月夜裏 野々香 小説の部屋

     

現代小説 『紫 織』

     

第61話 『駆け抜けろ、青春!』

 21世紀初頭、

 日本は、政官財の癒着と、天下りと世襲の既得権益により新興勢力が削がれていた。

 高齢化による指導力の低下と、

 画一化した教育は開発力を失わせ、

 子供の減少は、競争力を低下させていた。

 過剰高品位な商品は、小粒高額となって家計を圧迫して、多産を抑制し、

 ますます、少子精鋭化の傾向を強めさせた。

 子供を日本の宝と言いつつも大切に育てるあまり、無菌化、

 安心マニュアル教育の画一化で、神経質で精神脆弱な人間性を作り上げ、

 自立を阻害し、独り善がりと無気力を増大させていた。

 少数精鋭であろうとなかろうと、社会構造がピラミッドである限り、

 現場知らずの純粋培養な頭でっかちは、社会を構造を瓦解させかねないし、

 手駒の減少は、国力減退に繋がる。

 こういった趨勢は、政府、教育界だけでなく、親の支配とエゴも反映している。

 マスメディアの発達は、複雑な心理や人間模様が省き、

 画像処理化した単純単調なキャラを焼きつけ、子供の指標にさせていくなど、

 教育よりはるかに大きな影響力を視聴者に与えた。

 高い視点と多角的な視野は阻害され、

 脆弱な新芽は、親のエゴに振り回され、

 愚かしいほどの保身で歪められた社会と、

 生活水準を押し上げようとする老害に吸い上げられ、

 若い命は、刈られるばかりの・・・

 

 道善高校 校長室

 「この娘は、どうかね」

 「合格ラインですよ。中の下あたりですが」

 「それは良かった」

 「また、圧力ですか?」

 ごほん!

 「・・・でも、この娘・・・古本屋の主人みたいですけど、身寄りなしですよ」

 「今時のチェーン店でもない古本屋なんて斜陽だし」

 「入学金とか月謝とか大丈夫なんでしょうかね」

 「たぶん、問題ないだろう」

 「まさか、校長の個人のやましいコネでは?」

 「はぁ? まさか」

 「しかし、宗仙でも入学させられそうな3ヵ所から声がかかってね」

 「そりゃ また豪勢なコネですね」

 「しかし、学園運営は生徒数減少で息も絶え絶え」

 「ステータスぶってもいられない今時、圧力なんて・・・」

 「そういうわけで、合格させておいてくれ」

 「合格ラインは超えてますし、依存はありませんよ」

 入学願書に判が押され、事務に回されていく、

 

 

 節目と節目の間に休息がある、

 中学から高校に上がる際にも骨休みができる期間があった。

 入試が終わり合否が発表されると、早や、消化するだけの登校となって、

 高校の入学式まで骨休めの気分だった。

 紫織は、道善高校の掲示板で自分の名前を確認すると・・・・

 友達と喜びを分かち合う、

 そして、報告する身内がなかったことを気付かされる、

 取り敢えず、法定代理人に合格したことを伝えると、

 “それは良かった” と、簡潔な言葉で済まされる、

 佐藤家が圧力をかけたのかと疑いたくなるが、取り敢えず、合格だった。

 実力で入学できたのではないと疑い始めると、

 道善高校の門と敷居が高く感じるのだから不思議だ。

 「エミちゃんは、どうだったの?」

 「わたしは成績一位だから、特待生だって」

 「「「・・・・・」」」

 お金持ちで美人で才女とは羨ましい・・・

 

 

 

