月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第36話 『証拠は?』

 学校と家の往復。学生の本分は、勉強。

 それだけでないのは、本業の古本屋と、

 副業の“こもれび小旅行本”の印刷が、あったからだ。

 そして、裏家業の探偵団。

 消極的に始まったはずの探偵団の仕事は、いつの間にか馴染んでいく。

 仕事に追われて、勉強が遅れていく。

 それでも佐藤エミに勉強を教えてもらいながら、

 紫織は、なんとか平均にまで成績を回復。

 廊下の壁に成績表が並べられ、紫織とヨウコが見ていた。

 「ふ〜ん。紫織ちゃんも、ようやく。低空飛行から脱出ね」

 「長かったよ〜 ようやく、暗黒時代から抜け出た気分」 泣き

 「私は、シンペイ君に負けちゃった」 ヨウコ、ショック

 「沢木さんと中山さんが2人掛かりで教えたら成績も上がるよ」

 シンペイは、上の下の成績で、

 中の中にいる。二人より、離れた場所にいた。

 「はぁ〜」 ヨウコ

 「鎌ヨ。最近、シンペイちゃんと、デートして無いでしょう」

 「紫織ちゃんのせいでしょう」

 「何よ。あの女。年増のくせにシンペイ君を引っ張りまわして」

 「サナエは、仕事よ。そういう関係にならないと思うけど」

 「そんなの、わかんないわよ。あの胸で誘惑したらどうするのよ」

 「一緒に乗っていけば、いいじゃない」

 「沢木さんも、中山さんも、勉強を教えるとか言って、デート代わりに一緒に乗っているし」

 「わたしの方が成績が低いんだから、教えられないじゃない」

 「あはは」

 「昔は、良かった・・・・」

 「でも、ヨウコも、随分、カッコ良くなったんじゃない」

 「合気道やって。女子部の部長だし」

 「名前だけよ。早朝と昼しかやってないし。沢木と中山の方が人気あるし」

 「合気道は、オリンピック無いから辛いね」

 「まあね」

 「わたしも、ちょっと、やってみようかな。合気道」

 「そうね〜 沢木も、中山も、かわいがってくれるかも」

 「料理のことで、かなり怒っているから」

 「あ〜 やっぱり、やめた」

 「あはは」

 「ったく。あれだけ美人なんだからナヨナヨしてればいいのよ」

 「その辺の男子より、強くなって、かわいげがない」

 「・・・・紫織ちゃん。探偵業は、上手くいってるの?」

 「んんん・・・・」

 「上手く、いってないんだ」

 「大きいのが一つ、手詰まり」

 「わたしも、命が惜しいから手伝えないけど。がんばってね」

 「うん」

  

  

 どこかの公園

 ハデス(雄犬)がハル(雌犬)にじゃれている。

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミ、

 茂潮が榛名社のクライアントを調べて一覧表にして出していた。

 「日本への密輸は、海か空の二つしかないけど」 

 「クライアントからすると、海の方が多いわね」 紫織

 「依頼内容は、それなりに無難ね」

 「浮気調査に、素行調査。企業調査」 佐藤エミ

 「それで弱みを握って脅しているんじゃない。覚醒剤ルートになれって」 安井ナナミ

 「まさか、そんな噂、広まってないよ」 紫織

 「榛名社の資金の流れは?」 佐藤エミ

 「まだ。これから、金融機関を使っていない場合もあるし」 紫織

 「・・・・・・・・・」 安井ナナミ

 「じゃ 例の手で行くしかないわね」 佐藤エミ

 「・・・エミって、相変わらず、えげつないこと考えるわね。一度、診てもらったら」 安井ナナミ

 「ふっ・・・」 佐藤エミ

 「話しは、ついたの?」 紫織

 「一応、それらしい。依頼を作ったけど・・・・」 佐藤エミ

 「前科者同士で割れそうね」 安井ナナミ

 「あはは」 紫織

  

