月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第37話 『平穏だね』

 テレビ・新聞を騒がしていた。

 榛名社の社長が自ら、社員の覚醒剤密売を摘発したことだった。

 弐沢元警部が不明を詫びる姿は、視聴者を感動させる。

 そして、大牟田市長の無罪も判明する。

   

 こもれび探偵団は、表向き出なかったものの、

 その筋で脚光を浴びる。

 不良婦警3人組は、バイトなので表に出るわけにもいかず。

 こもれび古本店の二階にいるという名探偵は、淀中学二年の紫織。

 古賀シンペイ。佐藤エミ。安井ナナミも中学生。

 茂潮は、CIAも、内調も、表に出したくない超問題ありの人物で、

 本人も、隠遁生活を好んでいる変人。

 そして、辛うじて支障が少なく、引っ張り出せるのは、下僕の富田サナエだった。

      

 九死に一生を得た大牟田市長は、嬉しくてたまらないのか。

 時折、紫織を社交界に引っ張り出した。

 一応、市長は、愛犬 “みやこ” を探してくれた恩人という触れ込みで紫織を紹介する。

 もちろん、言外の含みもあった。

 有力者から “知人” でなく “友人” でもなく。

 “恩人” と紹介されれば、まったく、違う反応をされる。

 この手の顔繋ぎは重要なのだろう。

 しかし、仕事を増やしたくない紫織は簡単な名刺交換と挨拶だけで終わらせようとし、

 そして、紫織は、富田サナエを同行させ、

 面倒な渉外を富田サナエにやらせる。

 ライバル関係にある候補者の娘が大手を振って市長の隣にいて違和感爆発、一興だろうか。

 いくら実績や功績が証明されても、

 15歳の女子中学生に依頼するのは、問題が多く、大き過ぎる。

 富田サナエ 19歳の方が依頼しやすい。

 そう、寂れた中年男は、探偵が似合う、

 どんな依頼も平然と受け止める度量と経験に期待されての事。

 そして、紫織、シンペイ、エミ、ナナミは無理で、

 若い女の子然とした勧善懲悪な反応を見せてしまう。

 それは、探偵として、致命的で、落第だった。

 

  

 川柳協会

 精神性やセンスなど、知性と情感のクォリティーを競う場なのだろう。

 パーティの壁際で鶏のから揚げを食べている紫織は場違い。

 一枚の紙を渡されて、“から揚げに こころときめく 秋の夜に”