 冷たかった風が弛み、日差しを感じやすくなっていく、

 こもれび商店街の春は、桜の花芽が膨らみ、

 新しい生命の息吹と、希望を感じさせる、

 いつも慌ただしく過ぎ去っていく季節も、

 16回目の春ともなれば初々しく迎える気持ちにもなった。

 目の前のクライアントが礼儀正しいと思えたのは最初だけ、

 利害が絡むと飾った表情に隠した本音がチラホラと・・・

 「・・・主人の浮気を何としても押さえてください」

 「ええ、もちろんです」

 「それで、相手の方に心当たりはあるのですか?」

 「いえ、携帯をちらっと見ただけなので、フユミとしか」

 「浮気の相手はフユミかもしれない、ですね」

 「ええ」

 「そ、それで、上手くいけば、有利に離婚できるのでしょうか」

 「え、ええ・・・まぁ 双方の言い分が比較されると思いますけど、法律上は、有利だと思います」

 「もう、あの人ったら、酷いんですよ」

 「幸せにしてやるだなんて、嘘ばっかりで・・・」

 「食事を作っても美味しいの一言もなくて・・・」

 『不味いんじゃないのかしら』

 「35歳で係長なんて、恥ずかしくて恥ずかしくて・・・」

 『いまどき、リストラされないだけ、上等でしょう』

 「残業だなんて嘘ついて、外で何をやっているんだかわかったものじゃないでしょ」

 「休みになると外に逃げるように出ていくし」

 「家にいたら家のこと何もしないでゴロゴロして・・・」

 『一家の主人として当たり前の行動よ』

 「それに加齢臭が酷くて酷くて・・・」

 『はぁ・・・』

 「救いは生命保険に入ってる事かしら、離婚したら貰えなくなるんですか?」

 『でたよ・・・』

 「・・め、名義が変わるとそうなるかもしれませんね」

 「それ、なんとかならないかしら」

 『もう、あんたをなんとかしたいわ』

 「そ、そうですね、法律事務所に伝手があるので調べておきます」

 「と、とにかく、夫の浮気をなんとかしてください」

 「はい、然るべく」 ニコッ!

 クライアントが出ていくと、

 別室から佐藤エミと安井ナナミが現れる、

 「・・・はぁ 自分が腐っていく気分だわ」

 「なんとか、って。慰謝料ふんだくった上に、夫の保険金も欲しいってことかしら」

 「もう、日本は滅ぶわね」

 「国防以前に日本人が腐ってるわ」

 「この前のクライアントより、マシだったかも」

 「「「あははは・・・」」」 ため息

 「金の手先、クライアントの手先か・・・」

 「いい加減、転職を考えたくなるわね」

 「うちの組は困るな、若手の小遣い稼ぎだから」

 「ふっ なんか、旦那に同情するわ」

 「旦那が金くれるなら、旦那の味方をするけど」

 「現実は、彼女が金を出すんだもの」

 「それだって、旦那の稼いだ金でしょ」

 「旦那さんに呪われる側の人間か。なんか、私たち、死んでもいいとこいけないわ」

 「この歳で胃潰瘍になったら、馬鹿で傲慢で怠惰なクライアントのせいね」

 「もっと、こう、人生を誇れて高揚させてくれるような仕事はないの?」

 「な、い、こ、と、も、ない、ことも、ない・・・」

 「紫織ちゃん、歯切れが悪いわね」

 「・・・・」

 「「・・・・」」

 「・・・・」 ため息

 

 

 

 こもれび古本店

 鏡に映った姿は、道善高校の女子高生、

 一年B組が紫織のクラスだった。

 生業だけだったら高校進学は無理だったかもしれない、

 副業と裏稼業で稼いだ収入で高校に行ける、

 というより、かなり余裕、

 とはいえ、鏡に映る少女は、希望と不安の新入生ではなく、

 浮世の荒に揉まれて悄然としており、

 学業と生業を両立できるか不安な表情の女の子の顔だった。

 

