第41話 『孤独の行方』
その日。
こもれび古本店の二階に訪れたのは、馬宮シンゾウの妻ユキコ。
広瀬カズオの両親ミツヒサ、ヨシエ。
「行方不明? 馬宮さんと広瀬さんが?」
絶句する。
職務中の刑事がペアで行方不明。
到達する結論は、組織犯罪に巻き込まれた。としか、考えられない。
いくら人生経験の浅い、紫織でも経験上、それくらいの推理は出来る。
即座に断ろうとする紫織。
しかし、目の前で泣かれる三人に依頼拒否できるほど理不尽になれず・・・・・
翌日。
紫織は、仲間から、非難轟々の目に遭う
「・・・・紫織。死にたいの?」
「あんた。天狗になって、なに正義感ぶっているわけ」
「わたし巻き込まれたくないよ」
「そうよ。わたしまで、殺されたらどうするのよ」
「」
「」
「」
「」
辛うじて消極的反対で沈黙は、シンペイ、佐藤エミ、富田サナエ、茂潮ヨシキの四人だけ。
仕方なく、4人だけで調査が始まる。
冬の動物園 ゾウの檻の前
大人の女性と少女が並んでゾウを見ている。
冬の動物園は、寒いがひと気が少なく。
それでいて、怪しまれにくいという点で悪くない。
「・・寒いわね。紫織ちゃん」
呼び出された一ツ橋刑事は、ムッとしている
「何かの映画で、こういう場所で取引をしていたのを見たの」
「ふっ 構図は、良いかもしれないけどね」
「もっと、安楽な場所だってあるのよ・・・・」
「それに。こっちは、そういう気分じゃないんだけど・・・・・」
「馬宮刑事と広瀬刑事の行方不明の依頼を受けたわ」
「・・依頼を断りなさい。死にたくなければね」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「2人は、なにを捜査していたの?」
「・・・・窃盗団の捜査よ」
「情報が欲しい」
「ガキが手を出していい話しじゃないのよ」
「というより、正気な探偵なら組織犯罪に手を出さないわ」
「そういえば、一ツ橋刑事。貸しがあったはずね」
「あとで、資料を渡すわ」
一ツ橋刑事が去っていくと、小雪が降り始める。
窃盗団の名称は、C0303窃盗団。
関東から始まって関西にまで手を伸ばしている6人から7人の中国系窃盗団。
これが、公安、本庁、県警でおよそ掴んでいる情報で、被害総額は、7億円以上。
茂潮の情報収拾能力で、さらにC0303窃盗団の動きをトレースしていく。
紫織、佐藤エミ
「警察の動き。悪いわね」
「紫織ちゃん。仕方がないよ。行方不明だから。警察も失踪扱いだと楽だし」
佐藤エミがクレープにかぶり付く。
可愛い娘は、クレープにかぶり付いても可愛いから癪だ。
「水島アヤノに世論を煽ってもらおうかしら」
「県警のお偉いさんからクレームが、きているんじゃないの。確か」
「そういえば署長に釘を刺されていたっけ」
「人脈が広がると逆に何も出来なくなるのよね。つまり、無能な人間。昼行灯」
「今回ばかりは、ナナミちゃんも退いちゃっているからな〜」
「当たり前よ。組織犯罪を相手にするなんて、命がけなのよ」
「組長の娘だけあって、良く知っているわ」
「エミちゃん。ありがとうね」
「まぁ〜 わたしもいつまで、がんばれるか、わからないけどね」
「それでも嬉しい」
「警察も、表向きは、馬宮、広瀬刑事の捜索じゃなくて。別件捜査なの」
「だから、見た目より動いていないけど。本気になっていると思うよ」
「だと良いけど・・・GPSの足取りだと・・・」
「富岡から新川に向かう途中から、動きが怪しいわね・・・・」
紫織は、携帯を取り出して、電話をかけた。
富田サナエの車に乗って移動する紫織とシンペイ。
チラチラと落ちる小雪がガラスを滑って流れていく。
来年、3年生になる紫織とシンペイは、後部座席で参考書を見ている。
新川開発区は、新規参入の外資が大規模開発をしている区域だった。
中核は、新川製薬会社で区画の多くが製薬会社の敷地で社宅用地。
ほか、関連企業、商店、学校、病院・・・・・
先頭を走っていた車から工場の前に到着する。
大牟田市長。秘書の霧崎キミオが降りる。
新川製薬の役員がゾロゾロと待っていた。
大牟田市長の新川開発区の見学に合わせて、
随行員、十数人の中に富田サナエ、紫織、シンペイがいる。
紫織、シンペイ、富田サナエも随行する形を取っていた。
大牟田市長と随行者の一行は手厚い接待を受ける。
当然、紫織、シンペイ、富田サナエも同様に厚遇される。
「・・・我が新川製薬会社は、資本金40億円。従業員数5000人を雇用・・・」
「有機・無機工業薬品、合成樹脂、合成ゴム」
「高度化成肥料、塗料原料、ラテックス類、医薬・食品用添加剤、火薬類・・・」
「感光性樹脂・製版システム、分離膜・交換膜等を用いたシステム・装置など・・・」