 と書いて失笑される始末。

 功名心、権力、金脈、人脈より。

 から揚げにときめいてしまう。

 中学生は、普通、そういうものだ。

 「川柳は、素直なのが、一番だ。技巧に凝っていないところが、面白いね」 40代の中年の男。

 「・・・ありがとうございます」

 紫織は、名刺を探して名前を確認しようとした。

 「矢矧コウジ です。角浦さん」

 「す、すみません。少し、ぼぅっとして」

 「いや、かまわないさ。鼻っ柱の強い人間ばかりいる」

 「そういう風に見せない巧妙さもある」

 「そ、そうですか」

 「活躍の噂を聞いている。同業者としては羨ましい」

 名刺には、矢矧探偵事務所と書いてある。

 「探偵さん?」

 完璧な探偵が、そこにいた。

 ハードボイルドそのもの。

 「そう。探偵さん。機会が、ありましたら依頼を受けますよ」

 「探偵さんが川柳を?」

 「いや。君と違って、あくせく顔繋ぎしないとね」

 「どんなにがんばっても、君のところに負けている」

 「こういうところに顔繋ぎしておくと、後々、連絡があったりもする」

 「なるほど」

 「市長に恩人と紹介される君が羨ましい限りだ」

 「少し、縁があって」

 「大ありのような気がするな・・・・じゃ 縁があったら・・・ご同業さん」

 彼は、顔繋ぎに勤しんでいる。

 会ったこともない人間に依頼するのは、緊張する。

 しかし、一度でも会っていたならと、この男に頼もうと思うものだ。

 そして、彼は、それをしていた。

 探偵が、どれだけの人脈と繋がって成り立つ商売なのか、紫織は、知らなかった。

 少なくとも、こもれび探偵団は、トライアングル殺人パズル事件で、

 実力より先に名が売れてしまう。

 幸か、不幸か、地道な人脈繋ぎを手抜きをしていた。

 サナエが近付いてくる。

 「何かあった?」 富田サナエ

 「探偵よ」 紫織

 「ええ。名刺をもらった」

 「あまりベラベラしゃべらないでね」

 「ここにいる人たち、ハイエナみたいなものだから」

 「そうね」 なんとなく笑う。

 探偵業は、守秘義務もある。

 社会的に後ろめたいことがあれば、あまり関わりたくない相手もいる。

 人脈を広げて手垢を付け合えば、利害関係が絡み、汚れてもいくだろう。

 なんとなく、薄汚れていくような気もする。

 社会で生きていくというのは、そういうことだろうか。

 朱に交われば赤くなる。

 「・・・普通は、こういう場所で事件が起きたりするんですよね」

 「サナエ。推理ドラマの見過ぎ」

 「でも、何もないと評判が落ちるよ」

 「なんで?」

 「こもれびの死神って言われているのに・・・・」

 「ば、ばか! なんてこと言うのよ」

 「あはは」

 「それより、しっかり人脈をつなげておきなさいよ」

 「仕事を増やすつもりはないけど。サナエの場合。親の選挙でも手伝えそうじゃない」

 「親は親。私は私」

 「それに今回の事件で身の潔白を証明した。大牟田市長は強いと思う」

 「・・・確かにね」

 「今回の事件で、大牟田市長は自分に対し誠実な態度を取り続けたグループと」

 「そうじゃないグループを選別できた」

 「身固めという点で結束が強まるでしょうね」

 「でも、後任問題も、そろそろ出ているから。意外と大変みたい」

 「へぇ〜 後任?」

 「やっぱり、実力者で身の回りを強くしようとすると年が近くなって」

 「歳が近いと、早く変わってもらいたい人もいて、次は、自分が、って、出てくるの」

 「今回の事件で先走って、後釜に就こうとした3人のうち1人を飛ばしたみたい」

 「それで、2人をどうするか、もめているのみたい。少し混乱している」

 「ふ〜ん。実力者だから簡単に飛ばせない?」

 「そう、みたい」

 「教室より少し複雑かな」

 「・・・・・」 富田サナエ

 「サナエ・・・大学の入学資格検定は?」

 「つ、次は必ず」

 「年齢相応に学歴がないと紹介してもらえなくなっちゃうぞ」

 「紹介する側も人格を疑われたりするんだから」

 「あはは・・・・」

 「・・・まぁ 人の事いえないけど」

 「紫織ちゃん。高校は、どこに?」

 「まだ、二年だから余裕あるけど・・・どこが良いかな・・・・」

 「そういえば甲斐高校の教頭がいたけど」

 富田サナエが名刺を見せた。

 「甲斐高校か・・・・上の下だったっけ。無理っぽい」

 「沢木さんと中山さんが古賀君に進めていたけど」

 「・・あいつら・・・わたしと、シンペイちゃんを引き離す気ね」

 「情報料が欲しいわね」

 「んん・・・次の検定代は、わたしが持つわよ」

 「あの画像が良いんだけどな」

 「駄目。それに私だけじゃなくてシンペイだって持っているんだから」

 「最近の生活態度から相対的な価値は、低下しているのに」

 「そういうのが、あった方が面白いでしょ」

 「どうだかね・・・・」

    

  