 道善高校一年B組

 新しい制服、新しい教科書、新しいノート、

 席は右斜め後方と良くも悪くもない、

 自分で授業料を払っていると、元を取るため、少し、前向きになれた。

 目新しい高校生活と、新しい出会いは、節目と同時にハードルだった。

 まぁ むかしを引き摺るのも人生で、佐藤エミ、足立クミコ(元緑中)が教室にいる。

 他にも淀中で知ってる顔がチラホラと・・・

 クラスメートたちは、自分のキャラ作りを模索しつつ、

 新しい人間関係と、気の合う仲間を作るため用心深く動き回っていた。

 「生徒会がエミちゃんを引き抜きたがってるみたい」 と足立クミコ

 「光誠狙えたのにランク二つ落として道善だから、一般生徒との差が大きいわね」

 「特待生だし、能力値の高さって、チャンスが巡ってきやすくなるから重要ね」

 「身に付けたモノに比例して人生に積極的なれるのかも・・・」

 「優秀で誠実な人間を引き上げるのが世の中を良くする秘訣よ」

 「でも、エミちゃんって暴走族を同士討ちさせたり、かなり腹黒だったと思ったけど」

 「美人で猫かぶってたら、見た目分かんないじゃない」

 「あそこまで行くと普通の生徒は刺激より諦め感ね」

 「紫織ちゃんも頑張らないと、威信喪失よ」

 「ていうか、実力的に、私が、こもれび代表なんだろうと思ってしまうのは、なぜ?」

 「おいおい」

 「成り行きね。きっと・・・」

 「はぁ〜 もう少し覇気が欲しいわね。あ、紫織ちゃん、あそこ、馬宮先輩よ」

 足立クミコは、運動場の一角を見つめていた。

 バレーを楽しむ男子生徒の中に正義の味方がいることに気付く、

 黄色い声援は、馬宮シンイチに集中している、

 「へぇ〜 結構、モテそうね」

 「放課後は、矢矧探偵事務所に直行でアルバイトみたいね」

 「ふ〜ん、モテるのにデートの暇もナシか・・・かっこいい」

 「クミちゃん、彼氏いるのに、かっこいいとか・・・」

 「いるけど、かっこいいのは事実よ」

 「なんか、平穏・・・」

 「中学入学の時と違って差別されてないし、平穏なのがいいわね」

 「もう、小学校の頃のことなんて、昔の話しだもの、当事者以外は、みんな忘れてるよ」

 「ふっ 殺されかけたことね」

 「マスコミに流されて人物評価してしまう世間に呆れたけど」

 「紫織ちゃんの場合、世間を見限ったんじゃない?」

 「世間を敵視する人間が現れる気持ちもわかった気がする」

 「ところで紫織ちゃん、高校生活はどうする?」

 「どうするって?」

 「教室だけの高校生活って薄っぺらじゃない。部活よ」

 「時間ない」

 「私は、文芸部かな」

 「もう、こもれび日帰り旅行はネタ切れよ」

 「そ、そうなんだ・・・」

 「沢渡先生も苦心惨憺だから、私と一緒に文芸部よ」

 「副業ピンチね。私たちの副収入も・・・」

 「こもれび商店街特産の情報誌もこれまで?」

 「アイデアを絞り出してみるけど、限界に近いわね」

 「広告を入れるなら、商店街組合の全面バックアップが期待できるけど」

 「内容に干渉されると、やる気喪失するし、面白くないな・・・」

 花の女子高生は、嘘と誇張と利害が絡んだ広告産業に馴染めない、

 「・・・だよねぇ」

 そういうのは、社会人になってからだろう。

 自転車操業中の商店街のおじさんと、おばさん連中が、もの言いたげな表情で黙ってるのも

 こちらが学生だからに過ぎない、

 「部活か・・・」

 「紫織ちゃんの部活は、闇稼業でしょ」

 「あはは・・・」

 「そうだ。学食のうずらパンが道善高校の名物だって」

 「そ、それは、是非、試食してみなくては・・・」

 足立クミコとA組の沢渡ミナは、副業だけの付き合いだった。

 裏稼業で付き合ってる佐藤エミは同じクラスで、安井ナナミは、C組だった。

 たまに古本業の提携で交渉に来る国谷ヒロコはA組、

 鎌田ヨウコは、執念の甲斐高校入学で古賀シンペイと同じ高校、

 三森ハルキは、光誠高校

 そして、沢木ケイコと中山チアキは・・・・

 

