第23話 『あれもこれも、あっちもこっちも』
朝。目を覚ますと、学校
紫織のもうひとつの現実。
中学一年生の顔。
咲中の安井ナナミの方が早く。寝起きが良い。
次が角浦紫織、
次が佐藤エミ。
そして、弱いのは沢渡ミナだった。
「起きろ」
「し、紫織ちゃん・・・あと5分だけ、お願い」 沢渡ミナ
「駄目よ。起きなさい」
「あ〜ん。どうして、朝が来るの? どうして、私をそっとして置いてくれないの」
「布団との一体感と恍惚感が至上の喜びなのに」
「どうして、この現実から私を引き離して、色褪せた朝日の下に引き出そうとするの」
「朝日が私に何をしてくれるというの、諸行無常の世界しかないのに・・・」
「三渡サナ先生・・・お覚悟!」 布団を引き離す。
沢渡ミナは抵抗する
「あ〜ん。紫織ちゃん。私の愛するダーリンを取らないで〜」
「もう離れられないの・・・心も、体も、一つなの・・・・お願い・・・」 泣き。
と、布団と引き離される。
「はぁ〜 はぁ〜 ミナちゃん。朝のこれ、定番にするつもり」
「はたから見ていると面白いけど、ミナのお母さん。大変じゃない」 佐藤エミ
「お母さんは、あと5分長く寝かしてくれるのに。距離も、こっちの方が近いし」 沢渡ミナ
「ふっ きっと、ミナちゃんのお母様は、泣いて紫織ちゃんに感謝するんでしょうね」
「いつもより5分早く起きられました〜 って」 佐藤エミの嫌味。
ため息のミナが服を着替え始める
「紫織ちゃん。ナナミちゃんは行ったの?」
「とっくに行ったよ。朝のコーヒーも作ってくれている」
「何よ。わたしも紫織ちゃんも朝抜きじゃない」
「へへへ。ナナミちゃん。私のためにコーヒー作ってくれるんだもの。偉い偉い」
「あとは、食パンにジャムとフルーツが付いていると良いんだけどな」
「サラダボックスでも買っておこうかな」
「朝からそんなに食べて、よくそれだけくびれていられるわね」 沢渡ミナ
「昼と夕食でカロリーを調整すれば良いじゃない」
「コーヒーは、脳細胞を活性化するし、食物繊維は、体調を整えるの」 佐藤エミ
「はい、準備完了」 沢渡ミナ
「じゃ 行こうか」 紫織
紫織のグループは、こもれび小旅行本の関係で、
沢渡ミナ、佐藤エミ、安井ナナミのグループと、
シンペイに属する鎌田ヨウコ、沢木ケイコ、中山チアキのグループに分かれていく。
それと別に足立クミコ、白根ケイ、国谷ヒロコと会うようになり、
広く、浅く、気薄になっていく。
小学校以来の親友。沢渡ミナ、鎌田ヨウコ、足立クミコとの関係も、
随分と変わってきたような気がする。
大人になるまで友達が変わっていく。変わっていくのも悪くない。
いろんな人と、出会いと別れを繰り返していく。
同じ友達と、一生付き合っていくことが、あるだろうか。
学校で全校生徒が集められ、
校長先生と大牟田リョウジ市長ほか、数人のお偉いさんが並んでいる。
ローカルテレビのカメラが回る。
歴史学者らしき人物が300年前の田城ブンパチの田奈城水路。
450年前の北野サネトモのススキ神輿についての話しが長々と続く。
角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミ、
そして、その時、付き合わされて歩いた。古賀シンペイ、石井ショウヘイ、
鎌田ヨウコ、沢木ケイコ、中山チアキも壇上に上って挨拶する。
拍手される中。
紫織は、単純に第七号“温故”の売れ行きが上がるかも、と、感銘はない。
お偉いさんの話しの様子で水路も神輿も、
それぞれ、ふさわしい場所に石碑が建ち、観光にする意図があるようだ。
もう一つ、敗戦直後、佐藤家の前々当主が廃墟と化した。
“こもれび” と “せせらぎ” 商店街の土地建物の店主への譲渡。
これらは、小旅行本で載せられ高い評価を受ける。