 古本家業は、ほとんどの場合、繰り返しが多い。

 それでも、小技の一つ一つが微妙に売り上げに響く。

 “こもれび”と“せせらぎ”の古本店との文庫本の住み分けが進んで、

 趣向によって、集客が分かれていく。

 ある種の不便さはあったものの、一つの店に行けば十分だとわかると、

 店も、客も、それは、それで、楽になった。

 大型古本チェーン店の出店も躊躇するだろう。と思いたい。

 国谷ヒロコも、紫織に影響を受けたのか。

 せせらぎ古本店の手伝いをするようになっていた。

 そして、こもれび古本店との文庫本の住み分けを積極的に進めたのも彼女。

 その日、せせらぎ古本店の三階で国谷ヒロコの誕生日で、紫織も参加。

 「・・・ヒロコちゃん。誕生日なら誕生日って教えてくれたら。何か買ってきたのに」

 「いいよ。それほど嬉しいわけじゃないし」

 「15歳になったことが?」

 「四捨五入したら。20歳じゃない」

 「あはは」

 「むかしは誕生日を楽しみにしていたのに・・・」 母親

 「もう良いよ。そんな気分じゃないし」

 「はい、はい。じゃ お母さんは、行くからね。よろしくね。紫織ちゃん」

 「はい。お世話になります」 母親が降りていく。

 「美味しそうなケーキ♪」 紫織がケーキを頬張る

 「やっぱり。せせらぎのケーキ屋さんの方が美味しいね」

 「うん」

 「随分、お客が増えてきたじゃない」

 「うん。文庫本の住み分けが良かったみたいね」

 「さすがにマンガは、分けられないけどね」

 「でも・・・大型古本チェーン店が来るかもしれないって。噂も聞いたの」

 「うそっ」

 ぽとりとケーキが落ちる。

 「地元商店街に活力のある地域で」

 「購買力のありそうな場所の一つで奈河駅周辺が上がったらしいの」

 「それで候補地の一つに入ったみたい」

 「げっ!」

 「マンションも3棟ほど建つし。そのテナントかな」

 「んん・・・」

 「こもれび商店街で、そういう話し、伝わらなかったんだ」

 「うぅぅ・・・最近、組合会議出てない」

 「ああ〜ぁ 知らないぞ〜」

 「そんな風になっていたんだ・・・」

 「業種の違う商店は、他人事だけど」

 「本屋と古本屋は、問題ね。ネット喫茶も来るかもしれないって」

 「ネ・・・ネット喫茶って・・・・」 焦る

 「すぐじゃないけどね。まだ、候補地に入っただけだから」

 「やばぁ〜・・・」

 「こもれびの方は、まだ良いわよ」

 「副業もあるし。裏家業もあるし。こっちは、即行で売り上げ落ちるよ」

 「・・・・・」

 「ほら、貯蓄というか、全部使って店の改装だったから」

 「古本チェーン店とか、ネット喫茶が出店してくる前に利益を上げておかないと追い込まれるから節制中」

 「そうなんだ」

 「儲かると思うと資本力のある同業者がやってきて食い荒らすんだって」

 「資本主義の浅ましさね」

 確かに古本だけでなく。

 他業種も奈河市に参入しつつあった。

 無理をして、改装、支店開店し、借金して余剰資金の無い店舗は、回収もままならず、

 資本を持って新しく参入してくる新店舗と戦う羽目になる。

 同じ規模で赤字を続けたら、潰されるのは先に運用資金を失う店だった。

 こういう経営戦略は、良く使われた。

 新店舗開設で余剰資本を失った所で、安売り競争を仕掛けられ、

 利益を回収できず、潰される。

 因みに違法ではなく、親の総取りということもありえた。

  

 

 紫織は、こもれび商店街へ帰宅中。

 建設中のマンションをいくつか見る。

 “こもれび” と “せせらぎ” 古本店を合わせた床面積より広い空間があった。

 ・・・・邪心が込み上げてくる。

 茂潮や幸城を使って出店計画を潰してやろう。とか、

 そういった極悪な。気分。

 この床面積なら小細工は必要ない。

 普通に古本を並べただけで客は、この店に来るだろう。

 そして、ネット喫茶とも競合。

 結局、ネット喫茶にお金を使われると。

 古本屋に使われるお金と時間が割かれる。

  

 既存の地場勢力が権益を保つため、

 新参の新興勢力に圧力をかけるのは、良くあることだ。

 施設と床面積で負け。

 運用資金で負けて。

 同じ規模で安売りされたら潰れる。

 こもれび小旅行本という売れ筋も才能が続く限りで、いつまで持つか、わからない。

 そして、探偵業。

 こちらは、とんでもない利益を上げている。

 人口が増えれば増えるほど、人間同士の軋轢が増えて有利。

 しかし、探偵業そのものは、あまり好ましいと思わず。

 紫織自身、腰掛程度しか、思っていない。

 つまり、紫織にとっての本業は、古本屋。

  

  

 萌え喫茶 “萌え萌え”

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイが頬を赤らめ。

 ニタついている。

 そして、店内に萌え語が飛び交う。

 某アニメのセイラ風のメイドが来る。

 「ご主人様。今日は、何になされますか?」

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイは、萌え萌え状態で幸せを満喫する。

 「ええぇ〜と・・・・ナデナデを・・・・」 茂潮

 茂潮が恐る恐るメイドの頭をナデナデする。

 因みにナデナデは、アメリカンコーヒーのことだ。

 「ありがとうございます。ご主人様」

 「じゃ ぼ、ぼ、僕もナデナデ・・・・」 シンペイ、手が震える

 「ありがとうございます。ご主人様」

 「あ・・・僕もナデナデ」 石井ショウヘイ、朦朧としている。

 「ありがとうございます。ご主人様」

 えへへ × 3

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイは、真っ赤になった。

 「「「セイラさ〜ん」」」

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイ

 茂潮が鼻血。

 変態。萌え萌えモード突入。

  