 

 C組の安井ナナミは、のんびりと同級生を観察する、

 暴力団系の娘であることが少しずつ知られていくらしい、

 新しい場所にきても、腫れ物に触られるような気配が少しずつ広がっていく感覚は、いつものこと。

 観察するのは、こもれびにリクルートできそうな人材がいるかだった。

 組の人材で、こもれびに移籍したがっている若いのがいるけど、

 兄の手前、やめておく方が無難だろう。

 配信を引き受けてる富田サナエは、効率よく手配しても仕事量が増え限界に近付いてる、

 その上、このまま、茂潮と古賀依存の配信だと、砂上の楼閣な探偵事務所になってしまう・・・

 自分が高校卒業すれば、そちらを手伝えるかもしれない、

 どうせ、高校を卒業すれば進学するか、

 このまま、こもれびの副業と闇稼業で行くか、

 一般就職でいくか、

 それとも暴力団系企業で、お茶汲み仕事をするかだ。

 高校を卒業すれば、もう少し社会的にも認められやすくなるし、活躍の舞台も広がるだろう。

 しかし、女だとどうしても信用で低下する、

 とはいえ、優秀な人材をリクルートすると自分が干される可能性が大きくなる、

 『どうしたものか・・・』

 『なんか、欠落してるな・・・』

 数人の同級生女子がヒソヒソと、男子たちの目踏みをしていた。

 『そうか・・・女子高生と言えば恋愛か・・・』

 『なんとかく〜ん、ぴとっ! なんて・・・』

 ちょっとだけ、頬が紅くなり、周りを見渡すが同級生男子は色褪せて見えた。

 「・・・・・」 ため息

 

 

