月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第31話 『生きるのに少し慣れたかな』

 夏休み。

 せせらぎ商店街。

 暑い日差しを涼みたいと思えば “こもれび” より “せせらぎ” のような気がする。

 佐藤エミと紫織は、暑い日差しを避けるように “せせらぎ” 商店街の喫茶店に篭る。

 テーブルには教科書、参考書の類が散乱。

 喫茶店にすれば迷惑かもしれないが当人たちは、考えての結果だった。

 環境を変えて勉強するのも悪くない。

 紫織にすれば、修学旅行が天国なら。

 その後は、地獄。

 少なくとも、図書館と違って眠気覚ましのコーヒーを頼むことも、

 流行のDHA定食を注文することが出来る。

 「紫織ちゃん。勉強は、気合よ。教科書を丸ごと食べるぐらいの気合が必要ね」 佐藤エミ

 「オス!」

 佐藤エミは、旧親友の鎌田ヨウコ、沢渡ミナ、足立クミコより親しくなっている。

 不意に人の気配を感じるとソファに大人が座る。

 「ええぇと・・・」

 「馬宮だ」

 「不味くないっすか」 広瀬も、反対側に座る

 「またやってくれたそうだな・・・こもれび探偵団」

 「刑事さん。久しぶり」

 「二年越しで調査していた。事件を片付けやがって」

 「あれ、刑事さんたちが担当だったんですか?」

 「いや・・・元々、加茂市の刑事が担当だった。クレームが来てね」

 「もう〜 セクト主義が強いから」

 「ていうか、勉強の邪魔よ。刑事さん」

 「紫織ちゃんが転落の道を落ちていくかどうかの瀬戸際で邪魔しないで」 佐藤エミ

 「そ、そこまで行ってるの、わたし?」

 「それは悪かったな・・・」

 「しかし、どうやって調べたんだ。緒方ヒトシが怪しいと思う。思考回路が分からないが」

 「経費をケチりながらやっている刑事さんと違うの」

 「それに推理したのは、わたしじゃないよ。わたしは、ただの受付なんだから」

 「ふん。まともに表に出られない連中で、やっているのに探偵事務所というのは片腹痛いね」

 「あはは・・・看板なんてないもの」

 「それとも、噂のBファントムに会わせてくれるのかな」

 「ま、まさか」

 「Bファントムには、警察も随分と世話になっている、証拠が挙がれば手が後ろに回るな」

 「あの・・・日陰者?」

 「楽しみだな。確定申告が」

 「えへへ」

 「・・邪魔したな」

 馬宮は、そういうと引き上げていく。

  

  

 確定申告をどうするか考えると、頭が痛かった。

 税務署が本気になって調べないと思っても裏家業の収入は異常に膨れ上がる。

 一応、依頼者との契約は行われていたが未成年が探偵の代表になれるわけもなく。

 当然、婦警も代表者になれるわけがない。

 そして、元々、一般的な探偵業自体、まともに税金を取れるような体質ではない。

 さらに、こもれび探偵団は、看板も出せない隠れ家業。

 それでありながら、恐ろしいほど有名。

 そして、勉強している間にも依頼がくる。

 「やばいわね。警察は、やっかみだけで、こもれび探偵団を潰したいのかしら」 佐藤エミ

 「どうしよう」 紫織

 「古本の売買利益と小旅行本の利益に隠すしかないわね」

 「それ以外は、わたしが預かろうか」

 「どうせ契約といっても領収書を交わしたものじゃないし」

 「裏家業だし。税理士を貸してあげるよ」

 「あ、ありがとう。エミちゃん。助かるよ」

 「あのわけの分からない確定申告なんて、法的虐待よ。信じられない!」

 「作ったやつを訴えたくなる」

 「まず、確定申告の文書の意味が解かるくらい勉強しないと。もっと洒落にならないかもね」

 「げっ!」

 紫織は、国語の問題を解こうとする。

 「・・・ふっ・・・こんな拷問のような文書をだれが作ってんのよ」

 「マゾじゃあるまいし、こんなのわかるか!」

 「夏目漱石の吾輩は、猫であるの一文よ。文豪なんだから」

 「文豪だからって、何で、みんなが読まないといけないわけ。独裁じゃあるまいし」

 「いや違うって、文書をどれだけ理解、解読しているかを知るための問題だから」

 「一般的に評価が高い文書が適当に使われているだけ、慣れよ、慣れ」

 「慣れか・・・」

  