佐藤家当主。佐藤ミズキと紫織は握手をし、
紫織は、シビアな営利事業で行っただけで褒められたい気持ちはない。
ところが自分の趣味を生かそうとするあまり、
広告がなかったことが結果的に営利より、郷土愛と受け止められる。
そして、トライアングル殺人パズルは臭いものに蓋をするかのように無視され、
北島先生の事件で憮然としていたはずの校長先生は、掌を返して紫織を褒めちぎる。
「・・・・・・・・」
呆れてものが言えない。
淀中のダメ組と呼ばれていたD組があっという間に淀中の “誉れ”
担任の三田先生も鼻高々で、オシャレをして映る。
紫織は愛想笑い。
三渡サナ先生は喜んでいた。
佐藤エミは、複雑な表情をして父親と握手し、
角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミのおかげでD組は株が上がり。
少しくらい紫織の点数が悪くても見逃してもらえるだろうか。
そして、どこかで見覚えがあるレポーターがカメラを前に質問する。
適当に答える紫織。
沢渡ミナは喜び。
佐藤エミは、陰のある、かわいさに注目を浴びる
「よろしくね。何か、面白いことがあったら連絡して」 レポーター
女性が名刺を紫織に渡す。
JANテレビ局 社会部 水島アヤノ
奈河小学校出身として角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミが奈河小学校に挨拶に行く。
校長先生や教頭先生。ほかの先生。
そして、大神先生も涙して喜ぶ。
大神先生は、紫織の小学校のマンガの売り買いを生徒達の助け合いと心温まる美談にしてしまう。
そして、全校生徒に迎えられて挨拶。
一年生が少ないのは納得いく。
大モテは、佐藤エミ。
昼食で出された食事は、見たこともないような大きな弁当だった。
「顔の差って、大きいよね」 沢渡ミナ
「ふっ 慣れたけどね」 紫織
「でも、ガキにまで差を付けられるのって、むかつく」
「差別よ。差別。小学生の癖に色気づきやがって、くそガキども」
「クミコちゃんにリフォームされてないから・・・制服だし」
「大化けしても相手が佐藤エミちゃんだと、厳しくない・・・」
「それでも視線は、8対2から、6対4くらいになるもの」
「・・・そうね・・・」
「さてと、今日のミナちゃんとエミちゃんは親子水入らずか」
「ごめんね。紫織ちゃん、ちょっとだけ、母孝行しないと」
「良いよ。久しぶりにクミコちゃんとヒロコちゃんに会うことになっているから」
「緑中も待遇が変われば良いけど」
「虐めは、なくなるかな」
「“虐めは止めようね”って、言って、やめるくらいなら虐めなんてないと思うけど」
「苛める側は、麻薬と同じ中毒症状になるんだって」
「思い出すね。ここ・・・」
襲撃事件のときのことだ。
「うん。最近は夢を見ることもなくなったけど、また見るかも」
「わたしも・・・」
せせらぎ商店街
紫織が国谷ヒロコの古本屋に来たのは、いくつかの趣向の本を交換しよう、だった。
結果的に、その趣向に合った客層が集まりやすくなる。
そして、大規模古本屋チェーン店の進出にある程度、備えられる点で優れていた。
しかし、具体的な話しになると思い切れない。
角○文庫と、○談社を分けるといった思い切った選択もある。
紫織は、どちらでも良いといったものの、国谷家は思いっきりが悪い。
これは、こもれび古本屋が、こもれび小旅行本という売れ筋の出版物を独占して強みがある。
そして、失敗しても立ち直れるだけの余裕があると考えられていた。
せせらぎ古本屋三階
紫織は、国谷ヒロコと足立クミコと一緒にテレビの録画を見る。
表彰。そして、淀中と奈河小学校での映像が流れる。
「ごめんね。紫織ちゃん。家のお父さんも、優柔不断で」 国谷ヒロコ
