月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

  

第52話 『したり顔』

 恐れていたことが、起きていた。

 大手古本チェーン店の新装開店で、こもれび古本店の客足も減っていく。

 紫織は、売り上げ表を見て撫すくれる

 駅向こうの、せせらぎ古本店、国谷ヒロコも、不機嫌そうに陣中見舞い。

 「・・・・紫織ちゃん。こもれびも減っちゃったわね」

 ヒロコが店内を見渡す。

 「商店街なのに思ったより、打撃を受けたわね。いきなり売り上げが3分の2だもの」

 「駅向こうも、そうよ。だいだい、床面積が5倍も大きいなんて、ずるい」

 「はぁ 古本って儲からないのよね」

 「こもれびは、どうするの? 小旅行本を本業にするの? それとも、裏家業を本業に?」

 「古本に愛着あるから、気持ちを切り替えるのって、時間がかかりそう。ウツだ〜」

 「ああいう大型古本チェーン店が来るのって、時代の流れね」

 「もう、小さい古本屋が生きていけない時代よ」

 「そうかもしれないけど女って、環境に根付くと、なかなか割り切れないから。黄昏ちゃう」

 「女は、付いて行く方だから、それで良いのかも」

 「じゃ 付いていける相手を探さなきゃね」

 「やっぱり、最初は、お金持ちの中年かな」

 「げっ!」

 「それで貢がせたお金で、カッコいい男と結婚して・・・・」

 「えっ」

 「更年期になったら、慰謝料をふんだくって、若いツバメを愛人にして、一生を終えるの」

 「げっ!」

 「理想の安楽 “性” 活ね」

 「なんか、男が可哀想な気がするけど」

 「男は、死ぬまで働くの、働きアリよ。女は自由に生きるの」

 「あはは、利己主義」

 「でも男も、そうなってしまうんじゃない」

 「いまは、団塊の世代のおっさん、おばさんが、お金持ちでしょ」

 「先行き短い人間が求めるのは、道徳じゃなくて、刺激よ」

 「ひ、比重的に、増えそうね」

 「自分たちで、そういう世の中にしたんだから、しょうがないわよ」

 「こっちは、それに乗るのが楽なんだから」

 「お、お金持ちのおじさんは見つけたの?」

 「・・・・まだ・・・・」

 「でも、なんか、いやっぽくない」

 「んん・・・確かに・・・お父さんの世代になっちゃうか・・・キモイわね」

 「そりゃそうよ」

 「じゃ 若いお金持ちよ」

 凡庸な理想に落ち着いてしまう。

 「あはは・・・・ヒロコちゃんは、高校、どこに行くの?」

 「道善高校か、奉山高校か。奈河高校になりそう。紫織ちゃんは?」

 「わたしも、その3つかな」

 「勉強する暇ないんじゃ・・・」

 「ないわね」

 「でも、裏で儲かっているんじゃ・・・・」

 「そういうことも、あるかも」

 「私も、何か考えないとな。このままだと、やばいらしいもの」

 「新装開店のご祝儀で一時的に客が行ってるだけよ」

 「普通は、近い方で見て、なければ、大きい方に行くかな」

 「逆なんじゃ 遠い人間は、確実に大きい方に行きそうよ。売り上げに出ているもの」

 「んん・・・・たしかに、やばい状況になっているわね」

 「紫織ちゃん。もう少し、本を分けてみる?」

 「そうね。客層は狭められるけど固定客は維持できるかも」

