月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第54話 『ペットショップとホームレス』

 淀中学の3年。受験戦争、夏の陣。

 同級生が友人だけでなく。ライバルにもなりやすい、この時期。

 個々に切磋琢磨したり。協力し合ったり。利用し合ったり。浮き足立ったり。

 離合集散で、様々な人間模様になる。

 そして、受験戦争を肌身に感じるとしたら、

 怠け者が同級生の足を引っ張り始めるからだろうか。

 投げられる消しゴムのカス。

 「・・・ちょっと、邪魔しないでよ」

 自分を高め、上を目指そうとする者。

 『・・・あの娘。昨日の夜、中年の男と歩いていたんだって』

 他者を貶め引き摺り落とし、自分が上に這い上がろうとする者。

 「勉強なんか、やったってよ。良いように利用されて、ポイ捨て人生だぜ」

 全てを諦め、道連れにする者。

 迫る人生の選択、個々の人間性が環境の変化で浮き出されてくる。

 平常なとき、偽善ぶっても、いざ節目になると、人格が表に出やすい。

 紫織は、席につくと、そういった同級生の様子を眺めてしまう。

 勉強しなければならないが受験戦争も、実社会も、それほど変わらない様相を見せる。

 己の可能性を信じ、自らを高め、他者を引き離し、

 上を目指す者は、能力主義とか、実力主義だろうか。

 己の可能性を否定し、

 他者を貶め引きずり落とすことで這い上がろうとする者は、ひがみ屋、ねたみ屋。

 全てを諦めて、自暴自棄、道連れにする者。生霊型、悪霊型

 こういう人間性は相関関係が変わるか。

 強い衝撃を受けなければ変わりにくい。

 経験や知識を詰め込んでも、

 より狡猾な手法を選択するだけで、ベクトルは変わらない。

 実社会も、そういう人間がいて研究材料になったりする。

 どの時期まで、仲間を維持し続けるか、虚々実々の駆け引き。

 実社会より拙いながらも原点だろうか。

 堅実な人間が勝つ場合もあれば、賤劣な人間が堅実な人間を貶めて成功することもある。

 貧富に限らず、モラル低下は、人間不信を招いて社会不安を増大させやすい。

 “何の罪もない” と言いながら、

 皺寄せが弱者に積み重なり、踏み躙られた者は、犯罪を起こしたくなる。

 社会的弱者を餌食にして虐げ、自己満足な気分を味合う。

 むかし、穢多(エタ)と非人(ヒニン)を作って、自らの階級を慰めてしまう現象に似ている。

 社会的弱者が存在することで、己の不幸を慰める。

 他人を虐げ刺激が得られれば気分も休まる。

 そして、人間関係が歪に捻じ曲がるほど、裏家業の仕事が増えていく。

 人は、損すること善意と良心のため、お金を出すことより。

 保身、悪事、欲望に、お金を出す。

 末期になると踏み躙られた社会的弱者が限界を超えて変貌する。

 金を払っても悪事に快楽を求める加害者が現れると悪循環。

 人間の醜さなのだろう、古本屋で堅実に稼ぐより。

 探偵業は、リスク分だけ儲かる・・・・

 本業の古本屋は、大型古本チェーン店が出展してから売り上げが落ちている。

 これでは、探偵業を止めるに止められず。

 二律背反で是非も無い。

 ため息・・・

  

