月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第59話 『ポーカー戦争』

 人それぞれに勉強の仕方があった。

 沢木ケイコは体系的に捉え、重点的に重要な部分を押さえていく、

 中山チアキは出題者サイドで考え投機的になった。

 三森は、ケイコとチアキの中間。

 そして、佐藤エミの勉強は、ひたすら教科書を読ませ、質問していく。

 その繰り返し、

 質問に答えられないと、丸ごと教科書を読む羽目になった。

 受験科目の英・数・国・理・社の教科書を毎日、2、3回読んでいる気もする。

 絨毯爆撃は、無駄弾が多く非効率なのだが・・・

 闇の女帝は、目先の利益(高校入試)に振り回されず、

 長期的に物事を捉えないといけないそうだ。

 「長期的ねぇ もっと、ゆとり教育の恩恵を受けたい・・・」

 「10代・・・」

 「20代・・・」

 「30代・・・」

 「ぅ・・・」

 「40代・・・」

 「ぅぅ・・・」

 「50代・・・」

 「ひぇええ〜」

 「60代・・・」

 「い、いやぁああ〜」

 「70代・・・」

 「もうやめてぇ〜」

 「紫織ちゃんが何歳まで生きる気か知らないけど、女が女でいられる年月は短いわね」

 「ぅぅぅぅ・・・」

 「旦那との家族内権力闘争で、自分の要求をのませるため掃除洗濯炊事を手抜きしたり」

 「待遇条件を釣り上げるため旦那を恐喝したり、ボイコットしたり」

 「子供を味方に付け、人質に取って、夫婦げんかしたり」

 「離婚をチラつかせて要求を通そうとしたり」

 「世間に同情を買ってもらうため病気になったり」

 「親類、隣人、会社、警察を味方に引き込もうとしたり」

 「自殺を仄めかして身内を脅迫したりはいやでしょ」

 仕事柄、よく見ていた。

 家庭内権力抗争は、生存圏が狭く、逃げ場もないためか、意外に激しく、

 夫婦の面子通しは、ヤクザ並みという事例も少なくない、

 「ぅぅぅぅ・・・」

 「年を取ると新しい考えは出てこなくなるし」

 「新しい事も出来なくなって動けなくなる」

 「高い視点、広い視野、人生経験、深い洞察力が足りない」

 「老後を考えるようになると、これまでのツケで、金脈と人脈は足りない」

 「地位と名誉を守るため、若い芽を潰したり、出る杭を打ったり」

 「次第に醜いだけの社会のお荷物になる」

 「庶民なんて年金も少ないし、天下りも出来ない」

 「老い先が短くなると職業選択の自由もなくなる」

 「爺さん婆さんを雇うところもなくなる」

 「木枯らしが吹いてキリギリスみたいに野垂れ死にしたくないでしょ」

 「ぅぅぅぅ・・・」

 「結婚したって相手と上手くいくとは限らないし」

 「子供が可愛くもない爺婆の老後の面倒みてくれるか、わからない時代よ」

 「老婆の独り暮らしは惨めよ」

 「ぅぅぅぅ・・・」

 「冬になる前にアリさんみたいに力を付けて蓄えておくべきね」

 「ぅぅぅぅ・・・」

 「さてと・・・国語、社会、理科、数学、英語の勉強は、教科書を読むことから始めるの」

 「教科書を正確に読むこと」

 「情報を読み間違うと迷子になって大損」

 「意味を理解すること、これが曖昧だと同じ失敗を何度もする」

 「ルールを知ること、これを守れないとペナルティで減点される」

 「読解力を付けること、それから教科書ごと覚えするつもりでいること」

 「国語の本は、タイトルと内容が対で理解できるから・・・」

 「逆にタイトルと関係ない部分は、軽視できる」

 「この作者、途中に感傷的な文を挟み込んでるから感情的みたいね」

 「最初か最後にすれば良いのに・・・」

 「あと余分な接続語で意味を曖昧にしているから気を付けて」

 教科書の文書を批評する不敬な生徒は珍しい、

 それどころか、分かりにくいと大御所作家の文書まで添削までしやがる。

 

 

 受験勉強の合間でトランプが始まる。

 紫織、エミ、ナナミの手札は無作為の10枚。

 『ロクなのないわね・・・』

 相手の眼を見てもポーカーフェイスを気取って手札不明。

 各々1枚ずつ出し、数字が大きい札を出した者が総取りできた。

 ・・4・・・7・・・7・・・

 「ぅ・・・」

 数字の大きい二人が引き分け、

 二人が決勝のためもう一枚出し、勝った方が総取り。

 10・・・9・・・

 「むふ♪」 ナナミ

 ちっ!