  

 紫織。フラフラになりながら。

 佐藤エミと、こもれび商店街に戻ってくる。

 「おばちゃん、イモと黒あん。エミちゃんは?」

 「わたしは、クリームまん」

 「はい、いらっしゃい。紫織ちゃん。随分やつれたね。夏ばてかい?」 山下のおばちゃん

 紫織と佐藤エミは、長いすに座って出されたお茶を飲む

 「朝から勉強してたから」

 イモあんと黒あん。

 そして、クリームまんを受け取る。

 「へぇ〜 紫織ちゃん。働いてた方が良い顔しているよ」

 「夏休み中に追い上げかけないと絶望的だから。おばちゃんの青春時代はどうだったの?」

 「おや、わたしかい・・・困ったね〜 わたしも同じだよ。勉強は嫌いだったよ」

 「本当! 良かった」

 「でも勉強して、悪いことないよ」

 「・・そうなんだけど」

 「あのね・・・みんな二年の夏休みで追い上げるんだから」 佐藤エミ

 「でも、紫織ちゃん。働きながらって、大変よね」

 「うん・・お土産買わなくちゃ。5個ずつ包んで」

 「あいよ。紫織ちゃんの、サクラの焼印のお陰で売り上げがね。良いんだよ」

 「ほんとう、良かったね」

 「クレープ屋が来て、一時落ちて心配だったんだけど、紫織ちゃんのお陰だよ」

 「山下のおばちゃんの、回転焼きが美味しいからだよ」

 「もう・・・紫織ちゃん。嬉しいこと言ってくれるね。おまけするからね」

 「ありがとう。おばちゃん」

 「あ、紫織ちゃん。なんか、紫織ちゃんのこと調べているみたいな人がいたよ」

 「・・・興信所かな」

 「詳しくは聞かれなかったんだけどね

   “古本屋の二階で探偵やっているのは本当?” って聞かれたんだけど

   “わたしは良く知らないよ” って、言ったら帰って行ったよ。初めてみた人だね」

 「ありがとう。おばちゃん。お礼に今度、クレープもってくるね」

 「やだよ。この子は」

 「敵を知って己を知れば、百戦百勝よ。おばちゃん」

 「そ、そうかい・・・じゃ お願いしようかね」

 「違うって、己を知り敵を知れば、百戦危うからず」佐藤エミ

 「古文は苦手なのよ」

 「漢文よ」

  