「いいよ、突然言った、こっちも悪かったんだから」
「でも考えておく。っていっていたから」
「紫織ちゃんって斬新だから。付いていける人、あまりいないみたいね」 足立クミコ
「そうでもないけど」
「ほら、大型古本屋チェーン店が入ってきたら。苦しくなるじゃない」
「でも、趣向を分けて二つの店が協力できたらって思って」
「試しにいくつかのカテゴリーを分けておくと」
「その手の趣味の人は、そっちの商店街に行くけど、欲しい本は見つけやすくなる」
「結果的に客に無駄足させなくて良いし、客も集まりやすくなると思って」
「備えあれば憂いなし?」 足立クミコ
「うん」
「わたしの方からも、お父さんとお母さんに言っておくから」
「でも良いな。紫織ちゃん。わが世の春を謳歌していない?」 足立クミコ
「名誉だけ・・・わが世の春を謳歌している人は別の人たち」
「でも小旅行本。売り上げ伸びているんでしょう」
「まだ、第一号も売れているっていうし」 足立クミコ
「100分の1の大吉に本は、プレミアがついてるみたいね」
「広告なしだと古く見られない見たい」
「おかげで郷土愛に満ちた名士にさせられちゃうし」
「名誉市民がどうとか言ってたから、三人のうち誰か、選挙前にもらえるかも」
「えぇっ!!! 名誉市民!?」 クミコ
「だから、市長が名誉市民を上げて写真を撮って、選挙で利用するんだって・・・」
「誰が貰うか、分からないけどね。相乗効果」
「なるほど。沢渡ミナちゃん。詩人として注目されて」
「佐藤エミちゃんも、小旅行プログラムニストの一人者か、強敵ね」 国谷ヒロコ
「そういうこと内容的なことは、2人にお任せだし」
「それに今回の歴史散策は面白みのなさそうなルートを何とかしようって。沢渡ミナちゃんの苦肉の策ね」
「でも、名誉市民を、そういう選挙目的で使っていいの?」 足立クミコ
「さあ、昔からやっているみたいよ。誰も文句言わないし。現役市長の特権のひとつね」
「そういうものなんだ」
「じゃ 現役中に人気のある人物が出たら、その市長は有利になるってことね」
「そう、ほら、例のトライアングル殺人パズル事件で市長も危なかったりするから」
「もう、何でも良いって感じ」
「その時の時流によって、左右されるみたいね」
「実力とか関係なく。こいつは不幸を呼ぶから駄目とか、まあ良いか、とか」 紫織
「そういうネタって紫織ちゃん。どこで仕入れるの?」 足立クミコ
「組合会議、婦警さん、佐藤エミちゃん、安井ナナミちゃん・・・かな」
「ふ〜ん。付き合い広いんだ」
「やっぱり大人と付き合うと考えに幅が出てくるね」
「わたしが一度、せせらぎの商店街組合の会議に行ったら。紫織ちゃんの話し出たよ」 国谷ヒロコ
「え〜 なに?」
「“こもれび” に角浦紫織がいると、客が持っていかれる」
「“せせらぎ” もアイドルと何か、特産の商品を考えようって」
「へぇ〜 “こもれび” も特産の商品を考えるみたいよ・・・」
「そうなんだ。どこも考えることは同じか」
「似たもの同士ね “こもれび” も “せせらぎ”」 足立クミコ
「でもさ、トライアングル殺人パズルで客足が減るどころか、増えたの」
「こもれび小旅行本のお陰なんだって。探偵とか来るし」 国谷ヒロコ
「へぇ〜 来たんだ」
「うん。わたしね。堀ミサエって誘拐事件の女の人、知っているの」 国谷ヒロコ
「そ、そうなんだ」
「かわいそうよね。誘拐されたのに、容疑者にされちゃうんだから」
「ふ〜ん」
「堀ミサエさん。むかしは、眼鏡屋さんの店員で小さいころ遊んでもらったこともあるだけど」
「堀家に嫁いだの・・・そんなことするように見えなかったんだけどな・・」
「あの堀サナエって、おばあちゃん。迫力あって怖いくらいなんだけど・・・悪い人でもないし」
「ミサエお姉ちゃんも、偽装誘拐して、おばあちゃんを殺すような人じゃないと思うな」