 駅に近い地の利があっても、商店街の床面積は狭すぎた。

 確実に負けてしまう。

 小さい古本店が生き残る手段は限られ、取捨選択が必要に思えた。

 本の種類を狭め、大型店に負けない程度まで、専門化していくしかないのだろうか。

 普通の本屋も煽りを受け、売り上げが落ちている。

 せせらぎ商店街側にインターネットカフェが開店すれば、さらに苦戦するだろう。

 ますます、副業や裏家業の比重が大きくなって抜け出せず。

 いざというとき本業の生き残り策が狭められる。

 弱い者いじめは、いけないが社会だと正当な経済活動で、よく行われている。

 圧倒的な資本力で、合法的に押し潰され、蹂躙されてしまうのだから怖い。

 余剰資金がなければ、厳しくなるだろう。

 紫織は、非合法的な手段で、

 大型古本チェーン店のメインコンピューターの破壊の誘惑に駆られる。

 警察を押さえ、地元ヤクザを動員することも市長に圧力をかけさせることも、できそうだ。

 なぜ、そうしないのかと、不思議がる人間も少なくない。

 良識で自制しているだけといえる。

  

  

 隣の家で夕食。

 古賀トオル、シンペイ。

 そして、紫織の3人で食事。

 主婦のカオリは、どうしたか、というと風邪で寝込んでいた。

 作られた食事に口を付けたトオルとシンペイの顔色が変わる。

 間違いなく、紫織が作った食事。

  

 そして、母親カオリも、ベットで料理に口を付け、固まる。

 『あの娘・・・』 ひくっ

 中学生3年の娘に古賀家の家庭の味を盗まれた。

 あまり、気持ちの良いものではない。

 角浦家と古賀家では、ダシの取り方、材料の切り方など違う。

 どちらが美味しいと、いえないが、そっくり真似された方は、かなり悔しかったりする。

  

 食堂

 『シンペイ。家庭の味を守れる女性と結婚した方が長生きできるぞ』

 トオルがボソボソと耳打ち。

 『な、なに言ってるんだよ・・・』 汗々

 「!?」 紫織

 「いや美味しいよ。紫織ちゃん。よく、うちの、お母さんの真似ができたね」

 「ダシのとり方が違うだけだから。隠し味で、ごま油を使うところも違うけど」

 「えっ 紫織ちゃんも隠し味があるの?」 トオル

 「・・・梅を使うかな」

 料理の腕も、一定の水準に達していると、模倣もしやすいのだろうか。

 難なく、こなしたりする。

 

  

 中学3年の春真っ盛り。

 受験もあるが遊びたい盛りでもある

 佐藤エミから仕事を引き継いだ足立クミコがゲームをしながら、

 市内を散策する小旅行プログラムを組み立てた。

 休日を使って、みんなで遊びに行くのは、青春の一コマ。重要といえる。

  

 

 “禁組織犯罪”

 正月に書かれた紫織の書初め、

 こもれび探偵団の団訓。

 少し色褪せていたが、わかりやすい場所に張ってある。

 一般人が見たら退くかもしれないが紫織の運命は、そっちに流れやすい。

 探偵といった裏家業をしていると人の醜さが良くわかる。

 注意書きに書いても気付かない依頼人もいて、

 指摘されるまで、依頼内容自体が犯罪と気付かない人間もいる。

 こもれび探偵団は、可能な限り公序良俗を志向する。

 仕事は多いが倫理観で配信すらできないものもあり。

 あまり引き受けたくないスレスレな仕事もある。

 

