第33話 『これだから引き篭もりは!』
中学二年、夏休み。
勉強するのは悪いことじゃない。学生の本分。
紫織は、追い上げをかけ、
いつ落ちるか分からない超低空飛行から安定高度にまで学力を上げようとする。
それでも、本業の古本屋。
副業のこもれび小旅行本の企画編集印刷製本販売もこなさなければならず。
もう一つ、こもれび探偵団という裏家業もあった。
裏家業の方は、雑木林・婦警トリオにそそのかされて始めた。
今では、収入の面でも、刺激の面でも魅力的だった。
ベーコン、ジャガイモ、ほうれん草、薬味を混ぜ、
オムレツを作って隣の理髪店に行く。
改装後のこもれび理髪店は、店員2人を雇って、
さらに売り上げを伸ばしていた。
理髪店3階の広いリビングで食べる。
紫織、シンペイ、沢木ケイコ、カオリ。
店の夕食で、家族揃っては、めったにない。
紫織は、料理が上手く、
カオリも負けそうなほどで、沢木ケイコや鎌田ヨウコは、足元にも及ばず。
中山チアキに至っては問題外。
カオリも、シンペイの嫁が紫織になるか、
沢木ケイコ、鎌田ヨウコになるかで、かなり違ってくると考える。
紫織だと文句一つ言えず。台所どころか、財布や主婦業、そのものを明け渡さなければならず。
沢木ケイコや鎌田ヨウコなら、姑らしく教える作業が必要であり、楽しみでもある。
これが、中山チアキだと苦労しそうだった。
慣れ親しんだ母の味というものもある。少しくらいの腕の差なら母の味が上。
しかし、紫織は、味で少し上だけでなく。
バラエティーで勝っており。
さらに古賀家も餌付けされていた。
その気になれば、カオリの味付けでさえ。
そっくり真似することも出来るだろう。
カオリも古賀家の主婦である自負心から、手抜き料理不可の毎日が続く。
一品減らして作れるのは楽なことでも、手抜きが出来ない苦しさは本物。
紫織が、たまに友達と別に食べてくれると、手抜きが出来るものの、
亭主と息子に思いっきり白い目で見られる。
この日、沢木ケイコは、ムッとしつつ、紫織を見る。
実力の差は、埋まっていない。
紫織にすれば “だからどうした” だろうか。
ますます綺麗になっている沢木ケイコは眩しいくらいで、
料理の差などどうでも良いだろう、という気分。
何も考えず、美味そうにオムレツを食べているシンペイは幸せ者だろう。
こいつは、本当にオーラが見えるのだろうかと疑いたくなるが、
致命的な状況でないということだろうか。
争いごとに関わりたくないのか、
『こいつは台風の目か』
当事者の癖に腹が立つ・・・・・
「・・・紫織ちゃん。探偵業は、楽しい?」 カオリ
「んん・・・苦痛なときもあるけど、刺激はあるかな。お金も」
「へぇ〜 結構、憧れるよね。探偵って」
「じっと張り込むのが、9割くらいかな」
「あと人の後を付けるのとか。ストーカーみたいなこと・・・・」
「うぇ〜 嫌われそう・・・それに、本業、できないじゃない」
「ローテーションで上手くやっているから。それにシンペイちゃんが、一番活躍しているし」
シンペイは、捜査のベクトルを決めて、報酬の4分の1は確実に手にする。
深く関わっていた場合、さらに増えて半分以上の報酬を得ていた。
「本当。物凄いお金持っているからビックリ・・・本当に大丈夫なの?」
「成功すれば大きいけど、失敗すれば、何もないから」
「探偵業の方が本業になったりして」
「まさか・・・浮気調査や素行調査なんて、結構、悪徳だし」
「そ、そうなんだ」
「半分は、調査結果を確認して離婚しているし」
「あ、あまり関わりたくないわね・・・思いっきり恨まれそう」
「うん・・・本業には、したくないわね」
「やっぱり、収入が大きいと、そういう仕事になっちゃうのね」
「透明な海より、濁ってる海の方が栄養分が多いもの」
「そ、そう・・・」
とはいえ、たまには、裏家業もすべきだろう。
