているので・・・」

 「最初から全通型立体交差の駅にしないのは、南興系企業にどういう利益があったの?」

 「以前は、利害関係の絡みで地下商店への集客を目的としていましたから」

 「あと、市の財政を計算して単純に予算内で設計しただけ、と聞いていますよ」

 「JRは、駅ビルの建設費の回収もあって費用対効果ですよ」

 「予算で最大級の床面積を狙っただけです。回収が早いですから」

 「そう・・・・・」

 紫織は、南興系が南奈河町と北奈河町の客層を駅ビルで南北に分断、

 有利な利益誘導で切り崩すつもりだと思っている。

 「予算一割り増しで駅ビルを一階分減らしての再設計ですから」

 「駅ビル自体の資産価値は落ちますが市全体の流通、物流にとっては利益が大きいはずです」

 「駅ビルより、周辺の商店街の方が魅力ある存在になるでしょうね」

 「助かります」

 「もし。全通型立体交差の駅ビルになると駅ビルの床面積が減り」

 「資産価値が下がって回収が遅れるのは確かです」

 「リスク軽減のために北奉系と共同出資になりそうです」

 「駅ビルばかりを一人勝ちさせてしまうの面白くないもの」

 「駅ビルの賃貸金額が跳ね上がって資金に余裕のある店舗しか入らないでしょうし」

 「駅ビル経営は困難になるでしょうね」

 「店を潰して資産を巻き上げるようなハイエナ経営じゃなくて」

 「店を育てるような養殖経営をしたらどうです」

 「そうですねぇ 角浦さんが西口商店街にいなかったら」

 「今頃、南興系銀行の大規模再開発でテナントビルが建設されていたところですよ」

 「床面積は、いまのこもれび商店街の床面積を合わせたものの15倍」

 「就業人数は10倍。収益は年間140億で79倍以上・・・」

 「そお、素敵なテナントビルを見れなくて、ざんねん」

 「まあ、当初の計画変更は良くあることなので珍しくはありませんから」

 「ベストでなくて、ベターでも良いですよ」

 「お陰で前任者に代わって、わたしが出世できましたから」

 「おめでとうございます。部長さん」

 紫織が名刺を見て言った。

 「いえいえ、テナントビルやデパートも潰れているでしょう。獲らぬ狸の皮算用ですからね」

 「しばらくは、地道にやっていこうと思っていますよ」

 「ノルマは?」

 「まあ、上の方は、奈河市で目標をどうするか、もめている段階ですから。しばらくは大丈夫です」

 「銀行も大変ね」

 「本当ですよ。行員と行員の家族を養うのは利息だけじゃ足りませんからね」

 「利益を上げないと出来ないことですからね」

 「わたしは、独り者だから気が楽だけど」

 「一般的な、中学生に比べたら、大変だと思いますよ」

 「テスト勉強が無ければね」

 「あ、これは失礼しました。じゃ 今日は、この辺で・・・」

 白井カズオは帰って行く。

   

