月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第34話 『色褪せたセピア』

  

 二ヶ月前

 地震と豪雨によって尾足山が崩落。

 遺体が発見される。

  

 三ヶ月前に行方不明になった宝石商

 梨本ユウジ(38歳)

 梨本アツコ(33歳)。

 梨本コウジ(6歳)。

 歯型で本人と確認される。

 宝石商の店主。人から恨まれていないといえばウソになる。

 こもれび探偵団は、もっとも利益の大きい小池ミサトの犯行という方針をあっさりと捨て怨恨説をとる。

 多少、ごねるメンバーもいたものの、

 小池ミサトが、子供に見せる笑顔が画像に映ると、次第に別の被疑者を考え始める。

 こもれび探偵団は、アルバイトばかりで警察や他の探偵のようにフルに動けず。

 第一被疑者、第二被疑者、第三被疑者と員数を振り分けられない。

 そして、恨みだけなら500人以上いることが判明する。

 これだけ敵を作れば殺されても文句は言えない。

 買い戻し契約の※印の注意書きを利用して、補てんを免れる。

 さらに買い戻し契約を理由に他店よりワンランク品質が低い。

 しかし、総論は、ともかく各論。

 四〇万円から八〇万円という価格帯で、婚約指輪や結婚指輪の場合。

 金額的に殺害動機に足りない。

 つまり、浅く広く恨みを買う主義で、恨みを買う対象を顧客だけに限定している。

 社員や取引業者には、好かれる企業体質だった。

 「道理で、第一被疑者が、小池ミサトになるわけね」 紫織

 「そういうこと、恨まれているとしても被害額が微妙で、範囲が広すぎる」

 「そして、殺害動機に達しない程度の金額」

 「それに婚約指輪や結婚指輪の買い戻しなんて、離婚や破談でしょ」

 「綺麗な店構えの宝石店に持って行くのは、よくよく恥ずかしいから」

 「質屋や他の宝石店に行って、ワンランク低く買い取られる」

 「当然、宝石商の丸儲け」 榊カスミ

 「他の愛人は?」

 「もう1人は、19歳の武井ソノコ。大学生ね。事件の一年前に愛人になったの」

 「この娘も、マンションと車。そして、毎月の口座振込みで10年の愛人契約・・・大儲けね」

 榊カスミは、警察の内部書類をなぜか持っている。

 これが知られれば、何人クビが飛ぶか分からない代物。

 「こっちも、違うような気がするわね」

 紫織は、写真類を見ないようにして文書だけを選ぶ。

 正気な人間は、3ヶ月も埋められた死体の写真を見ないものだ。

 「そういうこと」

 「じゃ 投機目的で、宝石を買った人?」

 「顧客リストで、もっとも、被害にあっている人?・・・・これか・・・」

 茂潮が入手した顧客リスト。

 その道の人間なら、この手の宝石店で投機用の宝石は買わない。

 目利きのない素人投資家。

 「940万か・・・・売ってもせいぜい400万から500万程度にしかならない」

 「殺人の動機には、弱いような〜」

 「中学生のセリフとは思えないわね」

 「探偵団に引っ張り込んだのは、不良婦警三人組でしょう」

 「そうなんだけどね・・・・まあ良いか・・・修羅場くぐっているし」

 「確かに死に損なっているわね」

 「でも、紫織ちゃん。940万でも、人によって、十分に動機になると思うけど」

 「じゃ・・・遺産目的で、親戚連中は?」

 「それも、あるかもしれないけど・・・アリバイは、あるわね。全員」

 「全員って、おかしくない」

 「行方不明になった日は、妹夫婦と一緒に北海道で温泉に行くからって、休みを取った日から」

 「両親は、ハワイ旅行。兄夫婦は、熱海のゴルフ」

 「梨本一族は、それなりのお金持ちだから月に一度は旅行よ。確率の問題ね」

 「なんか、羨ましい」

 「でも、お金持ちなら危険は冒さない気がする」

 「小金はあるけど、わたしたち暇なしだものね」

  

  