 こもれび古本店

 “のらくろを見せて欲しい” が合言葉でクライアントが二階に通され、

 四国からの依頼が舞い込んだ。

 回転焼きの甘みと、梅こぶ茶の風味を楽しみつつ、依頼内容が検討される。

 「仕事は、荒事じゃなさそうね」

 「こういうのは分業だもの」

 「私たちの仕事は、まとめ役と情報収集と配信が主だし」

 「でもねぇ 敵味方は成り行きと条件次第だし、随分曖昧な依頼ね」

 「ふっ ドラマじゃあるまいし、世の中、善悪で割り切れるものじゃない」

 「でも利害も不確かだし、信念を持ってやってるの、一握りに過ぎないわね」

 「まぁ 先行された依頼がそっち側だっただけかな」

 「あら、うちの組は、全面支援よ」

 「うち系列も同じかな」

 「まぁ 面白そうだし」

 「なんか・・・維新志士とか、新撰組のノリでやるのやめてくれる」

 「ドラマじゃ駆け抜けた青春なんていってるけど」

 「失うモノのない浪人のドサクサ成り上りじゃない」

 「まぁ 紫織ちゃんたら、なんで、そんなに冷めちゃったのかしら」

 「そうそう、若いんだから、血を騒がせなきゃ」

 「このまま保身だけの生活に流されてたら、腐って澱んだ連中と同類になるだけよ」

 「きっと、世知辛い世の中で、人生を賭けるような夢を失ってしまったのね」

 「ゆ、夢と正義感は、ネットゲーとか、アニメで憂さ晴らしがあるし」

 「あのね、受験が終わっても仕事がつっかえてるんだから、そんな余裕ないでしょ」

 「日本人ってなんの為に戦うかより、適当な正義感で戦うことに意義を感じやすかったり」

 「外圧がないと変わらない、事勿れに流される民族なんだけど・・・」 ため息

 「じゃ このまま大義も誇りも持てない腐れた仕事を続けるつもり?」

 「そうよ。なんで、爺さんの依頼を受けたのよ」

 「だって、怖かったんだもの」

 「「「「・・・・」」」」

 「凄い、怖い爺さんだったんだからね」

 「「「「・・・・」」」」

 「とにかく、紫織ちゃんが爺さんとのパイプなんだから、しっかりしなさい」

 「そうよ。秘密を知ってるのに、ここでヘタレたら社会的に抹殺されかねない相手だからね」

 「ぅぅ・・・」

 「荒事兼任の幸城は、どっちだろう」

 「たしか、うちと同じよ。先着依頼優先」

 「敵に回ると面倒だから、依頼の一つを幸城に出しときましょう」

 「とりあえず、クライアントが準備した東京の足場を確認しないと」

 「・・・ここ、一等地のビルオフィスじゃない、どんだけ金が動いてんのよ」

 「「「「・・・・」」」」

 「地区の横の繋がりは、この三つだけ?」

 「茂潮さんの調べだと、この地区だけで20倍の規模があるはずだけど」

 「こもれびが、まだ信用されていないだけでしょう」

 「依頼の遂行具合で、繋がりが増えていくんじゃない」

 「それにヤバいグループとの接触は、味方でも避けた方がいいし」

 「ヤバいって、幸城、榛名社の弐沢、ロン・ムーロンのクラス?」

 「はっきりいって、女子供だけだし、味方でも近付きたくない人たちね」

 こくん、こくん

 

 

 

 甲斐高校

 1年A組 古賀シンペイは、前列窓際の席に座って外を眺めていた。

 同じクラスになった鎌田ヨウコとそれとなく話し、 

 同級の男子たちとも親睦を深めていた。

 「萌え喫茶 “萌え萌え” っというのがあって・・・」

 「「「「おぉおおおおお〜」」」」

 「そこでは・・・・」

 「「「「おぉおおおおお〜」」」」

 「それで・・・・」

 「「「「おぉおおおおお〜」」」」

 「それで・・・・」

 「「「「し、師匠! 連れて行ってください!」」」」

 こんな奴らが果たして世の中のためになるのだろうかと冷ややかな視線に晒されつつ、

 オタク達は、群れをなし寄り道街道を歩いていく、

 「蒲田さん、あの男子が気になるの?」

 「えっ い、いいところもあるのよ」

 「男は、いいとこだけじゃねぇ」

 「そ、そうなのよねぇ・・・」

 

 

 喫茶 綾波

 酸味と甘い香りが喉越しと一緒に広がっていく、

 砂糖はスティックシュガー3分の1、

 クリームカップは、掻き混ぜず半分を垂らすだけ、

 特に拘りはなかったものの、一番美味しいと思う分量に落ちつく、

 キリマンジャロは、いつものコクで安らぎを与えてくれる。

 テーブルの向こうに座る女子大生の富田サナエは仕事の配信者、

 自分は、受信者という関係だった。

 無論、依頼を受けなければ、老後の安寧はなく、

 依頼を受けるつもりだったものの、

 『女子供の組織が、ここまで国勢に関わってるとは・・・』

 国勢といっても国家権力を握る党利党略な権力闘争でも、

 国家予算を奪い合う政財官が絡んだ利権抗争でもない、

 副次的で、政争の焦点から外れた、それでいて、確執が強まっている事柄・・・

 中央と地方の利権争いだった。

 当然、争点ではない、

 与野党の両派閥に分権派の不満は隠然として存在しているものの

 分派を起こすほどの主流ではない、

 依頼内容は、中央の邪魔な既得権勢力を切り崩し、

 分権派が中央の上位層に食い込む事柄だった。

 とはいえ、分権派でも、中央に行ってしまうと集権派に引っくり返る歴史が繰り返されている、

 同時に権力と財力が集約された東京を疎ましいと考え、分権を望む声は常にあった。

 まぁ どこかの企業を潰しての統廃合で粗利を得ることも、

 どこかの家庭を潰して、家財の分け前を貰うことも、

 いい加減飽きていた頃でもあった。

 集権派にも分権派にも正義はなく、

 理念と利権が複雑に絡んだ問題でしかない、

 国民が損するか得をするかというより、国と地方の争いの様なものだ。

 巻き込まれる国民は不幸なことこの上ないが、

 中央に集まった利権が再分配されればドサクサに紛れ・・・・

 「・・・この依頼引き受けますよ。こもれびさん」

 「よろしく」

 そういうと、富田サナエは喫茶店を出ていく、

 