 南興系も、北奉系も、不毛な勢力争いをするよりリスク回避策に向かおうとしている。

 共同で奈河市駅周辺の再開発を行う動きもあるらしい。

 紫織にすれば駅ビルだけが一人勝ちするのは面白くなく。

 客の流れを既得権で分けられるより、公平で自由にして欲しいだけだった。

 お土産の沖縄のお菓子を開け、アルバイトとシンペイとケイコに分ける。

 商店街の歩道は、一定の間隔ごと桜の木が植えられ、

 赤青黄緑のレーザー光がランダムに辺りを照射していた。

 カップルや若者は、ぼんやりと木陰でたたずむか、花壇の縁に座っている。

 不良らしい数人もいて警察も時折、巡回している。

 北奉銀行の後押しで進出した本屋は、床面積で同程度、客も入っている。

 こっちで立ち読みして、面白ければ本屋で買う者もいる。

 逆に、それほど面白くなければ新古本が出るまで待ち、古本屋で買えばいい。

 同程度の床面積の本屋なら怖くない。

 新刊でずらりと揃った定価の本屋。

 新古本や古本で不揃いの安い古本屋。

 どちらも長短がある。

 決して古本屋が不利というわけでもない。

 あとは、大型古本チェーン店のように車か、スクーターを買い、

 家まで古本を買い取りにいけば競争力が大幅にアップする。

 それとも買わずに車を持っているアルバイトに出張交通費を払って取ってこさせるか・・・

 自動車購入費や自動車税など経費を考えれば煩わしい。

 その方が割安だろう。手持ちの資金を失わずに済む。

 紫織は、ぼんやりと歩道に出る。

 暗くなると高校生以上の若者が多くなり、自分は小さく感じ始める。

 回転焼き屋は流行っている。

 一つ買う。

 「珍しいね。紫織ちゃん」

 「儲かっているみたいね。山下のおばさん」

 「こもれび商店街になってからだよ。紫織ちゃんのお陰だね」

 「こんなに小さい店なのに。ありがたいよ。もう一つ、食べな。おごりだよ」

 「ありがとう。おばさん。借金は大丈夫?」

 「まあ・・・・何とかね。中学生の紫織ちゃんが商店街のために金を出したんだ」

 「わたしらも、商店街のために立ち上がるさ」

  

 そのとき、名前を呼ばれる。

 見ると、血相を変えた酒屋の木村ゲンジが立っている。

 「紫織ちゃん! 東口の商店街の名前 “せせらぎ” って付けたのは紫織ちゃんなのか?」

 「・・・・」 頷く

 「・・・・」 絶句する

 「・・・なんてことを」 くらぁ〜

 「名前を公募しているからって言ってたから、思いついた名前を紙に書いて渡しただけよ」

 「“せせらぎ” に決まったんだよ」

 「へえ〜」

 「へえ〜 じゃないよ。紫織ちゃん」

 「東口商店街の連中、せせらぎ商店街の名前に合わせて、商店街の改装を変更しているよ」

 「想像力を啓発したかな」 無頓着。

 「まったく、組合会議をするからね」

 「明日だ。明日。時間は、同じ。急いで対応を考えないと・・・・山下さんもいいね」

 木村は、商店街を走っていく

 「はあ〜 酒抜きの会議は良いんだけどね」

 「そんなに大騒ぎしなくたって。ね〜 紫織ちゃん」

 「まさか “せせらぎ” が選ばれるとは思わなかったし」

 「ただのリップサービスのつもりだったのに・・・」

 「でも、選ばれえたから20万円。もらえるかな」

 「へぇ〜 名前考えただけで、そんなにもらえるのかい」

 「この店だと20万円作るのに4週間はかかるよ」

 「おばさんの回転焼きは美味しいよ」

 「本当かい。嬉しいこと言ってくれるね。もう一個サービスするよ」

 「え〜 そんなに食べられないよ・・・・もう寝るから・・・おやすみ、山下のおばさん」

 「おやすみ。紫織ちゃん」

  

  

 西口の商店街が、こもれび商店街となって客が急増。

 次第に活気が戻ってきたとき。東口も、西口を模倣しようとしていた。

 そして、こもれび商店街の発案者の角浦紫織がリップサービスで、

 東口の商店街の呼称を “せせらぎ” と公募に応じる。

 どういう思惑があったのか。東口商店街は、これを採用する。

 “せせらぎ” という名称によるインスピレーションによって、

 東口商店街の改装は “木と花” から “小川と魚” へと変化していく。

 それに南興系や北奉系の企業が介入し、相対的に東口商店街が強気になっていく。

 こもれび商店街が潰れれば、北奉銀行が資産を差し押さえ・・・・・

 善意の第三者というスタンスは、消極的で効率が悪くても反発を受けにくい。

 南興系、北奉系とも、当初の思惑が崩れ、商店街自主再開発で妥協させられる。

 地元商店の結束と底力が、それだけ高かったからだった。

 西口 “こもれび” VS 東口 “せせらぎ” の構図は、まだ、これからだった。

 互いに張り合って、借金して商店街を改装するのなら銀行も悪くない。

   

  