探偵本を読むと依頼が来なくて貧乏暇あり主人公が多いのに、
婦警のアルバイトでは、処理不能な仕事量になっている。
紫織とシンペイは、スケジュールの合間を縫って裏家業を手伝う。
選挙立候補者の18歳の娘の素行調査。
こういうのは、フリーのジャーナリストが勝手にやるだろうと思いながら、
紫織、シンペイ、ハルは、萩スミレと交替する。
「・・・出てこないの?」 紫織
「全然!」 萩スミレ
「そういうの、困るよね」
「選挙に立候補した候補者の娘が引き篭もりは、本当みたいね」萩スミレ
「どうしろっていうのよ。調査不能でしょう」
「後援会の人がいるから原始的な張り込みだし」
「茂潮は、時間が空けば、インターネットをトレースしてみるとか言ってたけど」
「彼女は、そっちの世界に住んでいるの?」
「彼女。インターネットしているみたいだから」
「スパイの件が終わったら。こっちを調べてみるって」
「スパイか・・・手間取っているの?」
「幸城より、レベル低いから、そうでもないみたいみたい」
「あと、二、三日、証拠さえ集めればって、言ってた」
「はぁ〜 夏休みなのに、なにやっているんだか・・・・あれは?」
同じように離れた場所から候補者の家を見ている人間がいた。
「同類よ。向こうは、候補者の奥さんの方を調べているみたいね」
「ふ〜ん・・・誘惑しようとか思っていたりして」
「そういうの・・・あるんだ」
「うちに来たけど、断ったもの」
「その手の男は、いないか・・・・幸城は出来るかな」
「絶対にそんな仕事しない」
「ははは・・・冗談、冗談・・・・じゃ 後援者に見つかると追及されて、うるさいから、引くね」
紫織とシンペイは、萩スミレと替わる。
選挙戦は、多様で、複雑。
候補者を守る仕事をしている人間もいる。
よほど巧妙にやらなければ、日本人の性格からして相手を蹴落とすような候補者は票が離れる。
問題は、議員の数が多過ぎて、いくら投資しても元を取れるか怪しいことだ。
「・・シンペイちゃん。問題の出し合いしようよ」
紫織は、問題集を渡す。
時間を有功に使わないと勿体無かった。
「うん・・・出てくるかな」
「富田サトル44歳の娘、サナエ、18歳。引き篭もり歴3年か、何が原因かな」
「3年前なら15歳。高校入学だから環境の変化に耐えられなかったのかな」
「一応、光誠高校に入学してたんだけどね・・・」
「勿体無い。高校三年間を無駄にするなんて」
紫織がプロフィールをみる
「そういう娘がいるのに、選挙どころじゃないね」
「有権者は、そう思うでしょうね」
紫織とシンペイは小二時間、問題を出し合って過ごす。
そして、運が良かったのか、娘サナエが家から出てくる。
メガネをかけ。
中肉中背。
知的で大人しそうな18歳の女の子に見える。
「シンペイちゃん。ラッキー。問題集を三回しか繰り返してない」
「うん」
もう一人の探偵らしき人物が、こっちを見ている。
犬を連れた尾行はない。
公共機関に乗られても、食堂に入られても、おしまいだからだ。
しかし、ペアがいるのなら、なんとかなる。
「駅に向かっているみたいね」
「・・・うん」
「なに? オーラは、どうなの?」
「・・死のうとしているよ」
シンペイは、真っ青。
「じ、冗談じゃないわよ。し、仕事はどうするのよ?」
「ははは・・・」
「もう〜 最低〜ィ あのバカ女」
「依頼しなければ良かったのに」
「まったくよ・・・・・止めるわよ」
「・・・不機嫌?」
「当たり前よ。成功報酬も台無しよ。信用問題になるわね・・・・どうやって死ぬつもり?」
「・・・まだ分からないけど」
「どうしてくれようかしら・・・ローテーションで空いてるの。私たちしかいないし・・・・・」
「でも・・・一度、止めたからって、死ぬのは変わらないと思うけど・・・撮影しているの?」