 仕事が忙しければ、こもれび探偵団の我が侭で、やりたくない仕事を断りやすい。

 もっとも、そのまま、他の探偵業者に回るだけで総量は変わらない。

 赤子から、始まって、子供から、大人まで、自分の欲望に勝てない人間が多すぎる。

 赤子なら自分本位に面倒をかけても、親の忍耐力の問題なので許せよう。

 子供が自己主張で反抗しても、親の思慮と寛容の問題なので許したい。

 しかし、いい大人が権利を主張して、他人の権利を踏み躙る。

 働き以上の利益を求めようとする者も多過ぎる。

 知識が増えただけ。

 体が大きくなっただけで己の欲望を押し通す姿は、赤子や子供と変わらない。

 自分本位の正義。家族を守る為。地域社会を守る為といいながら他に犠牲を強いる。

 それくらいなら、裏家業の世界では、マシな部類。

 自分本位の欲望で、赤子や子供を殺し。夫や妻を殺し。親を殺す者がいる。

 そこに至るまでの確執や経緯になると事情が、わからなくもない。

 自殺者が年間3万人というのも伊達ではない。

 家庭崩壊が始まって久しいものの、

 両親を早く失った紫織には、あまり関わりたくないこともある。

 親が子供を捨て、子供が親を見限る。

 夫が妻を裏切り。妻が夫を裏切る。

 拝金主義が進むと熟年夫婦が相続税を取られるくらいならと慰謝料を狙う。

 ひどくなると、殺人事件。

 こうなると、社会理念や道徳など、ないも同然で、

 個人から社会に歪が広がっていく。

 何の罪もないなどと口走る人間が多いが、自分の醜さが見えない偽善者に過ぎない。

 テレビなどで犯罪者を理解できないという人間もいる。何様だろうか。

 紫織の主観だと、こういう人間は軽蔑の対象でしかない。

 同じ不幸でもバネにして這い上がり生きる者もいる。

 ひがみ、ヤッカミで、他者を引き摺り下ろして犠牲にする者もいる。

 正当でも、不当でも、成功するというのは不成功者で成り立っている。

 こもれび探偵団が潰れたら、

 他の興信所か探偵社に仕事が流れて、さぞ喜ぶだろう。

 キリストが、罪のない者から石を打て、と言い。

 石で打つことなく、年寄りから、いなくなった時代は、はるかにマシ。

 小さな欲望の皺寄せが弱者に向かって、

 積もり積もって、巡り巡って、憎しみが膨らんで殺意に至る。

 企業が社員を切り捨て、社員が企業を食い物にする。

 同業他社は、食い合いの戦争。負ければ潰れて路頭に迷う。

 身内の為、みんなの為、会社の為、国家の為。生存権の為、

 悪くどいことにも手を染めたくもなる。

 切磋琢磨で人間や社会が向上していけるのなら美しく思えたりもする。

 しかし、探偵業者の扉を潜るのは被害者ばかりではなく、

 仕事柄、醜いばかりが目に付く。

 犠牲者が金を払って、正道を・・・・は、少数派。

 ほとんどが、自分の利益を守る為に払う。

 そして、他人の権利を殺して、利権を手に入れようという輩も少なくない。

 競争社会そのものが権利の共存、共闘、殺し合いでなりやっている。

 そういう輩が見返りの利権や利益があるため、金を払う。

 探偵業者は、需要に対する供給。善意を追求すると潰れてしまう。

 どこから犯罪で、どこまでが犯罪未満なのか。

 道徳基準で生きていける職業は少なく。

 そういった職業でも奇麗事だけではない。

 結局、その人物が社会や国にとって、

 プラスが大きいか、マイナスが大きいかで、評価すべきだろうか。

 もっとも、プラスの皺寄せが、どういったマイナスを他者にもたらすか、

 気にすれば、きりがなくなる。

  

  