 アルバイト任せにしなければならなかった古本屋と、

 こもれび小旅行本の利益は揺るがない。

 基本となる経営がしっかりしているときは少しくらい手を抜いても安定収入が見込める。

 アルバイトに回転焼きを配り。二階に戻る。

 「だれが調べているのかな。依頼者なら良いんだけど」 紫織

 「探偵かもね・・・」

 「うちの探偵が、どうやって犯人にたどり着いたのか調べていると思うよ」 佐藤エミ

 「でしょうね」

 「一番、成功報酬で割合が大きいのが犯人探しをしたシンペイ君みたいだけど」

 「彼、どうやって犯人にたどり着いているの?」

 「知らない人間が多い方が秘密を守れるでしょう」

 「まあ、そうね・・・」

 「お父さんは、引き抜きの第一位を茂潮にするか、古賀君にするか、悩んでいるくらいだから」

 「やっぱり」

 「安井組もね・・・」

 「ひょっとしたら、南興系か、北奉系に雇われた興信所かも」

 「それなら、青田買いすれば良いだけだし」

 「中学二年の青田買いは、犯罪よ」

 「ということは、探偵や興信所そのものが調べているかも。ライバル関係だから」

 「なるほど “異常な手法で犯罪捜査を解決している探偵事務所があるから調べて来い” っか」

 「あはは」

 「笑い事じゃないって。事実なら、本格的な盗聴器発見器を買わないと」

 「うそ。あれじゃ駄目なの」

 紫織は、部屋の隅にある物を見た。

 「あんな安物・・・最新の盗聴器はね」

 「小型化だけじゃなくて、コンピューター内臓でステルス機能があるんだから」

 「お父さんも、どれを買うか検討していたもの」

 「あはは・・・」

 「一式買えば、盗聴探知機のレンタル料だけで安定収入になるわよ」

 「でもさ、犯罪捜査って比率低いし、基本は、浮気調査や素行調査、企業調査でしょう」

 「それは、こっちの姿勢しだいよ」

 「うちで解決した犯罪調査は、一級レベルだもの」

 「トライアングル殺人パズル。大友シゲル殺人事件。最近のノゾミちゃん殺人事件」

 「それって、やだな。血、見たくないし。怖いのイヤだし」

 「元々、雑木林不良トリオのアルバイトだったし」

 「確かに見たいものじゃないけど、向こうの方から近づいてくるよ」

 「佐藤家も秘密を握られているというだけで、お金を払っている。探偵事務所があるみたいだし」

 「ひ、秘密」

 「南興系も、北奉系も、佐藤家も、安井家も、致命的な秘密を握られていると。毎月、定期的にお金を渡しているはずよ」

 「その収入だけでやっている探偵事務所だってあるんだから」

 「恐喝じゃないの。それ」

 「違うよ。証拠を送りつけてくるだけで何も言わないんだって」

 「恐喝じゃないでしょう。こちらが察して、お金を渡すの」

 紫織と佐藤エミが含み笑いをする

 「そういうの、有り?」

 「現実よ。秘密を守ってもらうためだけに、そこと専属契約しているんだから」

 「大きな大企業じゃ その種の能力があるというだけで高い年棒を払って飼い殺し」

 「仕事を全然してなくてもリストラできないんだって」

 「茂潮も大きな企業のメインコンピューターの機密ファイルに振り込み口座番号を書いたワードを送り込むだけで、毎月、お金が振り込まれているしね」

 「捕まらないの?」

 「知られたくない内容が機密ファイルにあって」

 「ただの振込先の口座番号が入っているだけなのに、何で捕まえるの?」

 「パスワードとか、変えるんじゃないの」

 「そのときはまた、解読して、入り込むんでしょう」

 「怖い世界ね。それ」

 「弱みを握られている・・・ライバル探偵事務所が能力高いとか宣伝したりするけど、無理なのよね」

 「そうなんだ」

 「こもれび探偵団がね。そういう。レベルに近づいている、と言ってるの」

 「実質、茂潮は、それで生活費を稼いでいるんだから」

 「あはは・・・って、危険な状態じゃないの。それって」

 「当然よ。まだ中堅で、これから伸びていく会社は企業防衛とかなってないから、一番狙われやすいの」

 「ほら、ライバル企業からすれば目の上のタンコブね」

 「潰れてくれたら助かるし。引き抜きも出来たら嬉しいし」

 「はあ〜 探偵業は、ただのアルバイトだったのに・・・・」

 「大丈夫よ。茂潮がいるから」

 「Bファントムがその気になれば、どこぞの探偵事務所のパソコンは全滅よ」

 「最高機密ごとおじゃんに出来る・・・」

 「でも、用心しておいた方が良いのは確かね」

 「最悪でも、こちらが盗聴で弱みや秘密を握られないようにしないと」

 「はぁ〜」

 「運が良かったわね。Bファントムが楠カエデのファンで」

 「そうね」

 「犬でも買う? 訓練された中型犬一匹でも飼えばそれだけ、有効よ」

 「そうする」

 「さてと、後は勉強ね」

 「はぁ〜」

  