 喫茶店 らみえる

 紫織が数人の取り巻きと、席を同じにする。

 あのドラマが・・・etc・・・

 あのゲームが・・・etc・・・

 あの男子が・・・etc・・・

 普通の中学生がするような会話が続く。

 高校受験を控えて殺伐としても、仲間が、欲しいのか、競合とか、共闘とかの関係。

 紫織も、なんとなく誘われ、同じようにオレンジジュースを口に含む。

 取り巻きたちの受験を忘れているような会話が続く。

 テスト前、自分が、さも遊んでいるかのように見せかける、

 初歩的な抜け駆け意識だろうか。

 それでも、カマ掛けがあったりする。

 「・・・紫織ちゃん、家で、いつも、どのくらい勉強しているの?」

 「・・・エミちゃんが、泊まるときは、3時間くらい」

 「すごい。泊まらないときは?」

 「仕事かな・・・」

 「ふ〜ん」

 真に受ける者もいる。疑う者もいる。

 諦めている者もいる。ひたすら勉強する者もいる。

 紫織は、教室内での虚栄は、どうでも良いので、まぁ 普通。

 勉強時間を短めに話したり、長めに話したり、

 相手のラストスパートの時期を狂わせても、ラストスパートは、人それぞれ、

 自分の個人差を知らないのに他人の個人差を知るわけがない。

 やぶ蛇という、可能性もある。

 どちらかというと取り巻きたちと意識の違いを感じる。

 自立しているせいか、仕事柄か、教科書の内容も、違って聞こえる。

 探偵業は、正義の味方のように見られなくもない。

 現実は、公共機関でなく。公共の福祉でもない。

 金を貰って他人の欲望を満たす家業。

 その過程と、結果で第3者を不幸にするヤクザな側面もある。

 金を貰ってクライアント(加害者)に積極的に加担する。

 自助努力より、同業他社の芽を潰し、非合法に蹴落とし、

 自らを生き残らせる人間は少なくない。

 個人でも、組織でも、同じ。

 教室の中と、それほど変わらない比率のように思える。

 個人も、企業も、スキル不足は、まず相手にされない。

 弱小な探偵業者も、同じ、固定顧客も信用もない、仕事も選べない。

 低価格化を誘っても数をこなせず、生活苦。

 同業者を誹謗中傷で潰しにかかったり。

 悪質業者が客から金を騙し盗って業界全体の信用を落としたり・・・

 ・・・いろいろ・・・

 結局、強いコネや、何か、秀でたモノがない限り、悪循環に入り込む。

 こもれび探偵団は、最初、低価格の下請けに近い状態だった。

 しかし、トライアングル殺人事件と、その後の事件解決で、名が売れる。

 名が売れてしまうと質的な切り替えが可能になってくる。

 自らを縛る規制を強くすることでステータスを上げ。

 信用と価格を上げて、仕事を選択することもできた。

 ひがみ、ヤッカミで誹謗中傷されても悪徳業者と言われないように質的向上。

 こういう、質的変換ができないと安かろう悪かろうな業者と業務内容が被って、

 同業者潰しか、恨みを買ってしまう。

 結局、この業界も、生き残りをかけ、得意分野で隙間を埋めていく。

 この業界も、サービス、価格、業務内容も生き残りを賭け、

 多種多様、上級から下級と様々。

 損益分岐点の範囲で格差は自然と生まれてしまう。

 “・・・格差社会と戦う、立候補○○です・・・”

 選挙カーが店の前を通過、選挙演説が聞こえる。

 仕事柄、選挙演説が空々しく聞こえ、美辞麗句ほど、冷めやすく退いてしまう。

 取り巻きには、どういう風に聞こえているのだろうと見る。

 予測どおり、意識の外。

 民主主義、自由主義は、個々の能力を引き出しやすい。

 同時に自分本位な権利の主張を通しやすく、

 諸刃の弊害も出てくる。

 不完全な人間が集まっても完全な政治体制を作れないのが道理。

 よりベターな社会が構築できれば良いだけだろうか。

 結局、個人のモラルや精神状態が社会に反映する。

 善良そうな人間も口実があれば所属している集団を守るためと、悪徳な需要を起こしてしまう。

 それが、まじないとか、インチキに近く、理不尽であれば供給側の利益も大きい。

 非合法に近づくほどリスクも大きく、利益率は大きく配当も良い。

 市場が小さく、取引量が少ないと単価当たり利益率が大きくなり、

 ハイリスク・ハイリターンになりやすい。

 興信所、探偵業も、大きくなると比較的、真っ当な商売に移行して悪徳を避ける。

 それでも損益収支が苦しくなると手を染めたりもする。

 学歴に関係なく、信頼できる人間は減少しているかもしれない。

 拝金主義が強くなれば信頼より金。

 権威主義が強くなれば信頼より権威。

 人道主義が強くなれば持ち直すだろうか。

 とはいえ、冠婚葬祭、人助け、人情に流され、人道のため企業の半数が潰れたら洒落にならない。

 泥棒や強盗は、論外でも信頼を裏切る金額が大きいほど信頼できる。

 信頼を裏切る金額が小さいほど信用できない人間になる。

 リスクによって、金額の大きさが変わってしまう場合もある。

 単純に目の前に札束があって誰も見ていなければ、いくら以上で盗むか、といえる。

 小心者なら、いくら以下だろうか。

 もちろん、一定以上の生活水準が確保されれば盗まない人間もいる。

 仕事柄、紫織は、そういう分類をする。

 