「結婚した相手は?」 紫織
「50過ぎのおっさん。なんか、金の力で結婚した感じ」
「なんか偉い官僚みたいだけど良く分からない」
「なんか辞職させられたってテレビでやっていたけど」
「子供は、二人で父親と東京にいるみたいだけど」
「へぇ〜 探偵が、そういうの聞きに来たんだ」
「その探偵って、カッコ良いの?」 足立クミコ
「全然。普通かな。40代のサラリーマンって感じで・・・」
「もうちょっと、探偵らしい格好しないと駄目よ」
「もう一人は、20代で、いかにも新人って感じで並み。パシリね」
「その探偵さんって、どういう風に思っているのかな」 紫織
「さあ〜 探偵って自分の持っている情報は漏らさないみたいね」
「パシリが廃屋のトリックで、何か言ってたけど」 国谷ヒロコ
「なに? 紫織。関心があるの?」 足立クミコ
「だって、本にしちゃったし、それで、儲かっているし」
「ふ〜ん・・・横井君、ほら、串間セイゴの親戚だって」
「へぇ〜 なんか言ってた。クミコちゃんの彼氏」
「あいつら、リストラの腹いせで強姦みたいなこと、何回かやったことあるんだって」
「横井君も、一緒にやらないかって誘われたみたいだけど、断ったんだって」
「へぇ〜 良かったじゃない。誘いに乗らなくて」
「まあね〜 不良みたい見られているから」
「でも、串間は、あの2人、自分より弱い人間に手を出すけど、強い人間に手を出すかな〜 とか言ってたけどね」
「卑怯なんだ」
「強姦なんて卑怯な人間のクズよ」
「でも “どうしてあの人が” って、言うのも、結構ありがちよね」
「担任の先生が生徒を襲うこともあるし」 国谷ヒロコ
「・・人間。追い詰められると。何するかわかんないものね」 足立クミコ
「北島は、いやなやつだったけど。ああいうことをするとは思わなかった」
「いやなやつだったんだ」 足立クミコ
「D組を贔屓してばかりだったから。わたし達を最初からゴミみたいに見てたもの」
「緑中にもいるよね。元奈河小学校卒というだけで性悪みたいに思っているやつ」 国谷ヒロコ
「ヒロコは、まだ良いわよ。寄せ書きに書いていないって名前が知れているし」
「私なんか、クラスが違うって言っているのに無視する人間もいるし」
「横井君が、かばってくれなかったら。死にたくなるもの」 足立クミコ
「辛い目にあっているんだ。クミコちゃん」
「でも、クミコちゃん。横井君と良い関係になっているんじゃない」 国谷ヒロコ。にた〜
「そ、そんなことないけど」
「へぇ〜 一度会ってみたいな」
「・・・三森君には負けるかな。ちょっと怖い感じだけど、悪い人じゃないから」
「そ、それって、思いっきりワルに見えるってことじゃない」
「ちょっとね」 国谷ヒロコ
「ちょっとだけよ」 足立クミコ
「本当に大丈夫かな? ヒロコちゃん、どう思う?」
「まぁ〜 わたしの趣味じゃないわね」
「不良と文学少女のカップルって、あるかもしれないけど」
「だから、大丈夫だって・・・」
「それより。こもれび小旅行本。広告抜きで、儲かるんだ」 足立クミコ。誤魔化す。
「安く作って部数が上がればね。広告入れて外注すれば楽ができると思うんだけど」
「ミナちゃんは、旅行詩で宣伝文句を入れるのを嫌がっているし」
「エミちゃんも広告のためにルートを曲げられたくないでしょう」
「広告代理店は、別枠で載せてもらうだけで一切、口出ししないからとか言っているけど」
「少人数でやっているから、よけいな仕事を増やしたくない」
「それに広告でライバル店とかないから、そういう点で流通させやせすい面もあるの。中立性が高いから」
「その安楽に利益を追求していないところが名誉市民の形になったわけね」 足立クミコ
「そうなの、お陰で広告載せる機会を失って・・・実を言うと、困ってたりするのよね」