「思い止まるかもしれないでしょう。最悪でも目の前で死なれちゃ困る」
「・・・・そうだね」
富田サナエは、こもれび古本店に入って小一時間過ごしたあと店を出る。
紫織は、ハルをアルバイトの杉山に頼むと、
シンペイと一緒に富田サナエを追う。
シンペイが回転焼きを紫織に渡す。
「あ、ありがとう・・・・尾行している人間がうちの古本店に入るなんて変な気分」
「駅に向かうか、そのまま、南町に向かうかだね」
「まだ死ぬ気?」
「・・・うん」
「死のうと思っている人間が古本屋に入るかな・・・」
「さあ〜」
紫織とシンペイは、富田サナエの後を追って、改札口を抜ける。
普通は、視線で気付くため、足元やカバンなど。直接、本人を見ることはない。
電車待ちの間だけは、洒落にならなかった。
自殺の心配があるため、尾行の掟破り。すぐ後ろにまで接近。
しばらくすると電車がホームに入ってくると。シンペイと紫織は、異常に緊張する。
そして、彼女が電車に飛び込まず。
電車が止まるとホッとする。
電車に乗る富田サナエと反対側の車両に向かう。
窓に映った富田サナエを見るが、まったく際どい。
尾行のやり方は、榊カスミに手ほどきを受けていた。
テレビで見るのと、まったく違う。
素行調査なら近づいて、写真を撮らないといけない時もある。
たぶん、沢木ケイコ、中山チアキは、出来ない職業で、
この2人に後を付けられて気付かないのは、よほどのバカになる。
“目立つな。近づくな。直接見るな。視界には入るな”
“鏡に気をつけろ。180度以上付いて回り切るな”
などの原則、鉄則があった、
その多くを一時的に破っている。
まだ気付かれていないのは、運が良い。
富田サナエは、電車を数回乗り継いで自殺の名所。
ともしび岬の上に立つ。
あたりは暗く、誰もいない。
紫織は、素行調査が失敗したことを悟る。
紫織とシンペイは、ムッとしながら足音を立てずに近づき、富田サナエの背後に立つ。
視線を感じたのだろう。
富田サナエがゆっくりと振り返る。
直接相手を見つめればどういう結果になるか、見本のようなものだ。
「・・・・な、なに」 富田サナエ。驚いていた。
「ちょっと、付き合って」
「・・・あんた、こもれび古本店の店主でしょう」
「そうよ」
某ホテルの喫茶店
紫織、シンペイ、富田サナエ。
「どういうつもり?」 富田サナエは、ムッとする。
「ふっ どういうつもり? って・・・・あんたのせいで、ただ働きよ。このバカ娘!」
「バ、バカ娘って・・・あんたには、関係ないでしょう。年下のくせに」
「関係あるわよ。素行調査している人間に自殺されてたまるか!」
「そ、素行調査・・・・ふん。あの男が依頼したわけ?」
「・・・父親のことを言っているのなら違う。誰とは言わないけど」
「とにかく放っといてよ!」
「素行調査している人間に自殺されたら迷惑なのよ」
「も、もう、どうなっても良いのよ。放っといて!」
「無能でバカで、無気力で社会から孤立して」
「あんたなんて、いても、いなくても、全然困らないんだけどね」
「わたしは、困るのよ。この引き篭もり!」
「な、何よ、何よ、あんたに何が、わかるのよ」
「・・・ちっとも、わかりたくないけど・・・死んだら、褒められるとでも思っているの?」
「犬死ね。さっさと家に帰って引き篭もってろ」
「何ですって? そんな酷いこと言うなんて」
「酷いのは、そっちでしょう、こっちは、無駄働きさせられたんだからね・・・」
「・・・いい気味よ・・・・ざまあ見ろ寸胴娘」
「ムキ〜 で、でかきゃ良いってもんじゃないでしょう。でかきゃ」
「・・・でかいとか、小さいとか、じゃないでしょう。あるか。無いかでしょう」
サナエは、見下すように嘲笑・・・
紫織は、思わず自分の胸を見る。
「ふふふ」
富田サナエが勝ち誇る
