月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第32話 『スパイ見〜つけ』

 この頃、安井組で問題になったのは、若い衆に非合法なアルバイトをさせている。

 こもれび探偵団。

 盗聴やマイクを個人の家に仕掛けるのは犯罪。

 もっとも、問題にしたのは、犯罪でなく。

 外部からのアルバイトを“組”組織の切り崩しと思う者がいたことだ。

 安井組の資金源は、土木工事やみかじめ料、警備の収入がメイン。

 利益率と上納金との兼ね合いを考えれば、それほど強い組織ではない。

 アルバイトの割り振りを仕切っていたのは、組長の娘、安井ナナミ。

 事実上、こもれび探偵団の仕事。

 組長。一般的には社長といわれているが、その息子、次期若頭の安井トウジ (23歳)がいる。

 若社長は、回転焼き屋の前で角浦紫織と接触。

 彼は、大柄でもなく、長身でもなく、

 ブランド物のスーツを除けば、平均的な23歳で凡庸な若者に見える。

 二人とも長椅子に座って回転焼きを食べ、

 奇妙な組み合わせに見える。

 「・・・・お嬢ちゃん。うちの若い衆を使っているようだが」

 お嬢ちゃんと言われ、紫織は思わず頬を赤くする。

 次に誰かに言ってもらえるとしたら何年先だろう。

 いや、最初で、最後か。

 「・・・ナナミちゃんが、やっている。不定期のアルバイトのこと?」

 「社長は、あんたを高く評価しているようだが、おれは違うぞ」

 「ナナミちゃんと仲良くするなってこと?」

 「そうじゃない」

 「アルバイトを頼むなってことかしら」

 「違う」

 「じゃ なに?」

 「アルバイトは、おれを通して欲しい」

 安井トウジが名刺を渡す。

 「ヤクザと組むつもりはないよ」

 紫織も、儀礼的に名刺を渡す

 「・・即答・・・お見通しか・・・そっちから利用しているくせに、言うもんだ」

 安井トウジが、あきれる

 「残念だけど。ヤクザ映画より、刑事物映画の方が好きだから」

 「・・・刑事物より、ヤクザ映画のほうが多いんだ。非合法なことしている、くせしやがって」

 「不良刑事映画」

 「これでも、真っ当な仕事に比重を移しているんだけどな」

 「暴対法で苦しいから?」

 「逆方向に行く。ところもあるぞ」

 「ナナミちゃんを巻き込まないでね」

 「・・・痛いところを突きやがる。本当に中学生か?」

 「似合う」

 紫織は、制服を着ていた。

 「制服は、便利なもんだ。中身と違うものにも化けさせやがる」

 「だれが、あだ名を広げているのか分かった気がする」

 「定着させた原因は、自分自身だろう」

 「まあ、良いだろう。妹の逃げ道を確保しておくのも悪くない」

 「妹をよろしく頼むよ」

 安井トウジは、そう言うと去っていく。

 「・・・驚いたね、紫織ちゃん。安井組の若を煙に巻いたのかい」 山下のおばちゃん

 「おばちゃん。人聞きの悪いこと言わないでよ。妹思いのお兄ちゃんだっただけよ」

 「良かったね。妹想いの “若” で」

 「そうね。それにバカじゃなくて良かった」

 「安井組は、良心的だよ。先々代までは酷かったらしいけどね」

 「ふ〜ん」

  

  