 夏休みの昼下がり。

 「サナエ。ちょっと付いてきて」

 紫織が本の仕分けをしているサナエに声を掛ける。

 「・・・・・・」 富田サナエは、むっとする。

 18歳なのだ。

 頭一つ半も低い14歳の紫織に呼び捨てにされ、

 命令されるのは納得いかない。

 ほかのアルバイトは “さん” 付けなのに自分だけ呼び捨て。

 歳が一番近くても腹が立つだろう。

 しかし、紫織が携帯を振って見せるとサナエは、あきらめて付いていく。

 自殺未遂している映像が入っている。

 さらにハルをけしかけられるのもごめんだ。

 紫織は、少しばかり、サディスティックに酔い。

 サナエは、なんとなく気骨を呼び覚ましつつあったものの、

 いまだに人生をあきらめて、惰性で付いて行く。

 さらに自分が自殺未遂の生きる屍。

 紫織は、親に頼らず生きている。

 年下の女の子でも一応、雇い主の店長。

 この気骨ある娘を知っていただけに抵抗しにくい。

 自殺しようと思ったとき、

 自分と違うこの娘を一目見たくて、こもれび古本店に寄ったことは、口が裂けても言えない。

 彼女が運良く自分の素行調査をしていなければ、今頃、生きていなかった。

 命の恩人。

 「どこに行くの?」 富田サナエ

 「三途の川」 紫織

 「・・・・」 ムッとする。

 遊歩道を歩く紫織に声を掛ける大人は多い。

 それほど存在感があるわけではなく、平均的な中学2年生に思える。

 声を掛けやすい気軽さがある。

 紫織は、子供らしく愛想良くしている。

 サナエは、ついでに声を掛けられたり。掛けられなかったり。

 あまり相手にされていない。

 電車で、2つ先の駅で降りる。

 商店街の喫茶店で古賀シンペイと合流。

 3人でコーヒーを飲むことに・・・・

 このシンペイも普通で、目立たない。

 目立たないというのは、探偵業で必須なものだろう。

 「サナエ。シンペイちゃんと一緒にあそこの宝石店に入って」

 サナエは、高級宝石店を見つめる。

 「探偵の片棒を担がせる気?」

 「そうよ」

 紫織は、サナエに5万ほど渡す。

 中学生が簡単にお金を渡すというのは、よほど、お金持ちなのだろう。

 「何? 使って良いわけ?」

 「ええ、何か適当に買ってきて、その代わり時間を掛けて、目立たないようにして」

 この宝石店のことは知っている。

 だいぶ忘れたが梨本一家惨殺事件。テレビで、一時、賑わっていた。

  

  

 サナエは、宝石店に入ると端から順に見ていく。

 シンペイという子供は、自分と一緒にいて、ついて、ぼんやりと店内を眺める。

 二人は、どういう関係なのだろうか?

 恋人?

 姉と弟?

 シチュエーションが、まったく、わからない。

 少なくとも、その2つは、無理がある。

 中学生カップルで入るような店ではない。

 自分でさえ、かなり違和感がある高級宝石店だ。

 『・・ねえ、私と、あんたって、どういう関係なのよ』

 サナエがシンペイにコソコソ聞く

 『自分で考えろよ。使えるか、使えない人間か、テストされているんだぞ』

 「・・・・」 ムッとする。

 中坊にここまで言われると腹が立つ。

 ますますどうしていいかわからず、混乱する。

 値段は、10000円から始まっているようだ。

 奥に行けば奥に行くほど高くなっていく。

 「失礼します。どういったものをお求めですか?」

 店員が。営業用のスマイル

 「両親にプレゼント」 サナエが適当なことを口走る。

 「そうですか? ご予算は?」

 なぜかムッとする。

 どうせ買えないだろうみたいな表情が鼻につく。

 「・・・50000円だけど、一回りしてから決める」

 「そうですか、では、ごゆっくりと」

 店員が引き下がる

 少なくとも店内を一回りする口実はできた。

 ああいう、どうせ買えないだろう見たいな表情が購買心を煽らせる手の一つなのだろう。

 色褪せた世界に住んでいるサナエは、冷静に考える。

 虚栄心を煽って買わせる店。

 きらびやかな、輝きを見せる宝石、

 自殺未遂者のサナエにすれば、貴金属も色褪せて見えるものばかりだ。

 自分に最も似つかわしくない店。

 サナエが自殺未遂に至った経緯は、高校入試で第一志望校に落ち、

 滑り止めの高校が自分に合わなかったのが最初。

 特に苛められたわけでも言うに言えない目に遭ったわけでもない。

 引き篭もりが始まり、自分の存在と居場所を失った結果。

 いまさら大学に行く気にもなれず。かといって働く気にもなれず。

 人生に失望して、死を選んだ瞬間に2人のガキに引き戻された。

    

 シンペイは、一緒に歩きながら、ぼんやりと店内を見て回る。

 探偵ならあれこれ聞いて回るだろう。

 いきなり50000円の予算を使うのも推理ドラマを見ているサナエにすれば、納得できない。

 しかし、こもれび探偵団は、奈河市で有名だった。

 トライアングル殺人パズル事件のセンセーショナルなデビューで政界地図が塗り替えられ、

 その後、いくつもの事件を解決している。

 そして、角浦紫織の話題になると、

 探偵業前の北奈河小襲撃事件、北島先生の暴行未遂事件が掘り起こされる。

 生きる屍。日陰者のサナエが、こもれび探偵団の片棒を担ぐ・・・

 ある種の高揚感が得られる。

 それにしても、ただ、歩き回るだけは、芸が無い。

 しかしながら、こちらが探偵であることは、秘密にしている。

 知っている者なら知っている紫織が宝石店に入らないのも、それだろう。

 テレビで見るような探偵物は、ウソなのだろうか。

 確かに見所を抑えて、犯人を追い詰めていくような質問をしている。

 良くできた推理物ならミスリードも巧妙で違和感なしで自然。

 サナエは、何を聞けとか、こうしろとか、具体的な指示を受けていない。

 ただ単に “時間を掛けて目立つな” では、何もしないで時間を潰すだけ。

 そして、時間を掛けて一回り、なんとなく宝石の輝きも馴染む。

 店員が待ち構えているところに行って、ペアウォッチを選んで購入。

  

  

 サナエと少年は、喫茶店に戻る。

 シンペイは、小さなデジカメで店内の様子を隠し撮りしていたらしい。

 モニターで店員の素振りや客の様子を見ながら。

 少女が

 “この人は?”

 “あの人は?”

 で、少年が感想を漏らす。

 とても有名な探偵とは思えない。

 これで、名探偵なら自分の方がはるかにマシだ。

 少年の脈絡のない。埒も無い直感ばかり。

 呆れたようにコーヒーを含むと、

 店内の鏡に18歳の女の子と14歳の男女のカップルが映っていることに気付く。

 こういう組み合わせは珍しい。

 そこに背広を着たヤクザ風の男が2人。近付いてくる。

 紫織とシンペイも気付く。

 “ひょっとして、2人に、ここで撃たれて、死ぬの?”