  

 こもれび古本店の二階

 回転焼きと、お茶で、ティータイム。

 紫織、楠カエデ、佐藤エミ、安井ナナミ

 「・・・仕事内容は、三富広告代理店の企業防衛なんだけど」 紫織

 「企業防衛は、初めてよ」

 「だいたい、会社に入り込める人材がいないじゃない」 楠カエデ

 「スパイは二種類いるの。フリーのスパイとクライアント付きのスパイ」

 「対処は、スパイを見つけて、やめるように説得するの、それでお終い」

 「処理の仕方はストーカーと同じよ」

 「基本的に見つかったらスパイは失敗だから。ストーカーより楽ね」 佐藤エミ

 「だから、だれが、その会社に潜入するの?」 楠カエデ

 「わたしとシンペイ君が夏休みのアルバイトで掃除婦として入るから」

 「カウンタースパイの講習は、茂潮さんがマニュアルを送るそうよ」

 「大丈夫? ライバルとぶつかるのよ」

 「やってみるね。向こうの社長とは、それで話しがついているから」

 「よく信じてもらえたわね」

 「実績があるとね。中学生でも信じてもらえるのよね」

 「わたしたちに出来ることは? 浮気調査を抱えているからサポートも難しいよ」

 「試してみる。子供だとね。油断する人間は多いから」

 「どうかな、有名人」

 「私を知っていたら、間違いなくスパイね」

 「なるほど」

 「一応、わたしたちの偽の経歴」

 紫織は、履歴書のコピーを見せる。

  

  

 三富広告代理店に入り込んだ紫織とシンペイは、掃除服を着るとオフィスビル内を清掃。

 紫織とシンペイが探偵とわかるのは社長の三富サブロウ、51才だけ。

 残りの社員64人は、紫織とシンペイを孤児院のかわいそうな少年少女と思っている、はず。

 ごく一部、その道に長けた人間でなければ偽名を使っている2人を知る者はいない。

 紫織とシンペイは、通路を掃除する

 「・・・シンペイちゃん。どう?」

 「誘導尋問しないと分からないよ。スパイ疑惑でも広めないと」

 「そう・・・ごめんね。シンペイちゃん。合気道の大会が近いのに引っ張り出しちゃって」

 「いいよ、それなりに刺激があるし、お金にもなるし」

 「理髪店の新築を思い切って出来たのも、あのときのお金が大きいから」

 「いまじゃ シンペイちゃんの方が小金持ちか」

 時々 社員と擦れ違う。

 社長の直接人事でライバル関係にないため、意外と良くしてもらえる。

 聞き耳を立てると子供と思っているのか、いろんな話しが聞こえてくる。

  

 「・・・ねぇ 聞いた」

 「うちが企画していたレトルトカレーの広告と似たCMがアット・ドット広告に先にやられたんだって」

 「え〜 なんで。パクッタの? パクられたの?」

 「シーッ 聞こえるでしょ・・・・・・」

 「・・・うそ〜」

 「クライアントが怒ったらしいよ」

 「それは怒るよ・・・本当に向こうが先だったの?」

 「みたいね」

 「そんな噂が広がったら潰れちゃうんじゃない」

 「え〜 駄目〜 ローンで車買ったばかりなのに」

 「無理して買うからよ」

 「誰かさんみたいに海外旅行に行かないで買った車なんだから」

  

 「なあ・・・企業スパイが入っているって本当かな?」

 「大型の取引が連続三度目だからな。洒落にならんだろう」

 「一度は、偶然だが、こうも続くと、信用なくすぜ」

 「掃除婦、止めさせて孤児院の子供を掃除で入れるんだ。やばくないか」

 「潮時かな、この会社も・・・」

 「こまるよな〜 結婚が遠のくだろう」

 「おまえ、相手がいないだろう」

 「うるさいな・・・会社が潰れたら、おまえだって、上司の悪口いえなくなるぞ」

 「言いたくて、言ってんじゃないよ。おれは・・・・」

  