 

 東京の高層ビル

 とある関係者たちが集まるパーティ会場・・・

 巨大な窓から巨大な社会基盤が地平まで広がっていた。

 これが高度経済成長の末、敗者の犠牲と、赤字国債を代償に築き上げたモノだとしたら、

 敗者は祝福し、犠牲者は浮かばれるだろうか、

 誰しもが利権を巡って血眼になり、時に他人を蹴落とし、

 地位をえるため弱者を踏み躙って暴走した。

 少子化と高年齢化による歪みは広がり、

 ツケの赤字国債は国民に重くのしかかっている。

 過去、経済破綻は、国家の軍国化を招いた。

 しかし、高年齢化と貿易国家で成り立つ日本で、軍国化は望めない、

 日本は、過去においても現在においても未来においても十分な資源を産することなく、

 交易によって近代化が成し遂げられた。

 そう、日本は、砂上の楼閣のように脆い社会基盤で成り立っていた。

 資源が止まれば、社会基盤も全て止まる、

 少子化は未曽有の危機を招きかねず、

 党利党略と政財界の利権抗争に政治と政策が振り回される、

 肝心の国家の道筋は、大海の木の葉の如く流動的なものだった。

 中央集権化することで、国家の運営の方向性を見定め泣かれ場ならないと考える一派と、

 分権化による中央と地方の歪みを解消し、全国的な民間活力を望む一派がいた。

 むろん、権力闘争は、主義主張を越える、

 権力を得るためには右でも左でもよく、

 その時その時で有利な側に付くのが処世術といえた。

 その現状の連続が招いた結果だとするなら、責められるべきは・・・・

 「四国の爺さんは、海難事故に巻き込まれたそうだが動きは?」

 「いまのところは、前哨戦に終始してるようです」

 「見舞いは、出しただろうな」

 「はい」

 「ふっ 爺さんの言い分はわからんでもないがね」

 「まだ駄目だ。まだ・・・」

 そう言い続けてきた中央の歴史だった。

 そう “まだ” と “よし” を決めるのは、勝った者といえる。

 臭気漂う東京圏のどこに希望があるのか、まだ分からない、

 しかし、集約しなければできないことが幾つもあった。

 慌てることもあるまい、

 分権が始まれば、その混乱が何世紀続くか、わかったものではなく、

 その分権の悪影響は、集権の悪影響よりましだと誰も予想できず、

 保障し得ない事柄だった。

 

 

 