 というわけで、紫織たちも、気心の知れた友達とリフレッシュで、憂さ晴らし。

 5月の連休は、名所・旧跡とも、一杯なのであるが、比較的、隙間を選ぶ。

 遠出も、良いのだが、次第に大所帯になっていく。

 角浦紫織、古賀シンペイ、三森ハルキ、佐藤エミ、安井ナナミ、沢渡ミナ

 富田サナエ、鹿島ムツコ、沢木ケイコ、中山チアキ、足立クミコ、鎌田ヨウコ

 なんと、12人。

 小型バスか、キャンピングカーの運転で、

 当てにしていた婦警の萩スミレが連休も仕事。当然だろうか。

 仕方なく、子供たちだけで近場で遊びに行く。

 古賀シンペイは、女の子ばかりで危なっかしいからと、連れ出された口。

 当然のように沢木ケイコ、中山チアキが付いてくる。

 二枚目が、1人、綺麗どころが3人もいると目立つことこの上ない。

 なんとなく、三森ハルキと並んで歩く紫織。近過ぎず遠過ぎずという距離は、微笑ましい。

 そして、心の距離というヤツだろうか。

 古賀シンペイを挟んで、沢木ケイコと鎌田ヨウコが並んで、少し離れて、中山チアキ。

 視線を一人に集中できない古賀シンペイは、ある意味、

 不幸な気がする。

 あとは、富田サナエと鹿島ムツコが一緒。

 佐藤エミ、安井ナナミが一緒にいやすく。

 沢渡ミナ、足立クミコが一緒にいやすい。

 今回は、旅行本のルート尻取りゲームの実験。

 事前に渡された地図を元に現地の看板や地名。

 あるいは、物の名前を使って、目的地に到達するというもの。

 一定のルールがあり、地点から、次の地点まで、半径200m。

 コンパスと定規で範囲内の文字を利用して、使った文字を書き込み。

 目的の場所まで早くついたペアが勝ち。

 頭文字で終わりにくい文字もある。

 パートナーは、くじ引きで決まる。

 12人が、一斉に紐を引いて、運命の選択。

 お目当ての相手と組みたいのだが人生は、そんなに甘くなくて、悲喜交々。

 角浦紫織、中山チアキ、

 古賀シンペイ、鹿島ムツコ、

 三森ハルキ、富田サナエ、

 佐藤エミ、足立クミコ、

 安井ナナミ、鎌田ヨウコ

 沢渡ミナ、沢木ケイコ、

 という、組み合わせ。

 なんとなく、『お前わかっているんだろうな』という空気が漂ったりする。

 そして、最初の文字が自分か、パートナーの頭文字で重複したときは、名前で始まる。

 出発地は、こもれび商店街。

 目的地は、奈河神社。

  

  

 角浦紫織、中山チアキ、

 「・・・・・なんで、あんたなの・・・・」 チアキ

 「あはは・・・・残念ね・・・お互いに・・・」

 「っで、紫織ちゃん。目処は付いた?」

 「・・・・んん・・・これから・・・・使うのは “す” か “な” よね」

 当たりの看板や地図を見る。

 「あのね・・・・・逆からいくの」

 「奈河神社に行くには、奈河神社の “な” で終わる文字を半径200m以内で探すのよ」

 「・・・なるほど・・・・で、最終的にこもれび商店街で、“す” か “な” になれば良い訳か・・・」

 「そうよ。ゴールから初めて、ここに戻ってくる。そして、ゴールまで引き返す」

 「・・・・なんか、損してない?」

 「あのね、必ず “な” で終わる場所を探すより」

 「“す” か “な” で、始まる地点を探す方が早いの」

 「なるほど・・・・」

 なんとなく怪しいが、まあ、いいか、だった。

 同じ手法を考え付いたグループが一緒になってしまう。

 沢渡ミナ、沢木ケイコ (み、さ)

 三森ハルキ、富田サナエ (み、と)

 佐藤エミ、足立クミコ  (さ、あ)

 他に二手に分かれて、始めと終わりから交差する方法もある。

  

  

 紫織が、携帯で小さな那須池の看板を写す。

 ゴールから逆行する、逆しりとりは、かなり違和感がある。

 那(な)で終わる文字を探す。

 「・・・・わたしの経験だと “ら” “る”  “ろ” “ぬ” “に” で、終わるのが難しいのよ」

 『ど、どういう経験よ』 紫織

 「・・・・次は “な” ね」

 「・・喫茶店 “さすけはな” は?」

 「ついでにケーキも食べて行ける」

 「太るよ」

 「太らないんだな。これが・・・・」

 「うらやましい体質ね。回虫でも飼っているの?」

 「あ、あのね。紫織ちゃん」

 「これでも、合気道の大会に出ているのよ。試す?」

 「大枚はたいているスポンサーで試しちゃ駄目よ」

 「・・・んん・・・・」

 出世払い10倍返しで、先行投資している紫織は、ある意味強い。

 中山チアキの芸能界入りは、ほぼ確実なのだから、美味しい。

 そして、遊びの途中で、某アニメ。犯罪系ドラマ。

 あるいは、映画などで、よくある光景に出くわす。

 警察が集まって、人だかり。

 「・・・・なによ」

 「げっ!」

 喫茶店のショーウィンドウから、人がうつ伏せになって、

 テーブルに倒れているのが見える。

 それで、警察沙汰。

 とんでもない、営業妨害だ。

 下手をすると潰れてしまうだろう。他業種ながら、店長に同情する。

 殺人事件?