 「紫織ちゃんのこれと、エミちゃんのこれ」

 さらに戦いに勝つと手札を無作為に1枚交換させる権利を有した。

 負けた紫織とエミは、指名された手札を伏せたまま交換し、微妙に顔色を変える。

 その戦争を繰り返し、1人が5枚になった時点で “戦争” が終わる。

 勝利条件はポーカーと同じだった。

 トランプゲームの “戦争” と “ポーカー” のクロス亜種で、総数52枚なら最大5人が遊べる。

 無作為で10枚から5枚と枚数が少なく、

 運だけでなく作為的な外交も楽しめ、すぐ終わる。

 手札が多いと強い役を作れて有利、

 しかし、絶対というわけでもない。

 続き数字、絵札合わせが戦争に勝っても得られるとは限らず、勘に頼り、

 “戦争” に勝って肝心の “ポーカー” に負けることも十分ありえた。

 結局、17枚集めたナナミが圧倒的に有利。

 8枚のエミは分が悪く。5枚になった紫織は不利といえる。

 「11のフォー・カード」 ナナミ

 「9と8のフルハウス」 紫織

 「スペードのストレートフラッシュ」 エミ

 6・5・4・3・2

 「「うっそぉ〜!!」」

 

 

 

 探偵業は正義の味方ではない、

 民主主義を標榜する権力に媚びた法の番人でもない、

 むしろ、資本主義の理に従う、クライアントの味方、金の味方だった。

 剥き出しの愛憎、支配欲、独占欲に直面しやすく、

 人のエゴと欲望に関わる職業といえた。

 ときにクライアントの要望に応じ、人の意思を捻じ曲げ、人権を踏み躙る、

 職業柄、肉体の死だけが人の死だけでなく、

 他者の希望を塞ぎ、人格を否定することも人殺しととらえやすい、

 綺麗事と建前のオブラートに包まれた社会で、

 他人が自分より不幸なら自己満足な幸福感を得られる人たちもいる、

 彼らは、果たして人として壊れているのだろうか、

 人は、どこから来たのか、どこに行くのか、わからぬまま、

 得体の知れない人々の欲望の渦に包まれ、押し流されていく、

 親の愛情は権利と義務という法律で裁定され、

 規格外は、土足で踏み込まれる、

 家族のあるべき姿は、家族の中で培われていくものであり、

 面白おかしく歪められた脚色のドラマを真に受け、

 人生の指標にするとバカを見ていく、

 非日常で悪が現れて人が死なないと、

 正義の味方が出てこないと、視聴率でも落ちるのだろう、

 現実の社会にはエゴや欲望の衝突ばかりであり、

 内なる葛藤と他者との軋轢の狭間で、自己のアイデンティティに戸惑う、

 個性ではなく、映像紙面で作られたキャラクターを暗に模倣してしまう。

 そういった上っ面と社会的な欲望の重苦しさの濁流に堪えられなくなり衝動に駆られる。

 弱者を抑圧することで自我の存在と他者の立ち位置を確認し、同時に喜びを得る、

 ライバルを出し抜くことで喜びを得る、

 そういった素振りや動機は教室でも見え隠れする。

 「勉強した?」

 「ちょっとだけ・・・」

 「「・・・・」」 疑惑

 受験前は自分可愛さが出やすく、相手を油断させたり、抜け駆け思考になりやすい、

 能力を越えて無理をし、背伸びをしても疲れるだけ、

 時に保身のために連合し、友情になったり恋愛になったり、

 仲間内でインサイダー取引しても他にしわ寄せがいく、

 内向きな利己主義は、人間関係を薄れさせ、

 優先する序列が変われば、友情を冷えさせ、相思相愛の恋愛も破壊される、

 利害の不一致は、夫婦でさえ離婚させ、

 親子の絆すら不信の要因になりえた。

 保身と防衛本能から敵対行動をとらせたり、

 規範や誇りを失うなら外部勢力を味方につけても身内を叩き潰してしまう。

 こういった関係に移行することは人と人の関係だけでなく、

 国と国との関係でも起こることで珍しくない、

 教室の中でも社会でも起こりえた。

 学校の帰り

 校門を出ようとした紫織とシンペイの足が止まる。

 回れ右。

 「は〜い。紫織ちゃん」

 ぐぅわしぃ〜

 「いっ!」

 肩に手を置かれて、一ツ橋サツキに捕まる。

 『手錠を掛けて、取調室まで行く?』 耳元で囁かれる。

 人間関係で対等は、あまりない、

 ボケとボケでは変化がなく、会話も薄れがち、

 突っ込みと突っ込みでは、互いに衝突し傷つけ遭う、

 基本はボケと突っ込み。

 これも軸受と軸の関係と同じで、柔らかいモノと硬いモノの組み合わせであり、

 力関係は、ごく自然に関係が作られ、逆らっても無理と言える。

 目が本気だった。

 「自分で、歩いていきます」

 「そう♪ よかった。おいしい茶菓子もあるの」

 「喫茶 “取調室” ね」

 「そう、でも、その前に病院に行くから。シンペイ君もね」

 「・・・・・」

 

