月夜裏 野々香 小説の部屋

    

架空歴史 『釈迦帝凰』

 

 

 

 西洋欧州大陸、

  フランス=スペイン同君連合とイギリス=オランダ同君連合の対立軸が作られ、

  勢力争いは新大陸へと波及しつつあった。

 

 中洋インド大陸、

  ムガル帝国とドラヴィダ4ヵ国同盟は、マラータ戦後、疲弊し、

  軍事的な緊張関係が低迷し、経済的な躍進が始まろうとしていた。

 

 東洋東アジア大陸

  清国と日本の朝貢問題が燻ぶり続け、

  ロシア帝国は、北方大戦争と対オスマントルコ戦を終息させると、

  未開地の東方へと勢力を伸ばそうとしていた。

 

 第09話 『そんな時代の西遊記』

 この時代、次男以降は、家を守る予備でしかなく、

 女子は、さらに価値が低かった。

 鬼婆は、実在し、

 暗黙の了解で赤子が押し付けられた。

 彼女が手心を加えれば、次は、婆捨て山、爺捨て山だった。

 その後も、幼い間は、不作と人口調整のため、始末の対象となった。

 しかし、そういった状況も、時代とともに変化していく、

 商人たちは、商品産業を発達させ、流通を増やし、貧富の格差と雇用を作り出し、

 日本人の生活圏を米の採れぬ地、蝦夷、樺太へと押し上げていた。

 商人たちの起こした商品経済は、寒冷地の商品作物を増やし大都市へと輸送した。

 結果的に米以外の食物が街に溢れ、

 豪商たちは価格競争し、農作物の価格を押し下げてしまう。

 食料の増加によって、鬼婆の手心は増え、

 間引きが減り、増加した人口は街を大きくしていく、

 そして、広大な農地がある外地へと日本人を雄飛させ、

 国外に住む日本人を増やしてしまう。

 

 この時代、

 船数で、ムガル、清国、タミル、フランス、日本、

 スペイン、ベンガル、イギリス、オランダ、マラヤラムの順であり、

 船腹で、清国、ムガル、スペイン、フランス、イギリス、

 日本、タミル、ベンガル、オランダ、マラヤラムの順だった。

 国家の海運は、まず交易の必要性で、

 森林を躊躇なく伐採できる意欲と決断力と、統制能力、造船能力、操船能力だった。

 ガレオン船は、制海権と直結し、

 造船競争は、年々苛烈していた。

 しかし、森林を伐採すれば船の材料が減り、

 無理をして、一時的に海運で優位に立てたとしても、

 次の半世紀は、船の材料となる森林が失われ、海運が消えてしまう恐れもあった。

 

 

 揺れる船上で山蔵、護空、沙五条、白海は、向かい合い目を閉じる。

 修験者たちは、己が体を鍛え、心を研ぎ澄まし、

 視神経から得られる五感を静かに先鋭化させていく、

 第五感では、原因に辿り着けない結果を第六感で知覚する。

 それは、自己の視点と視野と視界を広げ、

 時に自我を身体から切り離した。

 また、第七感と呼ばれる時空を超越する大局観的な無我の境地に至り・・・

 「「「はっ!」」」

 「8ッ!」 「5ッ!」 「9ッ!」 「7ッ!」

 片手の指を立て、その数を合計した数を当て合う。

 「「「・・・5・・・」」」

 「ふっ」 にや

 「「「流石、師匠」」」

 この時代、まだジャンケンはなく、

 拳遊びは、即興で勝負を決める時に使われた。

 「6ッ!」 「9ッ!」 「7ッ!」

 「よっし! 7だ〜♪」

 「「ちっ!」」

 「4」 「3」

 「げっ!」

 「やった〜♪」

 「では、白海が船に残って、積み下ろしと荷上げだな」

 「が〜〜ん!」

 「山蔵様。手伝いは、よろしいですのに・・・」 艦長

 「いえ、要件があるのはインドとローマのみ」

 「ほかの港では、船の手伝いをせねば・・・」

 「それに、こういう勝負事も修行なのです」

 「そうですか、人手があると助かります」

 18世紀、日本の造船技術は急速に向上し、

 航海の安全性は飛躍的高まっていた。

 300トン級スクーナー型帆船 “玉龍” は、横風を受けつつも、

 かろやかに波を蹴立て・・・

 「でかいな・・・」

 「ええ・・・」

 山蔵たちは、船を影に落としたモノ・・・

 清国海軍の7000トン級鄭和型ガレオン帆船を見上げる。

 「山蔵様。大きいだけで軍船にも、商船にも使い難いのです」 艦長

 「ですが幕府は、鄭和級を恐れているようでしたが?」

 「恐れているのは、鄭和級の上陸作戦でしょう」

 「撃沈は、不可能ですし。数万の清国軍を上陸させられます」

 「ほおぉ〜・・・」

 「しかし、こんなに大きな船を・・・」

 「このスクーナ船が恐れるとしたら」

 「小回りが利いて強靭な、あのくらいのジャンク・ガレオン船でしょうね」

 艦長は、1000トン級ほどのジャンク・ガレオン船を指差した。

 