 

 「部長、大丈夫ですか?」

 「もう駄目だ・・・この世界で信用をなくしたら終わりだというのに・・・」

 「会社組織がガタガタにされているような感じですよね・・・」

 「スパイ疑惑だけでなく、モラルが低下して、備品の紛失も増えている」

 「このままだと相互不信で空中分解だぞ」

 「一生懸命にやっても空回りしているようで苦しいですからね」

 「ああ・・・しかし、がんばってくれ。このままだと大変なことになる」

 「はい」

 「本当。頼むよ。潰れた会社の部長なんて無能管理職の代名詞のようなものだ」

 「転職先なんて惨めなもんだぞ」

 「そうなんですか?」

 「若い、おまえたちが羨ましいよ」

  

  

 こもれび古本店の二階

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミが回転焼きを頬張りながら雑談。

 双方向通信で茂潮カツミとも繋がっている。

 「・・・紫織ちゃん。見つかった?」 佐藤エミ

 「まだ」

 「ふ〜ん・・・・殺人犯の方が見つけやすいんだ」

 「ま、まさか。あはは」 紫織、ごまかす

 「強敵よ。たぶん・・・同業者だし」 安井ナナミ

 「って、いうより、向こうはプロ」

 「それもスパイは、違法行為だから罪悪感なんてない人間ね」 佐藤エミ

 「アット・ドット広告がスパイを送っているかもしれないけど・・・」 紫織

 「それもどうかな・・・二重スパイとか、三重スパイとかあるし」

 「アット・ドットを隠れ蓑にしているだけかもしれないし」 佐藤エミ

 「え〜 スパイって怖い」 紫織

 「人殺しじゃないから霊現象発生器は使えないよ」 安井ナナミ

 「あっ 社長に自殺してもらうか」 紫織

 「・・・取り敢えず。調べた限りだとスパイは機密を手に入れるだけじゃなく」

 「会社組織を崩壊させて潰してしまうの」 佐藤エミ

 「酷い。潰しちゃうの」 紫織

 「ライバル会社が減れば、それだけ利益が上がるもの。当然よ」 佐藤エミ

 「弱肉強食ね」 安井ナナミ

 「倒産している会社って、そのスパイにやられている場合もあるから」

 「気付かせないようにやるのが一流のスパイね」 佐藤エミ

 「じゃ 今回のように破壊工作と情報漏えいの両方をやるのは、二流よ」

 「スパイがいるとわかっちゃうし」 安井ナナミ

 「二組。入っているかも。破壊工作組と情報漏えい組と」 佐藤エミ

 「それとも、元々 会社組織が脆弱だから、情報漏えいしただけで組織崩壊とか」 安井ナナミ

 「ありえるわね」

 「それで、スパイの特性は有能。控えめで表に出なくて溶け込み易く」

 「聞き役で人気があって、面倒見が良い」

 「その会社で出世意欲をみせず、派閥争いに利用されずで、信頼されるの」