  

 大牟田市長宅

 庭で “みやこ” が、ハルにチョッカイをかけていた。

 リビングは、広く調度品も立派。

 テーブルの上にコーヒーが3つ。

 紫織とシンペイが並んですわり、正面に市長がいる。

 大牟田市長は、ため息をしながら中間報告書を見ていた。

 「警察と違う相手を疑っているようだが・・・・」

 「警察は、どこと?」 紫織

 「・・・双葉建設」

 「贈収賄の相手ですか?」

 「贈収賄など、していない」

 「欠陥建築があったので、手を退いただけですか?」

 「そうだ。ああいう。会社だとは、思っていなかった」

 「他に心当たりは?」

 「ない、覚醒剤など。危険を冒してまで復讐されるような関係になったことは無い」

 「双葉建設との関係も、その程度ですよね」

 「そうだ」

 「市長のやり方は、広く浅くですから、わかっています」

 「こちらの調査では、覚醒剤ルートを作ろうとした組織が市長を陥れ」

 「市政の混乱に乗じて、入り込もうとしただけのようです」

 「それで、この組織。何とかしてくれるのだろうな」

 「・・・報告書の通り。証拠がないので、もう少し、お待ちください」

 「警察に強制捜査。させれば・・・・」

 「この組織は、今回の疑惑事件の前に証拠を隠滅しているはずです」

 「それに警察は、覚醒剤ルートの殲滅を選択するので、すぐには動かないと思います」

 「だが警察は、双葉建設を疑っていると」

 「警察組織も、いろいろあるので、一枚岩じゃありませんから」

 「一体、どうしたらいいんだ」

 大牟田市長が頭を抱える。

 「この報告書は、こっちで使っても、いいのだろうな」

 「相手は、組織犯罪です」

 「味方だと思っている人間が向こう側に情報を流す場合もあります」

 「その結果責任は、こちらで、負いかねます」

 「それでも、よろしいのですか?」

 「相手のプロフィールを確認してください」

 「・・・・・」 大牟田市長

 「あまり信用されていないようで・・・」

 「い、いや、十分に信用している」

 「しかし、こもれびは、富田氏の娘を雇っているようだが」

 「それが不信でしたら。他の探偵か、興信所に依頼されては?」 ホッとする

 「あ、いや、少し気になっただけだ。事情は、大体わかっている。このまま頼む」

 進んで組織犯罪を相手に依頼を受ける探偵も興信所も少ない。

 リスクが大き過ぎた。

 そして、繋がっている相手が大物だったら勝ち負けに関係なく。窮地に陥る。

 「随分、訓練された犬だ」

 市長は、緊張を紛らわすかのように庭にいる2匹の犬を見て呟く。

 訓練されていると言ったのは、ハルの方だろう。

 じゃれようとしている “みやこ” は、無視されている。

 「自衛隊に納入しているところから買いました」

 「じゃ 軍事訓練を?」

 「ええ」

 「大変な仕事だ・・・普通なら、良識的なことを言うんだが」

 「そうですね。本当に」 微笑む

 紫織とシンペイは、帰り際に市長の孫娘とすれ違う。

  

  