「おっ! ついに本音が」 国谷ヒロコ
「元々、趣味の延長で作って店の副収入のつもりだったんだけど」
「今では、本職の売り上げを超えちゃうから」
「やっぱり、才能の差で負けてるか」
「わたしも同じ古本屋の娘だから、比較されちゃうし」
「何かできないかなって思ったんだけど、思い浮かばなくて」 国谷ヒロコ
「ずっと、考えていたら、なにか思い浮かぶよ。たぶんね」
「でも、そういうの、どうやったら思い浮かぶのかな」 国谷ヒロコ
「結局。生存圏とか、生存本能を安定させようという気持ちじゃないかな」
「私の場合、親の保護がないから、その分 “自分でやらなきゃ” ってう気持ちが強いかも」
「そういう切実さとか、緊張感の持続とかって当人じゃないと実感しにくいか」 国谷ヒロコ
「孤児をバネに這い上がる。サクセスストーリーか・・・私にはないな」 足立クミコ
「・・・そろそろ帰るよ。仕事しないと」
「うん。あっ! 途中まで一緒に行く・・・」
「お父さんと、お母さんには、わたしの方からも言っておくから」 国谷ヒロコ
「うん」
せせらぎ商店街の集客は、こもれび商店街と、ほぼ同じくらい。
足元の石畳にザリガニのオブジェ。
子供がオブジェに触って動かず。母親を困らせる。
遊歩道そのものを川のせせらぎに見立てたコンセプトは、紫織が考えたものだ。
そして、それが、こもれび商店街に対する強みになっていた。
ほかの大きな町で買い物をする人間が減り
“こもれび” “せせらぎ” ともに利益が上がっている。
「・・・・こもれび組合から嫌味とか言われてない」 国谷ヒロコ
「うん。言われてる」
「でも集客自体は、増えているから。人通りも良くなっているし。その点は、良いかな」
「あっ ダンゴ食べる? 奢るよ」
国谷ヒロコが、団子屋さんを指差す。
「良いよ。気を使わなくても、豚になりそうだし」
「まだ、大丈夫よ、人並みだし」
「一緒にいる女の子で人並みじゃないのがいるから」
「佐藤エミか・・テレビ映り良かったね」
「沢木と中山も、少し映ってたけどアップも長かったし」 足立クミコ
「どうせわたしは、アップに耐えられない顔よ」 紫織、泣き
「大丈夫。人並みだから」 足立クミコ
「フォローになってないよ〜」
「沢木さん、中山さん、佐藤さん、芸能人に引っ張られるかもね」
「ほら、タイプが違うじゃない」
「沢木さんが清純派、中山さんがタカビー派、佐藤さんがお嬢様派」 国谷ヒロコ
「わたしは?」
「こもれびの化け娘。こもれびの狐娘」 足立クミコ
「クミコ〜」 走る紫織、逃げるクミコ
「妖怪か、わたしは〜」
「畏怖だって、畏怖」
「畏怖〜 もっと悪い〜」
こもれび古本店は、300年前の田城ブンパチの田奈城水路。
450年前の北野サネトモのススキ神輿がテレビで報道されると、売り上げがさらに伸びていく。
第七号“温故”の売り上げに引き摺られるように古本の売り買いも増える。
特に紫織がカウンターについているときの売り上げは、そうでないときよりも多い。
今日は、沢渡ミナと佐藤エミが来ておらず。
杉山キョウコ、鴨川ヒトミと、安井ナナミが二階で印刷製本。
安井ナナミが見つかると、労働基準法違反。
シンペイとチアキがテーブルに座って勉強をしている、
図書館と間違えてないかと思う。
サクラは、必要ないほど客が入っていた。
とはいえ、沢木ケイコや中山チアキを見たくて来る客もいるように見える。
このカウンターから見ると視線で、そういうのが分かってくる。
2人を追い出すと店にとって、マイナスになるだろう。
チアキも、ケイコも、紫織の家に泊まらずにシンペイに送ってもらう方が多くなる。
女心の怖さだろうか。
期待しているのは見え見えだが、まだ、襲われたという話しは聞いていない。