 「あと、どこの部署にいても違和感がない人間」 佐藤エミ

 「・・・私好みの良い人間だわ」 紫織

 「悪そうな人間がスパイになれるわけ無いでしょう」

 「財布を預けてもいいような人間がスパイになれるの」

 「そういうのって逆に珍しいからクラスで言うと三森君、井口君ぐらいしかいないよね」 佐藤エミ

 「シンペイちゃんは?」

 「え〜 駄目。面倒見悪いし、オタクで溶け込めないし」 安井ナナミ

 「た、確かに、古賀君って、趣向が子供子供しているよね」 佐藤エミ

 「はぁ〜 そういう、良い人間か。証拠見つけないとね」 紫織

 『・・・あ、あのう・・・アット・ドット社の社長のパソコンを調べたら』

 『アズマというコード名で、CMの素案が入っていたけど』

 『三富広告代理店のロゴ入りで』  茂潮カツミ

 「・・・それが、どこから配信されたかわかる」 紫織

 「三富広告代理店に “アズマ” っているの?」 安井ナナミ

 「・・・ヒガシ・・・東ユウキ、総務部。いま聞いたようなスパイの性質だと」

 「それも、隠れ蓑にされているだけかも」 紫織

 『配信を捜索すると、会社の東ユウキに到るけど痕跡が消されている』

 『・・・東ユウキのパソコンを隠れて使っているか』

 『LANを使って東ユウキのパソコンを経由いているか・・・・』 茂潮カツミ

 「じゃ その種の能力が高いということ」 紫織

 『見つからなければ・・・』 茂潮カツミ

 「じゃ 証拠が必要ね」 紫織

 「一番苦手じゃない。証拠を探して、犯人に行き着くのって」 佐藤エミ

 「あはは」 紫織

 『LANなら東ユウキのパソコンと連動しているはずだから、次に繋がったときに調べてみるよ』

 『あと銀行や郵便局の口座。こいつを調べると一発だけど』

 『他人名義の口座や地方銀行の口座を使っていたりすると、手間取るよ』 茂潮カツミ

  

  

 夏休み。

 勉強と仕事と裏家業に明け暮れる毎日。

 紫織は忙しく、過労死気味。

  

  

 三富広告代理店 総務室

 掃除する紫織とシンペイ。

 東ユウキ、27歳。4年前に中途採用。

 怪しいといえば怪しく、凡庸な気もする。

 何より殺人と違ってオーラが損傷もしておらず、変質も小さく、わかりにくい。

 「シンペイちゃん。どう? 東ユウキ」

 「一番怪しいのは、守衛の椎葉シロウ・・・あと・・・同じ総務の佐原ミユキ・・・」

 「それと・・・営業の幸城ショウタ・・・木島ジュンコ・・・会計の松本ケイジ・・鈴木ヒカル・・・」

 「じゃ 東ユウキじゃないということ」

 「・・・たぶん・・・でも・・・わかりにくいんだ・・・微妙すぎて」

 「さすがスパイね・・・」

 「長引くかも・・・取り敢えず・・その怪しいという6人を調べてみるしかないわね」

  