 こもれび古本店の二階

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、榊カスミがいる。

 別の場所にいる茂潮と双方向回線が開かれていた。

 守衛の椎葉シロウ。

 総務部の佐原ミユキ。

 営業の幸城ショウタの中にスパイがいると思われていた。

 三富広告代理店に仕掛けた監視カメラに怪しい動きはなく。

 LANも茂潮がトレース。

 「・・・・LANの時間帯で言うと東ユウキを経由しているのは、幸城ショウタが一番多い」

 「スパイが東ユウキでないのなら」

 「インターネットで情報を漏えいしているのは、幸城ショウタになる」

 茂潮カツミが双方向通信で話す

 「他人のIDを利用してインターネットで遊んでいる人間もいるんじゃない」 安井ナナミ

 「佐原ミユキが、それ。普通は、広く浅く」

 「それに、いま、三富広告代理店のオフィスサーバーを監視しているのは僕だからね」

 「過去の履歴、時間帯を調べると」

 「取引金額の大きいCMの情報が漏れた時は、必ず幸城ショウタが東ユウキを経由している」

 「あるいはそう見せかけている」

 「ねぇ。本当に東ユウキは怪しくないの?」

 「履歴からすると、彼が怪しいけど」 榊カスミ。ムッとしている

 「そう思うけど・・・・・椎葉シロウは? 57才。妻、子供2人。まじめで、投稿オタク?」 紫織

 「LANやパソコン上は怪しくないよ」

 「まじめじゃない、チカンよ!」

 「よっぽど逮捕してやろうかと思ったけど」 榊カスミ

 「逮捕したら、過剰防衛の暴力婦警さんで、一面を賑わしたんじゃない」 安井ナナミ

 「ふっ」 榊カスミ。にや〜。

 「スパイじゃないわね」 紫織

 「東ユウキと佐原ミユキは、一人暮らしで盗聴器と監視カメラを取り付けたけど怪しい動きはないみたい」

 「幸城ショウタと椎葉シロウは家族と住んでいるから盗聴器や監視カメラを仕掛けるのは難しいよ」 安井ナナミ

 「でも・・・実家や家族持ちのスパイってありなの」

 「イメージ狂うな。ていうか、家族が、かわいそ過ぎる」 紫織

 「生活環境からすると、一人暮らしの東ユウキと佐原ミユキが怪しいけど」 佐藤エミ

 「スパイに家族がいては、駄目ということはないよ」

 「家族持ちは、信頼されるから。利用できるだけじゃない」

 「統計上、家族持ちの産業スパイも少なくないよ」

 「変更型だと中間管理職が退職金と比較してが多いけどね」 榊カスミ

 「な、なんか恨まれそう」 紫織

 「何もしなければ三富広告代理店は潰れる。社員に恨まれるだけ」 佐藤エミ

 「どうしたものかしら茂潮さん。銀行口座の方は、調べられそう?」

 「・・・まだ、三分の一かな。他人の名義を使われていたら、どうにもならないけど」 茂潮カツミ

 「まだ・・・証拠としては弱いよね。それに一人だけとは限らないし」 紫織

 「東ユウキは、36歳、独身、まじめなタイプ」

 「佐原ミユキは、23歳、独身、まじめに見えるけど」

 「彼女が他人のIDを使ってインターネットで遊んでいる小悪党ね」 佐藤エミ

 「危険を冒してスパイをしている人間が、そんな、つまらない悪事をしないか・・・・」紫織

 「それも・・・・そうね」 榊カスミ

 「じゃ 消去法で、幸城ショウタね」 紫織

 「ねぇ 本当に大丈夫?」

 「他にいるとかない・・・失敗すると信用問題になっちゃうけど」 榊カスミ

 「取り敢えず。中間報告することにするわね」

 紫織が中間報告書を揃える。

 紫織は、ドーベルマン・ピンシャー犬を購入。

 淡黄褐色で高さが67cm。31kg。

 精悍な警備犬として優れた資質を持っていた。

 名前はハル。既に訓練された犬で、とんでもない金額。

 数日間は、犬の慣らし訓練をしなければならなかった。

 紫織が犬を購入したことは、すぐに知れ渡るだろう。

 世話をしなければならないが安全性は高まる。

  

  

 数日後

 茂潮カツミが農協で幸城ショウタの隠し口座を発見。

 紫織は三富サブロウ社長に報告。

 幸城ショウタは背任で懲戒解雇。

 ほか、数人が備品盗用で戒告。

 社長の三富サブロウは、怒髪天突くような。

 信じられないような顔で口をパクパクさせる。

 幸城ショウタは、涼しい顔をして悪びれる素振りも見せず。

 名刺を机の上において出て行く。

  

  