鎌ヨの話しだとチアキは、サドっ気があるらしく、
相手が強姦魔なら腕を圧し折るくらい喜んでやるそうだ。
相手が一人ならシンペイは、必要ないかもしれない。
「万引きは、2パーセント以下ね。最近下がっているみたい」 水城ナミエ
「許容範囲以内ね」
「カウンターの前を通って出入りしなければならないのと」
「カメラも設置しているから。その辺は、楽ですけど」
「危なそうなタイプは、携帯で撮るだけで良いから」
「でも現行犯じゃないと駄目よね」
「万引きが決定的なら、知り合いの婦警さんに送って、やってもらうから」
「時々、婦警さんが寄るようになって、万引きが減ったみたい」
「組合の代表が喜んでましたよ。婦警さんが長くいてくれるから万引きが減っているって」
「そういう効果もあるのか、婦警カカシを印刷して貼ろうかしら」
「それ面白いかも・・・・でも急に増刷が増えているから、夜だけじゃ足りないんじゃない」
「ローカルでも、テレビって偉大ね」
「普通、何百万円も掛けて広告するのよ。それも15秒とか短い時間」
「それを向こうの方から取材させてくれって。雑誌記者は、いやなタイプが多かったけど」
「そっちは、あら探しね」
次々に出入りする客。
テレビのお陰で売り上げは、過去最高を記録する気配を見せていた。
瀬良タカオは購入する本を調べ、規定に沿って値段を付けて水城に金額を渡し、
在庫をパソコンに入力。
本を綺麗に拭くと空いている本棚へと運ぶ。
商店街の息子と娘なのに他店で働くのも変な気がする。
しかし、親と一緒にいたくない、それでいて、
きっちり、お金を稼ぎたい者もいる。
そして、紫織も信用できる人間ということで、
3番目と4番目のアルバイトは、商店街の息子、娘を選ぶ。
「水城さん。この種の本が増えているみたいだけど。この本の定価は、正しいの?」 紫織
うんざり気味で積み上げられた本を見る。
「萌え本は、人気ありますよ」
「H本じゃないと言えなくないけど」
「これを外すと致命的だと思いますけど」
「・・・確かに数字は、そうね・・・理解し難いけど・・・瀬良さん。こういう本。どう思う」
瀬良がほくそえむ。彼はオタクではない。
「人気あるよ。大学生でも半分がキャラクター商品を持っているし」
「一度、何かで当たったキャラクター時計を競売に掛けたら」
「大騒ぎになって、5万円で売れたし」 瀬良タカオ
「ふ〜ん」
「大学では、萌え嬢がキャバ嬢を超えているから」 水城
「げっ!」
「旦那や彼氏が萌え嬢のところに行くのと、キャバ嬢のところに行くのとどっちが良いか真剣な討議が行われたり」
「いまじゃ。萌え産業の方が、水産業より、お金が大きいものね」
「ヤクザも、まだ入りきれていないし」
「い、いや、入るとヤクザの世界からバカにされて爪弾きされるって」
「水城君も、店長も、萌え服着たら売り上げ倍増するよ」
紫織と水城が積み重ねられたオタク系本を覗き込む。
メイド服を着た女の子が箒を持って格好つけていた。
「えぇ〜・・・なんかイヤ」
「・・・わたしも・・・恥ずかし過ぎる」
学校生活は、一年D組に対する評価が著しく変わって風当たりが良くなっていく。
奈河小学校出身の二年三年生も温和になり、
その中心に角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミがいる。
しかし、問題も・・・
紫織は、同級生が取り入ってくる態度に嫌悪を感じ、
数人の女子を振り切って保健室に入る。
「な、なんなのよ。いったい」
紫織は取り乱し気味
「・・・取り巻きだよ」
鹿島ムツコがベットに腰掛けていた。
「鹿島さん」
鹿島ムツコは、時折、保健室でサボる。
学校医の葉山ミチコが机に座ってなにやら書類を書いている。
「・・・強い者に付いて、トラの威を借りる連中よ」