 と、サナエは青くなる。

 「よう。紫織ちゃん。シンペイ君。お仕事中かな」 背広の男A

 「気になるの? 馬宮さん」

 「本業を疎かにしていると路頭に迷うことになるよ。紫織ちゃん」 背広の男B

 「その時は、援助交際するから、よろしくね。広瀬さん」

 「あほ、鏡を見て言え。おまえ程度なら市場はダブついているから買い叩かれるだけだ」 馬宮

 「刑事に向かって、よくいうな。紫織ちゃん」 広瀬

 「ちっ! 引っかからなかったか」

 「あっ! このガキ。録画してやがる。油断も隙もないな・・・あぶねぇ〜」 広瀬。心底。ほっとする

 「あはは」

 「・・・何を調べているんだ?」 馬宮

 「・・・教えると思う?」

 「楠に駆け引きを鍛えられているようだな」

 「煽って、探りを入れても無駄よ。刑事さん」

 「せいぜい、気を付けるんだな。今回のヤマは相手がプロだ。殺されるぞ」

 「・・・そう、みたいね」

 刑事二人は、呆れたように喫茶店から出て行く。

 沈黙するテーブル。

 紫織、シンペイ、サナエ

 妙な雰囲気の中にサナエがいる。

 有名な探偵団。

 しかしながら、中身は、当てずっぽう。

 それなのに張り込みをしている刑事が気になって様子を見に来る。

 実力以上に評価されているようにも思える。

 しかしながら実績は本物。

 本当に彼女が関わっているのだろうか。

 全国的に有名なトライアングル殺人パズル事件。

 県外からも応援を呼んで大捜査網。

 有力な探偵や興信所が実績を上げるために集まった。

 しかし、解決の糸口になったのは、このどこにでもいるような女の子。角浦紫織。

 そして、その後、非公式ながら事件を解決している。

 紫織は、携帯で、あちら、こちらと連絡を取り合う。

 そして、あっち、こっち引っ張りまわされ、一日が終わる。

 帰り際に自分が買って紫織に渡したペアウォッチが、そのままサナエに手渡される。

  

 

 サナエは、家に戻るとペアウォッチの箱を食卓に残して部屋に戻ろうとする。

 それに気づいた母親が事情を聞こうとしたが 「あげる」 と一言だけ言って部屋に戻る。

 そして、パソコンで “色褪せたセピア” といタイトルで自作小説を書き始める。

 山で自殺未遂を図ろうとした少女が偶然、殺人現場を目撃。

 交番まで犯人から逃げ切る。短編サスペンス物。

 夕食。

 ペアウォッチ一つで、家の雰囲気が変わる。

 人間というのは、くだらない生き物で家族も単純な気がする。

 それとも、自分の気持ちも変わったのだろうか。

 選挙前でイライラしているはずの両親がペアウォッチをつけて嬉しげで・・・

  

  

 こもれび古本店の二階。

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、沢渡ミナ

 製本機械が動く、14号

 “遊雲”。

 紫織は、佐藤エミに教わりながら勉強。

 中学二年。

 ここで踏ん張らなければバカ高校行き決定。

 友達を働かせながら自分は、勉強しているのも変だが、お金を払っている。

 お金の問題か、といえば、仕事をするのが珍しいから、やっているともいえる。

 一種の社会勉強みたいなものだ。

 「紫織ちゃん。事件の方は、上手く言ってるの?」

 佐藤エミが勉強の合間に、さりげなく聞く。

 「はあ・・・・今度は、奥さんの方で探ってみる」

 「えぇ じゃ・・・・」

 「・・・梨本アツコ、33歳の方を調べてみるわ」

 「浮気の復讐で自分や子供まで殺されるのって、おかしくない?」

 「それほど時間は、かからないわ。念のために関係者を調べてみる」

 「いまのところ、怪しい人間はいないんだ」

 「まあね」

 「警察は、愛人の方を疑っているんでしょう」

 「わかるんだ」

 「親戚に警察関係者がいるもの」

 「・・・・親戚って、あっちこっちいるのね」

 「お金持ちは、親戚も多くなるの・・・結束も強くなるし」

 「あ、そう」

 親戚無し。プチ成金予備候補。紫織

  

  

 夏休みが、もうすぐ終わる。

 シンペイにテストで負けたままが、気に入らないせいか、

 夏休みの追い込みで紫織の学力は、平均以上に回復。

 すべて佐藤エミのおかげ。

 そして、三森ハルキとの会食。

 足立クミコに化けさせてもらって、邪魔な人間をすべて追い出した。

 今のところ、紫織は、三森ハルキと適度な関係を保っていた。

 「・・・仕事は忙しいの?」 三森ハルキ

 「そうでもないかな。店は、アルバイトが、ほとんどやってくれるし」

 「小旅行本の方は、エミちゃん、ミナちゃん、ナナミちゃんがやっているから」

 「探偵業は?」

 「探偵業は・・・不良婦警3人組がメインで私は受付が多いかな」

 「あの3人と会ったおかげで探偵業に巻き込まれたんだ」

 「そうそう・・・小遣い稼ぎにはなるけどね」

 「もうすぐ、学校が始まるけど。大丈夫?」

 「うん・・・・なんとか、追い込みをかけたから」

 「あの犬、睨んでない?」

 「三森君が、カッコ良いからよ」

 「・・・メスなの?」

 「うん」

 「犬にモテても仕方ないけど、角浦の犬なら良いのかな」

 「・・・うん」

 「さっき、店に入るとき、沢木さんと古賀君が店のテーブルで勉強していたけど。大丈夫なの?」

 「誰か入っていると。お客が入りやすいし、沢木さん目当てで来る客もいるし」

 「ふ〜ん。あの二人がくっ付くとは・・・なかなか・・・」

 「意外?」

 「どうかな、同級生が思っているよりは、意外じゃないけどね」

 「古賀君の合気道の試合を見たことあるし」

 「そう、でも、あそこ、四角関係だから複雑なのよね」

 「みたいだね」

 「うん。沢木さんや中山さんとも仲良くなったから、鎌ヨのこと、応援できなくなって」

 「・・・・食後は、犬と散歩に行こうか」

 「うん」

  