「・・・し、死んで、つ、使われない胸を自慢しているわけ?」
「・・・生きてても、使えない胸よりはマシよ」
「あ、あのね、3年もすれば、立派なものになるのよ」
「あはは」
「わ、笑うな。さっさと家に帰れ」
「・・・・イヤよ」
「武士の情けだと思って止めていたけど、帰らないのなら親に連絡するからね」
「駄目!」 富田サナエ、慌てる
「・・・ガキ」
「・・・くそガキ」
「あんたね・・・自殺未遂しといて、もっと、悪びれたらどうなの」
「何で、年下のあんたに悪びれないといけないわけ。子供のくせに」
「やっぱり、親を呼ぶわ」
「だ、駄目〜」
「言っとくけど、あんたが自殺しようとしていたところ、撮っているんだからね・・・」
「これだけでも、あんたの親は、落選よ」
紫織がデジカメを見せる
「か、返して!」
「そうね・・・ただ働きさせられたお礼に、あんたに働いてもらうわ」
「ど、どういうつもり?」
「古本屋で働け!」
「いや!」
「じゃ これ、あんたの親に見せることにする」
紫織がデジタルカメラを見せる
「ひ、卑怯者・・・」
「ふふふ、探偵業ではね」
「良くあるの、脅迫だけで食っているところもある。明日から9時に来てもらうからね」
「・・・・・・」 富田サナエ
「あまり役に立ちそうにないけど、こき使ってやるわ」 紫織、ニヤリ。
「・・・・・・」 富田サナエ
翌日 9時
富田サナエが来る。
紫織は、マニュアルを見せて杉山に任せて働かせる。
こもれび古本店の二階
紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、楠カエデ
「それで、黒星か」 楠カエデ
「くそ〜 あのバカ女。絶対元を取らせてやる」 紫織
「まあ、仕方がないか。死なれちゃ 寝覚め悪いし」 楠カエデ
「でも・・・自殺候補者を雇うなんて、紫織ちゃんも、面倒見が良いわね」 安井ナナミ
「そんなんじゃないよ」 紫織
「紫織ちゃん。結構、勇気あるよね。自殺されたら面倒よ」 佐藤エミ
「ったくよ。あの女、虐めてやる」 紫織
「なに? 紫織ちゃん。怨恨入ってんの?」 安井ナナミ
「人を寸胴娘なんて言いやがって。むかつく」
「「「「あはは」」」」
「笑うな!」
こもれび古本店は、人材を本業と副業を効率良く分けていたため、
一人くらいアルバイトが増えても大丈夫なほど利益が上がっている。
事実、人手不足。
そして、こもれび探偵団の黒星。
対象者を雇ってしまう出来事は、経緯がどうであれ、
いろんな意味で巷に広がる。
紫織は、淡黄褐色のハルの散歩を口実に気晴らし、
悪くなかった。
勉強ばかりでは、息が詰まる。
佐藤エミとクレープ屋でココア・ブルーベリー・アイス・クレープとコーラを買って歩く。
ドーベルマン・ピンシャーは、やはり怖がられやすいのか、
少しばかり周りが離れる。
それでも、訓練されている犬で周りに対する警戒心は、本物。
しばらく歩くとチラリと後ろを振り向く。
目線の向こうに、40メートルほど離れて30代の普段着を着た男が歩いている。
紫織は、携帯をかける振りをしながら、さり気なく撮る。
「あの人、エミちゃんの・・・」
「違う」
「誰かな?」
紫織、佐藤エミ、ハルは、角を3度回って、同じ道に戻ると男は消えている。
実に優秀な犬だ。
職業柄、自分が見張られるのも、自然と覚悟させられる。
問題は、相手の目的。
紫織は、映像を安井ナナミ、楠カエデ、茂潮カツミ。
そして、隣の佐藤エミに送る。
この手のカウンタースパイで、もっとも上手くやってくれるのは、オーラの見えるシンペイだろう。
そして、ハルも、その種の才能があるようだ。
公園でハルの背中からボールを出して投げる。
ハルは、喜んでボールを銜え、戻ってくる。
単調でも、犬にとって面白いらしい。
暑いのに喜んで走る。
「・・・ちょっと暑いね」 紫織