 日暮れの奈河川

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、ハルの影が河川敷に揺れる。

 仕事が終わって、なんとなく散歩。

 「・・・紫織ちゃん。ハルちゃんの背中のカバンはなに?」 安井ナナミ

 「買い物したものを入れるカバン。良いでしょう」

 「苦役させるの?」

 「かわいいハルちゃんを」 佐藤エミ

 「何よ。当然じゃない。物凄く高かったんだから」

 「でもさ。名探偵として問題よ」

 「犬が一緒で、入れないところがあるのは不味いよ」 安井ナナミ

 「だから名探偵じゃないでしょう」

 「名探偵は、古賀君だっけ」

 「推理マンガの読みすぎて、そういうのわかるようになったのかな?」 佐藤エミ

 「かもね・・」

 「でも、推理ショーくらい、できないとね」 安井ナナミ

 『そりゃ無理だわ・・・オーラで判断しているんだから』

 「あ・・無口だから無理ね」 安井ナナミ

 正面から見覚えのある大人が歩いてくる。

 幸城ショウタだと気付くと、三人の緊張感が高まる。

 正面に立つ幸城ショウタが善人面で微笑む。

 ハルが警戒する。

 「やあ、こもれび探偵団の諸君」 幸城ショウタ

 「・・・・・」 紫織

 「やってくれたね」

 「角浦君が掃除婦で入ってきたのを見て、いつ見つかるかドキドキしていたよ」

 「何の用?」

 幸城ショウタが名刺を三枚、差し出す。

 「リクルートだ」

 「よろしく。こもれび探偵団」

 「よろしく。幸城さん」

 紫織が自分の名刺と交換。

 こもれび探偵団と幸城ショウタの影がすれ違っていく。

  

  

 こもれび古本店の二階

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、楠カエデの四人が回転焼きを食べながら雑談。

 「幸城ショウタか・・・」 楠カエデ

 「純粋に手駒が増えたと考えるべきか」

 「それとも他の探偵に、こもれび探偵団の秘密を漏らそうとしているのか」 佐藤エミ

 「請負でしょう。連絡して仕事と報酬の折り合いがつけば良いだけじゃないの」 紫織

 「名刺にはなんと?」

 紫織が名刺を楠カエデに見せる。

 「肩書きなし名前と連絡先だけ・・・結局、フリーのスパイだったの?」

 楠カエデが名刺を返す

 「断定するのは早いと思う」

 「ハルがいたけど、彼、陸上自衛隊に4年いたから、さすがに怖かったわね」

 「うん、さすがに怖かった」 安井ナナミ

 「あのね、短絡なヤクザじゃないんだから」

 「でも、あの変わり身の早さは、スパイ特有ね」 佐藤エミ

 「じゃ 完全に味方じゃないよね。二重スパイとかあるし」 紫織

 「二重スパイは、信用問題でリスクが大きいから。ないと思うけど」 楠カエデ

 「いくらが相場かな」

 「わたしたちは奈河市なら1日6万以下と経費プラス成功報酬だけど」

 「安井組の若い衆より高いよね」 紫織

 「同額なら文句ないんじゃ・・・」 安井ナナミ

 「必要になったときに検討して、交渉すれば良いと思うけど」 楠カエデ

 「でも依頼。増えているよ」

 「浮気調査4件、素行調査2件、行方探し2件、経営調査1件」

 「市長の愛犬探し1件、カウンタースパイ1件」

 「いくら盗聴器と監視カメラと、茂潮の自動認識追尾システムがあるからって」

 「今の人数じゃ限界があるよ」 安井ナナミ

 「安井組が費用対効果で良いんだけど」 紫織

 「不定期のアルバイトでも、これ以上やると、おやじも黙っていないと思うけど」 安井ナナミ

 「結構、効率的なんだけどね。シンペイ君のお陰で・・」 楠カエデ

  

  

 夏休みのある一日

 紫織は、古本をめくりながら、ため息。

 ハードボイルドの探偵物だと主人公は、依頼が来なくて暇そうにしている。

 しかし、こもれび探偵団は、意外と仕事が多い。

 アルバイトでは人数が足りず、探偵団専属の人材が必要になっていく。

 人手不足で幸城ショウタの仕事依頼は、すぐに出され。

 彼が有能な探偵で、スパイであると証明される。

 幸城ショウタにすれば、受注の多い、こもれび探偵団の仕事が入れば楽。

 こもれび探偵団も余力がない時、使える駒がいれば助かる。

 双方とも、そういう関係だった。

  

  