  

 自動道路

 楠カエデ、榊カスミは、路帯で交通事故の処理中。

 乗用車4台、大型ワゴン1台がぶつかって、大きく潰されていた。

 辺りには、血溜まりが点々と残り。

 車の焦げた臭いと血の臭いが漂っていた。

 その中で、7台のパトカーが集まり、

 20人近い交通課の警官が現場検証をしながらレッカー移動。

 死者3人。重軽傷者10人。

 「楠先輩。負傷者は、全員、病人に搬入したそうです」 榊カスミ

 「今日は、厳しいわね」 楠カエデ

 「・・・赤ちゃん。かわいそうでしたね」

 「そうね。ベビーシートを付けていたのに・・・」

 携帯がなる。

 「はい・・・・サツキ・・か・・・なに・・・」

 「ふ〜ん・・・今日は、そういう気分じゃないの。明日にしてくれない」

 「・・・・ええ・・・ええ・・・・わかった」

 携帯を切った。

 「一ツ橋刑事?」 榊カスミ

 「ええ、探りを入れてきたわね」

 「出し抜かれたから?」

 「こっちが疑っていた通り」

 「榛名社の関係者から。覚醒剤密売の売人が出たからでしょう」

 「こっちがって。疑ったのは、紫織ちゃんと、シンペイ君でしょう」

 「わたしたちに探りを入れても仕方が無いのに」

 「そう思わせとけば良いわ。実態を伝えないことも必要だし。ソコソコ潤っているし」

 「本当。わたしたちの浮気調査や素行調査の10倍以上の配当があるんだもの」

 「さすがに立場が無いわね」

 「まったく。シンペイ君と茂潮。紫織ちゃんの取り分の多さは、かなりのものね」 楠カエデ。苦笑い

 「3人とも。そろそろ。年金生活に入れるんじゃない」

 「まさか、これから、高校受験なのに」

 「茂潮は、結婚かな」

 「げっ!・・・やめてよ。あの変態」

 「意外とやさしくしてくれるかも」

 「き、気持ち悪いこと言わないでよ」

 「あはは」

 「さっさと、片付けましょう。血の臭いが、たまらない」

 「・・・・そうね」

 レッカー移動されていく車の底にも、血溜まりが残っていた。

  

  

 こもれびの遊歩道

 回転焼き屋の前

 佐藤エミと安井ナナミ

 「この季節になると回転焼きよね」 安井ナナミ

 「石焼イモは?」 佐藤エミ

 「石焼イモは、もっと寒くないと」

 「んん・・山下のおばちゃん。もう少し寒くなったら。石焼イモやったら。儲かるかも」

 「考えとくよ。エミ嬢ちゃん」

 「小旅行は、クミコちゃんにやらせるの?」

 「うん・・・才能あるし・・・ちょっと、裏家業が忙しくなっちゃったしね」

 「お父さんは、賛成しているんだ。探偵まがい」

 「恩返しは、するもんだって・・・そっちは?」

 「親父はね。良いんだけどね・・・・」

 そこに、安井トウジが登場。

 背後にそれらしいのが2人付いている。

 「はぁ〜」 安井ナナミ

 「俺の顔を見て、ため息をつくのは、やめろ」

 「なんだっけ?」

 「なっ! て・・・・・言っただろう」

 「角浦紫織に、これ以上、ヤクザの世界に関わらせるな」

 「だから、不可抗力でしょう。依頼に従って行動しただけじゃない」

 「あのな〜 若い連中が・・・・・もう、いい!」

 安井トウジが歩き去っていく。

 「な、なに?」

 「やっかんでいるのよ。親父が角浦紫織を気に入っているから」

 「あはは」

 「ふっ あまり笑えないかもね・・・」

  

  

 萌え喫茶 “萌え萌え”

 茂潮、シンペイ、ショウヘイは、中毒症状が進んでいる。

 頬を赤らめ。ニタつく。

 そして、店内に萌え言葉が飛び交う。

 お気に入りのセイラ 18歳。

 某アニメのセイラ風メイド服を着ていた。

 「「「・・・・」」」 ごっくぅ〜ん!!