 「・・・・・ほ、ほかを探そうか。中山さん」

 地図を覗き込むチアキ。

 証拠の画像を撮るのも、ルールだったりする。

 「なさそうだけど・・・・」

 「心霊写真になったらどうするのよ〜」

 「じゃ 一つ戻るの? 那須池の前は・・・“ケミカルフーズ” だけど」

 「・・・ぅぅ・・・」

 喫茶 “さすけはな” 看板の文字が恨めしい。

 不謹慎で、あまり気が進まないのだが関係ないと、看板の写真を撮ると・・・・

 「あっ! こもれび探偵団だ〜」 と、第三者

 おぉおおおお〜!!

 となる。

 注目を集めてしまって、引きつる紫織。

 『違う〜!!!』

  

  

  

 奈河警察署 取調室

 受験を控えた中学3年生。

 しかも、女生徒を取調室に入れるとは、国家権力の横暴。

 甘々で飼い殺しにしろとはいわないが、未来ある少女をいたわるとか、

 相応の配慮を見せるべきだろう。

 一ツ橋サツキ刑事は、少しだけの配慮と、

 数百倍の押し付けがましい独善で市民協力を要求する。

 ここであったが、百年目なのだろうか。

 こっちは、寂しい天涯孤独の身で、甘えたい盛り、年頃の無垢な少女。

 人間不信や社会不信を煽るな、心の傷を思いやれ、と言いたい。

  

 もちろん、アメもある。

 目は、釘付け。思わず手が出そうになる。

 『・・・・駄目、手を出したら、引き受けることになるわ・・・』

 『・・でも、なんて美味しそうなのかしら・・・・』

 最大級の自制をかけ、手を押さえる、

 しかし、意思が、だんだん薄れ、散漫になっていく。

 「・・・市民協力してくれなかったら、被疑者として拘留しちゃおうかな」

 「留置場・・・見たい?」

 「ひどい〜 人権蹂躙」

 「あら、怠け者には、良いところよ」

 「三食とも栄養士が管理しているし。運動管理も万全。綺麗で衛生的だし」

 「私は、朝食べてないよ・・・」 ごくんっ!

 よだれが出てくる。

 「それなら、健康に良いかも。それに女の子の一人暮らしは、危険よ」

 「何回か、命を狙われているでしょ」

 「監視も万全で頑丈だから戦争になっても助かるかも」

 「犬のハルがいるもの」

 「子供は、犯罪を犯せばどういう生活になるのか」

 「修学旅行で、一度、留置場に入れて、体験させるべきね」

 「あはは・・・」

 「それでね。事件なんだけど・・・・・」

 目の前に事件の資料が並べられる。

 この女は、自分の出世の為、

 他人の事情を平気で踏み躙るやつだ。

 

 昼下がりの喫茶店で、公然と起きた殺人事件。

 珍しい事件で、こもれび探偵団が事件を解決すれば、それは、それで見返りもある。

 仕事の選択が増えれば、取捨選択で仕事を選びやすく。

 犯罪まがいに手を出さずに済む。

 そして、選択が少ない業者は、たぶん、好きでやってないだろうが、

 犯罪系の仕事に手を染めやすくなる。

 お飯を食う為。断れば、お飯の食い上げ。

 とかく人の世は生き難い。

 紫織は、そこまで追い詰められていない。

 しかし、出世欲に目が眩んだキャリア女と心中するつもりはなく。

 消極的協力ならと、ため息混じりに事件の調書を見つめる。

  