 紫織は、古本店内で本を抜き打ちで確認していく。

 いくら裏家業や小旅行本の売り上げが伸びても本業をおろそかに出来ない。

 マニュアル通りなら問題はなく、

 値段や接客など間違っていなければ良かった。

 最近では、マニュアル優先順位が変わることはほとんどなく。

 補足が書き加えられる程度。

 指示が優先順位で明文化されていると、

 その時々の状況に合わせて柔軟に対応できなくなる。

 しかし、働いている方は、マニュアルに沿っていれば良いので楽だろうか。

 一通り、古本店の状況を確認すると、上にあがる。

 ハルが迎える。

 訓練されているだけあって油断のない素振りと、

 飼い主に対する愛情表現が分かる。

 教えられたように撫でて、かわいがる。

 そして、しばらくすると、定位置について座る。

 

  

 佐藤エミと夏休みの勉強。

 必死の追い込みだが集中力が欠くのは、相変わらず。

 二歩前進、一歩後退、這って進む。

 それでも佐藤エミの粘り強い協力のお陰か、

 紫織の学力も平均に達しつつあった。

 「そろそろ、依頼を引き受けた方が良いんじゃないの?」 佐藤エミ

 「はぁ〜 学生の本分は、学業。探偵なんて、14歳の中学生のやる仕事じゃないよ」

 「何をいまさら」

 「あはは」

 「紫織ちゃん。学力が平均に近づこうとすると、そのセリフが出るから」

 「そう。それで、つい仕事して、学力が落ちて開き直っちゃうのよね」

 「古賀君は、動けるんでしょう」

 「うん。でも、前回の県大会で5位だから。気が引ける」

 「紫織ちゃんにアレだけ連れ回されて、中等部5位か・・・」

 「沢木さんも、中山さんも良い顔しないし。鎌ヨもムッとしているし」

 「古賀君も、お金欲しいんだから、いえばやるよ」

 「確かにね。でもね〜 合気道で強いシンペイちゃんも良いんだな〜」

 「あれ〜 古賀君に惚れた」

 「い、いや、そういうわけじゃないけどさ。応援したくなるし」

 「三森君は、まだ、白帯みたいだけどね」

 「そうなんだ」

 「紫織ちゃんって、罪作りな女ね」

 「そんなことないよ」

 「だって、紫織ちゃんが古賀君を連れて裏家業やっているのだって」

 「古賀君が犯人探しに役に立つだけじゃなくて、強いからでしょう」

 「まあね」

  

 