 「ご主人様。今日は、何になされますか?」 セイラ (メイド)

 茂潮、シンペイ。石井ショウヘイは、萌え萌え状態で、幸せを満喫する。

 「ええぇ〜と・・・・こちょこちょを・・・・」 茂潮。手が震える

 メイドの脇をこちょこちょする。

 因みにこちょこちょは、カレーセットのことだ。

 「きゃ〜 ありがとうございます。ご主人様」

 「萌え〜」

 「じゃ・・・ぼ、ぼ、僕もこちょこちょ・・・・」

 シンペイ。手が震える

 「きゃ〜 ありがとうございます。ご主人様」

 「も、萌え〜」

 「あ・・・僕もこちょこちょ」 石井ショウヘイ。手が震える

 「きゃ〜 ありがとうございます。ご主人様」

 「萌え〜」

 えへへ。

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイは、真っ赤になる。

 「「「セイラさ〜ん」」」

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイ

 石井ショウヘイが鼻血。

 変態。萌え萌えモード突入。

  

  

 バー “朱雀”

 西部風の室内のカウンター

 楠カエデと一ツ橋サツキ

 ビールジョッキが二つ。

 なぜか場違いな、枝豆と冷奴

 「サツキ。たまには、良いわね。こういうところも」

 「カエデ。もうすぐ。あなたに辞令が下りるわ」

 「へぇ〜」

 「なに? あまり嬉しそうじゃないわね。キャリア組み返り咲きなのに・・・・」

 「そうでもないけど」

 「あんたのおかげで出世が早まった警視正の墨付きよ」

 「ふ〜ん」

 「・・・私も、かませてくれないかな」

 「こもれびに?」

 「ええ、犯人逮捕で民間との協力関係は大切だから」

 「サツキ・・・こもれびは、依頼者の味方しか、しないのよ。警察の味方はしない」

 「知ってる。そういう。関係になっている相手も何人かいる」

 「そう・・・邪魔は、しないけど」

 「信頼は自分で勝ち取るのね」

 「結局、あなたを信頼できるか、だから」

 「朱に交われば、か・・・・」

 「一定の功績を楽に挙げようと思えば、選択の道は狭められる・・・」

 「で、カエデ。紫織ちゃんなの? それとも、シンペイ君?」

 「んん・・・たぶん。両方かなぁ」

 「でもサツキ。相手を子供だと思って、甘く見ていると、足元すくわれるわよ」

 「たしかに、怖い一面もありそうね」

 「最初はね。広告塔で受付役のつもりだったの・・・」

 「それが大バケ。今では、犯罪調査の主役で、こっちが脇役よ」

 少し愚痴っぽくなる

 「豪族・佐藤家の娘エミちゃん。安井組の娘ナナミちゃんのラインも強いわね」

 「ふっ 子供相手に警察もタジタジか。最近、不信任の投書も増えているし」

 「子供に良いように出し抜かれていたら。警察の威信もなくなるわね」

 「本当は、茂潮と組みたいんだけど。問題ありだから・・・・」

 「まだ、CIAや内調が付いているの?」

 「みたいね・・・入れない場所があるみたいだけど」

 「CIAや内調が入れない?」

 「そんな場所があるの?」

 「ああいうタイプが入り込めない、場所があるみたい」

 「変装しても一発ね」 一ツ橋刑事 ほくそえむ

 「ったく・・・あのバカが、政府やCIAのネットワークに入り込むから」

 「付き合っているの?」

 「まさか・・・あんな変態」

 「・・・オタクか〜」

 「ただの変態よ」

 「これから、増えるわね」

 「事件が増えるはずよ」

 「元々、日本人は、一本気なオタク性の強い民族よ」

 「現代になって、それをオタクと呼んでいるだけかもね」

 「・・・・少し、違和感あるけど」 楠カエデ

  

  