 病院で見たのはショック症状を起こして死んでいく人たち。

 「な、なに?」

 「この人たちは、覚醒剤 “フォー” の常用者」

 「覚醒剤で死んでいくの?」

 「“フォー” は、常習性が強いけど、致死性はほとんどない」

 「じゃ どうして・・・」

 「わからない」

 「アナフィラキシー(薬物過敏症等) を起こしているようにも見えるし、無差別で起きているの」

 “アサミ。アサミ”

 “おじさん、ごめんね。おじさん、ごめんね”

 “しっかりするんだ。もうすぐ、おとうさんと、おかあさんが来るぞ”

 “やめようと思ったのに・・・やめようと思ったのに・・・”

 自分と同じ年頃の少女がぐったりとして動きを止める。

 “ア、アサミ”

 医師が頚動脈と眼球を確認して首を振る。

 “・・・・・”

 「そんな・・・」

 「勿体無い・・・」 シンペイ ポツリ。

 「おい」

 「目的不明の毒死は、麻薬患者に限られ致死率50パーセントよ」

 「!? 100パーセントじゃない?」

 「ええ」

 「無差別殺人?」

 「かもしれない。そうじゃないかもしれない」

 「掴みどころがないのが問題ね」

 「一ツ橋さん、無差別殺人だとしたら共通しているのは、覚醒剤の “フォー” だけ?」

 「ええ、普通、保身と利益で他人の人権を蹂躙したり利権を簒奪すると」

 「利害が衝突して犯罪が起こりやすくなる」

 「相互依存が小さくなって実益より実害が大きくなると、相手が邪魔になる?」

 「ええ、例え、親子、夫婦、兄弟、友人でも利害と愛憎の分岐点はほぼ同じ」

 「だから、倫理観がなくなると忍耐の限度が越えて、殺意に繋がるわね」

 「蹂躙・簒奪する側が加害者になったり、蹂躙・簒奪される側が加害者になったりか・・・」

 「だから犯行可能な人間と利害関係者を集めれば犯人を絞り込める」

 「んん・・・世の中、荒んでるわね」

 「そんなの昔からよ。いまの世相は、建前が強いから、まだマシな方ね」

 「学歴社会といい、拝金主義といい・・・」

 「受験生も辛いわね」

 「その受験生を自分の出世のために、扱き使うな」

 「あら、心証良いはずよ。あの娘さんの縁戚は学校関係者だから・・・」

 「ぅぅ・・・社会がそっちの世界にわたしを押しやるのね」

 「社会的適性は重要よ。適性に合わない人生設計は不幸でしょ」

 「か、可能性を広げるための受験なのに可能性を狭めているような気もするのは、なぜ」

 亡くなった少女のおじさんが、こっちに向かって、深々と頭を下げる。

 「人は、選択をする度に別の可能性を捨てるの」

 「それに人間、顧みなれなくなったり、役に立たなくなったりすると惨めよ」

 「物欲に振り回された人生を生きた、お年寄りと」

 「縄張り争いで負けた弱者が背中を丸めて歩いているのを見たことあるでしょ」

 「ぅぅぅ・・・」

 「人間、若くてニーズがある間が花よ」

 「・・・・」

 

 

 

 とある新興宗教に紫織とシンペイは忍び込んでいた。

 というより、ようやく辿り着いた。

 またも、宗教関連なのだ。隠れ蓑ではやっているのだろうか。

 子供だと集金力がないと思われ、何となく和気藹々で先生が話し始める。

 『シンペイちゃん。どう?』

  “・・・生命の作られた根源に利己主義が存在します・・・”

 『んん・・・・』

  “この初期の完全な利己主義は、細胞分裂で増殖する単細胞生物で止まります”

 『殺人じゃないと、わかりにくいか』

  “生命が単細胞生物以上に進化しようとすると。多細胞生物。雌雄に分裂しなければなりません”

 『ん・・・微妙・・・に・・・わからない』

  “多細胞生物は、雌雄が結束することで繁殖するため、利己主義だけで生きていけなくなります”

 『宗教を隠れ蓑にするなんて・・・ずるい・・・』

  “ここで、利己主義で生きてきた生命は、進化と引き換えに完全な利己主義を捨てることになります”