 とあるスナックで北奉銀行の唐津モトキと南興銀行の白井カズオが飲んでいる。

 「どうだい。唐津、良心経営は?」白井

 「よせよ。資本主義の基本は資本の集中」

 「商店街でチマチマ小銭を稼いでいたら非効率だろう」

 「政府は、今後の中国経済に対抗するため、日本国内の経営効率を高めようと画策しているからね」

 「床面積、流通、物流。優良な技術を持った企業に広い土地と建物を与えるのが手っ取り早い

 「ヘタレから資産を取り上げて有能な人間に資産を再分配するほうがいい」

 「政府も官僚も、そう誘導している」 唐津

 「しかし、商店街は結束して切り崩しに失敗している・・・今のところ打つ手は少ない」

 「昔と違って荒事が出来なくなっているからな」

 「やり過ぎて人間不信と自信喪失じゃ 日本経済は沈没だからね」

 「まぁ 想像力があって元気なところは貴重だよ」

 「持ち崩させて再分配も良いがね。銀行家の血も騒ぐわけだ」

 「雨にも負けず、風にも負けずの商店街なら応援したくもなるさ」

 「飲んだくれだった、西口商店街組合は “こもれび” 商店街改装と借金で結束している」

 「東口も “せせらぎ” 商店街で、まとまろうとしている。改装費で一時的に潤えるが・・・・」白井

 「大きな器を作っても成功するとは限らないし。長期戦になるな」  唐津

 「しかし、あの子のお陰で、遠回りになったよ」 白井

 「だが、全通型立体交差駅ビルの方が市全体とすれば有益だ」

 「古い商店街がそのまま残っても、それで自然と弱い店は淘汰されていくだろう」  唐津

 「地下街の店舗が怒っていたがね」 白井

 「大規模小売店の既得権や我が侭にいつまでも付き合えんよ」

 「もう、十分に利益を上げさせたはずだ」 唐津

 「念書が、あったんじゃないのか」 白井

 「期限付きでな。もう、切れる。惰性を続けることもないだろう」

 「他で釣り合いを取る方が良い」 唐津

 「“こもれび” と “せせらぎ” か、角浦紫織の腹違いの子供だな。どう育つか」

 「お互い、奈河市では、方針が変更されたんだ。まったりと行こう」

 「そうだな。勢いがある時は、合わせるほうが利口だ」

 「下手に手を出して敵意をもたれて、マスコミに騒がれでもしたら後々、面倒になるし」

 「それに、あの佐藤氏も、商店街を残したがっている」

 「利益になるというのに、名前一つ、いや二つで、気が変わってしまうとはね」 唐津

 「ところで“せせらぎ”は、本当にあの子が考えたものなのか」 白井

 「東口商店街の代表が商店街を模倣するって発案者の角浦紫織に挨拶に行ったとき」

 「商店街の名称も話題になったらしい」

 「そのとき、リップサービスで渡した紙切れに“せせらぎ”と書かれていたそうだ」

 「たぶん、“こもれび”というのを考えるとき、一緒に考えたものの一つだろうな」 唐津

 「パッと考え付いたものとしては出来すぎている」

 「すぐに思いつくような名称じゃないから“こもれび”とペアで考えられたものか」 白井

 「収まったところに収まったというべきだろう」 唐津

 「角浦紫織。どう成長していくのか楽しみだ」 白井

 「あの子は“北奉”と“南興”を絶滅した恐竜だといったぞ」

 「まともな取引では生きていけなくしてしまったからな」 唐津

 「ふっ 生存圏を取り合わないと成り立たなくなったからな。一概に否定はできないか」

 「さしずめ、俺達は、魔王配下、腹心というところかな」 白井

 「弱者が正しいとは限らないだろう」

 「しかし、“こもれび”と“せせらぎ”が牙を見せたのなら。無理して、襲うこともない」

 「様子を見て、飼いならすか、飼いならせないのであればパートナーに格上げだ」 唐津

  

  

 こもれび組合会議で “せせらぎ” 商店街の改装が議題にあがる。

 客が “こもれび” から “せせらぎ” へと流れてしまう可能性も高い。

 それまで “木と花”のテーマパークの こもれび商店街を模倣と反対していた商店主が慌てる。

 未知の相手と向き合う恐怖は、大きい。

 リップサービスで、公募しただけの角浦紫織に文句を言ったり。

 しかし、多くの店主は、角浦紫織が未成年である事から、

 ため息混じりに次善策の検討を進める。

  

  

 学校で

 テストの点数順に並べられた一覧表。

 A、B、C、D組混成であり。D組が、学年総合二位だった。

 これは、D組が程度の低い生徒の底上げに成功したせいでもある。

 40点の人間を60点にする方が、70点の人間を80点にするより楽だった。

 単純ながらそれが出来たのは、D組が追い詰められていたからであり、

 危機感がそれだけ大きかったからだった。

   