 淀中学

 紫織、沢渡ミナ、佐藤エミは、校庭で昼食を食べる。

 「はぁ〜 生きていくって、辛いわね」

 紫織。唐突につぶやくと。

 沢渡ミナ、佐藤エミが苦笑いする、

 「紫織ちゃん。おかしい。絶好調じゃないの?」

 「大型古本チェーン店とネット喫茶が奈河市に出店してくるみたいなの」

 「叩き潰したら良いじゃない」 佐藤エミ

 「はぁ〜 そういうの嫌なの・・・なんか、公正じゃないし」

 「世の中。公正なんてないでしょう。表面上だけよ、平等だなんて思い込んでいるの」

 「誰でも友達は、選択しているし」

 「自分が、平等に扱っていないのに、平等を望むなんて、変よ」

 「たしかにね〜 でもね〜」

 「・・・みんな仲良しで、やっていこうなんて思っていたら。古本屋、潰されるよ」

 「お客なんて、店に義理は、ないし」

 「正直だから。合法的に潰されて泣きを見るだけ」

 「そ、そうなのよね〜」

 「大丈夫よ。わたし、紫織ちゃんの店に行くから」 沢渡ミナ

 「ありがとう。ミナちゃん」

 「まぁ こもれび古本店は、人気あるから潰されるまで、いかないと思うけど」

 「それに小旅行本も。裏家業も、あるから大丈夫でしょう」

 「そうかな」

 「売り上げが減っても大学卒業まで持つから」

 「アルバイトのクビを切って細々とやっていくのね」

 「それくらいのお金はあるでしょう」

 「あはは・・・・自由が・・・」

 「自由を求められるほど、人も、社会も、やさしくないの」

 「自由は、勝ち取るしかないよ」

 「んんん・・・・」

 腕を組み思い悩む紫織。

 基本的に良い人間は、踏み切れない。

   

   

 萌え喫茶 “萌え萌え”

 茂潮、シンペイ、ショウヘイは、ニタついている。

 そして、萌え言葉が飛び交う。

 お気に入りのセイラ 18歳。

 某アニメの女の子がメイド服を着ていた。

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイは、萌え萌え状態で幸せを満喫する。

 「ご主人様。今日は、何になされますか?」

 「ええぇ〜と・・・・プィを・・・・」

 茂潮が少しだけ不機嫌そうに顔を背ける

 因みにプィは、餃子定食のことだ。

 「も、申し訳ございません。ご主人様」 セイラ

 (メイド)がお辞儀する

 「萌え〜」

 「じゃ・・・ぼ、ぼ、僕もプィ・・・・」 シンペイ。

 「も、申し訳ございません。ご主人様」 セイラ

 (メイド)がお辞儀する

 「も、萌え〜」

 「あ・・・僕もプィ」 石井ショウヘイ。

 「も、申し訳ございません。ご主人様」 セイラ

 (メイド)がお辞儀する

 「萌え〜」ショウヘイ

 えへへ。

 茂潮、シンペイ、石井ショウヘイは、真っ赤になる。

 「「「セイラさ〜ん」」」

 シンペイが鼻血。

 変態。萌え萌えモード突入。

    

 富田サナエは、ホテルの前で張り込み。

 人の恋路を邪魔するつもりはないが浮気調査ともなれば別だ。

 基本的に浮気調査で終わる。

 恋路の邪魔は受け付けていなかった。

 もし受け付けていれば、もっと羽振りが良いかもしれない。

 倫理上の問題で少しだけ制限があるのが “こもれび” だろうか。

 「・・・奇遇か? 富田サナエ」

 馬宮刑事と広瀬刑事が後ろから声をかける。

 サナエは、まったく気にせずにホテルの方を見ていた。

 「ただの浮気調査」

 「そうか・・・谷崎リョウ。やつは詐欺の容疑がかかっている。邪魔をするなよ」

 「結婚詐欺?」

 「オールマイティーにやるな」

 「結婚詐欺。オレオレ詐欺。霊感商法。占い詐欺」

 「証券詐欺。建設詐欺。ある意味、天才だな」

 「今回の奥さんは、騙されたがっているみたいだけど・・・・」

 「好きものの。奥さんか」

 「意外と騙しているのは、奥さんの方かもね。結婚していると言ってなさそう」

 ホテルから男女が出てくる。

 馬宮刑事と広瀬刑事は、谷崎リョウに警察手帳を見せ、

 連行しようとするが谷崎リョウが少しばかり抵抗。

 カツラが落ちる。

 カッパ状に禿げている頭。

 手錠がかかる。

 絶句する相手の女。

 広瀬刑事が同情し、谷崎にカツラを手渡し、車に押し込む。

 そして、車が走り出した。

 一部始終を撮影していたサナエが引き上げると。

 ホテルの前。

 好きものの奥さんが一人残された。

   

   