「いたら、いたで、心強くて楽しいし。どうするか、自分で決めると良い」
「女王様になるのも悪くないよ」
「あれ・・・取り巻きなんだ・・・」
「・・・初めてかい。取り巻きが出来るのは?」
「鹿島さんは最近、一人が多いの?」
「あんた、みたいなのがいると、教室の中で偉そうにしているのがバカらしくなってね」
「角浦さんは、どこが悪いのかな?」
少しぽっちゃりしてメガネを掛けた葉山ミチコが書類を終わらせたのか振り向く。
「ご、ごめんなさい。特にないんだけど、ちょっと一人になりたくて」
「そう、有名人は、辛いわね。少し休んでいくのも良いわよ」
「うん」
紫織は、鹿島の隣のベットに座る、
「取り巻きより、わたしの方が点数低いのに」
「強い者の威を借る。点数が低くても、それを補える力があれば良い」
「取り巻きって、なんかいやだな」
「それでもコバンザメのように付いてくるのさ」
「楽しい中学生活が送れるよ。暇潰しに面倒を見てやると思えば良いさ」
「はぁ〜 葉山先生は、どう思います?」
「悪さしないんなら群れても、かまわないけど・・・」
「どうしようも、ないのね」
「・・・煩わしいのが増えたね」
「なんか、友達というのと違う気がする」
「トラでなくなれば散る人間達だから」
「そんなのおかしくない?」
「あんたが事故にあったら、病気になったら」
「そして、半身不随になったり、頭がおかしくなったり」
「一文無しになったりしたら、何人の友達が残る?」
「・・・・・・」
「力が付けば人は、よってきて、力を失えば、人は離れる」
「おかしいことじゃないよ。本能に近いね」
「・・・そうかもしれない」
「角浦さん。自分の力に振り回されないようにね」 葉山ミチコ
「・・・うん・・・ありがとう、葉山先生」
元二組三組と一組四組の確執が弱まると、
次第に正統派グループと悪党グループに分かれる。
角浦紫織は、沢渡ミナ、鎌田ヨウコ、白根ケイ、佐藤エミとグループを作っていた。
そして、この取り巻きは、すぐに紫織の味方をして割り込んでくる。
つまり、紫織をナンバーワンにして、自分をナンバーツーにしてしまう権威主義なやり方だった。
いつの間にか紫織と沢渡ミナ、鎌田ヨウコ、白根ケイ、佐藤エミとの間を離反させ、
狡猾に割り込もうとする。
そして、別の動きを見せるグループもあった。
角浦紫織をやっかむ島津カズエ、三浦ノゾミ、林コノエのグループ。
「沢木さんや中山さんの気持ちが分かるような気がするな」 紫織
沢木や中山の周りにも取り巻きがいた。
しかし、沢木や中山の取り巻きが一部、紫織の周りに付く。
そして、沢木や中山のグループを抜いて第一位。
「なんか懐かしい」 佐藤エミ
「そんなの、わたしのスタイルじゃない」
「それらしく振舞ったら」
「ほら、紫織の一番隊長が沢木のグループにケンカ売ろうとしているよ」
「キャー! なに考えているのよ」
紫織が慌てて出て行く。
ある意味、情けない姿だった。
最大勢力を誇っている角浦グループの長がペコペコと仲裁している。
「角浦グループ崩壊よ」 佐藤エミ
「だから何よ」
「むかしに戻るなら良いけどね」
「違うの?」
「だって求心力を失うとバラバラになったり。虐めが起きたりするよ」
「そうなの?」
なんとなく沢木グループが強気になっている気がする。
紫織は、何とか時間を見つけて、沢木と交渉を始める。
紫織にすれば、教室内の勢力争いなど、どうでも良いことだった。
「・・・沢木さん」
「なに? 紫織ちゃん」
「教室の中で、争いたくないんだけど」
「私もよ」
「・・・何とか、ならないかな」
「人間って、群れるのが好きなの。グループが大きくなれば安全性が高くなる」
「そして、グループが大きくなれば、それだけ虚栄心が満たされて見栄を張れる」
「そういうの関心がないの」
「私もよ」