「製造、加工及び販売まで手がけた一大製薬会社として」
「日本の製薬会社の一角に食い込める・・・」
役員が工場の説明を長々と話していた。
「・・・・なんか、こういう、接待に慣れると、バカ殿になりそうね」
紫織があまりの厚遇ぶりにうんざりする。
「・・・・・」
シンペイが工場の反対側を擦れ違おうとする。一団の先頭を見ていた。
『どうしたの? シンペイちゃん』
『あの先頭の男。僕と同類だよ。それも犯罪者だ』
東洋人系の集団の先頭にいるビジネスマン風の男が、こちらを注視している。
『不味いの?』
『向こうも、僕に気付いた』
反対側の先頭に歩いている男が舌打ちしたように見える。
『じゃ ここが、窃盗団の本丸ということ?』
『窃盗団なんて、小物じゃないと思うよ』
『どういうことよ?』
『わからないけど・・・・交渉になると思うよ』
会食の席では、市長たちと離れ、
紫織、シンジは、例の東洋人と同席。
「・・・迂闊だったよ。わたしと同じ能力を持つ人間がいるとはね」
東洋人は、シンペイを見詰めながら自嘲気味に呟いた。
オーラが見えることだ。
「お仲間が、この席にいないのは、身内にも秘密の能力ということね」
紫織は、3人しか座っていない席の理由を推測する。
「・・・・・・」
東洋人は、ニヤリ。
「ロン・ムーロンだ。お互い、人に知られて良い能力では、あるまい」
「・・・それは、状況によるわ」
「刑事を2人殺しているはず。このままでは、済ませられないもの」
「それは、依頼かね」
「・・・守秘義務」
「依頼人は、近日中に正式に依頼を取り下げるはずだ」
「・・・・・・」
「そして、君たちにも契約金が入る」
「契約というのは、一方的に出来ないはずだけど」
「我々と敵対しないと約束するなら。4億払おう」
「一人2億ずつになる。協力してくれるのなら。さらに2億ずつ8億払おう」
「それは、窃盗団が日本から奪ったお金かしら。1億多いけど」
シンペイがメモに何か書いて、紫織に手渡す。
“本気”
「あのハネッ返りどもなら、我々とは関係のない連中だ」
「迷惑していたから、こちらで処分したよ」
「つまり、刑事二人の敵討ちなら、終わっているということだ」
「関係ないのに処分したということは、どういうことかしら」
「そのまま警察に引き渡せば、公安の印象も良くなるはずよ」
「ふっ あれこれ詮索されたくなくてね」
「君たち二人とも、幸せな余生を送りたいだろう」
「あなたもね。ロン・ムーロン。これでも死神扱いされるのよ」
面白そうに微笑む。ムーロン。
「わたしを脅迫した人間は、過去6人いる」
「そのうち5人は、死んで、1人は、廃人だよ」
「わたしを殺そうとした人間は、過去に3人いるけど」
「1人は半殺しにして、2人は刑務所に入ったままよ」
「・・・くっ くっ くっ まさか、未成年の女の子に張り合われるとは思わなかったよ」
「くっ くっ くっ 日本人というのは、本当に面白い」
「こっちが脅迫すれば大の大人でもおとなしく言うことを聞くのに」
「こんな若い女の子が・・・・くっ くっ くっ・・・・」
「まして、これだけの好条件を出しているのに無関心を装いながら」
「日本を背負うかのように応える・・・・・くっ くっ くっ・・・・・」
「わたしたちに敵対しないのであれば、法的処置で済ませてあげるけど」
「敵対するのであれば、非法的処置を取ることになるわ」
「ははは、はははは・・・・・」
冗談ではなかった。
既に新川開発区のメインコンピューターは人質になっていた。
ウィルスは、既に組み込まれ、
定期的にパスワードを送り込まなければ、自滅プログラムがスタート。
数億円分のハードと全てのネットワーク。データが破壊される。
ただたんに用心深い紫織が茂潮に頼んで先手を打っていただけだった。
「このフォルダーに口座番号が入っているそうよ。ムーロンさん」
紫織が紙切れをムーロンに渡す。
「・・・Bファントム・・・・非法的処置か・・・・」
ムーロンが引きつる。
新川製薬会社は、建設された途端に人質に取られ、いつでも潰されると。
シンペイがメモに何か書くと紫織に手渡す。
“不安”
ムーロンは、部下を呼ぶと中国語で確認するように手渡した。
「・・・・いくら欲しい?」
「脅迫するつもりはないわ。違法だもの」
「ふっ どうして、新川が怪しいと、わかった?」
「全然。わからなかったわ・・・でも、GPSを確認すると」
「2人の刑事が新川に向かった後の移動に脈絡がないこと。その後の失踪」
「そして、相手は組織犯罪」
「茂潮の元々の仕事が、これよ。まさか使うことになるとは思わなかったけど・・・・」
「そして、ムーロンさんと同じ、彼の能力のおかげ」
「・・・・」