二人は、クレープとコーラーで間食
「でも、気持ち良い・・・わたしのハデスちゃんも連れてくれば良かったかな」 佐藤エミ
「オスのポメラニアンだっけ」
「うん。雑種が入ってて、かわいいよ。ハルちゃんと結婚させようか」
「と、届かないんじゃないの」
「・・・露骨」 佐藤エミ、苦笑する。
「想像しているじゃない」
「だって・・・」
「まあ、努力は、するかもしれないけど」
「プゥッ!・・・くくっ、くくっ」
「ハデスって、誰がつけたの?」
「・・わたし。外見は、ポメラニアンみたいだけど、柴犬が入っている変り種でね」
「少し大きくて毛が短いかな。性格は柴犬かも」
「なんか、犬を飼ってると、なんとなく、人間らしくなれる気がする」
「んん・・見境なくして倫理観喪失させたクライアントを見ると、そう感じるかも」
「もうすぐ夏休みも終わりか」
「紫織ちゃん。だいぶ、追い込めたんじゃない」
「お陰さまで」
「どういたしまして。いつも食事ご馳走してもらっているし」
「勉強を教えてもらっているから、礼くらいするよ」
「でも、沢木さんと鎌田さんも上手になってきたね。料理」
「シンペイちゃんに美味しいって、言ってもらいたくて必死みたいね」
「中山さんも、たまに作っているみたいだし」
「へぇ〜」
「そういえば、三森君、黒帯いけそうなんだって」
「三森君も夏休みの間に追い込みをかけたみたいね」
「・・・そうなんだ」
「紫織ちゃんのため、強くなろうとしているなんて素敵。わたしもそういう・・・・・」
佐藤エミが公園の隅を見詰める。紫織もエミの視線を追いかける
「・・・上川だ・・・」
上川ユウタ。奈河小時代。佐藤エミと同じクラスで虐められていた少年。
高校生らしい三人にカツアゲされている。
公園にいる人々は、気付いていた。
しかし、巻き込まれたくないのか、知らない振り。
「相変わらずか」 佐藤エミが立ち上がる
「なに? エミちゃん。助けるの?」
「手伝ってくれる?」
「・・・そうね。ハルちゃんが、どの程度やるか見てみたいし」
佐藤エミが合図すると、警護しているらしい男が近付いてくる。
紫織と佐藤エミがカツアゲしている三人の高校生に近付く。
上川は、何発か、殴られていた。
高校生たちが紫織と佐藤エミに気付く。
「・・ん・・・・なんだ、おまえら」 高校生A
「なんだ、おれたちとやりたいのか」
「右側は、かわいがってやるけど、左は帰れ」 高校生B
紫織の眉間に皺がよる。
「おら、このガキッ! さっさと、金をよこせよ」 高校生C
高校生に胸倉を掴まれ、上川ユウタは、泣きべそをかいている
「さっさと金を出せよ。彼女たちに奢ってやらないといけないんだよ」 高校生A
佐藤の護衛らしい男が近付く。
紫織が手を上げるとハルが唸りを上げ。
高校生三人に襲いかかろうとする。
「「「うぁっ!!」」」
高校生三人が慌てて離れる。ハルは戦闘態勢。
軍事訓練を受けた犬は違う。
「な、なんだよ。この犬は」 高校生A
「や、止めろ。来るな!」 高校生C
「に、逃げろ」 高校生B
三人の高校生は、走り去る。
上川は、呆然と殴られた頬を摩っている。
「ひ、左は、帰れだと〜 あの三人。殺してやる」
「あはは」
「笑うな。あと少しで “アタック” 命令を出すところだった」 紫織。腕組み
「死んじゃうよ。ハルちゃん。自衛隊に出している犬だから」
「くそぉ〜 この怒りをどこへもっていけば良いんだ〜」
「あ、ありがとう」 上川ユウタ
「おまえだ〜 アイス買って来い」 紫織
「うぅ」 上川ユウタ
紫織が手を上げるとハルが戦闘態勢に入る。
「わ、わかったよ」
「二つだ。ついでに自分の分も買って来い」
上川ユウタが慌てて走っていく
「紫織ちゃん。なに虐めてんのよ」
「一人で、かわいそうだから、相手をしてあげんじゃないの、ボランティアよ」
「げっ!!」