 被害者は、大手の菱丸商社の販売員で、福村ジロウ 34歳。

 アスナ運送で品物の手配を済ませ。

 3:00頃、一人で店に来客し、モンブランのケーキセットを注文。

 一度、トイレに立ち。

 雑誌を読みながら、ケーキセットを食べてしまうとコップの水で薬を飲んだ。らしい。

 しばらく、雑誌を見つめ、しばらくするとうつ伏せに倒れて死ぬ。

 特に苦しんだ様子もないことから、脳卒中かと思われた、

 しかし、死体解剖で安楽死の薬剤とわかる。

 これも新しい犯罪だろうか。

 不審死や苦しんで死んだとすれば、怨恨による殺人の可能性も出てくる。

 普通に突然死では、初動捜査もあったものじゃない。

 事件当時の状況など、ほとんど残されておらず。

 いまさら動いても、間に合わない。

 「どう? 紫織ちゃん」

 「・・・やさしい、犯人ね。眠るように安楽死させるなんて」

 「ええ、おかげで、見つからないわね」

 「この・・・・薬・・・・」

 睡眠剤と青酸カリの両方が使われている。

 睡眠剤と即効性の毒性を持つ青酸カリと組み合わせだと、

 眠っていくように死ねるのだろうか。

 「特殊だけど、手に入るわね」

 「プロファイリングは得意なんでしょ」

 「それは、プロファイリングが一般に知られていなければよ」

 「ふ〜ん」

 「復讐という動機を誤魔化すため、安楽死で愉快犯に思わせる場合もある」

 「犯人が気に入らなくてもね」

 「自殺の線は? 安楽死を選ぶなら可能性はあるよ」

 「可能性はね」

 「でも、私が自殺するなら、もっと高級なケーキ屋さんに入って、一番高いケーキセットにするわね」

 「なるほど・・・・」

 「というわけで、期待しているわね。こもれびさん」

 気が付くとケーキを頬張っていた。

 『・・・美味しい・・・』 泣き

 「・・んん・・・」

 一ツ橋刑事が、したり顔で微笑む。

 ムチだけでなく。うまみもいろいろ提示されて悪くない。

 世間一般では、癒着ともいう。

 紫織にとっては、殺意未満のギリギリの折衝だろうか。

  

  

 というわけで、喫茶店 『さすけはな』

 紫織、シンペイ

 営業停止にもなっていないところを見ると、店の疑いは、ないらしい。

 空いてるテーブルに着いて、

 例のテーブルを見つめながら、例のモンブラン・ケーキセット。

  