 こもれび古本店の二階

 怪しいと思われている。

 守衛の椎葉シロウ。

 総務の佐原ミユキ。

 営業の幸城ショウタ。 木島ジュンコ。

 会計の松本ケイジ。 鈴木ヒカルの中で、

 就業5年以上の木島ジュンコ、松本ケイジ、鈴木ヒカルが消える。

 残ったのは、5年以下の守衛の椎葉シロウ。総務部の佐原ミユキ。営業の幸城ショウタ

 「・・・・えっ。何で5年以下なの?」 紫織

 「潰すのが目的なら5年以内で潰さないと割に合わないもの、成功報酬もらえないし」

 「変更型かもしれないけど、資質がね、違うみたいだから」 佐藤エミ

 「そ、そうなんだ」 紫織

 「まあ、5年以上の人たちは、コソドロね」

 「コソドロとスパイは、結構、紛らわしいけどね」 佐藤エミ

 「いないといけない人間。いても、いなくても、いい人間。いないほうがいい人間」

 「下っ端の失敗って給料分だけど、幹部クラスの失敗は致命的過ぎて組織潰しちゃうもの」 安井ナナミ

 「ふ〜ん」 紫織

 「帝王学よ。帝王学。最近、おにいちゃんの読んでいるけど意外と面白いよ」

 「学校の教科にすれば良いのに」 安井ナナミ

 「あれは紛い物よ」 佐藤エミ

 「エミちゃん。読んだことあるの?」 紫織

 「うん。メッキよ。数世代すれば剥がれちゃうもの」

 「人格的にその水準に達していないと駄目だし」

 「帝王学どおりできるかどうか別だし、妻と子供の当たり外れもあるし」

 「根本的に人間性を変革させることができないから」 佐藤エミ

 「じゃ こもれび探偵団は?」 紫織

 「組織論でいうと営利組織と同好組織があるけど、探偵団は、まだ小さいから単純で良いの」

 「利益配分がきっちりとしているのにノルマもないし」

 「道義的な理由以上の責務もないから、同好組織に近い」

 「でも異常に利益が大きいの」

 「組織論で言うと。人材が増えるとか、だれか専属にならないのなら。このままだけど」

 「一番駄目なのは、営利組織と同好組織が家族経営みたいな感じ」

 「公私混同でグチャグチャになってしまうことね」

 「二つの組織は、矛盾しているから」 佐藤エミ

 「なるほど」 紫織

 「成功報酬の半分が手柄を立てた人間で分けて半分が等分配でしょう」

 「雑だけど。はっきりして、わかりやすいし」

 「楠カエデも、キャリア崩れのくせになかなか、やるわね」 佐藤エミ

 「キャリア崩れ〜」 安井ナナミ

 「・・・東大卒・・・」 佐藤エミ

 「げっ! 人は見かけに・・・・」 安井ナナミ

 「楠お姉ちゃんって、あたま良いんだ」 紫織、ガクッ

 「取り敢えず。守衛の椎葉シロウ。総務部の佐原ミユキ。営業の幸城ショウタで調べてみるか」

 「履歴書が事実なら問題はないような気もするけどね」 佐藤エミ

 「人がスパイになる動機というのは?」

 「そして、なる要素は何かしら」 紫織

 「不当な利益を得ることに対する罪意識の欠如」

 「そして、その機会が得られたことね」

 「外的な要因もあれば内的要因もある」 佐藤エミ

 「ヤクザとか」 紫織

 「借金を帳消しに、って、いうのもあるかも」 安井ナナミ

 「・・・控えめで溶け込み易くて、聞き役で人気があって、面倒見が良くて。信頼され」

 「あと、どこの部署にいても違和感がない人間って、ヤクザの適性に有能なの?」 佐藤エミ

 「あ、あのね。エミちゃん」

 「ヤクザが、みんな切った張っただと思ってない」

 「出来る人間は、そういう性質くらい持っているから・・・・」

 「もっとも、スパイより、殺し屋になっちゃう場合も、あるけど」

 「それだって、切った張ったの性質なんて、微塵も無いよ」 安井ナナミ

 「こ、怖すぎるよ。それ」 紫織

 「大丈夫よ・・・・普通、用事がないとき以外は、接触ないから」

 「ヤクザだって、そういうの巻き込まれたくないし」 安井ナナミ

 「へぇ〜 ヤクザもそうなのか」 佐藤エミ

 「当たり前よ。リスクを避けて楽して儲けたい、万人共通」 安井ナナミ

  

  