「じゃ 争うわないようにしましょう」
「だったら、統制するのね。そうしないとバラバラになって、収拾つかなくなるから」
「はぁ〜 そういうのに精力使いたくないの」
「私もよ。3つの芸能プロダクションが声を掛けてきているの」
「えぇ〜 本当に?」
「・・誰にも言わないで。紫織ちゃんのお陰でテレビに映ったのが原因なの。だから教える」
「芸能界に入るんだ〜」
「まだ返事してないけど。たぶん入るかもしれない」
「家族は、反対していないから」
「カッコ良い〜」
「東京に行くことになるかも」
「そ、そうなんだ」
「たぶん、中山チアキもね。誘われているみたい。佐藤エミも」
「へぇ〜 まだ聞いてないけど」
「中山チアキは、シンペイ君と別れたく無いし」
「佐藤は、紫織ちゃんに借りがあるもの」
「わたしもシンペイ君と別れたくないから、すぐには行かないけど」
「へぇ〜 芸能界よりシンペイちゃんの方が良いんだ」
「シンペイ君のカメハメ波。見たことあるでしょう」
「うん」
「お母さんと、紫織ちゃんだけは、見たことあるみたいね」
「うん」
「わたしも見たの」
「そう」
「シンペイ君みたいなのは、芸能界にいない」
「た、確かにいないでしょうね。仙人化しているもの、あのオタク」
「誰かにあげる気はないの・・・紫織ちゃんにも・・・」
「わ、わたしは、そういう気はないけど」
「それくらい必死ってことよ」
「な、なんか、応援したくなっちゃうけど・・・んんん・・・」
「鎌田と友達だから」
「そうなのよね」
「義理堅いじゃない」
「社会に出て義理とか、信用なくすと、潰されちゃうもの」
「そうなの?」
「おばあちゃんが、そう言ってたから、法定代理人の鈴木さんも会う度にそう言うし」
「へぇ〜」
「ほら、一組と四組がそうじゃない」
「人間性で信用をなくすと、ずっとそういう風に見られる」
「エミちゃんも、たまにしか笑わないし」
「へぇ〜 佐藤。笑うんだ」
「わたし達といるときね。でも、あの陰の部分が独特の魅力があるから。惹かれるけど」
「確かに一組と四組に巻き込まれて、いやな目にあったから人間性で信用をなくすのは、怖い」
「私の場合、最初は奈河小での古本マンガの売買ね」
「信用をなくして危なく養護院行き」
「最近は持ち直したけど、奇麗事ばかりじゃ生きていけないところが世の中の厳しいところね」
「何か悪さをしているの?」
「弱肉強食だから。食われないようにしているだけ」
「北島先生に食われなくて良かったね」
「うん」
「罠を仕掛けていたって?」
「うん」
「どんな?」
「階段の上の台車に古本を入れたダンボールを積み重ねて」
「階段の途中にピアノ線を張って台車に結び付けたから・・・」
「じゃ ピアノ線に引っ掛かって、台車ごとダンボールに入った古本が落ちてきたんだ」
「よく死ななかったわね」
「全治6ヵ月の複雑骨折。死ななかったのは運が良かっただけ」
「来るの分かっていたわけじゃないでしょう」
「メールで脅迫じみた文句が多かったから。念のために」
「念のためにって、相手が死ぬところだったんでしょう」
「だから、奇麗事ばかりじゃ生きていけないって」
「死んでも正当防衛だし、中途半端に手負いって逆上するから怖いでしょう」
「向こうが強いときは、完全に生殺与奪権を握らなきゃ」
「よ〜く、分かったわ」
「だから大型古本チェーン店が来て協力できないのなら潰すつもりでやらなくちゃ」
「路頭に迷うことになるもの」
「なるほど。確かに奇麗事じゃないか」
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第23話 『あれもこれも、あっちもこっちも』 |
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