 店内は、断られたのだろうか。

 外では、マスコミ関係者がいる。

 そして、人間は、冷酷なのだろう。

 「・・・結構、客がいる」 シンペイ

 「自分の不幸を人の不幸で慰めているのよ」

 「・・・不幸な割に暇なんだね」

 「不幸で忙しいのは、もっと不幸よ」

 「何で、引き受けたの?」

 「大人の事情・・・・」

 「また、お菓子に釣られたんじゃない」

 「お、お菓子で押し付けられた大人の事情よ」

 刺激欲しさ、だろうか。

 浄・不浄も、一時だけなら気にしないのだろう。

 平然と同じ席に座っている者もいる。

 人類史が始まって以来、人が死に続けている。

 人が死んでいない場所の方が少ない。

 それでも、死にたてホヤホヤの場所は、嫌悪感がある、

 近付きたくないものだ。

 この店にいる客は、必要に迫られてか、変わり者だ。

 「・・・・どう? シンペイちゃん」

 「・・・・んん・・・・安楽死って、気持ち的に、わかりにくいかも・・・」

 「とりあえず」

 「怨恨説を取ると福村ジロウの職場関係、取引関係、親類縁者を中心に利害関係者を見ていくのが良いわね」

 「・・・んん・・・・」

 「愉快犯の可能性は、ある?」

 「・・・まだ・・・わからない」

 通り魔や殺人鬼。衝動犯。事故などを除けば利害関係者から犯人を求めやすい。

 殺人は、よほどの動機がないと起こせない。

 仮にアリバイを作ったとしても動機を推測できれば、簡単に捜査線上に乗ってしまう。

 推理物でアリバイ工作が流行るのもそれだろう。

 シンペイが資料を確認しつつ、現場の被疑者を外していく。

 青酸カリを手に入れられる人間は、消去法で制限される。

 なんとなく、正義味方みたいな感じで注目を浴びていたりもする。

 苦笑いしか出てこない。

 こっちも、後ろめたいことがある、

 太陽を見れば、やはり眩しい。

 不逞の輩が殺人犯を探すようなもので、毒をもって毒を制すだろうか。

 探偵は、依頼者の味方。正義の味方と思っていたら大間違いなのである。

 で、今回は、一ツ橋。

 代償は・・・警察のいくつかの譲歩だろうか。

 海老 (小悪党) で鯛 (凶悪犯) が釣れたら安いものだろうか。

 司法取引がなぜ起こるか、という命題にもなる。

 犯罪に大きいも、小さいもない。

 許せばモラルが低下する。

 モラルが低下すれば、雪達磨式に治安が低下する。

 しかし、警官を犯罪件数で頭割りしたら迷宮入りが増えてしまうだけ。

 というわけで、理想と現実の狭間で優先順位が作られ。

 司法取引が行われる。

 中には、罰金収入が目当てで割り振りに納得しがたいものもある

 しかし、巡り巡って警察の予算で犯罪抑制になるのだろうか。

 どちらにせよ。

 警察の情報がある程度、入ってくるなら、それだけ “こもれび” は、有利になる。

 不文律をどこまで信用できるか、なのだが、力関係とか、気持ちしだいで相対的なものになる。

 携帯がなる。

 「・・なに?・・・・・わかった・・・・そっちに行く」

 「・・・・・・・・・」

 「シンペイちゃん。終わった?」

 「・・・うん」

 「サナエが来るから、次に行くわ」

 「次?」

 「足取りを逆に進めば・・・・アスナ運送会社ね」

  

  

 情報は、茂潮カツミから送られてくる。

 企業名を言えば、あとは、いくつかの手順を踏んで、パスワードを解析。

 データーベースに侵入して情報を入手していく。

 この時点で、いくつかの犯罪を犯している。

 法律を取り締まる側の警察は建前上できない。

 なぜ、警察と民間の探偵社や興信所との癒着が進むか、という関係になる。

 実情無視で法律を守って迷宮入り急増では、警察も、やるせないわ、立つ瀬もない。

 がんじがらめの法律の枠で、背に腹は変えられない。

 もちろん、法廷では使えない資料。

 しかし、犯人の目星さえ付けば、別に材料を揃えるだけなので何とかなったりする。

 というわけで人権と犯罪捜査の狭間で、

 こもれび探偵団は、違法というリスクを抱えながら越え太る。

 発覚すれば、確実に尻尾切りで警察サイドは、知らぬ存ぜぬ。

 こういう関係は、日本社会全般で行われているので開き直るべきだろうか。

 情報収集は、取引関係者を中心に探っていく。

 不正の規模が大きければ企業組織を守る為、

 その手の組織に依頼ということもありうる。

 なければ、個人同士のいさかいで団訓も守れる。

 もちろん、もう一つの武器。

 オーラが見えるシンペイが、それらしい関係者を洗っていく。

 アスナ運送会社は、さほど大きくもない配送会社で、

 大手の仕事をするには、不釣合いのような気もする。

 費用対効果で良いのか、場所的に良いのか。

 仕事を発注する代わりに企業の支出の一部が、社員の懐に・・・・・・

 この場合、殺された福村ジロウになる。

 会社に見つかるとクビになったりする、

 しかし、仕事を発注する変わりに担当者に金が流れやすい。

 無論、まだ、金の受け渡しがあったかは、不明。

 もっとも、コーヒーの配送での受け取れる額は、高が知れている。

 クビを賭けてまで、やる価値があるだろうか。

 当然、殺人未満の金額しか、動かないような気がする。

  