 紫織、シンペイ

 少し離れたビルから、榛名社のビルを覗き込む。

 高感度カメラは高価だった、

 しかし、窓から事務所の中を見ることが出来た。

 「色ガラスも使わず。カーテンも閉めていないのは自信の現われね」 紫織

 「でも大丈夫かな。自動車を外に止めているから、こっちはバレているよね」 シンペイ

 「わざと・・・少しは、動いてくれないと・・・・・」

 「動いた方が負けと思っているんじゃないかな。かなり不機嫌そうだけど」

 カメラを覗き込んでいるシンペイが呟く。

 「気付くかな」

 「気付かせているんだから。気付かない方が問題だよ」

 「はぁ〜 普通ならやらないよね。危な過ぎて」

 「だったら、依頼を断ったら良かったのに」

 「だって、一度引き受けてしまったのに、こっちから断れないよ」

 「あの市長。なみだ目になってたね」

 「それは、そうでしょう。身に覚えが無いのに、いきなり、覚醒剤所持だもの」

 「売人は、市長に貰ったと言い張るし」

 「これに懲りて、キャバクラ通いを止めればいいのに」

 「あの子、学校で虐められたのか、泣いてたよ」

 「ふ〜ん。シンペイちゃんも大きくなったら行くんじゃない? キャバクラ」

 「・・・行くなら。萌え喫茶かな」

 シンペイの鼻の下が伸びる

 「・・・・・」 呆れ

 「今度、茂潮さんが連れて行ってくれるって」

 「・・・あの、変態」

 「そんなことないよ。しっかりした考え方しているし。尊敬するな」

 「ったくぅ」

 紫織は、キャバクラより、少しだけ、マシ? と思ってあきらめる。

 「・・・あっ・・・自動車に気付いた」

 榛名社のビルの窓で人影が動く。

 どうやら、富田サナエの車と気付いたらしい。

 そして、このビルは、佐藤家の関連企業の持ちビルだった。

 「どう? 気付いた?」

 「・・・弐沢社長が、こっちの方を睨んでる・・・」

 「こっちに来るかな?」

 「そこまでは、いかないと思う・・・・少し笑った」

 「連中が犯人よね」

 「・・・うん・・」

 「じゃ 証拠は、完全に隠滅しているということね」

 「・・自信あるみたい」

 「覚醒剤を、どこに隠していると思う」

 「榊さんは、一番単純なのは、海に沈めるんだって言ってたけど」

 「ったく。海上保安庁は何やっているのよ」

 「無理だと思うよ。海広いから気休め」

 「榛名社に持ち船は、無いから。クライアントの船を使っているのかしら・・・・」

 「それとも刑務所上がりの漁師に伝手があるのかな」

 「蛇の道は蛇」

 「それで、前科者を雇っているわけか。善悪知っているから、どっちでも来いね」

 「でも、海に沈めるのは手っ取り早いけど、そうとばかりは、言えないし」

 「一度、会って、カマをかけてみる方法もあるかな」

 紫織が携帯を手にした。

 ・・・・そして・・・・・・・・

 「こもれび古本店の角浦紫織といいます」

 「弐沢ケイイチ社長をお願いします」

 「・・・・・・・・・・」

 「電話を取ったよ」 シンペイ

 「・・・初めまして・・・・いえ、こちらこそ・・・」

 「依頼が溜まっているので、少し、そちらにと思いまして・・・・・・」

 「・・・そうですか?・・・・・ええ・・・・・・わかりました・・・」

 「・・・船関係は、大丈夫でしょうか?・・・・」

 「・・・ええ、覚醒剤の売人捜索・・・・・」

 「ええ、では、そちらにメールを送らせていただきます」

 「返信で口座番号を送ってください・・・」

 「・・・はい・・・・はい・・それでは、失礼させていただきます」

 「・・・・・・」

 連絡が終わると紫織は、携帯をポケットに入れた。

 「どう?」

 「海じゃないよ」

 「ほ、本当に?」

 「うん」

 「・・・じゃ どこ?」

 絶望的な気分になる。

 榛名社は、覚醒剤のルート自体を知らず。

 保管と売人への分配だけか。

 別のルートを使っていることになる。

 「少なくとも榛名社は、小売だけか、海を使っていない」 

 「うん」

 「それとも、飛行機」

 「飛行機か・・・クライアントの方は、調べられたんだろう」

 「関係者にいるわね。浮気調査と素行調査で・・・」

 紫織が一覧表を見て呟く。

 見方を変えれば、消去法で、捜査が進んだといえる。

 「隠し口座は?」

 「茂潮に頼んで、榛名社と関係者の口座をゼロにさせる方法があるけどね」

 「たぶん、そうなったら動くはずだけど。こっちも危なくなるし」

 「犯罪だよ」

 「犯罪未満で、やらないとね。市長が捕まると、お金入ってこないし」

 「そ、それは、困る」

 そして、紫織とシンペイは、富田サナエの運転する車に乗り、

 榛名社を挑発するように正面の道路を通過していく。

 榛名社のビルから数人の男たちが見下ろしていた。

  