 ハルキと紫織は、回転焼きを買ってハルを連れて散歩に行く。

 「なんで、ハルって、つけたの?」

 「えっ あ、買ったときに、ハルって付いてたの、訓練された犬だから」

 「そうなんだ」

 「5匹くらいいたけど、この犬が一番気に入ったの」

 「・・・ねえ、角浦」

 「なに?」

 「自分で働いて生きていくのって、大変じゃない?」

 「・・・もう慣れたかな。でも未成年だから本当の意味では信用されていないの」

 「本当に信用されるのって、家族を抱えて、ある程度財産がある男ね」

 「女って、あまり信用されないみたい」

 「そうなんだ」

 「うん」

 「じゃ だいぶ先になるね。中学卒業して、高校を卒業して、大学に行って、就職してか・・・・」

 「その頃には、もっと差が付いているんだろうな」

 「三森君って、どんな大人になるかな?」

 「・・・どんな大人が良い?」

 「・・・・そうね・・・・約束を守れる大人かな」

 「ふ〜ん・・・職業とか関係ないんだ」

 「信じられないお金持ち、信じられないサラリーマン、信じられない銀行員」

 「信じられない芸能人と、一緒にいたくないもの」

 「んん・・・実社会の経験者は言うことが違う」

 「・・・だから一度、契約を結ぶと大変」

 「・・・・僕といても大丈夫なの?」

 「えっ・・・・い、いてくれたら、う、嬉しい・・・あまり時間取れないけど、ごめんね」

 「あ、ぼくの方こそ。勉強ばかりで時間取れなかったから。本当は、もっと会いたいんだけど」

 紫織、感涙しそうになる。

 学校で最もカッコいい三森にそう言わせる自分は、幸福だと。

 ハルを連れた散歩は、2人の間に適度な間合いを作って安定させる。

  

 富田サナエは、シンペイと一緒に梨本アツコが通っていたテニススクールに来ていた。

 高い入会金を2人分払って入会。

 『・・・・どうせ傀儡よ・・・』

 サナエは “流されるまま” から “凪がされるまま” という風に変化する。

 そう、18歳の自分がいるから入れる場所がある。

 そして、いま、自分に指図しているのは古賀シンペイ。

 もう1人の命の恩人。

 頭一つ分低いオタク中坊。

 大学生や社会人ばかりの高級テニスクラブで女子高生と男子中学生の二人の入会は、珍しい。

 国体上がりのテニスコーチが付く。

 覇気の無い富田サナエと無口な中坊の古賀シンペイは、違和感爆発。

 引き篭もり歴3年のサナエ

 シンペイは、ボロボロの運動神経に含み笑いする。

 おばさん、おじさんたちの方がよほど運動神経がある。

 日本の未来を暗示させるような時間。

 「富田サナエ君。本当に18歳かい。70過ぎの、おじいさんの方が運動神経がいいよ」 コーチ

 隣のコートで70歳代のカップルがテニスをしている。

 「・・・す、すみません」 サナエ

 「い、いったい何しに来たの?」

 「テニス以前に基礎基礎体力付けた方がいいよ」

 「結構高い入会金だろう。勿体無いよ」

 コーチが少し小声になる。本気でそう思っているらしい。

 「はぁ あ、わたし、あの子の連れで来たんです」

 「あの・・・一度、本格的なのやってみたいっていうから」

 サナエが適当なウソを付く

 シンペイは、テニスのルールブックを読んでるせいか、今ひとつ、説得力がない。

 「本格的な。ねぇ〜」

 「中学や高校にもテニスクラブあるのに。高いお金出して来ることないだろう」

 コーチがヒソヒソという。

 「はぁ〜 考えておきます」

 「大学なら、コートの周りを走らせて体力つけさせるんだけど」

 「高級テニスクラブだから、そこまで、やらないけどね」

 「少し休んでたら良いよ」

 ボロボロの運動神経で大恥をかいたサナエがシンペイと変わる。

 シンペイは、コーチとテニスボールを打ち合う。

 最初ゆっくりだったボールが次第に加熱。

 打球の応酬に周りの大人たちの注目が集まっていく。

  