 『・・・殺意がないのかも・・・』

  “多細胞生物の誕生は、利他主義の発生でもあるのです”

 『だって、新型覚醒剤で人が死んでいるのに?』

  “人間個人の内に利己主義と利他主義の葛藤と自己矛盾が生じ”

 『本当に殺人なのかな・・・』

  “さらに先天的に利己主義で生きようとする生物の本能”

  “そして、後天的に利他的な資質が要求される人間社会の間で軋轢が生じます”

 『目的不明の知能犯?』

  “人間社会の争いの多くがエゴの衝突”

  “そして、社会的な妥協の狭間で利己主義と利他主義のバランスを求められます”

 『長くなるかも、高校受験があるのに・・・』

  “このバランスが狂うとケンカ、犯罪、戦争など起こります”

 『佐藤財閥が便宜を図ってくれるみたいよ』

  “では、なぜ、このような利己主義と利他主義が葛藤し衝突する世界を神が生じさせたのか”

  “神の意図を考えて見ましょう”

 『えっ いいの紫織ちゃん?』

  “生態系や自然体系を見れば弱肉強食や植物連鎖があるわけです”

 『いまの成績がキープされていたら合格ラインで何とかできるって、でも試験が酷過ぎると無理かも』

  “人間も、その中に含まれているのです”

  “しかし、人間は、生態系や自然体系から逸脱できる可能性を秘めています”

 『そう甲斐高校なんだ・・・』

  “では、人間の潜在的可能性で神の望む理想があった場合・・・”

  “その利己主義と利他主義の分岐点を人類自他調和計画・・・・”

 『ったく・・・・“犯人はお前だ〜!” なんて、一度、やってみたいわね』

  “そこの二人は、静かにしましょうね”

 『『はい。す、済みません!』』

 

 

 紫織、佐藤エミ、安井ナナミの作戦会議

 「殺意無しの無差別大量死か・・・」

 「シンペイ君。殺意無しだと突き止めにくいんだ」

 「あはは・・・」

 「人間が綺麗ごと捨てて本性を現わす時って “金” と “色” が絡んだ時よ」

 「だから殺意無しの大量死だと違和感あるのよね」

 「善意とか、正義感で、人殺しなんてリスクが大き過ぎて少数派ね」

 「でも殺意がないとなると・・・」

 事故死とか、過失致死とか、正当防衛とか。

 動機、殺意無しの死は、法律上、殺人にならなかった。

 「んん・・・覚醒剤なんてやる方が駄目なのよ。間引きよ。間引き」

 「無知から来てるだけじゃ」

 「無知は死の影。無知な人間が悪い」

 「宗教団体に怪しいのがいるって?」

 「この人」

 写真を見せる。古木ナツオ(28)

 「「「・・・・・・」」」

 「信心深いようには見えないけど?」

 「大量死とかかわりがあるの?」

 「微妙。最近、あの教団に来たみたい」

 「身元は?」

 「身元は確かだけど二十歳からアメリカ在住でコック。最近、日本に戻ってイタリア料理店を経営」

 「ふ〜ん、気心しれた人間がいないから宗教団体で友人を作ろうとしたんじゃない」

 「宗教団体って、一応、偽善とか、善意の団体だから仲間内は、仲良くなりやすいかもしれない」

 「店は儲かっているの?」

 「それなりかな」

 「どこがあやしいの?」

 「シンペイちゃんの話しだと、宗教に入るような人間じゃないって」

 「ほかには?」

 「あいつも来てる」

 写真を見せると教団建物の外に若い男が立っていた。

 「良くわかったわね」

 変装というほどではないが髪をバック気味、少し、姿勢を落としている。

 「シンペイちゃんが撮った」

 “馬宮シンイチ”