 安井ナナミと沢渡ミナがクレープを買ってくる。

 ハルがジロリと睨むが知っている相手と確認すると、おとなしくしている。

 「・・・ミナちゃん。市長が名誉市民の授賞式をしたいって」

 「うん。聞いた。三人とも、もらえて良かったね」

 「市長も選挙が近いからここで点数を上げようというわけね」 安井ナナミ

 「あの道守紀行が良かったんじゃない。オドロ・オドロしくて」 沢渡ミナ

 「路線から外れている割に人気が出たから意外ね」

 「バス会社が道守経由で奈河市と加茂市間の路線を検討するとか言ってたけど」 佐藤エミ

 「真実は、闇の中なんだけどな」 紫織

 「戦後、行方知れずになった。道守村の豪農一家の不思議」

 「ちょっと、勘の良い人間なら見当つくじゃない。何が起こったか」

 安井ナナミが、こもれび小旅行本を見ながら呟く。

 「どっちかって言うと、奈河神社の建築秘話かも」 佐藤エミ

 「・・・でも、これじゃない。市長からの依頼。愛犬探し。懸賞50万」

 紫織がFAXをヒラヒラさせる

 「まだ、戻っていないんだ。もう5日でしょう」 沢渡ミナ

 「探してくれっていう。無言の圧力?」 安井ナナミ

 「犬探し・・・・・チャウ・チャウか・・・」

 紫織が捜索願の写真を見る

 「でもさ、警察が警察犬出して捜索して見つからなかったのに、いまさらじゃない」 佐藤エミ

 「懸賞50万で出てこないのは、死んでいるんじゃない」 沢渡ミナ

 「市長の犬を探せか・・・」

 「5日前、市長の大牟田リョウジの愛犬“みやこ”が、孫娘のサユリちゃん12歳と奈河公園を散歩中」

 「突然、サユリちゃんを振り切って失踪か・・・」 紫織が読む

 「あの公園は、それなりに広いけど、人は、それなりに多いから事件性はないと思うけどな」 佐藤エミ

 「でもさ、普通、犬が警察犬の追跡をかわして、逃げ切れるものなのかな」 安井ナナミ

 「車に乗らないと無理よね」 佐藤エミ

 「探してみる? “みやこ”」 紫織

 「でも、変な名前 “みやこ”」 沢渡ミナ

 「くすっ あのね。大牟田市長のお気に入りのキャバ嬢が “みやこ” なんだって」 安井ナナミ

 「・・・呆れた不良おやじね」 佐藤エミ

 「男って、そういう生き物っていう見本じゃないの・・・」

 「そのうち、シンペイ君や三森君も、おやじになったら・・・」 沢渡ミナ

 「そんな夢のないこと言わないでよ」 紫織

 「紫織ちゃん。現実逃避に幻想病と被害妄想病を併発したら末路は、絶望よ」 沢渡ミナ

 「紫織ちゃん。男に幻想を抱いたら駄目よ。現実を見ないとね」 佐藤エミ

 「あははは」

 「どうする? 名誉市民を確実にするために探す?」 佐藤エミ

 「・・言っとくけど、シンペイちゃんは、当てに出来そうにないよ」 紫織

 「スパイ探しの迷走ぶりからすると、人が死んでいる方が早いか」 安井ナナミ

 「・・・・・・」 紫織

 「それでも早い方だって、幸城が見つかったのは、二度目」

 「それも “こんなに早く見つかるなんて” って、褒めていたくらいだから・・・・」

 「それでさ、三富の社長、幸城を何回か使ったみたいよ」

 「経営者って、節操が無いよね」 佐藤エミ

 「げっ! 人間、実力が、あれば、何でもありか」 安井ナナミ

  

  