 早朝の淀中学校

 鎌田ヨウコと中山チアキの組み手。

 チアキが積極的に絡んでくるがヨウコは、巧みに技を反らす。

 ヨウコの方が体力と経験で勝る。

 技の応酬は、緩急とフェイクも混ざって、

 拮抗状態が少しばかり続いてたがチアキの集中力が落ちる。

 ヨウコがチアキの腕を捻りあげて落とした。

 ヨウコは、体力的に勝っていることをいいことに持久戦。

 勝つまで待とうホトトギス作戦を取ることが多かった。

 そして、性急なチアキが信長型。

 技巧に走る沢木ケイコは秀吉型だろうか。

 例えは悪いが三人三様で強かった。

 同世代にそういった人間がいると、

 強さに憧れる生徒は、影響を受ける。

 そこに学校側の思惑が絡んで、合気道の顧問を雇って合気道部を設立。

 無所属の生徒が入り始め、

 たちまち淀中、最大の部活にのし上がる。

  

  

 しかし、華やかな女子部をよそに男子部は、華がない。

 シンペイと対峙する進藤ジュン。

 客観的に見ると進藤ジュンの方が大きく強そうで、

 単純に俺の方が強いと思っている進藤。

 ほか、大田シンゴ。相楽リュウイチが不良らしからず早起きし、

 合気道の早朝訓練に顔を出した。

 シンペイは、放課後に合気道の道場に行く。

 早朝か、昼休みの短い時間しかない。

 組手が始まる。

 進藤ジュンの攻めを受け流し、間接を極めると、

 あっさり落とす。

 高をくくっていた大田シンゴ、相楽リュウイチに緊張が走る。

 そして、大田シンゴ、相楽リュウイチも間接を極められて次々に落とされていく。

 無論。柔道部や空手部も新設された合気道部に興味を持っていたらしく。

 見学に来た全員が絶句。

 しかし、校則があるのか異種格闘技戦にはならない。

 「合気道が強いんじゃなくて、古賀シンペイが強いんだ」 体育会系a

 「県大会上位は、あんなものだろうな」 体育会系b

 「おれ、合気道部に入ろう」 無所属 c

 「はぁ〜」 a & b

 小柄な古賀シンペイが大柄な生徒を簡単に落とす光景は鮮烈過ぎた。

 しかし、こういったまじめなタイプは、むしろ少数派。

 少年は、やはり、正直。

 大多数の見学者は、女子合気道部の見学。

  

  

 若者は、エネルギーが余る。

 向かう方向がスポーツで極められれば、精神が鍛えられる。

 健全で、正しいと思える。

 不道徳に向かうエネルギーより、はるかに良い。

 もちろん、学生の本分の勉学もそれなりに大切で紫織は、泣く泣く教室の机に噛り付く。

 恐る恐る佐藤エミを見る。

 「ねえ、学歴偏重が強すぎない?」

 「もっと総合的に人格を判断すべきだと考えてもいいんじゃない?」

 「社会が人間を判断するのは、その人の外見とステータス」

 「当然、学歴もそのステータスの中に入っているの」

 「あなたが雇っているアルバイトだって現役大学生でしょう。一人は違うけど」

 「・・・そ、そうだけど」

 「榛名社のようなのは、むしろ、奇特よ」

 「誰がバカや犯罪者と一緒にいて自分の品格を落としたがる?」

 「ふぇ〜ん」 紫織、泣き

 「少しくらいバカでも、その道で突出すれば良いけど」

 「そうじゃなければ、誰も相手にしないはずよ」

 「はぁ〜」 紫織。ため息

 「他人がバカなら、その分、自分が有利なんだから」

 「口先で奇麗事言って、ライバルを蹴落としているか、搾取しているだけよ」

 「あはは・・・・」

 「上手いこと吊り上げて、新社会人に借金を背負わせて」

 「一儲けしようと手薬煉引いて待っている連中が腐るほどいるんだから」

 「だ、だよね」

 「それにバカだと、すぐ騙されるし。いいカモよ」

 「100万ずつ10人も騙せば小金持ちよ」 佐藤エミ。にやり

 「あはは・・・だよね」

 「だったら、さっさと問題を解く」

 「はい」

  

  