 中には、快楽だけで他人を踏み躙る人間も出てくる。

 「・・・隣のクラスでオバケにされている谷津が不登校なんだって・・・」

 「え〜 受験前の蹴落とし?」

 「結構、頭が良かったんじゃない?」

 「あのクラス、夏木とかいうのが仕切っているんだっけ」

 「彼女容姿が良いから男子を味方にするのよね」

 「ひどいねぇ」

 正義も、悪もない。

 というより、学校も、社会も、同じで弱肉強食。

 強い者の味方で弱い者に味方しない。

 子供の世界も、結構、残酷で救いがない。

 他の教室では完全に存在しない人間(オバケ)にされてしまう生徒もいる。

 紫織の教室は、それがないのが救い。

 もっとも、紫織の教室で、それが、できるのは最大派閥グループの紫織だけ。

 紫織は、教室内のことなど、どうでもよく、当たらず触らず。

 紫織自身、見かけが普通で頭も並み。

 沢木ケイコ、中山チアキ、佐藤エミの容姿と素質にコンプレックスを感じるが嫌うまで届かない。

 虚勢を張って生け贄を作らなくても、

 プロの暗殺集団を壊滅させてしまうような紫織と張り合う生徒がいないだけ。

 おかげで地位は、無駄に安泰。

 というより、大手古本チェーン店の方が大問題で学校の中は、身を退きたいと思っているほど。

 紫織が、無駄な時間と思いながらも取り巻きと、ひと時を過ごす。

 それで、取り巻きの彼女達が安心する。

 そして、紫織の都合。

 たまには、中学生らしく振舞うのも悪くないと思う気持ちと一致したからといえた。

  

  

 学校の帰り際は、奈河川の土手を通る。

 道沿いのペットショップ

 持ち金を店に賭けるか、商品に賭けるか。商品も薄利多売か、高級品か。

 余剰資金と回転資金の比率など、店主の性格とか、仕入先で決まってくる。

 出入りしている客は少なくない。

 業種は違っても同じ客商売。

 雰囲気で損益収支が黒字と見当をつけられる。

 ハルに何か買おうかと店内を一回り。

 人間の食費より、犬猫の食費が上ということもある。

 実のところ、犬猫用の缶詰と紫織の食費は大差がない。

 高級な缶詰になると負けている。

 ハルの餌は、人間のあまり物が大半。

 しかし、友人たちがジャーキーを買ってくることもある。

 訓練された犬は、飼い主以外から餌をもらわない。

 しかし、我慢するのは、時間の問題という気もする。

 少なくとも古賀シンペイ、佐藤エミ、安井ナナミ、富田サナエ以外から餌をもらわないようにしている。

 とはいえ、だれも、愛玩動物用の商品を買わなければ、ペットショップが潰れる。

 それだけで失業者が増え、大変な経済損失だろうか。

  