 奈河公園

 紫織とシンペイ。

 そして、ハルは、警察犬が “みやこ” を見失った場所に立つ。

 道路に近かったが20メートルほど公園の林の中。少し、陰になる場所。

 警察犬が見失うなら、車に乗らないと難しい。

 チェーンを外さないと車は、公園の中に入れない。

 ここで見失ったとすれば、袋に入れて運んだのだろうか。

 紫織の手には、大牟田家から貰ったビニール。

 “みやこ”の匂いが付いた敷き紙が入っている。

 自分たちの他、もう一組の探偵が捜索しているらしい。

 紫織は、調べた書類に目を通す。

 「“みやこ” が、大牟田サユリちゃんを振り切った場所が、あの丘の向こう側。260メートル先」

 「警察は、同じ公園にいた他の二頭の犬が同時に騒いだことから犬笛を使って、誘き寄せ」

 「ここで袋に入れて連れ去ったとみている、か」 紫織

 シンペイは、目を瞑って水晶が付いた振り子を持っていた。

 ハルは、不思議そうにシンペイの振り子を見つめる。

 20分ほど試行錯誤したあとシンペイは・・・・・・

 「あっちの方じゃないかな・・・」

 と、公園の中央の向こう。反対側を指差した。

 「あっちね〜」

 公園の出口の反対側にアジトがあるとすれば、それは、それでミスリードを誘う一つの手法。

 紫織は、地図を出して現在位置からシンペイが指差した方向に向けて一直線に線を引く。

 2人と1匹は、さらに移動。

 奈河神社から、もう一度、これをやって、もう一本、線を交差させれば、そこに犬がいることになる。

 紫織にすれば疑心暗鬼。

 しかし、これで発見できれば、シンペイの能力が上がっていることも確認できる。

 奈河神社について、シンペイは、もう一度、水晶の振り子を振る。

 紫織は、その間、地図に引かれた一本の線を見つめる。

 ただの住宅地が続いていた。

 状況から市長の愛犬と知らずに犬を誘拐したと考えられる。

 チャウ・チャウは、警戒心が強い犬で、飼い主以外になつかない、らしい。

 そして、盗んだ犬を飼うには、広い秘密の場所が必要だった。

 紫織は、線を伸ばしながら郊外の山に至る。

 シンペイが水晶の振り子で指差した方向を線で引いていくと山で交差する。

 ため息をつく紫織は、どうしたものかと思い悩む。

 ハルがいると、公共機関が使えない。

 さらに山の中腹で交差した場所に行く公共機関はない。

 タクシーにハルを乗せられるかどうか、交渉しだい。

 「どうやって、ここに行くかね」

 「僕が1人で行こうか、1人ならタクシーで行けるし」

 「・・・試しに犬も乗せられるかどうか試してみましょう」

 「でも帰りは、どうしよう?」

 「夕方になれば、雑木林に頼んで迎えに来てもらう方法があけど」

 「じゃ 犬が駄目なら、僕1人で行くよ」

 「1人で大丈夫?」

 「うん」

 「意外と頼もしいじゃない。シンペイちゃん」

 「うん」シンペイ

 紫織は、携帯で雑木林と連絡を取って、帰りの車を頼む。

 紫織とシンペイは、道路に出てタクシーを止めようとしたが犬連れのためか、なかなか止まらず。

 5台目になってようやく止まる。

 そして、犬を乗せるかどうかで交渉。

 2000円を前渡しで、ようやく乗る。

 紫織、シンペイ、ハルを乗せたタクシーが山に向かって走っていく。

 紫織は、地図を見る。

 一種の賭け。シンペイがオーラを知覚、操作できる点で確率が高い。

 紫織は、犬を盗んで売る窃盗団があると推理。

 そして、運が悪く、市長の犬を盗んでしまったと見当をつける。

 しかし、警察が本気になれば犬の窃盗団を捕まえられる。

 いまだに捕まえられない、どういうことだろうか。

 「・・・むかしは、この辺に “紅蓮” とかいう暴走族が集まっていて怖かったのですが」

 「いまは、静かなもんですよ」 運転手

 「へぇ〜 海岸の方じゃなかったんだ」 紫織

 「いや、山のほうに大きな住宅公団があって、紅蓮の幹部の半分は、そこに住んでいたんですよ」

 「ここから連絡を取りながら海岸に向かって走っていく間に集団が大きくなったようですよ」 運転手

 「いまは、どうしてるんですか?」

 「仲間割れが原因で解散して、数人単位でうろついて」

 「もう、小さな悪事しか出来なくなっていますね・・・」

 「この先、なにかあるんですか?」

 「ちょっと探し物」

 「・・・・いた。探し物」

 シンペイは、こちらに向かって、道路沿いの歩道をトボトボ歩いているチャウ・チャウを見つける。

 「止めて!」

 タクシーが止まるとシンペイが出て、チャウ・チャウのところに向かっていく。

 そして、チャウ・チャウを捕まえてくるとタクシーの所に引っ張ってくる。

 「そ、その犬を乗せるんですか?」

 運転手、汚れた犬にムッとする

 紫織は、捜索願のチラシを運転手に見せる。

 「大牟田市長の家に向かって」

 シンペイが前の助手席に座り、紫織を真ん中にハルと“みやこ”が乗る

 「どうやら、窃盗団の元から、逃げ出してきたみたいね。“みやこ”」

 紫織が薄汚れた “みやこ” を撫でる。

 ハルは訓練されているせいか、自重。

 “みやこ”はハルの方を意識している。

 タクシーは、反対車線に回って市長の家に向かって走る。

 「この辺に窃盗団がいるんですか?」

 「この犬がいなくなったときの状況から」

 「犬専門の窃盗団が、この近くにいるんじゃないかと思ったんだけど・・・・」

 「この埃を集めて警察に渡せば、後は探してくれるかな」

 紫織は、ビニールに“みやこ”に付いた土埃を入れる

 「・・・・50万円ですか? 血統書付きでも、もう3匹は買えますよ」

 運転手が手配書を見て呟く

 「そうね “みやこ” が、それだけ好かれているということね」

 「しかし・・・大金だ」

 「今回は、割が良かったわね」

 「山の中を探し回って窃盗団のアジトを探して警察に通報する手間が省けたし」

 「・・・アルバイトですか?」

 「そんなとこかな」

 紫織は、ハルに背負わせているリュックから餌を出し

 “みやこ” に食べさせると、お腹が空いているのか、勢い良く食べる。

 チラシの連絡先に携帯を入れる。

  

  