「エミちゃんが相手するんだからね」
「わたしは助ける義理なかったんだから」
「げっ! げっ!」
「かわいがってあげないと大友みたいに呪われるよ」
「げっ! げっ! げっ!」
上川ユウタがソフトクリームを3つ持ってくると、3人はベンチに座る。
紫織は、ハルと遊ぶ振りをして、2人っきりの時間を意図的に増やす。
シンペイに言わせれば、大友シゲルは、おやじ狩りの仕返しで刺殺された、
というのは、表面的で、上川ユウタの呪いで誘導されて、殺されたらしい。
・・・・危険な小男だ。
「奈河小の時、ごめんね。上川」
「うん」
「許してくれる?」
「うん」
「上川。公園で何しているの?」
「・・・・・・」 上川ユウタ
「なに? あの三人にカツアゲされるために来たの?」
「・・・・・・」
「相変わらずね・・・まあ・・・いいわ・・」
「けっこう、イケメンの高校生で惜しいけど、助けてあげるよ」
「僕が、かっこ悪くて、あの人たちの方がカッコいいから、ヒイキされているんだ・・・」
「そうよ・・・普通なら、あんたなんて、誰も、助けないよ」
「でも、許してくれた御礼にね・・・」
「・・・・・・」
「紫織ちゃん! あの三人の映像。撮った?」
ハルを相手にボールを投げていた紫織が振り向く。
「・・・撮ったよ」
「こっちに送ってよ」
紫織が携帯の映像を佐藤エミに送る。
「あいつらの名前は?」
「道善高校二年の並木、志村、北尾」
佐藤エミは、メールを打ち込んで、ある場所に送る
「これで、いじめられることはないから・・・」
「じゃあね。上川君。もう会うことないと思うけど。貸し借り無しだから」
「・・・・」 上川が頷く。
佐藤エミが上川から離れる。
「行こう。紫織ちゃん」
「うん・・・じゃあね。上川君。アイス、ありがとう」 紫織
「・・・・・」 上川ユウタ
奈河市で佐藤家の意向は強い。
どこかの社長や店長に取引停止が伝えられる。
普通の企業の社員なら誰でもクビにすることができた。
その日のうちに三人の高校生の父親、または、母親に最後通牒が渡され。
上川に手を出せば、路頭に迷うことが、伝えられる。
この次元になると、両親が、どんなに努力していようが、
働き者で善人であろうが、実績、能力、実力があっても関係ない。
佐藤エミに手を出したどこぞのバカ5人組は、家族揃って奈河市から追放されている。
お金持ちに逆らうと、とんでもない事になるという良い例で、
よほどの気骨がない限り、奈河市で佐藤家に逆らえない。
そして、上川ユウタのバックに佐藤家が付いた噂だけで彼の環境が変わる。
お金持ちは、ごくたまに、こういう示威行動をとって、権威を証明すことがあった。
紫織の携帯が鳴る。
「わかった。・・・・すぐ戻る・・・・」 紫織
「何?」
「・・・仕事だって」
「・・・手が空いてないんじゃない」
「楠おねえちゃんが。浮気調査とカウンタースパイが終わったから、新規を受け付けても良いんだって」
「へぇ〜 で、なに?」
「・・・梨本一家惨殺事件の調査・・・・テレビで、やってた、やつ」
「誰が、お金出すの? 身内いないのに? 親戚?」
「保険会社。愛人に保険金が入るみたい。それと、認知された子供がいる」
「ついに保険会社からもか・・」
「シンペイちゃん。空いているかな」
紫織が携帯を取り出す
「今日は、だれだっけ」
「中山さん・・・・ハル! 帰るよ」
紫織がハルを呼び戻す。
「ふ〜ん。相変わらず、四角関係でズルズルね」
「沢木さんと、中山さん。お互いに引けないという感じかもしれないけど」
「仲良く分け合っているところが、すごいよね」
「女の意地ね。恋で負けると、女として劣っているということだから」
「最近は、女の差より、人間の差かも、と、思い始めた」
「紫織ちゃんは、そうね。実績でかなり補ってるから」