 「正義の味方か・・・」

 「なんか、邪魔なのよね。目障りというか」

 「一応、高校に行ったら先輩になるんだから」

 「この仕事じゃ わたしたちの方が先輩よ」

 「でも正義の味方って、カッコイイ。視線が違う〜」

 「正義の味方に養ってもらうと、苦労するわよ」

 「悪党の味方に養ってもらうと楽できるけど、年取ると見限られたり裏切られたりも早いから」

 「んん・・・ヤクザだって家族愛は強いから利己主義の範囲よ」

 「どちらにしても、社会的弱者の女は、辛いのよね」

 「そこは、泣き真似したり、誘惑したりで強かに生きていかないと」

 「あと、近所に家庭内階級闘争主婦がいれば最高ね。自分が良妻に見える」

 「それで、旦那に稼ぐだけ稼いでもらって、ポックリ」

 「遺産と保険金で、悠々自適が理想ね」

 「あはは・・・」

 「それ、美人限定でしょ」

 「「・・・・・」」 じー

 「わ、わたしは、そんなに美人じゃないから」

 「エミちゃんが美人じゃなかったら、私たち、過酷な運命ね」

 「そうそう、だいたい、金持ちで美人なんてズル過ぎよ」

 「こ、この仕事を続ければ、結婚しなくても何とかやっていけるわよ」

 「それ、かなりイヤ」

 「そう、結婚できないと負け犬」

 「自己矛盾してない?」

 「自分本位な幸せを追求すると自己矛盾で自我崩壊するのよね」

 「浮気調査で、そういうの一杯見たっけ」

 「それより、この正義の味方、どうするの?」

 「誰に雇われたんだろう」

 「正義感に突き動かされたに決まってるでしょ」

 「ったく〜 どうやってたどり着いたのやら」

 「推理じゃないの?」

 「推理か・・・苦手なのよね」

 パソコンの画面にメールが来た。

 茂潮カツミからで、条件反射的に希望が湧く、

 教会関係者の名前が並び・・・

 「小滝ユウヤ(34)、佐奈咲シズマ(30)、増田ホウジョウ(29)」

 「古木ナツオ(28)」

 「伊佐コミチ(26)、雪踏アキコ(25)・・・」

 「6人3組が別々に同じ船、瀬戸内海巡り船の予約を取ったみたいね」

 「さっすが・・・って、茂潮って、船会社の乗客データーにも入り込めるわけ?」

 「そういえば、この前は、飛行機会社・・・」

 「つか、ペンタゴンより楽でしょう」

 「ったくぅ〜 捕まっても知らないよ」

 「でも、こういう仕事が回って来るのも建前上、警察が出来ないから・・・」

 個人情報まで書かれている。

 警察関係者がこもれび探偵団を利用するのも、バレたとき、知らぬ存ぜぬを通せるらしい。

 ここまで来ると、検挙率が上がれば、良いのか、本当にいいのか、と自問する。

 小滝ユウヤ(34)、教会幹部、運送会社経営 8年

 佐奈咲シズマ(30)、教会幹部、石積鉄工所 勤続14年

 増田ホウジョウ(29)、教会幹部、細居旅行代理店 勤続13年

 古木ナツオ(28)、教会員、イタリア料理店を経営 勤続1年

 伊佐コミチ(26)、教会員、パチンコ店事務 勤続12年

 雪踏アキコ(25)、教会員、運送会社事務 勤続6年

 そして、PS・・・

 「こ、この人って・・・」

 「うそ・・・」

 

 