 そして、土手の下に明日をも知れぬホームレス。

 腹を空かせているか不明。

 8割くらいは、したたかかに生きていると思いたい。

 しかし、下手をすれば餓死寸前か、餓死もある。

 飼い犬、飼い猫は、ホームレスより価値がある。

 理不尽というべきか。不条理というべきか。

 紫織の語学力では、適当な言葉が浮かばない。

 というより、ホームレスがペットを飼っていたりするのだから、

 ペットを大事にして、なにが悪い。

 是非もなし、という心境になりやすい。

 ホームレスを犯罪予備軍とか、不安要素と考える者もいる。

 社会的弱者と決め込んで虐げる者もいる。

 どちらが正しく。どちらが間違っているか紫織は、どうでも良かった。

 金をもらって、浮気、素行調査。人探し。

 紫織は、他人のプライベートを探って欲望や夢を潰している。

 自嘲的な思いに駆られる。

 善悪でいうと金をくれる者の味方で正義とは程遠い。

 職業柄、後ろめたい紫織は、時折、お札で石を包んで落としたりもする。

 橋の下のテントに向かって、塊が、小さくなっていく・・・

 ・・・偽善者・・・独善・・・

 誰が言うわけでもなく、自分自身で呟く。

 「紫織ちゃん」

 と後ろから声がする。

 「シンペイちゃんか、道場、終わったんだ?」

 「うん」

 学校の帰り、紫織とシンペイは、たまたま、並んで、帰る。

 同じ学校。

 同じ “こもれび商店街” に住んで道順も同じ。

 家も、隣同士で幼馴染。

 さらに、あこぎで日陰な探偵業を一緒にしている間柄。

 しかし、互いに彼氏彼女が別にいて、こういうのは偶然に頼っている。

 「・・・もうすぐ、高校か・・・シンペイちゃんは、受験先を決めたの?」

 「甲斐高校かな」

 「はぁ〜 完全に追い越されたわね」

 「沢木と中山のおかげかな」

 「こんなオタクが、クラスのNO.1とNO.2を・・・・ふ・・・」 呆れ

 「紫織ちゃんも、NO.1の三森と、だろう」

 「復讐に燃える女子に刺されるね。きっと・・・」

 

 

 「ぅ・・・そん時は、シンペイちゃんが、盾になるのよ」

 「げっ!」

 「な・・・ん・・・で・・・?」

 目の前を通過するトラックの動きが怪しかった。

 仕事柄、不吉な直感が働きやすい。

 「ん・・・あら・・・」

 勢い良く走っていくトラックが、交差点の4つ角の家に突入

 ・・・・どしゃぁああああああ〜ん!!!!

 「・・・交通事故だ」

 「やぁあねぇ〜」

 「どうせぶつかるなら新装オープンの古本チェーン店に飛び込めば良いのに・・・」 本音

 「あはは・・・」

 トラックから運転手がヨタヨタと逃げ出していく。

 家は、半分ほどトラックにめり込まれ、噴煙に包まれ、ギシギシ、音を立てていた。

 今にも、家が潰れそうに思える。

 「すごい・・・生きてたよ。あの運転手」

 「家の中は、大丈夫かしら?」

 少しずつ野次馬が集まり始める。

 「・・・なんか・・・聞こえる・・・」

 「なに? 誰かいるの?」

 頷くシンペイ。

 『こいつ、オーラが見えるだけじゃないの?』

 紫織とシンペイは、何の気になしにトラックの脇を通って半壊した家の中へ。

 商売柄、この辺の危機意識は、間合いが掴めているのか、

 単に麻痺しているだけなのか・・・・

 ・・・・・

 壁や柱が圧し折れ、生活用品が散乱。

 滅茶苦茶になった居間と台所が広がる。

 天井の柱にひびが入り、ミシミシと音が聞こえる。

 不意に気付くと足元に・・・

 「・・・赤ん坊だ」

 ・・・ぅ・・・・ぅ・・・・ぅ・・・

 赤ちゃんが四つんばいで2人を見上げ、唸っている。

 「へぇ〜 かわいいじゃない」

 「どうしよう」

 紫織とシンペイは赤ん坊と出会う機会がない。

 少子化のおかげか、動揺。

 宇宙人を見つけたような感覚。

 「ち、ちょっと、抱っこ、しちゃおうかな」

 紫織が抱えると弱々しく軽い。

 なんとなく、日頃のえげつない所業を忘れ、母性本能が、くすぐられる。

 「やだぁ かわいい」

 「・・・へぇ〜 眼が澄んでる。凄い・・・・違いがモロ」

 「わ、悪かったわね。眼が澄んでなくて〜」

 赤ん坊を抱っこしているせいか、いつもの覇気が消える。

 「こっちに母親が倒れてるよ」

 「あ・・・本当だ・・・」

 シンペイが倒れている母親の肩をゆすると、母親が苦しそうに呻く。

 「大丈夫ですか?」

 「あ、赤ちゃん・・・ケイタ!・・」

 「あ・・・ここにいる」

 「ケイタ! あ、ありがとうございます」

 みしみし・・・みしみし・・・みしみし・・・

 「紫織ちゃん。そろそろ、出た方が良いんじゃない?」

 「・・・そうね・・・立てる?」

 「は、はい。いったい、何が・・・」

 シンペイがトラックを指差すと母親は泣きそうな顔。

 そして、運が良いのだろう。

 紫織とシンペイ。母親と赤ちゃんが家の外に出ると、

 どしゃぁああああああ〜ん!!!!