 陸橋からアスナ運送会社を覗くことができた。

 シンペイが望遠レンズの付いたカメラで、20人ほどの社員を見ていく。

 「・・どう? シンペイちゃん」

 「・・いまのところ、それらしい相手はいない」

 取調室で書き写したメモを見つめる。

 「んん・・・・福村ジロウ 34歳・・・警察が調べた評判だと、やり手の販売員だったみたいね」

 「金使いは緩急あって大きな買い物を気前良くするけど、細々とした物は節約するタイプか」

 「人当たりは・・・・極端ね」

 「好かれている人間には好かれ。嫌われている人間には嫌われか」

 「丸菱社内の派閥で専務派。コーヒーの国内販売・・・」

 「このアスナ運送に新規の配送を手配した帰り」

 「福村ジロウがいなくなって困るのは、アスナ運送だし。ここじゃないかもね」

 「・・・・・・」 シンペイ

 写真付きの社員名簿のほとんどに×が付けられ、

 一つだけ、西条ヤスオ △。

 「なに? 怪しいの?」

 「・・・微妙・・・」

 オーラでわかるのは、身体的状態や心理状態で読心術ではなかった。

 殺人でオーラが受ける影響を見て判別する。

 というわけで、別件も、あったりするが絞り込むのはたやすい。

 凶悪犯であれば、即効でわかるらしい。

 「・・・・・・次は、丸菱ね」

  

 調査が進むと、なんとなく、福村ジロウの人物像がつかめてくる。

 派閥争いなど力関係を利用しながらライバルを蹴落としていくタイプ。

 ディベート好きなのか。

 みんなという単語をよく使って、いつの間にか、多数派を糾合しつつ人心を誘導していく。

 多数の味方も作るが少数の敵も作っていく。

 名人クラスなら、限度をわきまえているかもしれない、

 彼は、そこまで至ってなかったらしい。

 下手な人間だと獲物を次々と消して組織を砂漠化、縮小させてしまう。

 怨恨で、木橋タイチ。吉野ケンスケ。斉藤ショウジが浮かび上がる。

 大きなミスを犯したわけでもない。

 しかし、針小棒大で、あげつらって出世コースから引き摺り下ろされた者たち。

 木橋タイチは、アイデアを奪われ、

 吉野ケンスケは、社内恋愛を駄目にされ、

 斉藤ショウジは、現金過不足の疑いをかけさせられる。

 『・・・そういえば、せせらぎにアイデアを使われたっけ』

 『仕事で恋愛も遠のいているし』

 『どこかの犯罪組織には、スケベ本の元締め扱いされてしまうし。殺されかけるし・・・・』

 彼らに殺意が浮かんだとしても、どうするか、彼ら自身の決めることで、

 動機がわからないわけではない。

 問題は、殺意を行動に移したか、といえる。

 「どう? シンペイちゃん」

 「んん・・・3人とも殺意は、あるみたいだけど、なんか違う」

 「なに、はずれなの?」

 「かな・・・・・」

 「歯切れ悪いわね」

 「うん」

 青酸カリを手に入れられそうな人間は、いないようだ。

 しかし、インターネットの時代。

 足が付くかどうか別だが某国のネットに入って青酸カリを買うのは難しくないだろう。

 「・・今日は、これまでかな。小旅行本の確認をするから」

 「うん」

 とはいえ、紫織は、忙しい。

 大手の古本チェーン店に押される本業。

 一応管理している副業。

 良識に目を瞑って、やっている裏家業。

 中学3年生なので受験もある。

 中卒でも良いのだがステータスのあるところから仕事を避けられても困る。

 可能な限り、無理、ムラ、無駄を避けないと、この若さで過労死だ。

  

  

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です

 久しぶりに書いた。

 雰囲気が保てないかもです。

 サクセスストーリですので、推理は・・・・・・・・・・・・・・

 

 

  

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第51話 『気分は、さざなみ』

第52話 『したり顔』

第53話 『ライバル?』

登場人物