 テニスクラブからの帰り。

 サナエは、いきなり後ろから尻を蹴られて倒れる。

 「な、な、何するのよ」

 「このバカ。俺を目立たせてどうするんだよ」

 「体力がないなら色気振ってでも、お前が目立たなきゃ駄目だろう。このバカが」

 シンペイは、ムッとしている。

 呆然とするサナエ。

 お尻を蹴られるなど、生まれて初めての経験。

 テニスをしているシンペイをカッコいいとぼんやり見ていた自分が情けない。

 何も言い返せない。

 「ほら、そこの公園を走れ」

 シンペイは、指差した。

 『マジ』

 「・・・・・」 サナエ

 「早く走れ!」

 サナエは、暑い西日の中、公園を走らされることに・・・・・・・・・・・・

 引き篭もりになってから3年ぶりに走るサナエ。

 5分で息が上がる。

 シンペイは、缶ジュースを飲みながら、ぼんやりとイスに座って、

 携帯で連絡を取り合っている。

 サナエは、感覚が麻痺しているのか、悲しむとか、怒るとか、反抗する気も失せる。

 シンジが「もう良いよ」というまで公園を走らされ、

 シンペイから缶ジュースを受け取る。

 『ふっ 私って、ズルズルね』

 という感覚だったが、それなりに悪くない気にもなっていた。

 少なくとも紫織にもシンペイにも自分に対して悪意は感じられない。

 これが、ヤクザもどきの相手なら今頃、押したり引いたりされながら水商売行きだ。

 少なくともシンペイは、サナエの家よりに回り道しながら帰ってくれる。

 そして、サナエがシンペイに沢木ケイコと、どこまでいったのかと聞いたとき。

 本当の意味で年下の中坊らしい表情を見せて、サナエをホッとさせる。

 そして、3日間も続け、

 サナエとシンペイは、そのテニスクラブに行くことになった。

 シンペイは、なるべく表に出ることなく。

 サナエが表面的におじさん、おばさんたちと話し合うことに勤める。

 サナエも、それなりに社交性が出たのか、

 高校生がかわいいのか、おじさんたちが面白がって声を掛けてくる。

 シンペイは、なるべく表に出ないで、おとなしくテニスを楽しむというレベル。

 帰りは、シンペイに命令されて公園を走り回る。

 そして、古賀シンペイと別れて帰宅途中。

  

 突然。男たちに拉致される。

 「い、いやぁ・・・・」

 サナエ、声にならなかった。

 圧倒的に強い力で押さえ込まれたサナエは万事休す。

 しかし、すぐにミニパトが入り込んでくる。

 そして、慌てて、逃げ出す男たち。

 呆然としているサナエの周りで婦警と男たち。

 そして、シンペイがいる。

 サナエを襲った男の一人が頭2つも、低いシンペイに襲い掛かる。

 シンペイは、一撃を避けたあと、

 間接を極めて男を落としてしまう。

 そして、1人の男は、ハルに襲われ血だらけ。

 銃声が響くと男たちの動きが止まる。

 婦警が男たちに手錠を掛け始める。

 どうやらサナエを襲った犯人たちは、銃を持っていないようで、ホッとする。

 そして、呆けたサナエを置いて、時間だけが進んでいく。

 「・・・・サナエ。大丈夫?」

 ぼんやりと、紫織を見て頷く。

 そして涙が込み上げてくる。

 泣いたのは何年ぶりだろうか。

 サナエは、まだわからなかった、

 しかし、梨本一家惨殺事件が解決した瞬間に居合わせる。

 しばらくすると背広を着た優男が男が自分を襲った男を引き摺ってくる。

 そして、紫織から封筒を受け取ると手を振りながら去っていく。

 「サナエ。危なく三途の川を渡りかけたね?」

 サナエは、紫織にしがみ付いて泣く。

 パトカーがサイレンを鳴らしながら何台も走ってくる。

 そして、警察が集まって、男たちが捕らえられていく。

 取調べの結果。

 テニスクラブの会員の中に暗殺を請け負っていた人間が3人。ほか1人

 古賀シンペイの存在は彼らも知っていた。

 4人の男たちは、こもれび探偵団との対決が決定的になったことを悟った。

 そして、富田サナエをモノにし、こもれび探偵団の情報を集め、

 致命的な打撃を与えようとしたところを逆にはめられた。

  

 男たちは、梨本アツコに頼まれて梨本ユウジを殺害。

 その後、梨本アツコが暗殺団のことを誰かに漏らそうとしたのを知り、

 後から母子とも殺された。

 そして、彼等なりのポリシーがあるのか、リスクを犯して同じ場所に埋められる。

  

  

 こもれび探偵団がプロの暗殺団を壊滅させるニュースは、一気に駆け巡る。

 「わたし、そんなの知りません。偶然通りかかったんです。そんな、探偵なんて・・・・」

 少女A。困惑して見せた。

 「巡回中に友達から連絡があって、不審者に追われているみたいだって言われて」

 「近くにいただけです・・・・えっ 県警に?」

 「婦警が近くにいるだけで、事件は起きないと思いましたから」

 某婦警2人が、とぼける。

 「テニスクラブに誘われて付いて行って」

 「帰り際に不審な男たちを見かけて心配になって、もう少し、送ろうと思って、偶然です」

 少年Bは、頭を掻きながら。

 「3年も引き篭もっていたから。少し、表を出てみようかなって」

 「それで、古本屋でアルバイトして」

 「そのあと、テニスもしてみようかなって、それだけです・・・探偵・・・知りません」

 少女Cは、配当を受け取って台本通り話す。

 「・・・ということで、どうやら暗殺団の誤解だった」

 「ということにしておきましょう。レポーターの水島アヤノでした」

 配信者も、視聴者も、誰も、信じていない茶番が終わる。

 しかし、茂潮・Bファントムは、局のサーバー、蓄積された情報、破壊しかねない状況だった。

 テレビ各局は、紫織たちが探偵であることを証明し、被るであろう不利益を当然避けた。

  

  