こもれび探偵団も有名になったものだと思う。
古本屋のどこにも探偵の文字は書いていない。宣伝もしていない。
それでも 「家宝の、のらくろを見せて欲しい」 と、
こもれび古本店の二階に来る依頼人。
依頼人の話しでは、梨本一家は、三ヶ月前に行方不明。
そして、二ヶ月前の地震と豪雨によって尾足山の一部が崩落。
宝石商の梨本ユウジ、37歳。梨本アツコ、33歳。梨本コウジ、6歳の遺体が発見。
歯型で確認される。
そして、梨本ユウジの愛人、小池ミサト、23才に二億円という高額の保険金が入る。
さらに認知された子供、小池トウヤ、二歳に宝石商の資産10億の遺産が転がり込む。
梨本家の親戚筋、祖父、兄弟2人にすれば面白くないだろう。
「土砂崩れがなければ発見されなかった」
「ということは、保険殺人といえないような気がしますけど」 紫織
「崩落の10日後に崩落止めの工事が行われるはずだったので」
「そのときに見つかったかもしれませんし、逆に埋められたかもしれません」 保険員
「でも殺人捜査になれば真っ先に疑われるのは、利益の大きい小池ミサトさんですよね」
「3ヶ月前の事件のアリバイなんてどうしようもありませんから。証拠品もほとんどありませんね」
「・・・調査してみます」
「よろしく、お願いします」
「・・・あのう。梨本ユウジと妻との検死に微妙な差があるのは?」
紫織は写真を見ない代わり文書に集中する。
「はぁ 詳しくわかりませんが梨本ユウジと母子の消息を絶った日が二日ほど違うので」
「それと、生き埋めだったそうです。どちらかが、原因かもしれません」
「生きたまま・・・・・」 紫織。絶句
「眠らせて埋めた形跡があります。警察の判断だと死亡推定時刻をずらせるからだそうです」
「残酷」
「それと、直接、殺すわけじゃないので、心的障害を最小限に出来る要素もあるそうです」
「そうですか。わかりました」
紫織は書類を見直す。
消息を絶った日にちにズレがあった。
そして、依頼人が帰っていく
「証人も証拠品もなし、アリバイも崩せないか」 紫織
「迷宮入りでしょう。警察も、あきらめているんじゃない」 佐藤エミ
「かもね。保険屋さんも、二億払うくらいならって、試してみたんじゃない」
「お化け作戦は、意外と使えるから」
「同じ手が、いつまでも、使えると良いけどね」
「だよね」
「でもさ、一家惨殺なんてプロの仕事だと思わない」
「女性一人の力じゃないと思うけど。崩落で発見されたのはイレギュラー?」
「・・・・だよね」
「まあ、やるだけ無駄って、気がしないわけでもないけど金額が大きいから、良いか」
榊カスミの車で、シンペイ、紫織、ハルが小池ミサト、小池トウヤのマンションへ行く。
そして、張り込み。
お金持ちの愛人とは、かくあるべきという見本のようなマンション。
そして、殺された梨本も、
“安穏とした衣食住を与えられる甲斐性があるのなら、愛人を囲って何が悪い”
という、傲慢さと豪気さが漂う男だったらしい。
道義的、倫理的な善悪はともかく。
そこまで開き直れる男には、そういう女が来るのだろうか。
小池ミサトは、愛人で結構というタイプの女のように見える、
しかし、人を殺してもという雰囲気はない。
紫織とシンペイは、車から降りると、ハルを連れ、近所を歩こうとする。
そこに近付いてくる人影。
背広を着た40代の渋い男だ。
「ほう。こもれび探偵団の次の事件は、小池ミサトに決定か」 刑事
「・・・浅間刑事。偶然ですこと」 榊カスミ
「榊巡査。アルバイトをしている噂は、本当だったようだな」 浅間刑事
「何の話しです?」
「公務員がアルバイトなんて出来るわけないじゃありませんか」 とぼける。
「じゃ 何しに、こんなとこまで来たんだ?」
「お友達が、この辺を歩きたいって、ほら、こもれび小旅行本の取材よ」
「あたし、非番だしね」