 家が、崩れ落ちる。

 「「危機一髪」」

 二人とも、場慣れしているのか、麻痺しているのか、そのまま立ち去ろうとする。

 不意に気づくと事故現場に馬宮シンイチ。

 鋭い視線で辺りを見渡している。いや、探っている。

 脳裏に “真実は一つ” とか “じっちゃんの名に賭けて” とか、聞こえてくる。

 「へぇ〜 さすが、探偵さん」 紫織が、呆れる。

 「熱意があるというか、直向さが良いよ」

 「正義感か・・・ちょっと、眩しいかな」

 「紫織ちゃんは擦れて、さらに冷めてるから」

 「精神とか、気持ちが、くたびれたのは環境のせいよ。社会が悪いのね。きっと・・・」

 「そういう時は、アニメとか、マンガ本とか、見ると良いよ。気持ちがね、救われるよ」

 「あ、そう・・・」

 「お勧めはね・・・etc・etc・・」

 コイツは、アニメ教、オタク教、マンガ教の教主とか、伝道師になれそうだ。

 アニメは、世界を救うとか・・・

 平穏と安らぎは、オタクからとか・・・

 世界平和は、マンガからとか・・・

 「・・・etc・・・・etc・・・・」

 オーラの見えるコイツなら、いっそ、教祖に仕立てて・・・・

  

  

 そして、目の前にカメラとレポーターの笑顔・・・・

 「「・・・・・・」」

 無視 すたすた・・・

 「あ、あのう・・・二人とも、大丈夫ですか?」

 すたすた・・・

 「あのうぅ・・・○○局のレポーターで、灯野と言います」

 すたすた・・・

 『・・・ぅ・・・営業妨害・・・嫌がらせしているのか、マスコミは』

 「あ、あのう〜 人命救助・・・・」

 すたすた・・・

 「あ、あのう〜 す、すみません・・・・ 取材を・・・」

 『紫織ちゃん。かなり、映っているよ』

 すたすた・・・

 やましい職業をしている人間は公の場を嫌う。

 金を貰って人を尾行したり、あら捜しして弱みを握ったりして、

 生活の糧にしているのだから、かなり極悪。

 「取材を・・・」

 『ったく、あとで、茂潮に消させてやる』

 「あ、あのう〜 す、すみません・・・・ 取材を・・・」

 『もう、専門の尾行要員を雇って。開き直って宣伝したら? 看板娘で・・・ぷっ』

 「あの・・・」

 『コロス・・・受験前に組織拡大なんて面倒は、イヤよ』

 看板娘は、美人じゃないと無理だ。

 「取材を・・・」

 すたすた・・・・

 「」

 すたすた・・・・

 「」

 「」

  

 