 こもれび古本店の二階

 「・・・さてと、紫織ちゃん。オフレコにするから少しくらい教えてよ」

 「協力してあげたでしょう」 水島アヤノ

 「こっちは、中学生なんだから少しは察してください」 紫織

 「・・・まあ、確かにそうね。でも仕事、増えるんじゃない」

 「その筋じゃ 有名になったはずよ」

 「暗殺のプロを捕まえてしまうなんて」

 「今頃、国外逃亡を考えている富裕層も多いはずよ」

 「証拠が弱いのと弱みを握られている実力者も多いから、黙秘を貫いて出てくるかも」

 「あの人たち、武器を持っていなかったでしょう」

 「いまどきの犯罪グループが、銃一つ持っていないなんて、変わっているわね」

 「あの人たちは、銃じゃなくて頭を使う方が多いみたいね」

 「銃を持っていると銃を使うしかないと硬直化するから」

 「それに見つかった場合の不利益も大きいし」

 「でも少なくと梨本一家惨殺事件で彼らの犯行は裏が取れている」

 「家宅捜査で証拠も挙がっているし、余罪も何件か突き止められそうよ」

 「それは助かる。もう一度対決なんてしたくないもの。割が合わないし」

 「警察も、一度に敵に回していい有力者の数が決まっているから、適当なところで手を打つわ」

 「こもれびは、正義の味方じゃないの?」

 「冗談! 誰がバックについているかわからないのに戦えますか」

 「一歩間違えれば殺されるのに」

 「事件現場に、もう一人、協力者がいたと情報があるけど・・・」

 「水島さんの会社でも外注を頼むことはあるでしょう」

 「・・・・なるほど。ところで婦警さんたちは、これからも協力関係を続けるの?」

 「その気になれば本格的な探偵組織を作れるわよ」

 「協力関係って、向こうが言いだしっぺで、わたしは、ただの受付嬢よ」

 「それなのに。いつの間にか、表に出ているわけね」

 「探偵団を秘密にしているのは、婦警さんたちを守るため?」

 「行きがかり上ね」

 「・・・くすっ・・・」

 「なに?」

 「紫織ちゃんの応援するからね」

 「そう。嬉しいけど、未成年だから、何か期待しても応えられないかも」

 「それでも、味方するから、何かあったら遠慮なく連絡してね」

 水島アヤノは、出て行く。

  

  

 中学二年の夏休みが終わり。

 新学期が始まる。

 「・・・わたし、そんなの知りません。偶然通りかかったんです。そんな、探偵なんて・・・・」 女子生徒A

 「テニスクラブに誘われて、付いて行って」

 「帰り際に不審な男たちを見かけて心配になって、もう少し、送ろうと思って、偶然です」 男子生徒B

 教室でニュースを見ていた生徒が面白がる。

 しばらく続くはずだ。

 名目上、否定している、

 しかし、紫織とシンペイが探偵業をやっていることは、暗黙の了解として知られている。

 興味本位や面白がって、まとわり付く同級生だが紫織にすれば、学力向上が当面の目標。

 このまま、遊んでいると程度の低い高校に行くことになる。

  

  

 そして、逃げるように保健室に入る。

 「どうしたの? 角浦さん。夏風邪、夏バテ、食中毒?」 葉山ミチコ

 「夏枯れ・・・かな」

 「もう秋よ・・・・同級生から逃げてきたんでしょう」

 「探偵になりたがる生徒がいてね」

 「儲かっているの?」

 「ソコソコにね」

 「カッコいいものね。探偵業・・・・紫織ちゃんも輝いて見えるし」

 「えぇ〜 本当♪」

 「引き篭もりの女の子を更生させているからかな」

 「違う違う」 否定する。

 「・・・でも、危ないことしないでね。あなたがいなくなると寂しいから」

 「うん。気をつける」

 「勉強の方は、どう?」

 「ふふん。何とか平均点を超えたわ」

 「それも、明るい表情の原因ね」

  

  

 夏休み明け

 こもれび探偵団は、受給側から配給側に移行しつつあった。

 つまり、仕事を受け付けて最寄の探偵事務所に仕事を配給。

 薄利を得ていくもので、これまでと逆の立場だ。

 当然、信用が絡むことから信頼性が高く、

 実力のある探偵事務所とネットワークを立ち上げなければならず。

 茂潮が一役買う。

 そして、程度の低いカウンタースパイは、交渉で手打ちができるほどになっていく。

  

 富田サナエは、早朝からトレーニングウェアを着てランニング。

 今回の事件は、囮に使われたといえ、

 サナエ自身がウィークポイントであることが原因で、

 シンペイが、目立ったことで起きたイレギュラー。

 今後のことを思えば、少なくとも体力だけは付けなければならない。

 さらに高配当だろうか。

 高校をドロップアウトしても、お金で認められれば人間は張り切る。

 古本屋で働くのがバカらしくなるほどのお金を受け取って、

 サナエの表情は明るくなっていく。

 そして、表情一つで、かわいさが増すのか、富田サナエ目当ての客も増える。

 探偵フェチでも、よほどのロリコンでなければ紫織に食指が動かない。

 しかし、富田サナエには動く。

 孤児になった紫織も、自分の居場所を失ったサナエも、似たもの同士。

 なんとなく仲良くなっていく。

 表面上は、サナエの方が年上で紫織の保護者にみえた。

 実のところ、サナエは、紫織やシンペイの隠れ蓑。

 第一、学校に行ってない、バイトだけのサナエは、フルで使える。

  

  