  

 榛名社のビル

 「・・・社長」 男

 「・・・手を出すな。我々に疑いを抱いたのは、たいしたものだ」 弐沢社長

 「依頼の件は?」

 「引き受けたよ」

 「罠では?」

 「罠かどうかは、この場合、関係ない」

 「仕事量で余裕があって、依頼があれば引き受ける。当然の選択だ」

 「しかし、この依頼は?」

 「・・・我々とは、別のルートの覚醒剤だ」

 「覚醒剤の成分の違いがわからないとは、まだまだですね」

 「ガキの遊びだ。女子供の悪知恵に過ぎない」

 「それで、ここまで追い込まれるのは、警察の捜査は、もっと先まで進んでいるのでは?」

 「ふっ 古巣の動きは、全て読めている。俺を疑っているような動きは無い」

 「しかし、公安、本庁は、ともかく。県警は・・・」

 「直接は無いが心配は無かろう。俺に情報提供を持ってくるほどだ」

 「こもれび犯行説を伝えては?」

 「それが出来れば苦労はない」

 「女子供ばかりの集団が怪しいなどと言えば、それこそ、物笑いの種だ」

 「どこからも相手にされなくなる」

 「なるほど」

 「ここは、別ルートの売人をさっさと押さえ」

 「こもれびの疑いを晴らしておこう。警察の受けも良くなるだろう」

 「晴れますか?」

 「さあな。しかし、こもれび探偵団のやり方は、わかっている」

 弐沢は、ダーツを放ち

 16に命中する。

  

  

 車の中。

 「どこに行くの?」 富田サナエ

 「そうね。航空関係者でいうと、禅院スズネ。大手の旅行代理店勤務」 紫織

 富田サナエがプリントを見て住所を確認。カーナビにセットする。

 「恋人の浮気調査?」

 「そう」

 「それで、何か弱みでも握られたの?」

 「さあ〜 榛名社が、ただの小売なのか、ルートを持っているのか、調べないと」

 「まるで、見るだけで、わかるみたいね」

 「相手が動くかどうかで、わかるでしょ。過剰反応するかで」

 「なるほど」

 サナエの言いようは、全然、納得していない響きがあった。

 推理ドラマでもある程度、推理が進み、

 犯人が推測できても証拠が無い。

 その時は、カマ掛で引っ掛けさせるときが良くある。

 問題は、怪しいと思う根拠に説得力が無いことだ。

  

 シンペイのオーラが見えるというのは、秘密だった。

  

  

 こもれび探偵団発注の依頼で榛名社が動き始める。

 成果が出れば、今後も依頼があるだろうの意味も含んでいる。

 しかし、榛名社の側も、こもれび探偵団が榛名社を疑っていると推測している。

 当然、依頼された内容に対する姿勢は用心深かった。

 こもれびから受注した依頼は、

 “覚醒剤中毒になった娘に覚醒剤を売った売人を探してくれ”

 というものだった。

 彼女は実在し、

 そして、依頼内容も本物。

 ただし、依頼料は、こもれび探偵団から出されている。

 榛名社は、二週間で売人を調査。報告書を渡す。

 こもれび探偵団は、報告書を警察に渡し、

 売人は、麻薬所持と売買で捕らえられる。

  

  