 こもれびの二階

 紫織は、佐藤エミに教わって受験勉強。

 ハルは、サナエの散歩が終わって、おとなしくしている。

 古本家業は、こもれび旅行本のおかげで目に見えて激減ということはない。

 しかし、少しずつ追い詰められていた。

 せせらぎの古本店は、駅の反対側だった、

 予想に反して、こっちより不利になっているらしい。

 たぶん、駅のこっちには大小の古本店があるため、先にこっちに来ることだろうか。

 「・・・・」

 「なに? 紫織ちゃん。ため息?」

 「・・・エミちゃん・・・・将来・・・・どうしようか?」

 「あれ〜 紫織ちゃん。暗黒世界の女帝になるんじゃないの?」

 「あはは・・・・」

 腹黒い欲望の世界に接して、もう、笑えなくなっている。

 「暗黒外の女帝が人助けなんかしたら、興ざめで舐められるよ」

 「ち、違うわよ」

 「ん? 女帝と、人助け。どっちが?」

 「ど、どっちもよ」

 表向き、“こもれび” 古本店の女店主は未成年なのだが、

 裏世界の住人と勘違いしている人間が多い。

 本人がどう思うと収入の多くが、そっちの世界からなのだから、

 そう思われても仕方がないのだろうか。

 保護者のいない天涯孤独の角浦紫織は、危ないと思われやすいのか。

 社会全体が暗黒の世界に紫織を押しやろうとしていると、感じてしまう。

 両親が揃っていても、社会的地位が高くても子供が、まっすぐ育つと限らない社会。

 両親不在の境遇だと、もっと捻くれる、とでも、いうのだろうか。

 本当は、佐藤エミが地場盟主の娘で謀略で怖く。

 安井ナナミが、ヤクザを背景にして実行力がある・・・

 『本当に・・・ひねくれて、やろうかしら・・・』

 携帯がなる。

 「・・・・・サナエ。なに?」

 「へぇ〜 実害がなければ、度量の大きいところを見せておくわ・・・・・無視・・・」

 携帯を切ると、少しばかり、むっとする。

 「どうしたの? 紫織ちゃん」

 「某の掲示板で “こもれび” の誹謗中傷」

 「同業者? ひがみ、ヤッカミ?」

 「さぁ〜 事実もあるし。こっちも、全知全能の神様じゃないんだから。どうでも、良いって感じ」

 「でも、目障りじゃない?」

 「人を貶めて喜んでいる人間なんて・・・・・」

 「でも、困るんじゃない?」

 「そうなのよね。まっとうな人間は誹謗中傷されているところを避けるし」

 「大きくて見栄えの良いところに騙されるから・・・・」

 「良いの?」

 「看板も上げていないのに誹謗合戦やるほど暇じゃないし」

 「でも、確かに “こもれび” って、実務面が劣っているのよね・・・」

 「サービス不足? いまの人材だと弱小で外注頼り。そうなるわね」

 「だって、こっちは受験生よ。入学するまで、組織拡大は・・・」

 「それは、紫織ちゃんの勉強に対する集中力しだいね」

 「えへへへ」

 「実力不足とか、やる気のない興信所とか、探偵社から、退く?」

 「んん・・・・」

 「歳をとった中年や熟年でも、しつけや教育は必要よ」

 「保身ばかりで惰性に流れて怠けるから」

 「んん・・・・穏便に済ませたいな」

 「あのね。紫織ちゃん。こっちは新興勢力なんだから覇気、見せなきゃ」

 「覇気ねぇ〜」

 「硬直化してボケ老人化した個人商店や営利企業は、弊害化する前に」

 「さっさと引導を渡してやるのが、世の為よ」

 “こもれび探偵団” の初動捜査を頼りに発注・受注を伸ばし、

 組織拡大したところもある。

 ここで退けば・・・・

 「・・・・」 ため息

 「それと、公権力と暴力の影のない組織は良識を押し付けられて、結局は割損だからね」

 善人ぶっていると舐められてしまうのが世の中らしい・・・

 「・・・・」 ため息

 「はねっ返りや犯罪者だって命懸けで挑んでくるんだから」

 「叩き潰すのも命懸けじゃないと失礼よ」

 いや、犯罪を犯すのは、想像力がないだけじゃないだろうか・・・

 「・・・・」 ため息

 元々は、受付穣だったはずの紫織は苦笑いする。

 浮気調査、素行調査ばかりなら、こんな苦労はなかったのだが・・・・・

 依頼の成功は、依頼を生み。成功すれば、さらに利権が膨らんでいく。

 ひがみ、ヤッカミで、誹謗中傷の標的になっていく。

 運命のいたずらで、この道にいるだけで適性があるわけでもなし。

 巻き込まれ人生まっしぐらで受身な紫織と、

 乗りかかった船で、

 しかも、開き直り始めた佐藤エミと安井ナナミは積極的にかかわり始める。

 どちらかというと、佐藤エミや安井ナナミのほうが適性で素質がありそうだ。

 「・・・でもさ、紫織ちゃん。仕事が増えてきているよ」

 「んん・・・・」

 「ラーメン屋みたいに品質維持のための数量限定もいいけど。組織拡大も考えないとね」

 「人だけ集めても、職業柄、覚悟がね・・・」

 「そうなのよね」

 「銃突き付けられても落ちない人間も贈収賄とか、内輪もめで、コロリだったりするし」 にやり

 「ふ エミちゃんって本当に得意よね。それ?」

 「あら、仕事だから心苦しく、やっているのに・・・・」

 「でも、安井組のムチと佐藤財閥のアメで、ほとんど片付くんだから世の中って・・・・」

 「後は、潰しの利く、直属の手足よ」

 「まじめにお人好しぶっていると舐められて、誹謗中傷だけで潰される、怖さもないとね」

 「仕事柄、死ぬかもしれないから、心苦しいよね」

 「殿、ご決断を・・・」

 「あはは・・・・・」

 いまのところ、人を死地に追いやってしまうような仕事は、避けている。

 しかし、既にやってしまった犯罪組織に復讐されやすかったりする。

   