 茜色の空、薄紅の雲、深緑色の島々が広がる。

 客船ブルー・ベース (600トン) が波を蹴立て、予定の航路を通過してく。

 クリスマスの終わった真冬だと値段も安く、人気も少なく感じる、

 受験前の中学生が男女が瀬戸内海の船巡り。

 金さえ払えば、誰でも乗せるのだろうか、

 大人への尊敬は、幻想として消え、

 社交辞令的な姿勢になってはや、数年、

 金か、金なのか。と思う。

 常識的に “中学生の男女が、そんなことしていけませんとか” 言うだろう。

 日本企業は、おかしな方向に向かっていると、確信を持って言える。

 そもそも、この組み合わせは、シンペイの力を知っている者に限られ、仲間内でも秘密・・・

 船内放送が入る。

 「もうすぐ始まるよ」

 「うん」

 船室から乗客が甲板に出てくる。

 瀬戸内海の船では、大型船に属し、ツアー・イベントも盛大な気がする。

 海底から海面まで仕掛けた火の柱と水の柱が客船の左右、交互に並び立ち昇る。

 水と火の相性を考えると一興で客から歓声が上がる、

 周辺に集まった漁船からも声が上がる。

 物見遊山で小金を稼いでいるのだろう。

 他人のふんどしで相撲をとっているのだが瀬戸内漁業組合も出資者らしい。

 夜になれば、花火が上がる海域を通過する。

 海洋基本法とか、どうだろうかと思ったり、

 とにかく、高い船賃分のサービスをしていた。

 この時ばかりは、乗客総出で甲板に出ているはず・・・

 シンペイは、楽しげにアニメ曲を鼻歌混じり、

 「なに? 喜んでるの? 佐藤さんや中山さんじゃないのに」

 「だってブルー・ベースって、名前がね」

 「アニメの宇宙強襲揚陸艦をイメージさせるから。形もちょっとね」

 「あんたね・・・そんな宇宙戦艦とか・・」

 「ちっ ちっ ちっ 宇宙戦艦じゃなく、宇宙強襲揚陸艦。間違えてはいけない」

 「あ、そう・・・ほら確認するわよ」

 「うん」

 もう、我が幼馴染のコイツの事は諦めている。

 オタク街道まっしぐらの茂潮の手解きを受け、真性化しつつあった。

 もう手遅れなのだろう。

 なのに学年で一番美人といわれる沢木ケイコ、中山チアキを彼女にして世も末、

 とはいえ、シンペイも茂潮も、こもれび探偵団の中核。

 というより二人がいないと仕事が成り立たない。

 我ながら悟りの境地に入ったような、涅槃の奥を垣間見たような・・・

 諦めが人生の処世術。

 乗客の中から6人を探す。

 小滝ユウヤ(34)。いる

 佐奈咲シズマ(30)。いない。

 増田ホウジョウ(29)。いる。

 古木ナツオ(28)。いない。

 伊佐コミチ(26)。いる

 雪踏アキコ(25)。いる

 小さな船室キャビンで見ているのだろうか。

 探偵モノでは、大きな推理ネタになる。

 しかし、現実は甘くない。

 この手の細かな現象は多過ぎていちいち覚えていられない、

 あの正義の味方なら気付くだろうか。

 

 

 その夜、

 紫織とシンペイは、ソファベットの両側に寝ていた。

 因みに色恋沙汰はない。

 というか、合気道をやっている3人に殺されたくないわけで、

 こっちも三森君との希望を捨ててない。

 非常サイレンが鳴り響き、起こされる。

 「・・・紫織ちゃん」

 「・・・ん・・何よ」

 「火事だって」

 「ちょっと〜 探偵がいることを無視して、事を起こさないでよ」

 「寝る前に船内を一回りしただけだから・・・」

 「ったくぅ〜・・・」

 「げっ! 4時半〜!」

 「・・・あと、5分だけ・・・」

 「死んじゃうよ」

 

 

 小島

 瀬戸内海で数メートルの高波は珍しい。

 “知らない海を〜♪ ながめていたい〜♪”

 思わず口ずさみ、自分で突っ込む。

 『何でこんなところに・・・』

 乗った船のエンジンが火災を起こし、漂流したのだ。

 ボートに乗って、この寒い冬の海に逃げたものの時化気味。

 消火は進まず、そのまま流され、瀬戸内でも珍しい高波。

 おかげで、受験前だというのに・・・水も滴る良い女。

 探偵もののシチュエーションとしては、悪くない。

 むしろ定石と言える。

 とはいえ、同じ救命ボートに乗った乗客の中に関係者はいなかった。

 船員1人、年寄り1人、そのお付き1人。恋人2人。父親、母親と息子、母親と娘。私の11人。

 「何でこんなことになったんだ!」

 「す、済みません、急に火災報知機が鳴って、消火しようとしたら爆発したので・・・」

 「責任を取れ責任を!」

 「す、すぐに助けが来ると思います」

 「朝まで来ないだろう」

 「だいたい、救命ボートを流されてどうするんだよ。非常食も全部ボートだろう」

 「はぁ 流れが強かったので・・・」

 「だいたい、誰も怪我してないのに医療ポット持ち出してどうするんだ」

 「それに、お前が持ってきたポットはコーヒーじゃなくて、これお湯だろう」

 「ま、間違えました」

 「バカか」

 「それより、冬の海でびしょ濡れなのよ。火を何とかしてよ。寒いじゃない」

 「」

 「」

 小さな無人島の小さな小屋のランプに火を灯すと10畳ほどの小屋だった。

 調理用のテーブル。食卓用のテーブルと椅子5つがあるだけ。

 大人たちが手持ちのライターで何とか枯れ木に火を付ける。

 もっとも、明け方まで持ちそうになかった。

 当然、船員は罵倒の嵐に晒され、

 あれこれ文句を言われて凹んでいる。

 あの騒ぎでお湯の入ったポットを持ってきた船員が偉いと思うが・・・

 ボートが流されたのも、船員一人の力では、潮に負けるだろう。

 寝ぼけながら逃げて、シンペイと逸れてしまった己の不覚と不幸を嘆く。

 携帯が鳴る。

 “・・・紫織ちゃん。大丈夫?”