 東京

 芸能界は常に個性の競争を強いられる、

 というのは半分嘘で組織力で人気が作られているといっても過言ではない、

 バックの組織力、コネが強ければ、それだけ底上げで加算される。

 個体差の純粋な競争が阻害され、

 既得権益者が楽をし、配信元がつまらなくなってしまう傾向も生まれる、

 つまるところ、素材がある程度の光る個性があるなら、

 組織力の勝負が日本の芸能界と言える、

 某芸能プロダクションの女子寮に3人の女の子が並び、

 部屋に案内される、

 沢木ケイコと中山チアキは、武闘系アイドルという珍しいジャンルで芸能に食い込んだ。

 タイプが違う事が二人を両立させ、映像だと敵味方に分かれて戦うパターンになった。

 「鹿島も、チョイ役で出られるみたいよ。悪役で」

 「いいわね、役作らずそのまんまで・・・」

 鹿島は憮然と携帯を睨んでいた。

 「・・・・本庁二課の楠カエデと会ってくる」

 「ちょっと鹿島、付き人なのに私たちを置いていく気?」

 「だって、芸能と関係ないことだし。それに私の付き人は名目上だし」

 「二人には本物の付き人がつくでしょ」

 「一緒に行きたい」

 「うんうん」

 「駄目よ。二人とも目立つから」 にや〜

 「ブ、ブスに変装するくらいできるわよ」

 「でも八頭身は変えられないわね」

 「それに練習があるんじゃない、タレントとしての」

 「「・・・・」」

 「いくら武闘派美人が珍しくても怠惰してると干されるからね」

 「差し入れのジュースはバックに入れてるから」

 「あと、こもれびの投資を無駄にして欲しくから美味しいもの出されても食べ過ぎないでね」

 「「・・・・」」 憮然

 