「こもれび小旅行本ね・・・」
「この小娘が有名な角浦紫織で、こっちが、お供の古賀シンペイ君か」
「こんにちは、刑事さん」 紫織
「こ、こんにちは」 シンペイ
「今回は、分が悪いぞ」
「小池ミサトに隙はないな」
「また、お化け騒ぎで、自首させるつもりじゃないだろうな」
「だから、取材だって、言っているじゃないですか?」
「誘導尋問なんて、大人気ないですよ」
「取材を手伝って、いくら貰えるんだ。浮気調査より貰えるのか?」
「浅間刑事・・・・善意です!」
「ははは、面白い冗談だ」
「ふふふ・・・・二人とも、取材に行っていいからね」
榊カスミが手を振る
紫織とシンペイは、狐と狸の化かし合いのような2人から離れる。
小池ミサトの生活は、安楽なものだった。
マンションの名義は、小池ミサトのものであり。
10年契約で、毎月30万が自動的に振り込まれることになっていた。
それでいて、ブランド物には見向きもしない。贅沢はしない。
しっかり者という保険屋から貰った調査報告書に書いてある。
この調査報告書も、どこかの興信所か、探偵に作らせたものだろうか。
「賭け事、酒、タバコは無し。特定の恋人無し。ホスト遊びも無し。散財する趣味無し」
「財産は、マンションと車。貯蓄は、約1500万相当」
「趣味は・・・朝のジョギング・・・約1km・・・」
紫織が引きつる。
「そして、高校、大学で、陸上部のマラソン選手か・・・」
30分ほどすると乳母車を押し、小池ミサトがマンションに戻ってくる。写真と見比べる。
スーパーまで、500メートル。
ジョギングをしているだけあって、歩くことが苦でないらしい。
そして、愛人だけあって、美人で子持ちと思えないほどスタイルも良い。
小池ミサトが普段着で歩いて、
並みの女がブランド物で歩いていたら、
普通なら小池ミサトを選ぶだろう。
何より、子供に対する表情を見る限り、人殺しに関与したとは思えない。
「・・・八頭身美人に小細工はいらないか」
「なに?」 シンペイ
「小池ミサトが美人だってこと」
「うん」 写真を覗き込む
「で! 犯人なの?」
「違うと思うよ」
「誰かに頼んだとか」
「ないと思う」
「はぁ〜 これで、特典収入は、無しか」 へこむ。
「うん」
「他を当たらせよう。一番、利益が得られるからって、犯人とは限らないし」
「怨恨の線で再調査ね」
紫織が携帯で他の被疑者を探させる。
「怨恨なんだ」 シンペイ
「梨本家の家族は、このマンションから3km先の山の中で発見されたの」
「そして、車が消えている」
「小池ミサトを第一容疑者にするためにね」
「だから、巻き込まれ型犯罪は、外して良いと思う」
「おお。本当に探偵みたいなセリフ」
「たぶん、車は、他の都道府県の解体屋でバラバラに解体され」
「中古部品で売られているか、スクラップと思う」
「帰りは、電車かバスね」
「すごい。紫織ちゃん」 拍手
「犯罪マニュアル本に書いてあった」
「なんだ」
「なんだ。じゃないよ。最悪よ。相手は、プロかもしれないのよ」
「・・・そうなの?」
「殺し屋よ。殺し屋。それとも知能犯か、セミプロ」
「幸城ショウタみたいな」
「そう」
ぞっとする。
プロと対決する気はなかった。リスクが大きすぎる。
もし、相手がプロで、こもれび探偵団と対決と知ったら、どういう反応をするだろう。
紫織は、郊外の山間を見渡す。
幸城ショウタ級と戦うのは、できるだけ避けたかった。
『なんで、探偵なんて、する事になったのかな・・・・・・』
紫織は、声に出さず、ぼやく。
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第33話 『これだから引き篭もりは』 |
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