 こもれび古本店の二階

 佐藤エミに変わって、

 こもれび小旅行本の編集の仕事を引き受けた足立クミコが沢渡ミナと打ち合わせ。

 紫織は、佐藤エミに数学を教わっていた。

 安井ナナミがイライラと歩き回っている。

 「榛名社は、動くつもり無いみたいよ」 安井ナナミ

 「みたいね」 紫織

 「ナナミ。勉強に集中しているときに声をかけないで」 佐藤エミ

 「よく、落ち着いていられるわね。家の若い連中は暴走気味なんだからね」

 「あははは、わたしのシマじゃないもの」 佐藤エミ

 「笑うな。シマ荒らしされて、黙っているヤクザがいると思う?」 安井ナナミ

 「とにかく。まともに手を出しても安井組の心象が悪くなるだけよ」

 「榛名社の社長は、元本庁で叩き上げの警視だったんだから」

 「はいはい」

 「元警視が前科者を雇って社会貢献と更生のため興信所をしている」

 「実に泣かせる人なんだから」

 「・・・・・・・」 安井ナナミ

 「・・・なんで、覚醒剤を始めたんだろう」 紫織

 「紫織ちゃん・・・勉強」

 佐藤エミは、竹刀を肩に背負っていた。

 学生の本分は、勉強。

  

  

 足立クミコ 沢渡ミナ

 「やっぱり、次回作は、奈河川釣り事情が良いと思うの」 足立クミコ

 「釣りか・・・イメージがわかないな」 沢渡ミナ

 「一度、釣りにいってみる?」

 「でも。奈河川って、汚くない?」

 「下流はね。上流なら心配ないよ」

 「5kmも上流に上れば、有害になりそうな工場も生活廃水も少ないし」

 「交通機関は、少し不便だけど」

 「ふ〜ん。でも釣り。やったこと無いけど。クミコは、あったっけ」

 「ベテランを一人知っているから」

 「横井君? 彼氏か〜」

 「あはは、ミナも石井君を連れてくればいいじゃない」

 「だれが、あんなやつ」

 「じゃ 3人で行く?」

 「んん・・・・まあ、良いか、あんなやつでも、連れて行けば役に立つ」

 「でも意外、あの不良が釣りか〜」

 「だから、見かけが不良に見えるだけだって」

  

  

 富田サナエの運転する車。

 シンペイと沢木ケイコは、運転手付きのデート。

 中山チアキと違ってアニメの話しは、ほとんどなく、沢木がシンペイに勉強を教える。

 サナエからすれば、なんとなく、初々しく見える。

 茂潮が調べて出した榛名社のクライアントの一覧表で怪しい順に調べていく。

 依頼内容によっては、榛名社が弱みを握っているネットワークともいえる。

 そして、調べていくうちに榛名社の実態が見えてくる。

 本庁の叩き上げの警視が定年退職後。

 前科者を集め更生と社会貢献で興信所を作った。

 出来れば信じたい。

 覚醒剤の小売をしていると思いたくない。

 前科者が更生させられるのならば、このまま、更生させたいと思うのが人情だ。

 「・・・・古賀君。本当にあそこが、疑わしいの?」 サナエ

 ケイコに勉強を教わっていたシンペイがぼんやりと顔を上げる。

 「サナエも、あそこが、怪しいと言っただろう」

 「そうだけど」

 「いいな、富田さん。シンペイ君に呼び捨てにされて」 ケイコ

 「あ、ただの下僕だから」

 「・・・・」 サナエ。ムッとする。

 ここで、こじれて両親に自殺未遂の現場を写された映像を送られても面白くない。

 「ねえ、シンペイ君。ちょっと、わたしにも呼んでみてよ」 ケイコ

 ・・・シンペイは、真っ赤になって、うつむいていく。

 『ふっ ざま〜 みろ。クソガキ!』 サナエ、ニヤリ

  

  