 「うん、どこかの小さな島に流れ着いたけど、そっちは?」

 “まだ、高波の中だよ。こっちにみんな揃ってるよ”

 「そ、そう、気を付けてね」

 “もしも・・・い、や・・・紫織ちゃん、いままで、ありがとう”

 「また会えるよ」

 “うん、じゃ・・・”

 携帯が通じるのが救い。

 『シンペイちゃん、大丈夫かしら・・・』

 一緒に乗った客が携帯に向かって喚く。

 「・・・救助は朝〜!?」

 「風が強いから、ヘリが遅れるらしい」

 『シンペイのやつ、大丈夫かしら・・・』

 「明日の朝、天候が回復したら、迎が来るそうだ」

 「だけど、どうする。朝まで、この小屋で過ごすことになりそうだ」

 「船は?」

 「高波で駄目だと、瀬戸内海の船はそんなものだ」

 「瀬戸内海で高波になるなよ」

 『シンペイちゃん、大丈夫かしら・・・』

 「そういう事もあるよ」

 「無人の小屋にランプがあるだけだ。大したものはないな」

 「たぶん、釣り人が休むために作ったんじゃないの、盗まれて困るようなモノは置いてないよ」

 「小屋に野菜と塩と味噌が少しだけある。お湯があるけど、鍋がないな」

 「紙カップは人数分ありそうだな」

 「でも、何もないわ、何かの残り・・・」

 「味噌と塩・・・ナス、ピーマン、茎ニンニク、ネギ、乾燥ワカメ・・・」

 「お母さん、お腹空いた」

 高校生くらいの少年が母親に呟く。

 「無理よ、台所なんてないし、材料だって残り物だし」

 「お腹空いたな」

 やはり高校生が娘が母親に呟く。

 「我慢しなさい。夕食食べたでしょ。朝までまだ時間があるわ」

 「包丁もないじゃない。これじゃ 料理なんてできないわね」

 『シンペイちゃん、大丈夫かしら・・・てか、こいつら五月蠅い』

 「朝にはヘリか、救助船が来るらしい」

 「でも、こんな小さな島で夜明けまでなんて・・・」

 「・・・わたしが作るわ」 紫織

 「君、中学生だろう」

 「作れる人間が作るしかないでしょ」

 紫織は、味噌と塩と一緒にペットボトルに入れるとお湯を入れて振り溶かしてしまう。

 「味噌汁か・・・考えたわね」

 「でも野菜は生よ」

 「君。手伝うことあるかい?」 おじさん

 「そこのバケツに海水を4分の1」

 「わかった」

 紫織は、医療バックのハサミで野菜を細く薄く斬っていく。

 「にんにくの茎を縦に切ったか・・・」

 「ナスは、無理みたいね」

 海水の入ったバケツが届くと、

 紫織は、バケツの海水の中で薄切りのナスを潰す。

 お浸しのようにしたあと、ペットボトルに入れてしまう。

 「な〜る」

 お湯を足しながらペットボトルを振り、

 僅か、7〜8分でインスタント味噌汁を作り、

 「味噌と塩を多めに入れてるので、別個にお湯を足して飲んでください」

 ハサミでペットボトルの横から切りとり、味噌汁をコップに分けていく。

 「「「「「おー!」」」」」

 「美味しい」

 「なるほど、煮込まなくても、振ればそれだけ煮え易くなるわけか」 老人

 「御隠居。野菜が細く薄いので、むしろ、歯応えがあっていいほどです」 付き人

 「お母さんが作った味噌汁より美味しい」

 「清志!」

 「本当だ。こっちの方がおいしい」

 「奈津美」

 笑い

 「だってお母さんの作った味噌汁って野菜が丸ごと入ってるし」

 「き、切ってるでしょう」

 「小さい方がいい」

 「わ、わたしは忙しいの、習い事とかあるんだからね。無理言わないで!」

 「奈津美。あの子はペットボトルの口に入れるから小さく切ったのよ」

 「イ、インスタントだから・・・」 紫織

 紙コップ一杯の味噌汁でも、なんとなく、暖まる。

 「お母さんも今度からペットボトルでインスタント作って」

 「バカ!」

 笑い

 「インスタントの方が美味しいのか・・・」

 「清志、いい加減にしなさい」

 「僕、ああいう娘が良いなぁ」

 「駄目よ。清志、家は、3代続いた医者の家系なのよ、家柄とか大事なのよ」

 紫織は、上流階級そうなおばさんの批判的な視線に晒されたりする、

 「わ、わたし、貧乏貸本屋の家柄だから、お母さんの言うこと聞いた方がいいと思うよ」

 優男のように思えたが、真っ平御免蒙る。

 「ほら、清志。やめなさい」

 「お前が黙るんだ」 父親

 「あ、あなた・・・」

 「済まないね。お譲さん。美味しかったよ」

 客が口々に褒める。

 「どうも」

 こういう場所だと、人間の力が大きくなり、地位、名誉、財産は、相対的に小さくなり、

 たいていの客は、紫織を評価する。

 携帯が鳴る

 “紫織ちゃん。いま四国側の陸地に付いたよ”