「もう一つ聞きたいことがあるわ」
「サミット爆破予告。地方の銀行強盗。交通事故。心当たりがあるんじゃない」
「・・・ない事もないがね」
「償わせてやるわ」
「おいおい。わたしとは、言ってないだろう」
シンペイがメモに文字を書いて紫織に手渡す。
“知っている”
ハッタリのカマかけが、当たって困惑。
「・・・・・・」 紫織
「情報には、価値がある。適正価格は、需要と供給で決まるだろう」
「中国で適正価格を決めるのは、収賄と暴力よ」
「ここは、日本のはずだ。日本式に根回しと事勿れで行こうじゃないか」
「同じ意味よ。重みと言い方が違うだけ」
「くっ くっ くっ やれやれ、立場が入れ替わったかと錯覚してしまったよ。面白い娘だ」
「ずっと、面白がっていたら良いわ」
「いやいや、そうもいかないか」
「この新川開発区の予算投資。失えば、我々の組織も、痛手が大きすぎる・・・・」
「しかし、同様に日本の痛手も大きいはずだよ」
「5000人以上の雇用だ。彼らの生活も考えてみたまえ」
「結婚前の者もいれば、出産前の者もいる」
「老後の糧にしている者もいる」
「子供を食べさせなければならない者もいる」
「君は、彼らの生活保障をどうするつもりだ」
「普通は、労働賃金の安い大陸に工場を建設するはず」
「それなのに日本で製薬工場の建設。どういうことかしら」
「“日本と日本人が好きだから” では、いけないかな?」
「子供騙しを信じるほど、お気楽じゃないので・・・」
「日本の高い技術や文化交流というのも無しにして欲しいわね・・・・」
「そんな理由で刑事2人は、殺されないから」
「角浦紫織君。君のオーラを見ていると愉快でたまらないよ」
「小鳥の様に怯えて頭をフル回転させているのに、言うことは堂々としたものだ」
「これほど虚勢を張れる日本人は見たことがない」
「日本のヤクザの親分でさえ、君の半分も虚勢を張れまい」
ムーロンの部下がメモを持ってきた。
「・・・確かに、指定したフォルダーに口座番号があった。それも、ワードファイルだ」
「どうやら、我々のアンチウィルスと暗号が突破されてしまったらしい」
「・・・・・・・」
「随分。命知らずじゃないか」
シンペイがメモに文字を書いて紫織に手渡す。
“迷い”
「本当に?」
「・・・新川製薬会社の機密書類も全て流出している頃よ。公安が調査に入るわ」
「ムーロンさん、日本から叩き出されて大陸に戻れる場所があるのかしら」
「中国大陸は、一枚岩ではない」
「日本で言うと捨てる神あり、拾う神あり。というやつだ」
「居心地は悪いが拾ってくれる神もいる」
「ところで君たちの、こもれびの仲間は、何人残っている」
「いまここにいる、三人とBファントムだけじゃないのかな?」
「残念ながら、警察の動きは全て読んでいる」
「そして、口には出せないがね」
「ある程度、制約をかけることも出来るよ」
「“捨てる神あれば、拾う神あり” の本家として意見を言わせていただければ、拾う神も、いてくれたわ」
「ほう〜」
紫織とムーロンが見詰め合ったまま。
瞬間的に停電、真っ暗になる会場。
爆発音、震動が広がる。
警報が鳴り響く。
非常灯や誘導灯を頼りに100以上の人影が動き出した。
紫織は、隣にいたシンペイに引っ張られる。
紫織は、シンペイと走っていくうちに人波に流され、シンペイと離れてしまう。
どこか、焦げた臭いと薬が燃える臭いが呼吸を妨げる。
無我夢中でドアを開けて入るが暗室の中だった。
「・・・・・・・」
「どうやら、新たにリクルートしなければならないようだ」
「この火災で消防署や警察。公安も大手を振るって、入ってくるだろう」
紫織は、ムーロンの声に、ぞっとしたように張り詰めた。
「・・・・・・・」 死を覚悟する紫織
「メインコンピューターも、主要なデータも、部下に破壊させている」
「証拠は残らないはずだ」
「Bファントムがコピーを取っているはずよ」
「どうして、ここを攻撃する気になったか、教えて欲しいものだ。何の根拠もなかった」
「いつの間に日本人は、法律を無視できる狂犬になったのかね?」
「ここを攻撃したのは自衛隊上がりのヤクザよ」
「わたしたちの会話は、携帯で外に流されていたの」
「ここに興味を持っていた組織と偶然知り合って共闘することになったわ」
「まさか攻撃するとは思わなかったけど、どんな薬を生産するつもりだったの?」
「大陸で常用性の強い薬品が発明されてね」
「もちろん、麻薬の類ではないから副作用はない。高くても買ってくれる日本」
「そして、ここは日本進出が遅れていた広東勢力の拠点になる・・・・・・」
「馬宮刑事と広瀬刑事は?」
「君のスカートの下に眠っているよ。他に7人が眠っている」
はっ!