 紫織とサナエは、ハルを連れ、張り込みに行く。

 「探偵は、有名になると損ね」 サナエ

 「基本的は、地道だもの。見つかると警戒されるし」

 紫織は、大きめのサングラスをしている。

 「いまじゃ 中学生探偵ということで逆に目立っちゃって」

 「美人でなくて良かったわね。これで美人だったら探偵廃業ね」

 「サナエ。あんた、さっさと運転免許を取りなさいよ。使えないわね」

 「車を買ってくれるの?」

 「お父さんに買ってもらいなさいよ」

 「駄目よ。市長選で落ちたから」

 「じゃ〜 自分で買え。ガソリン代くらいは出せるわね」

 「車検も出してくれないとね〜」

 「んんん・・・しょうがないわね」

 「本当♪ じゃ。免許取ったらすぐ買うね」

 「ったく。サナエも、かわいくなくなった」

 「紫織ちゃんは、とてもかわいいよ」

 「ふんっ・・・その代わり保険は、そっちで入って。それから、ハルを乗せるからね」

 「しょうがないか。ハルがいた方が安心だし」

 「わたしが免許を取れたら済むことなのに」

 「でもね・・・浮気調査なんて、ふぁああ〜」

 「わたしだって、好きでやってんじゃないわよ」

 「雑木林の空きがなかったから仕方がないのよ」

 「浮気調査の張り込み中に殺人事件に発展なんて、起きないの?」

 「起きるか!」

 「探偵物じゃ 定石なんだけどな」

 「人に読ませるには良いけど、面倒に巻き込まれるのはごめんよ。金にならないし」

 「はぁ〜 夢も希望もない言葉」

 「生活費、稼いでから夢を語るべきね」

 「ったく。世知辛いわね」

 「きっと社会から、そういう仕打ちをされたからよ」

 「それに殺人事件を待ち遠しいとも思わないし」

 「ふ〜ん。紫織ちゃんって、善良だから好きよ」

 「バカ」

 自分を善良だというサナエがいる。

 紫織の倫理観の保持。

 または、高める上で有用な存在だった。

 本来なら家族の間で得られる精神的主柱だからだ。

 「・・サ、サナエ。頭を撫でるな」

 「ありがとうね。わたしを使ってくれて」

 「うるさい!」

 「さっさと大学入試資格を取って、大学に入れ」

 「大卒じゃないと入り込めない場所もあるんだからね」

 「わかってる」

 「だから、頭を撫でるな」

 「・・・・交替。紫織ちゃん。榊さんがきたよ」

 紫織とサナエは、榊カスミと交替。

 サナエは、そのまま、榊カスミと残る。

  

 