 奈河川のほとり。

 秋口のためか、少し寒く。簡易コンロで焚き火。

 沢渡ミナ、石井ショウヘイ、足立クミコ、横井タケトの4人が釣り。

 小旅行本の編集のため、というより。

 沢渡ミナの旅行詩創作のため。趣味と実益を兼ねての釣り。

 不良系で釣り好きの横井タケトとアニメオタクの石井ショウヘイは、反りが合わない。

 それでも釣りという緩衝材は、両者をそれなりに結びつける効果がある。

 犬を飼っていなければ離婚。

 という家庭もあるくらいで利害関係がぶつからない緩衝材があると、

 人間関係は何とかなりやすい。

 釣り始めて1時間後。

 ビギナーズラックというのは、意外と起こるもので、

 石井ショウヘイが魚を釣り上げる。

 「おぉおおお。やった♪ やった♪」

 石井ショウヘイが、10cm程度の変な魚が釣って喜ぶ。

 「ちっ! あんたに釣られるなんてオタク好きの魚がいたものね。顔も、間抜け面」 沢渡ミナ

 「カジカだ。珍しい」 横井タケト

 「カジカって、いうんだ」 石井ショウヘイ

 「食べるか?」

 「えっ! 食べられるの?」

 「だいたいな。寄生虫が付いている川魚もあるが、こいつは大丈夫だ」

 「それに寄生虫が付いていても焼けばいい」

 横井タケトは、ナイフで腹を割きながら川で洗うと口から木の枝を差し込み、

 塩を振り掛けると焚き火に添える。

 手際のよさに足立クミコと沢渡ミナが感心する。

 「あとは、自分で焼けよ」

 「あ、ありがとう」

 石井ショウヘイは、興味深げに焼き具合を見て世話をする。

 食欲の秋だろうか。

 沢渡ミナと足立クミコは、なんとなく焼いている魚が気になる。

 横井タケトは、釣りに没頭している。

 1時間後。

 カジカの身を食べ終わって釣りをしている4人がいた。

 そして、2匹の魚が焚き火の周りに添えられている。

 そこに紫織と三森ハルキは、デートの口実に4人組の釣りを見学に来る。

 そして、愛犬ハル。

 三森ハルキ、石井ショウヘイ、横井タケトは、まったく違うタイプの人間だった。

 しかし、釣りを緩衝材にすると意外と話せたりする。

 さらに2匹が釣れる。

  

  

 釣りの帰り道。

 紫織、三森ハルキ、ハル。

 沢渡ミナ、石井ショウヘイ。

 足立クミコ、横井タケト

 田奈城水路の石碑の前に田城タクヤが立っていた。

 「よう・・・」

 田城タクヤが珍しく声をかける。

 「何しているの?」 沢渡ミナ

 「田城ブンパチは、俺の直系の先祖だそうだ」

 田城タクヤがぼんやりと2m程度の石碑を見ていた。

 「えぇえぇぇええ!!!」 沢渡ミナ

 「ふん。どうでもいいことだけどな」

 「一度くらい、ゆっくり見ておきたかったからな」

 田奈城水路の学術的価値。

 史料的価値は、それほど高いものではなかった。

 そういった公的意識を持った人物がいたというだけ。

 市が石碑を作ったのも目に見える予算消費の口実。

 それでも、一人の少年に一つの指標を与え、彼の人生が実り豊かになるのなら。

 それは、それで、一つの投資かもしれない。

 「・・・良い詩だな」

 田城は、沢渡ミナに言うと帰り始めた。

 「うそぉ〜 なんか幻滅」

 沢渡ミナが聞こえないように呟いた。

 「田城ブンパチは、善人というのが定着しているから・・・・」 ボソ。

 「直系の子孫だったんだ・・・意外・・・知ってた?」 足立クミコ

 首を振る紫織と沢渡ミナ

 「でも、最近、トゲが少ないような気がする」 三森ハルキ

 「うん。最近ね」 紫織

 6人は、田奈城水路の石碑を見詰める

  

  

 そこに水路が必要だった。

 誰かが作らなければ

 田畑が育たない。

 我田引水と揶揄されても

 人も田畑も望んでいる

 川沿いの農家が反対する

  

 川の水が減るとでもいうのだろうか

 生活が苦しいのか

 水金をよこせと言う

 川の奥は

 もっと苦しかろう

 人の世の欲は

 土地と国を荒れさせる

 洪水と隠し田のことで

 水路が作られるようになる

 それなら

 金を出そうと

 土地を売る

   田城ブンパチ

  

 

 

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第36話  『証拠は?』

第37話  『平穏だね』

第38話  『萌え萌え』

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