  

 こもれび古本店の表通りを清掃中の富田サナエは、大学生活。

 探偵団の渉外と受付、配信と実務面をこなしている。

 そして、携帯がなる。

 「・・・・鴨川さん。少し、良いですか?」

 「ええ・・・」

 そして、表向き、古本店のアルバイトを隠れ蓑にしているサナエと正規のアルバイト。

 それなりに軋轢があったりする。

 後から来た者が、ひょんなことで引き立てられて稼ぎ頭になってしまう。

 人間関係というヤツだろうか。

 「・・・榛名社? ・・・・弐沢社長、ご無沙汰しています・・・・・・こちらに? 」

 「・・・・・・・はい・・・はい・・・・わかりました」

 「こちらで、再調査して、そちらに戻せば良いんですね・・・・はい・・・・」

 こもれび探偵団の初動捜査は、異常なほど精度が高い。

 費用対効果が良いのか、初動捜査をこもれび探偵団に回してしまう同業者が増える。

 シンペイと茂潮の懐は、膨らみやすい。

  

  

  

 中山チアキが台所で調理中。

 彼女も、古賀シンペイを狙っていた。

 健気なことにシンジのマンガオタクに合わせられる。

 男の為に自分を高めたり、変えられる女の子は、やはり、評価されやすい。

 彼女が紫織の家で料理を作っているのも勉強を教える代わり、

 というより、シンペイへの下心だろう。

 美人で腕っ節も強く。頭も良い。

 どれも、紫織に欠けた要素で実に羨ましいが最近は、料理も凝っている。

 「んん・・・良い女だ・・・」

 などと、紫織が、親父な気分になってしまうほど才色兼備なのだから、なんというか・・・・

 この分なら、投機も無駄にはならないだろう。

 中学卒業と同時に高校在籍のまま、芸能界。

 化粧品などの投機が、3倍返しなら紫織も、ほくそえんでしまう。

 「紫織。これ、どう、料理したら良い?」

 「・・・ぅ・・・青菜・・・」

 「安かったから・・・」

 最近は、こうやって、料理の作り方まで盗みやがる。

 手抜き料理でないだけで、それなりのものが作られる。

 「・・・味が濃い野菜は、煮るより、油で炒めるほうが作りやすいし、食べやすいと思う」

 玄人が、やるような技は教えないぞ・・・・

 お陰で、かなり腕前を上げているのか、母親より料理が上手くなったと自慢する。

 “どういう、母親やねん” と大阪弁で突っ込みたくなるが、そういう時代なのだろう。

 娘を見れば、母親も、美人だと、およそ、見当がつく。

 不美人と違って、料理で男をつなぎ止めるといった。

 技も必要ないのだろう。

 夫の方は、家庭を壊すリスクを避けたいのか、見栄で妻を養ってるのだろうか、

 働きアリの哀愁が漂う気がする。

 勉強を教えてもらっているのだから取引は悪くない。

 しかし、容姿・知能指数、土台で違うのだから、負け確実。

 下ごしらえも、あっさり片付け手並みも自然になっている。

 不美人にとって尽くす美人は、脅威以外の何者でもない。

 「・・・あの、忌々しい、沢木を出し抜いてやるわ」

 「そ、そう・・・」

 「やっぱり、美味しい料理を食べさせれば、男も、長生きよ」

 「ふ、太らなければね」

 「自分本位、自己満足で不味い料理が男を早死にさせているに決まっているわ」

 以前なら言わないような事も料理に自信が付くと口にする。

 事実、腕を上げて実に羨ましい。才色兼備で、むかつく女になってきている。

 受験勉強が安全地帯の甲斐高校狙いだと、余裕があるのだろうか。

 「やっぱり、料理は常日頃の飽くなき向上心と味への探求。そして、愛情よね♪」 目がランラン。

 『なんで、あんなヤツが、そこまで、もてる・・・』

 「・・・そ、そういうのは、あるかも」

 適当に合わせる。

 「今日も送ってもらえそうだから、また襲われないかしら。シンペイ君に助けてもらうの・・・」

 「き、季節柄、夏だし、確率は、高いかも・・・」

 「紫織ちゃん、誰か雇って現実RPGみたいに襲わせてくれない?」

 「録画もね。お金払うから」

 「ドッキリみたいに?」

 「そうそう」