 楠カエデと萩スミレが路上駐車の違反切符を切っていた。

 そこに浅間刑事と一ツ橋刑事が現れる。

 「・・・久しぶりね。カエデ」 一ツ橋刑事

 「へぇ〜 懐かしいわね。サツキ」

 「暇かしら」

 「・・・わたしが何をしているか、わからない?」

 楠カエデは手際良く、違反切符を切って、

 不法駐車の車に貼り付けていく。

 「なぜ、榛名社を?」

 「何のことかしら?」

 「・・・弐沢元警視に世話になっているのよ。今もね」

 「どういう形でのお世話かしら」 にやり

 「情報交換よ。情報交換」 ムッ

 「前科者が集まっていて、情報も集めやすいものね」

 「カエデ。こっちは、こっちの立場があるのよ」

 「ふっ・・・」

 「あんなことが無ければ、カエデだって」

 「警視正を張っ倒した事?」

 「あれが原因で弐沢警視も居心地悪くなったのよ」

 「それは、どうかしら。わたしを口実にして、定年退職ならかっこ良いものね。ノンキャリアだし」

 「・・・そういう見方もあるけどね」

 「懐かしいわね。あの頃は、ずいぶん、青かったから」

 「・・・楽しかったけどね」

 「そうね」

 「なに余裕こいているのよ」

 「私の方が美人だったのに、あの警視正のやつ。目がおかしいのよ」

 「あはは・・・あの後はどうなの?」

 「カエデに歯を折られてからボケ老人よ。もうすぐ隠退かな」

 「ふん。ざまあみろ」

 「上層部は、威信を失うと脆いから」

 「引退後は、カエデも引き上げられるかもね」

 「繰り上げのお礼をしたい人もいるみたいだし」

 「そう・・・」

 「っで! 昔話をしに来たんじゃないの・・・カエデ。なんで、榛名社なの?」

 「弐沢元警視が無実と思うなら。気にすることも無いんじゃない」

 「何か確証を掴んでいるの?」

 「さあ・・・」

 「そう・・・」

 「宮仕えは、辛いわね」

 「なにを他人事みたいに元警察官の不祥事と本庁との繋がり」

 「シワ寄せが警察全体に広がったら、あんたの引き上げも無しよ」

 「ふっ たいへん」

 「ったく。相変わらずね・・・」

 「あのヒヒ爺もカエデの無鉄砲さに惹かれたのかもね」

 「かもね・・・」

 「カエデ。くれぐれも警察組織にケンカを売らないでね」

 「こんなにまじめに働いているのに?」

 「まじめが出世に繋がらないことぐらい。わかっているはずよ」

 「朱に交われば・・・・ね」

 一ツ橋刑事は、呆れたように手を振り、離れていく。

  

  

 こもれび古本店の二階

 紫織、榊カスミ、佐藤エミ、安井ナナミ

 盗聴されていた音声が流れる。

 “メールで送った娘に薬を売った売人を引き渡してくれ” 男A

 “おいおい。困るよ” 男B

 “自首させろ。こっちも、そっちと本気でやりたくないんだ” 男A

 “・・・・・・” 男B

 “手間をかけさせないでくれ” 男A

 “わかった。それだけで良いんだな” 男B

 “すまんね” 男A

 “ふんっ・・・少し時間が必要だ”

 “足が付かないように手を打たないと不味いからな” 男B

 “よろしく頼むよ・・・プッ” 男A

 ・・・・どんより & ため息。

  

  