 サナエは、表向き古本屋の店員だったが、どちらかというと探偵業を優先させられる。

 やはり、サナエの秘密と弱みを握っていることで信用で繋がりやすい。

 紫織は、のんびりとハルを散歩させながら。古本屋に戻る途中。

 同級生の鹿島ムツコに出会う。

 そして、少し強めの同級生の北野ヒロミと歩いていた。

 「・・・よう。角浦。探偵ゴッコかい」 鹿島ムツコ

 「うん。今日は、終わったから、あとは、古本屋の仕事」

 「へっ 腰掛探偵なの?」

 「よく、そんなんで勤まるわね」 北野ヒロコ

 「へへへ。表向きやってないよ。ほとんど受付嬢だし」 紫織

 「エンコで稼ぐよりは、羽振りよさそうじゃない」 北野ヒロコ

 「死ななければね」

 「・・・・・・」 北野ヒロコ

 「かっこいいね。角浦。じゃ 明日な」 鹿島ムツコ

 「うん」

 紫織は身の危険を感じる。

 探偵業で知りえた秘密は少なくない。

 どのくらいの秘密かというと漏洩すると信用を失って、

 とある層から上に相手にされなくなる。

 故意に漏らせば、死と隣り合わせ。

 守秘義務を守るのも命懸けで、抹殺モノというレベルもある。

 ハルがいても仕事柄、狙われる可能性は常にある。

 鹿島ムツコは、同世代で、そういう、危険な香りを嗅ぎ取る一人だ。

 実際、紫織は、何度も、襲われていた。

 たまたま用心深くて身を守り。逆に相手を追い詰めただけで、紙一重で生きている。

 そして、時折、ハルが警戒しているのを感じる。

 くるりと一周だけ大回り。

 臭いの元を辿る素振りを見せるだけで逃げ出すだろうか。

 それとも、この前のように人を集めて、やるべきだろうか。

 前回の事件で、こもれび探偵団に手を出せば大怪我をする、

 と、その筋の人間に伝わっている。

 ただの探偵フェチの追っかけがいて、紛らわしい。

 少なくとも、ハルがいなければ、ただの女子中学生で、相手が誰であれ負ける。

 おかげで、適度な緊張感があるのか、体をトレーニングする時間を作る。

 それなりに鍛錬しているせいか、

 最近、朝食を食べるようになっても、おなかが、へこんでいる。

 途中、食料や日用品を買って、古本屋に到着。

 古本屋の仕事も、自分なりのマニュアルを覚えたのか、体が自然に動く。

 パソコンの売上げ表を見る。

 集客は、悪くない。

 古本屋も、黒字経営が続いている。

 そして、隣のこもれび理髪店もシンペイが臨時収入を注ぎ込んで黒字経営。

 時機を見て夕食を作り、隣の古賀家に行く。

 単品だけ作れば済むのは、食事の問題を著しく楽にする。

 集中して作れるため手を抜くこともなく、失敗もない。

 佐藤エミ、安井ナナミ、沢渡ミナがいる時は、作る量も増えるが一品で、いいのが助かる。

 古賀家には、家庭教師の沢木ケイコがいたり。中山チアキがいたり。

 もう一人。彼女として、鎌田ヨウコが居るときもある。

 古賀家の両親にすれば、将来の息子の嫁候補で、3人とも馴染んでいた。

 そして、紫織の料理に劣等感があるのか、

 沢木ケイコも、鎌田ヨウコも、腕を上げていく。

 中山チアキも、それなりに作れるようになったという噂も・・・・ある。

 古賀シンペイが、これほどモテるとは思わなかった、

 とはいえ、探偵業の緊張感なのか、精悍に見える時も・・・

 左指を読み掛けの漫画本に挟んでいるのは、いただけない、

 現場で、シンペイが暗殺のプロを落としたのを見ていたのがウソに思える。

 しかし、何も言うまい。

 シンペイが売れ筋という中古本は、多くの場合、当たる。

 彼の才能を失わせるのは、古本屋の店長として避けたい。

 そして、両親もシンペイから金を投資してもらったのか、何も言わず。

 教育を3人の彼女に任せてる。

 少なくとも家庭教師を兼ねているおかげでマンガを読んでいる割に成績が向上。

 なんと、紫織を抜く。

 両親にすれば、一人息子が漫画を読んでも文句を言う気になれないようだ。

 せいぜい “マンガばかり読んで、彼女に嫌われるなよ” 程度。

 もっとも、今日のテストの結果。

 紫織が巻き返して、平均点を超えてシンペイを射程内に収めている。

 そういう点で、紫織も少しばかり余裕がでてきた。

 「・・・ねえ、紫織ちゃん。危ないことしたら駄目よ」 カオリ

 「気をつけます」

 「本当よ。まだ、中学生なんだから。命を狙われるようなことは、しないでね」

 「でもな、襲われる度に収入が大きくなってないか?」 トオル

 「あなた! そういう問題じゃないでしょう」

 「まあ、そうなんだろうが・・・やっぱり危ないのは避けたいね」

 「大丈夫。自分から危ないところに行かないから」

 「危険が紫織ちゃんに向かって、来るのよね」 沢木ケイコ

 「あはは」 紫織

 「わたしも、そういう危険な香りがする魅力的な女になりたいわ」 沢木ケイコ

 「ケイコちゃんは、そのままでも魅力的よ」 カオリ

 「ほんとうですか♪」 喜ぶ。

 「・・・シンペイちゃんが言わないから、お母さんが代わりに言っているじゃないの」

 紫織が言うと白い目がシンペイに注がれ、

 「・・・・・・・」 シンペイは、黙々と食べ、

 こりゃ駄目だという空気が漂う。

  

  

 富田サナエは、部屋で短編サスペンス『色褪せたセピア』を打ち終えると、

 ホームページに載せる。

 そして、拉致されそうになったときのことがフラッシュバック。

 バーベルを持って柔軟体操を始める。

 運転免許と大学試験資格試験もしなくては・・・・

 榊カスミと話して、護身術の気構えというものを教わる。

 ある意味、襲ってくるであろう相手より極悪な発想。

 角浦紫織も、ある意味怖い。

 彼女を最初に襲った中学の担任は、殺傷を目的とした罠で全治6ヶ月。

 正当防衛の大義名分がなければ、不作為の傷害致死スレスレだったらしい。

 もっとも、力関係で負けている場合。

 下手に抵抗するより、無抵抗か、相手を殺傷するしかないのだろう。

 中途半端な抵抗は、殺される。

  

  

 回想

 榊カスミ、富田サナエ

 「・・・結局、先に手を出すのが相手であれば、少しくらい過剰防衛でも、どうにでもなるのよ」

 「正当防衛だったら、あとは、こっちの気構えね」

 「なんか怖くないですか?」

 「・・・ほら、あそこに不良みたいな人たちがいるでしょう」

 「ああいう格好も、生物界で言うと擬態ね」

 「自分が危険な存在であると見せて、攻撃するなって、意思表示しているの」

 「ほとんどの場合、恐怖心から、ああいう行動をとっているの」

 「延長上にヤクザもいるけどね」

 「でも、ああいうのは・・・・・ちょっと」

 「真似は、しない方がいいわね、あなたには似合わないから」

 「羊の皮を被っててもいいけど」

 「この手の仕事をするなら、中身だけは、狼の気概を持っていた方がいいわね」

 「そう・・・ですね」

 「でも気をつけてね。ああいうヤンキーたちも一種のアレルギー反応なの」

 「体のアレルギーじゃなくて心のアレルギー」

 「一度、痛い目にあったことがるのかもしれない」

 「だから、極度に自己防衛するあまり、攻撃性が強くなる」

 「そして、周りから孤立するから」

 「さらに攻撃性が強くなって、力の崇拝者になってしまう・・・・」

 「一種の精神病かな・・・」

 「女の子の場合、強くなれない代わりに、強い男に惹かれていってしまうの」

 「た、確かに強い男には憧れるかな」

 「それは、いいけど、相手を選ばないとね」

 「病人じゃなくて、正常な強さを持つ相手を選ぶこと」

 「あのう・・・・わたしが襲われたとき、もう一人、男性がいましたよね」

 「幸城?」

 「やめた方がいいよ。妻帯者で、スパイだし」

 「金で折り合いが付けば、いつ敵に回ってもおかしくないし」

 「ええぇ〜 そうだったんですか?」 落胆する

 「ふっ」

 「あのう・・・紫織ちゃんとシンペイ君の推理の仕方って、おかしくないですか?」

 「ふっ 推理じゃないわね。勘ね」

 「か、勘ですか? それって、不味くないですか?」

 「不味いわよ。探偵団なんて言われているのに、まともに推理できる人間がいないんだから」

 「大丈夫なんですか、そんなんで」

 「最近は、かなり不安ね」

 「本当は推理力の必要ない、浮気調査や素行調査で小遣い稼ぎするだけのつもりだったのに・・・」

 「仕事の内容が難しくなってきているから」

 「ははは・・・」

  

 

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第33話 『これだから引き篭もりは!』

第34話 『色褪せたセピア』

第35話 『推理?』

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