 大牟田市長宅に着いたとき。

 市長と孫、数人の家族。

 そして、警察が待っていた。

 紫織は、犬を引き渡した後、警察にみやこに付いた土埃の入ったビニールを渡す。

 「“みやこ”、“みやこ”。ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん」 大牟田サユリ

 「良かったね。サユリちゃん」

 「どこにいたの?」

 「杉平村の方から、こっちに向かって歩いていたところを見つけたの」

 「良くやってくれた。古賀君、角浦君。御礼をするから上がってくれ」 大牟田市長

 「はい」

 「はい」

 紫織がタクシーの代金を払おうとすると市長が、お金を払う。

 タクシーの運転手は、警察と話しをすることになった。

 その後、警察が杉平村の山一帯を調べたが発見されず。

 それらしい、痕跡もなかった。

  

  

 三日後。

 奈河川の花火大会会場、

 大牟田市長が角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミの三人に名誉市民賞を授与。

 名誉市民自体は大変なことだろう。

 佐藤エミは両親と、沢渡ミナは母親と、一緒に食事。

 奈河小学校や淀中学校の生徒もきていた、

 角浦紫織には、一緒に祝ってくれる家族がいない。

 「紫織ちゃん。あんたって、本当。むかつくわね。去年も、今年も」 中山チアキ

 「中山さんも、去年も、今年も、綺麗で本当、むかつく」

 中山と沢木は、ますます綺麗になって咲き誇り。

 一緒にいると主役の紫織は、まったく目立たない。

 紫織、鎌田ヨウコ、足立クミコ、安井ナナミ、白根ケイ、

 国谷ヒロコは、ほぼ同列線上で、どんぐりの背比べ、劣等感で一杯になる。

 もはや、足立クミコが、どんなに手を加えても追随不能。

 それでも、美人・不美人が一緒にいる。

 古賀シンペイ、三森ハルキ、石井ショウヘイ、横井タケトが、

 名誉市民の授賞式を見ていたからだろうか。

 雑木林婦警、楠カエデ、榊カスミが制服。萩スミレが私服で来ていた。

 そして、完成した奈河駅ビルの最上階のレストランが貸し切り。

 こもれび商店街、せせらぎ商店街だけでなく。

 南興系要人、北奉系要人、市長、議員もきている。

 受賞パーティーは、選挙運動パーティと化していく。

 何かオメコボシでもあるのか、面白いのか。

 市長と有力者は、角浦紫織、沢渡ミナ、佐藤エミの三人と写真を撮りたがる。

 名刺が腐るほどたまっていく。

 そして、打ち上げ花火が始まる。

 最上階のレストランから食事をしながら眺める花火は、絶景で格別だった。

 シチュエーションとすれば、ここで、殺人事件が起これば面白いだろうなと、

 エセ名探偵はぼんやり思う。

 無論、解決できる自信はない。

 紫織と同じ席についていたのは紫織の友人として呼ばれた安井ナナミ、萩スミレ、古賀シンペイ。

 「・・・なんだか、あっちこっちで探りあいをしているみたいね」

 紫織は、パーティの人の動きを見て、そう感じる。

 「こういうパーティーは、この機会を利用しようとしている人に便利で」

 「利用する術のない人と、どうでも良い人には苦痛なのよ」 安井ナナミ

 「じゃ 花火が見られなければね、苦痛な方ね」

 紫織は花火に見惚れる。

 「良いわね。こういう風に食事しながら花火を見るのも」 萩スミレ

 「河川敷で見るのも良いけど、この気分の良さは捨てがたい」 紫織

 「いま流行のセレブ気分ね。気軽に顔を拭けないのが辛いけど・・・」

 安井ナナミは、シンペイが、おしぼりで顔を拭いているのを羨ましげに見つめる。

 真似をすれば、せっかくの化粧が落ちる。

 「沢木さんや中山さんみたいな顔だったらね」 紫織

 「あの二人、まともに化粧していないのに、ますます綺麗になっていくじゃない」

 「鎌田さんも引き際ね」 安井ナナミ

 「経緯を知っているから辛いよね」

 「シンペイちゃんも悩みどころかな。女の子振るなんて出来そうに無いし」

 「あるある。古賀君。そっちの根性なさそう。相手が、かわいそうになっちゃうんだよね」

 「・・・振るのも、振られるのも、辛いけどね」

 「あれ、紫織ちゃん。三森君と上手く行ってないの?」

 「そういうわけじゃないけど・・・いま、距離があるかな」

 「恋愛どころじゃないか」

 「まだ早いわよ。あんた達、恋愛なんて。10年早い」 萩スミレ

 「あれ〜 スミレちゃん。彼氏いないの?」 安井ナナミ

 「婦警って、彼氏が、でき難い職業なの」

 「彼氏になってくれなきゃ 逮捕しちゃうぞ、って言えば」

 「言えるか! そんなこと」

 その夜、紫織は、なんら有利な取引を持ちかけることもなく。

 純粋に名誉市民の受賞と花火を楽しむ。

 その日、受け取った名刺は多く、

 彼らの狙いは、こもれび小旅行の広告に関することだった。

  