 淀中の運動会

 800m走を走り終え、

 クタクタの紫織は10位。

 隣で平然としている中山チアキは、2位。

 「名探偵さんも、弛んでるわね」

 中山チアキが良い気味という風に見る

 「デ、デスクワークが多いのよ。張り込みは、走らないし」

 「犯人に追いかけられたらどうするのよ」

 「追いかけられたこと、まだないから」

 「あ、追いかけてきたら半殺しにするんだっけ」

 「あはは・・・」

 「どうなの? 探偵業は?」

 「シンペイちゃんに。探り入れてるんじゃないの?」

 「深いところになると “紫織ちゃんに聞いてくれ” だから、わからないでしょう」

 「“それに、知ると殺されるから” とか言うし」

 「・・・まあ、まあ。かな」

 「本当? 危ないことさせてないでしょうね」

 「だ、大丈夫かな」

 「・・・もし、シンペイ君に何かあったら、わかっているでしょうね。紫織」

 中山チアキの目が怖かった。

 「・・・うん」

 どうやら、紫織は、チアキに心配されていないらしい。

  

  

 榛名社のビル 三階

 紫織 楠カエデ 安井ヒロタカ組長 & 弐沢ケイイチ

 弐沢ケイイチは、報告書を突きつけられた。

 「なるほど “こもれび”からの依頼は、フェイクで」

 「別件の浮気調査の方が本命だったわけか」 弐沢ケイイチ

 「詐欺、恐喝、強要。そして、覚醒剤の密売ですね。弐沢元警部」 楠カエデ

 「ふっ 実刑は、免れないか」

 弐沢ケイイチは、気後れなく。

 紫織と楠カエデの方が気後れ。

 「それで?」

 「手打ちと行こうか」 安井ヒロタカ。安井組の社長(組長)

 「線引きは?」

 「市長の疑惑を晴らすために。何人か自首させてくれ」

 「それと奈河市に覚醒剤を入れないことだ」

 「良いだろう・・・少しばかり、時間をくれ。自首させよう」

 安井ヒロタカと弐沢ケイイチが念書にサインをして交換。

 手打ちになった。

 ここで、警察に踏み込まれたら大変なことになるのだが無事に終わる。

  

 紫織は、小学校の頃の学校内での古本売買を思い出していた。

 いつかは、ばれる。

 そして、世間に何と言われるかわからない。

 しかし、選択の道は狭められていた。

 彼らと徹底的に対決しても誰かが生き残って、

 自分や仲間の命を狙ってくる可能性がある。

 そして、こっちは、女子供ばかり。

 婦警3人組みは、職務違反も追加される。

 しかし、警察でさえ突き止められなかった犯罪組織。

 ここで警察に通報しても闇から闇へということもある。

 現に安井組でさえ、榛名社との対決に躊躇している。

 中学生の紫織が覚醒剤のルートを制限させるだけで、

 榛名社と手打ちにしたのも、身の丈からすれば、精一杯だろう。

 警察が自分の身の安全を守ってくれるわけではない。

 あの時、小学校で古本を売買した時を思い出す・・・・・・

  

  