 ほっ〜

 “迎えに来ていた警察に指定されたホテルで一泊するから”

 「そう、良かった。こっちは、天候が回復するまでかかりそう」

 外は霙交じりの突風だった。

 小屋の枯れ木が少なくなると、男たちは、椅子を壊して暖を取り始める、

 “それから、小滝ユウヤ、佐奈咲シズマ、増田ホウジョウの3人は、門獄島に行こうとしてるよ”

 「門獄島・・・」

 “こっちの漁船をチャッターしたみたいだ”

 「なんか、本格的ね」

 “でも、大手企業が所有している島なんだけど・・・”

 「はぁ なにそれ?」

 椅子が燃え尽きる頃、ヘリが小屋の上空を通過していく。

 「助かった!」 客

 「まぁ いいわ、詳しい話しは付いてからよ」

 

 

 救難ヘリが海岸に着陸する、

 老人と背広の男が群れの後ろからついて行く。

 「たまには小舟に乗ってみるもんじゃの」

 「御隠居。むかしとは違います。危のうございます」

 「なぁに生き死にの刺激があると気持ちが若返るの」

 「御隠居・・」

 「・・・あの娘・・・」

 「御隠居。気に入りましたか?」

 「・・・トライアングル殺人パズル事件を思いだしただけじゃ」

 「あ・・・」

 「堀のやつめ、恩人の娘なら、紹介すれば良いモノを」

 「堀代議士は立ち直るまで時間がかかりましたからね」

 「地元警察に圧力をかけたと聞いてます」

 「わしも味噌汁を馳走してもらった礼をせねばならぬの」

 「噂だと少し真面目な娘ようで、我々の思惑通りいかないかと」

 「真面目が好きなら真面目な仕事をさせれば良かろう。役に立ちそうな娘じゃわい」

 「役に立つ女は珍しいですからね」

 「わしも年じゃからの、若者が育つのは楽しみじゃ」

 救助された11人は、ヘリに乗ると四国のホテルへと飛び立って行く。

 

 

 

 火災を起こしたブルー・ベースは、船長と航海士が残っていて消火に成功していた。

 鎮火した状態で海上保安庁の巡視船に横付けされる。

 今回の事件で犠牲者はなかった。

 警察の事情聴取が終わると、

 取材陣が事件の主役たちを取り囲み、

 カメラの前で顛末を語り始める。

 ホテルの非常口

 紫織とシンペイ

 「門獄島は無人で精錬所跡があるくらいなんだけど・・・」

 「地図は?」

 「これ・・・」

 「なに考えているのかしら、企業の所有する島に無関係な人間が入り込むなんて」

 「釣りかも、そういう人もいるらしいよ」

 「私たちも釣りに行くしかないか・・・」

 「でも、大きな組織犯罪だと・・・」

 「そん時は、例え覚醒剤絡みでも回れ右よ」

 不意に後ろに気配を感じる。

 「わしらも途中まで連れて行ってくれんかの・・・」

 紫織とシンペイが振り返ると、肖像権を行使したがってる老人と付き人がいた。

 「途中までなら・・・」

 ぞろぞろ ぞろぞろ ぞろぞろ

 “どいう人たち? 見当付くけど”

 “僕たちに好意を持ってるけど、悪党だと思うよ”

 “客かどうかよ”

 “客・・・かな、知ってるみたいだ”

 “鴨ネギにされるのはいやよ”

 「・・・そういえば、お譲さんに味噌汁のお礼をせねばならんの」

 「インスタントですから御気使いなく」

 「そうかの、インスタントでも、あの場での時価は高い」

 「そして、爺の一時を安らげさせた対価も大きい」

 「爺さんに。御譲さんとその連れにアユを馳走させておくれ」

 「いえ、お気遣いな・・・」

 紫織とシンペイの目の前に黒塗りの6輪ロールスロイスが止まる。

 『くそじじぃ〜』

 「・・・御馳走になります」

 日本という国は、権力者に歯向かうと地位を失い。

 お金持ちに逆らうと日干しにされる。

 提案とはいえ、資本主義世界の鉄則に背くと生皮で首を締められる。

 百獣の王に魅入られた子羊といった光景で、

 爺には、有無を言わせない力があった。

 

 

      

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 月夜裏 野々香です

 爺は、日本のフィクサーでしょうか、

 かなり危ない爺さんと出会ってしまいました。

 人と人との出会いは一期一会、

 とはいえ、良い出会いもあれば、悪い出会いもある。

 世の中、出会わなければ良かったという人間もざらですから、

 紫織は、ちょっと、ピンチかも

 

 

 

  

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第58話 『人の形をしたモノたち』
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