 田舎から東京に出てきたばかりだと右も左もわからない、

 もし仮に歩いてる人間に道を聞いても、ほとんどの場合、よく知らない、

 実のところ、地方出身者が寄り集まって東京を作っていた。

 しかし、携帯を見れば現在位置がわかり、

 目的地を入力すれば、路線まで表示される、

 そういう時代だと、注意しなければならないのは、危害を加えそうな人間、

 そして、人を惑わせる人間だった。

 東京に来て感じるのは、閉塞感と圧迫感と孤立感、

 誰しも成功を夢見て上京し、夢と夢が衝突し、多くが夢砕かれ、自己満足な敗者となって漂い、

 あるいは敗残兵として帰郷していく、

 成功者はごく一部でしかなく、多くの者たちが東京の肥やしにされ、

 人が腐るほどいても砂漠に1人でいるような気分にさせられる、

 澱んでいると感じるのは空気のせいか、無機質に擦れ違う人々のせいか、

 迎えの車が鹿島の目の前に止まり、後部座席に座る、

 「久しぶりね。鹿島さん」

 「そうね・・・」

 鹿島は、面白半分に婦警に手錠を掛けられたせいか、心臓が強くなってると感じていた。

 むしろ、自分の性格的な変化は、あの時からと言える、

 「こもれびは、大衆操作に介入するの?」

 「みたいね」

 「地方分権は、政争の焦点じゃないけど本質的な問題だから燻ぶってるし」

 「業界は派閥が入り組んでるし、離合集散が激しいから気をつけないと寝首をかかれるわよ」

 「・・・・・」 ため息

 「後悔してる?」

 「まさか、お姉ちゃんのことでゴタゴタしてたから、丁度いい機会と思ってる」

 「そう・・・」

 「でも、世論を煽ったくらいで国は、どうにかなるのかしら」

 「その筋だと、マスコミの影響力は5パーセントから10パーセントと言われてるわ」

 「つまり、利害が拮抗してる勢力がぶつかるとき、世論は大きな加勢になる」

 「相場とも連動してるし」

 「国家予算で5パーセントから10パーセントの上背を稼げるなら利害関係者は懸命になれるじゃない」

 「警察も?」

 「あら公僕は中立よ。でも、警察派閥って、あるから・・・」

 「警察の存在価値を高めてくれる配信元とは仲がいいわね」

 「それで楠カエデ警部補は、どっちに付くのかしら」

 「あのねぇ わたしだって、公安経由で、やっと実態を掴めたんだから、世の中に、びっくりよ」

 「へぇ〜 キャリアでも知らないことがあるの」

 「なぜ、爺さんの名前を知ってるのかって、公安に問い詰められたくらいよ」

 「・・・・」

 「中央権派と地方分権派の争いか・・・」

 「有耶無耶に誤魔化してきたことだし、公安にも睨まれたし、どちらとも関わりたくないのよね・・・」

 「警視庁も分かれてるわけね」

 「中央と地方の対立なんてデリケート過ぎて表立って話題にしたくないだけよ」

 「できるなら、なあなあの事勿れで行きたい事柄だし」

 「確かに・・・」

 「だいたい、紫織ちゃんは、なんで、あの爺さんと会ったのかしら」

 「偶然でしょ」

 「虎の尾を踏んだ気分ね」

 「そんなに怖い爺さんなの?」

 「庶民は関わらない方がいい爺さんよ」

 「まだ、強硬派やテロしてる犯罪者の方が可愛げがあるわ」

 「本人も四国の隠居とか呼ばれて隠れてるけど、政官財のネットワークは列島全域に及んでる」

 「でも、地方も中央依存で無責任運営していたツケでもあるし」

 「グループ的には3割自治から4割自治が目標みたいだけど」

 「中央は腫れ物に触る感じだし。収入の少ない借金貧乏自治体は戦々恐々かな」

 「まぁ 依頼は依頼だから行き掛かり上、紫織ちゃんにつくけど」

 「警察内部も派閥で複雑だし、公僕として限度があるからね」

 「今のところ、それでいいわ」

 「鹿島さんも新人タレントの面倒で大変ね。しばらく東京でしょ」

 「二人の訓練と撮影を含めて東京は1ヶ月くらいいて、富田さんと交替」

 「そう・・・中央で人気を稼いで、地方に比重を移すわけ」

 「他にもいろいろ・・・あれこれと・・・」

 「中央が権力闘争に明け暮れていたら、応仁の乱みたく、地方が嫌気がさして荒れるのも仕方がないか」

 「警察庁も、そんな感じ?」

 「さぁ・・・でも中央への集約が進み過ぎて、坪単価は大き過ぎて利権の売買しか元を取れなくなってるし」

 「権力闘争は見境なく醜悪になっているわね」

 「誰かが積み上げられた権力と金の塔を壊さない限り、利権が積み上げられ続けるし」

 「そこに居座る者が利権を握り続ける」

 ショーウィンドウの光が灰色の街を照らし、影を作って闇を広げる、

 赤光を追いかけ、無数の白光と擦れ違っていく夜景がどこまでも続いていた。

 徳川幕府以来連綿と続く、権力の東京集中、

 日本の中心が関西にあったことは、歴史のかなたに追いやられていた。

 金を渡しても権力の地方分権はなされず、

 中央の既得権と地方の確執は、地域格差を広げる、

 不公平感は蓄積され、反発は大きくなり、

 軋轢が限界に近付くにつれ、不正と腐敗も大きくなっていく、

 歪な人間関係が作られ、踏み躙られる者も増えていく、

 そして、軋轢を解消しようと、地方の分権派が首をもたげる。

 そこには、不確かなエゴと利権争いがあるだけで、善も悪もなかった。

 「少しは、懲りればいいのよ。あの馬鹿ども・・・」

 「ん、なに?」

 「なんでもない、中華でも食べに行きましょう」

 「まかせる」

 東京は、紫織と、その仲間が分権派の依頼を受けたことを知らない、

 

 

 

      

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月夜裏 野々香です

 なんとなく、列島規模の派閥抗争になってきました。

 幕末の薩長と幕府の戦いに隠れ、攘夷派と開国派の抗争が行われていたように、

 表向きの与野党対立の陰に隠れ、中央と地方の権力抗争も行われているわけで、

 主流な権力闘争の争点でなく、副次的な焦点のためか、

 幕府と倒幕のどちら側にも攘夷派と開国派が混在していたように

 与野党のどちら側にも中央派と分権派がいる構図は変わらずです、

 紫織は、触れてはいけない、地方分権派側の依頼を受けてしまったようです (笑

 なんも考えず駆け走るのが青春ってでしょう。

 そういえば、新撰組とか、維新志士とか、主役に焦点を当てたモノは多いようですが、

 主役は馬鹿一直線で周りは引き立てるばかり、

 悩み脅え迷いながら手伝う周辺の人たちを題材にしたモノはないようで・・・

 

 

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