  

 こもれび古本店の二階

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、楠カエデ

 浮気調査6件、

 素行調査5件、

 人探し3件、

 企業調査3件、

 産業スパイ防衛1件、

 ストーカー対策1件、

 法人団体調査1件、

 アルバイトでは、処理不能なほど多い。

 しかし、その多くは、シンペイが所見で関わっていたため、

 比較的、効率よく進められる。

 最初の調査方針のベクトルが正しいと楽だった。

 被疑者が、わかれば、素行調査として他の興信所に外注。

 「浮気、素行調査は順調だけど、人探しとスパイ防衛は取り掛かりに勇気が必要ね」 楠カエデ

 「仕事がある程度、減らないと集中できないもの」 紫織

 「紫織ちゃんは?」

 「勉強しないと・・・・」

 「だよね・・・・」

 「あっ 紫織ちゃん」

 「警察で杉平村近辺の山を捜索したんだけど。窃盗団は、発見されなかったの」

 「その代わり、みやこが誘拐された日。普段は、見かけないバンが、ふもとで、目撃され」

 「そして、夜、犬の遠吠えと、みやこを繋げていたらしい木が発見されたの」

 「周りに “みやこ” の毛が落ちていたそうよ」

 「犬専門の窃盗団じゃないということ。場所が違うとか」

 「それは、ないわね。みやこの毛が落ちていたもの、それとドックフードも」

 「いったい誰が、やったの?・・・何が目的?」

 「警察が調べているけど。何か、作為があるみたいなの」

 「じゃ 犬を隠しただけ?」

 「紐を引き千切れなければ、飢え死にしていたけど」

 「そういうのは、目的ではなかったみたいね」 楠カエデ

 「いやがらせなら、怨恨ね」

 「大牟田市長は、風見鶏で首が回らなくなれば恨まれるから」 安井ナナミ

 「実のところ、どうなの?」

 「市長は、人から恨みを買っているの?」 紫織

 「普通よ。恨まれているか、というより。良い悪いは別にして、標準的な市長よ」

 「まあ、誰かに恨まれても、おかしくない。ということね」 佐藤エミ

 「選挙が近いからかな」 紫織

 「かもね。でも、こういう場合、被害者は同情票が集まって有利なんだけどね」 楠カエデ

 「じゃ 自作自演」

 「まあ、たかが犬・・・たいして金が動くわけじゃないから放っといて良いと思うけどね」 楠カエデ

 「それもそうね」

 「でも選挙がらみって、すごい金が動いているんじゃ・・・」 安井ナナミ

 「・・・なんか、幸城が好きそうな話し」 紫織

 「そうそう、なにやら動いているみたいね」

 「あいつ。どこかの候補者に雇われているわよ」

 「どうせ、女や金で誘惑したり、証拠を握って、あとで脅迫する気ね」 楠カエデ

 「悪党」 安井ナナミ

 「・・・なんか関わりたくないな」 紫織

 「でも、こっちの浮気調査も素行調査も半分が選挙がらみよ」 佐藤エミ

 「あはは・・・だよね」 紫織

 「うちは、市長側と思われているのは事実ね」 安井ナナミ

 「そういうつもりはないんだけどな」 紫織

 「金の味方ね」 佐藤エミ

 「まあ、政治のこといわれても良く分からないから・・・そうだけど」

 「政治家や人が信用できないから金の亡者になるのよね」 楠カエデ

 「政治不信が多いとモラル下がるから」 佐藤エミ

 「亡国も近いかもね」 楠カエデ

 「「「はぁ〜」」」

  

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第31話 『生きるのに少し慣れたかな』

第32話 『スパイ見〜つけ』

第33話 『これだから引き篭もりは!』

登場人物