 合気道の大会

 古賀シンペイ、鎌田ヨウコ、中山チアキが出場

 紫織、沢渡ミナ、佐藤エミ、沢木ケイコ、足立クミコ、白根ケイ、安井ナナミが応援。

 古賀シンペイが一般の部で出場

 「シンペイ君の強さは、本物ね」 沢木ケイコ

 「シンペイちゃん。強すぎ」

 「誰かさんが練習の邪魔をしている割に強いから」

 「うぅ・・・ごめんなさい〜」

 「こもれび商店街も応援に来ているのに・・・紫織ちゃん、評判落とすよ」

 「そうでもないよ。こもれび探偵団も事件を解決しているし、そんなに悪くないよ」 沢渡ミナ

 「一応、シンペイ君も自発的でしょう」 佐藤エミ

 古賀シンペイが頭一つ高い相手の関節を固めようとしたところを切り返される。

 しかし、想定していたのか、逆に押し崩して倒す。

 歓声が上がる

 「沢木さんは、出ないの?」 紫織

 「・・・勉強のほうに時間が取られているの」

 「・・・べ、勉強か・・・」 紫織、引きつる

 「紫織ちゃんも、かなり追いついたと思うよ」 佐藤エミ

 「佐藤も付き合い良いね。自分の勉強を遅らせて良いの?」 沢木ケイコ

 「紫織ちゃんのためなら良いかも」 佐藤エミ

 「・・・・」 紫織

 「あれ〜 佐藤って小学生のときは思いっきり、お嬢様だったのに・・いまじゃ 下僕?」 沢木ケイコ

 「下僕も、結構、楽しいのよね」 佐藤エミ

 「下僕なんて思ってないから」

 「ふ〜ん・・・小旅行本。夏休みの割に止まっているんじゃない」 沢木ケイコ

 「はぁ〜 一巡しちゃったし、マンネリ化しているのよね」

 「新しいテーマというか、リズム感というか、新風を入れないと。厳しいかな」

 「でも、心霊物は、売れ行き良いよ」

 「外注で売り上げが伸びているけど、利益は、ほとんど無いけどね」 沢渡ミナ

 「だ、だって〜 バックナンバー印刷が多くて、時間が取れないんだもの〜」

 「印刷会社もまとめて印刷する方が安くしてくれるし」

 「やっぱりさ。広告付けたくなるのって、わかる気がするな」 沢渡ミナ

 「広告か〜」 紫織

 「環境にやさしくなら、広告はいらないでしょう」 沢木ケイコ

 「文書力とプログラムで勝負しなさいって、天の声よ」 紫織

 「一度、旅行のプログラムで詩を作ってもらいたいわね」 沢渡ミナ

 「わたしも、日帰りプログラムを作ってもらいたいものね」 佐藤エミ

 「でも、広告なしで環境にやさしく・・・・説得力があるでしょう」 紫織

 「・・・そう思いたい人にはね」 佐藤エミ

 「あっ! 中山さんだ」 沢渡ミナ

 鎌田ヨウコは、奈河合気道場の女子の部で主将になっていた。

 そして、先鋒の中山チアキが出て声援が増える。

 大会随一の美人。

 観客の九九パーセントが中山チアキの味方。

 『紫織ちゃん。三森君がね。空手の道場に行ってるの。知ってた?』 佐藤エミ

 『うそっ』

 『古賀君が強いからライバル心ね』

 『秘密にしているみたいだけど。結構、まじめにやっているみたいよ』

 『そ、そうなんだ。勉強ばかりじゃないのか』

 『どうする?』

 『・・・秘密にしておきたいのなら気付かない振りしてあげるけど』

 『教えてくれたときは、ソコソコ驚いてあげる』

 「さすが、こもれびの化け娘」 佐藤エミ

 「あ、あのね〜 でも、シンペイちゃんには勝てないだろうな」 紫織

 「そうね・・・古賀君、合気道の天才だって最近は、勉強でも成績いいから、無敵ね」

 「でしょうね・・・」

 先鋒の中山チアキ。なんとか勝つと歓声が大きくなる。

 「へぇ〜 中山さんもなかなか」 紫織

 「そのうち、わたしも出るから」 沢木ケイコ

 「えっ 沢木さん、そんなに強いの?」

 「綺麗で強いのって。カッコ良いじゃない・・・・中山のやつ〜」 沢木ケイコ

 「あのね。綺麗で頭が良いだけじゃ物足りないわけ」

 「強さ、まで求めるなんて、欲張りすぎ」

 「紫織ちゃんだって、奈河市の商店街のマスコットじゃない」

 「古本屋の店主。こもれび小旅行本の編集出版販売まで手がけているし」

 「名探偵で、料理も美味いし・・・・そっちこそ、いい加減に慎みなさいよ」

 「名探偵は、わたしじゃないって、それに学力犠牲にしているもん」

 「勉強は、ただの好き嫌いだったりして」 沢渡ミナ

 「・・・その通りです」

  

 

 

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第30話  『ちょっと、本格的』

第31話  『生きるのに少し慣れたかな』

第32話  『スパイ見〜つけ』

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