 二週間後

 榛名社の社員一人が昔の仲間三人と組んで、

 大牟田市長宅に覚醒剤を隠し、脅迫するつもりだったことを自供。

 弐沢ケイイチ社長は、自ら社員の犯罪に気付き、

 自首させたとマスコミを前に頭を垂れる。

 そして、紫織とシンペイは、大牟田市長宅で報酬を貰うと帰宅。

 紫織は、こもれび理髪店でシンペイに髪を切ってもらっていた。

 「・・・・シンペイちゃん。随分、慣れたんじゃない」

 「うん。クラスの女子も面白がって来るよ」

 「面白がっている・・・だけじゃ・・・なさそうだけどね・・・」

 紫織がシンペイに髪を切ってもらうのは、ミソギのようなものだ。

 しかし、他の思惑がある女子もいる。

 「割安だし」

 見習い理髪士だった。

 出来不出来があるのだから、

 進んで練習台になってくれる女の子は少ないだろう。

 しかし、シンペイの場合。練習台に困っていない。

 「取りあえず。玉虫色の解決か」

 「癒着じゃないの?」

 「ばれたら、こっちも不味いんじゃ」

 「榛名社と安井組の手打ちだもの」

 「控えは、あるけど。わたしたちは、関係ないでしょう」

 「でも良かったのかな。あれで」

 「だって、10人以上いるのよ」

 「全員が死刑なら良いけど。復讐されるなんて、いやだもの」

 「それに覚醒剤が割に合わないと思ったら。榛名社も考えるだろうし」

 「警察は?」

 「建前上。元警視が前科者を更生させるために興信所をやっているんでしょう」

 「警察も引くよ。自分の首を絞めたくないし」

 「ふ〜ん」

 「もう、組織犯罪は、いや。真っ当に。地道に。堅実が一番よ」

 「命がいくらあっても足りないじゃない」

 「中学生がやる仕事じゃないよね」

 「そうよ。既に何人も刑務所に入れて恨みを買っているんだから。冗談じゃないよ」

 「うん」

 「金には、なるけどね」 にへら〜

 大牟田市長は、市長としての立場を守るため。

 とんでもない成功報酬を払っていた。

 そして、そのほとんどが、シンペイ、茂潮、紫織の取り分になっている。

 「・・・でも、ヤクザが、おとり捜査をやっても良いのかな」

 「警察は、いろいろ規制があるみたいだけど」

 「ヤクザなら良いんじゃない。規則なんてないし」

 「ヤクザとも知り合いになったね」

 「いやだな。イメージ悪すぎ」

 「あの若頭。最近、店に来るようになったんだって」

 「なんか、いや」

 「大人しく切られているみたいだけど」

 「そりゃ 床屋の椅子で暴れる人間なんていないよ」

  

  

 寂れた小さな墓地

 廃れた角浦家の墓石の前

 紫織とハルしかいない。

 少しだけ涼しい風が流れる。

 小さな墓石を簡単に片付けると、花、ジュース、お菓子を添える。

 「・・・お父さん。お母さん。おばあちゃん」

 紫織が嫁げば無縁仏になる墓だ。

  

 紫織の回想

 紫織 弐沢ケイイチ

 『これは、噂だがな』

 『・・・・・・』

 『君のご両親を轢き逃げした犯人だが』

 『サミット爆破予告と6億円の銀行強盗をしたグループの人間らしい』 弐沢ケイイチ

 『・・・・・・』

 『サミット爆破予告で県警の警官を都心に集め』

 『地方銀行を襲ったグループは、それで、6億の金を奪って逃亡・・・』

 『警察が君の交通事故を洗い出したのも。手掛かりになるからだ、そうだ』

 『じゃ 轢き逃げ犯に遠慮は、いらないわね』

 『そういうことだ』

 『・・・どうして、このことを私に?』

 『ふっ 仕返しだよ。大人げないが。君が、どれくらい乱れるか。面白そうだからね』

 紫織は、思わず退いてしまう。

 『・・き、期待には、応えられそうにないけど・・前向きに検討してみる』

 『ふっ・・・』

  

 墓の前

 ハルが紫織に寄り添っていた。

 「ずっと来なかったけど。ごめんね」

 「轢き逃げの犯人は、サミット爆破予告と銀行強盗をした犯人かもしれないって」

 「警察が犯人を捜し始めたから捕まるかもしれない」

 「お父さん。お母さん。おばあちゃん、元気してる?」

 「この犬は、ハルっていうの」

 「いろいろ怖い目にあったけど。私は、元気にしているから」

 「こもれび商店街は、少し元気になって、お客も増えているの・・・・・・」

 「家も改築して店が広くなったから、お客も増えたかな」

 「アルバイトも雇ってるの」

 「それと、小旅行本の編集と印刷も・・・・・・・」

 「あと・・探偵も・・・」

 「いろいろ事情があってね・・・好きで始めたんじゃないから・・・」

 「怒らない・・・・で・・・ね・・・・」

 涙が込み上げて、嗚咽する。

 いつの間にか秋風が凪がれていた。

  

  

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第35話  『推理?』

第36話  『証拠は?』

第37話  『平穏だね』

登場人物