として、その場を避けると非常灯と誘導灯の明かりで、
下地のコンクリートの色が僅かに違っているのがわかる。
「ふっ 君のサービスに喜んでいるかも知れんな」
「ど、どうだか・・・・」
美人の知り合いが多い紫織は、嫌味にしか聞こえない、
そして、そのまま、煙と薬品の臭いで気を失う。
紫織が気が付くと。
新川開発区の外にある高台だった。
そばにロン・ムーロンが座っている。
「・・・どうして?」
「俺は、20歳以下の人間を殺したことがなくてね」
咳き込む、紫織
「・・・・見殺しでも?」
「ふっ くっ くっ くっ ははは、はははは・・・・・」
新川製薬会社の工場は燃え、
消防車や救急車、警察車両が周りを囲んで、放水が始まる。
「・・・・・・・・・・・・・」
紫織は、ムーロンの髪や服が焼け焦げていることに気付く。
そして、自分自身も髪の毛の一部が燃え、服も一部焦げていた。
立ち上がったムーロンは、紫織を見て微笑んだ。
「・・・これで引き揚げるとしよう。もう、君と、会うことはないだろう」
ムーロンは、去っていこうとする。
「・・あ、ありがとう。ロン・ムーロン。助けてくれて」
振り返ったムーロンが微笑んだ。
「・・・・角浦紫織。君の両親をひき殺したのは、わたしだよ」
紫織とロン・ムーロンは、見詰め合う。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
そして、ロン・ムーロンは去っていく。
紫織は、何も言えず。見送るしかない
幸城ショウタは、作業服を着た十数人の部下と一緒に一服していた。
そこに背広を着た男が2人近付く。
「幸城君。ひどい損失だな」
「誘導は、上手くいったはずですから、負傷者が少しいるだけです」
「おかげで、主犯格のほとんどに逃げられた」
「従業員のほとんどは日本人ですよ。どっちが良かったですか? 局長」
「ふっ 痛み分けだ」
「これで、大陸の日本浸透も用心深くなるだろう」
「少なくとも問題ありの薬品を売ろうとは、思わないだろう」
「・・・・・・」 幸城
「しかし、本当に、ここが広東勢力の拠点だったのかね」
「コピーなら、そちらに送りますよ」
「オリジナルは、ほとんど、破壊されているはずですが」
「しかし、常習性をぎりぎりにまで落とした薬品か」
「政官財と中国勢の癒着も、ここまで進むとね。今後も思いやられる」
「ロン・ムーロンは、どうするんですか?」
「彼に借りがある人間は、日本でも少なくない」
「しかし、大陸では今回の責任を取らされるだろう」
「また、続きますかね」
「中国も、資本力を身につけて、紳士的になってきたようだ」
「しかし、これ以上、正邪両刀で日本を食い物にされたくない」
「賄賂や不法な圧力を使わないのであれば構わないがね」
角浦紫織 中学二年の冬。
角浦家の墓
僅かに積もる雪。
紫織は、墓の前で、たたずむ、。
ハルが大人しく座っている。
おぼろげにしか覚えていない、父と母。
そして、忘れかけている、祖母。
写真を見ても記憶が薄れているのがわかる。少し涙ぐむ。
「お父さん、お母さん、お婆ちゃん・・・」
「もう、いいよね・・・」
「もう、いいよね・・・」
「もう、いいよね・・・」
第一部
完
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月夜裏 野々香です
『紫織』 第一部 完です。
やっと終わりました。長かったよ〜
角浦紫織のサクセス・ストーリー。
今後どうなっていくか、わかりませんが、気が向いたら、第二部と行くか・・・・・・・・
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よろしくです
第41話 『孤独の行方』 完結 |
第二部 51話から |
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