 紫織は、沈んでいた。

 「平均点を超えたのは歴史と数学だけか。中学生になって、馬鹿になっているのかも」

 「底上げしたから、D組のほとんどは、平均点以上なんだけどな」 白根ケイ

 「ふっ D組で下から4番目か、最悪〜」

 紫織、さらに落ち込む

 「D組の中ではね。総合だと下から25番目でしょう」 ミナ

 「嬉しくない。はぁ〜 三森君。呆れているだろうな」

 「でも、下から3番目の古賀シンペイ君よりも上だし」 白根ケイ

 「D組は、委員長と副委員長が揃って落ちこぼれか」 紫織

 「大丈夫よ。紫織ちゃんは古本屋業で生計を立てていけるんだから」

 「勉強なんかしなくても稼いでいるんでしょう」 白根ケイ

 「そうなんだけどね・・・」

 「私達なんか、高校進学でしょう、それから、大学か短大でしょう」

 「それから、結婚するまで腰掛仕事でしょう」

 「結婚できなかったら死ぬまで仕事よ」 ミナ

 「わたしは、小学生から働いているわよ」

 「だから、既に社会に出ているんだから、本気で勉強しなくても良いって事よ」

 「こっちは、高校や社会に出ることに不安を感じているんだから」 白根ケイ

 「そういうものかな」

 「でも、沢木さん。何で古賀君とくっ付いているのかしら」

 「もうちょっと、出世しそうな。男の子と付き合えばいいのに」 ミナ

 ケイコは、戻ってきたテスト用紙を使ってシンペイに教えていた。

 「そういえば、今日は、朝からベタベタじゃない。それも沢木さんの方から・・・」 白根ケイ

 「ほら、田城と大田が古賀君を睨んでいるから、一波乱あるかも」 ミナ

 「鎌ヨも睨んでる。怖い〜 ほら、良くある学園物の古典的なパターンが始まるかも・・・・」 白根ケイ

 ヨウコは、面白くなさそうに自分の席に座り、

 古賀シンペイに勉強を教えている沢木ケイコを睨んでいる。

 「鎌ヨは、大丈夫よ、そんな子じゃないから」 紫織

 「・・・でも女の嫉妬って怖いから」 白根ケイ

 「嫉妬か〜」

 紫織は、チラリとだけハルキを見る。

 点数が、あまりにも低すぎて顔を合わせられない。

 ハルキは、チアキと並んで学年総合5位。

 「嫉妬できる資格が無いのが辛いよね」 紫織

 「そうね。マンガで優良娘とバカ男のカップルは、面白いから多いけど」

 「バカ女と優良男ってパターンは、少ないわね」 ミナ

 「わたしって、そんなにバカ?」

 指が紫織の点数を指し示した。

 「ぅぅ・・・・」

 「まあ、まあ、学校だけの評価じゃ 紫織は、計れないから。気にしなくても大丈夫よ」

 「大学出たって、紫織より年収少ないのざらだから」 ミナ

 「そんなの・・・大型古本屋チェーン店が出店してこない間だけよ」

 「そうなの? 意外と厳しいのね」 ケイ

 「そういうものよ。社会って。弱肉強食よ。自分より強い店が来たら、いちころよ」

 「お金持ちの大きな古本屋が3ヶ月安売りしただけで。回転資金がなくなって潰されちゃうわよ」

 と大げさに言う。

 本当は、古くなっても本の商品価値のほとんど変わらないから、

 持ち金を食い潰していくだけだった。

 「え〜」 白根ケイ

 「それも駅ビルに入られたら、一巻の終わり」

 「安売りしなくても、じわじわと生皮で首を絞められるみたいな」

 「ひぇ〜」 ミナ

 「そうなったら、どうするの?」 白根ケイ

 「その時は、その時で、何か考えるしかないわね」

 「一寸先は闇か」 白根ケイ

 「三寸先くらいかな。すぐに潰れるわけじゃないし」

 「わたしも、なんか独立開業を考えてみようかな」 ミナ

 「え〜 何やるの? 一緒にやろうか」 白根ケイ

 「・・・・・・・・」

 ミナが、腕を組んで思考状態に入り、そのまま、フリーズ。

  

 

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第13話 『・・・越後屋・・・そちも・・・・』

第14話 『しがらみ』

第15話 『・・・セーフ』

登場人物