 「・・・・」

 恋愛のドキドキを維持するため、

 イベント(行事)、エンターテインメント(娯楽)は、必要かもしれない。

 少なくとも、金を貰って他人を不幸にするヤクザな探偵業より、精神衛生上、マシかもしれない。

 金になるのなら、やって、やれないこともないが・・・・

 金より、対面や面子を大切にしたいヤクザは嫌がるだろう。

 紫織は、浮気調査のお陰で、この種の恋愛物はドライな気分になっている。

 相手が老いれば偽りの奇麗事で、着飾っても魅力は色褪せていく。

 怠惰、頑迷、利己主義が目に付くようになり、

 未来から希望を消しさってしまう。

 見境のない欲望に振り回されれば人を失望させ、信頼を失わせていく。

 相手が負担になれば、愛も擦り切れる。

 人生に寿命があれば愛も寿命がある。

 運が良ければ、人生より、愛の寿命が長く。

 運が悪ければ、人生より、愛の寿命が短い。

 両人が努力を怠らず、身を慎めば、恋愛感情は死ぬまで保てるかもしれない。

 これは、経験で蓄積された紫織の結論だった。

 「・・・紫織ちゃん、次のデートで、使ってみたら?」

 「・・・いやよ。三森君を試すなんて」

 「三森に置いてかれて逃げられたりとか・・・」

 「ぅ・・・」

 「不安でしょう」

 「・・・・」

 「シンペイ君は、その点、安心なのよね。実績があるから」

 「ぅ・・・」

 「どうして、わたしが、シンペイ君に乗り換えたか、わかりやすいでしょう」

 「・・・・」 むすぅ

 『・・・イベント頼りの恋愛か・・・・アホらしい』 ため息。

 平穏を得る為に戦うが、平穏を得てしまうと、刺激を求めてしまう。

 やれやれな、衝動だったりする。

 ヤクザだって半殺しは嫌だろう。

   

  

 日曜日の昼下がりの公園。

 紫織は、三森と待ち合わせて、ハルと一緒に歩く。

 容姿でチグハグな二人だが犬が間にいると、間合いが取れて気持ちも楽になる。

 子は “かすがい” と言うが、

 いまは、愛玩動物が “かすがい” という夫婦が多いかもしれない。

 確かに、そう思えなくもないが・・・

 久しぶりのデート。

 紫織は、まだ若い。その気になれば、初々しい気分にもなれる。

 なんとなく、ピンク色のフィールドが輝く世界に向かって広がっていく。

 かわいくアイスクリームを食べて気を惹くのも少女の知恵。

 鏡を見て、左右のどちらを見せるか、研究するのも、少女の計算。

 彼氏を立て、好まれやすい仕草をして見せるのも少女のたしなみ。

 容姿で負けても努力だけは、怠らない。

 さらに受験前、教室の美形派が退いて、恋敵なしの状態は嬉しい。

 気持ちが嬉しいときは、足が地に付いていないようでもあり、

 やさしくなれたりもする。

 「・・・撮影会だ」

 人だかり・・・・・

 「だれだろう。芸能人かな?」 紫織

 噴水の前で妙な服装の少女たちがポーズを取っている。

 「周りのカメラマン。たぶん、素人ばかりだよ」

 「ゴ、ゴスプレね」

 「最近、こういうの多いね」

 「うん」

 「ん! 角浦の幼馴染もいるよ」

 「・・・・」

 「ほらっ あそこ」

 「どこ・・・げっ!」

 ・・・茂潮・・・シンペイ・・・が ほあ〜ん と、魅入っていた。

 「あはは・・・」

 不意に気づくと。

 正面から一ツ橋サツキ刑事が向かってくる。

 「・・・・」 にやり。

 『ぅ・・・これが、イベントだったらいいのに・・・』 くらぁ〜

  

  

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 月夜裏 野々香です

 ヤクザな世界ばかりだと、共感されないかと思い。

 ちょっと、日常が大目です。

  

    

 

 

 

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第53話   『ライバル?』

第54話 『ペットショップとホームレス』

第55話   『少年よ、希望を抱け』

登場人物