 玉龍は、八島(舟山)に入港する。

 そこは、星型要塞と化した八島城を中心に栄えた街で人口は30万に達していた。

 それは、江戸の人口に及ばないものの大阪、名古屋に並ぶ大都市となっていた。

 29万人が日本人であり、

 残り1万が中国人、タミル人、フランス人と国際的だった。

 酒場は、酒を飲むためだけに存在していない。

 情報収集のための場でもあった。

 「スペインのマニラ・ガレオンが消えたらしい」

 「ほう、マニラ・ガレオンと言ったら、この辺の海では、最強の軍船だぞ」

 「オランダがインドネシアから退いて」

 「ポルトガルがシャムから退いたとき、何隻かの南蛮船が現地の海賊に取られたらしい」

 「やれやれ」

 「お陰で、この辺の海域は、海賊が強くなってな」

 「幕府御用船と清国海軍とスペインが動いているらしい」

 「道理で、最近ピリピリしてると思った」

 この八島(舟山)は、廃れて行く佐渡金山に代わって、

 徳川幕府の財源になった二つのうちの一つだった。

 日本の加工品生産力は、中国市場を頼りに増大し、

 生産品は、八島(舟山)に置かれた。

 中国市場で得た金銀で中国から資源を購入し、日本へ送られる。

 日本の生産力を高めている原動力が中国市場にあることに変わりなかった。

 しかし、問題も抱えていた。

 山蔵一行が酒場から出ると・・・

 「山蔵様。お待ち申していました」

 「おや、どういった御用向きで・・・」

 「最近の日本の様子などを・・・」

 商人たちの接待攻勢が始まる。

 料亭

 いくら、日本から生産品を市場に並べても、

 当座で使える金銀がなければ、事業を拡大できず。

 見す見す、商機を失わせてしまう。

 それどころか、日本へ空船を返す無駄も起こりえた。

 そう、日本商人は、世界有数の中国商人に対し、片腕で戦っていた。

 「しかし、日本国内に流通する貨幣が減ると、幕府も庶民も困ると聞いてますが」

 「そんな。商取引に成功さえすれば、莫大な貨幣が日本を潤すのです」

 「それに無制限というわけではありません、いまの持ち出し制限をもう少し・・・」

 「ま、まぁ・・・ そう言っていたと伝えるくらいなら・・・」

 「い、いえ、これは、山蔵様の御意見として・・・」

 「し、しかし・・・」

 すぅ〜〜

 なぜか、山蔵の前に小箱が出される。

 「あははは・・・」

 「「「「あははは」」」」

 「受け取れません」 きっぱり

 

 

 帆船は、熱帯に近い低緯度の貿易風と、

 温帯に近い中緯度の偏西風を巧みに利用し、

 海流に乗り、効率的な航海を心がけた。

 帆船の航路は、必然的に集まりやすく、

 帆船同士は、洋上で出逢いやすくなった。

 特に海が狭くなる海峡に近付くと、船同士が出合いやすくなった。

 マラッカ海峡

 「艦長。前方にダウ船。その後方にジャンク船です」

 砲声が撃たれ、ダウ船の後方に水柱が上がる。

 そして、海賊ジャンク船は、スクーナーを見つけると回頭し、離れて行く、

 スクーナーの縦帆は、風に対して逸らすと、速度が落ちて行く、

 そして、間一髪、救われたボロボロのダウ船が玉龍の後方に回り込み、

 覆いで隠していた大砲を見せ・・・

 「いまです!」

 「撃て!」

 300トン級スクーナー型帆船 玉龍 の艦尾砲2門が火を吹き、

 ダウ船は爆砕し木片が当たりの海域に散らばる。

 「撃て!」

 同時に艦尾から小銃が撃たれ、潜んでいた海賊たちが倒れて行く、

 ダウ船は戦闘不能になり、

 「帆張れ!」

 帆を風に対し、正対に向けると風圧で帆が膨らみ、

 船体の細いスクーナー型は、反応が早く、速度が上がる。

 玉龍は、低速状態から颯爽と回頭し、

 機先を制してジャンク船の風上の位置に回り込む。

 ジャンク船の射線を外した場所から左舷の4門が一斉に火を吹き、

 4つの砲弾が放物線を描いてジャンク船に叩きつけられ、

 爆発と同時にマスト船体が引き千切られ、木片が吹き飛んで、ささくれだっていく、

 ジャンク船の大砲は少なく、放たれた砲弾も玉龍の艦尾側に水柱を昇らせただけだった。

 ジャンク船は、輸送能力が高くても、小回りと速度でスクーナー船に勝てなかった。

 「ダウ船に大砲と海賊を潜ませて襲われた振りとは、油断も隙もないな」

 「海賊船と商船の両方を装いながら海賊を働く船でしょう」

 「山蔵様。よくおわかりに・・・」

 「ダウ船とジャンク船から漂う、空気で分かるのですよ」

 「空気・・・ですか・・・」

 「もういいでしょう。この辺は、もっと強い海賊がいると聞いてます」

 「そうですね」

 ダウ船は、マストをへし折られ、

 ジャンク船もズタズタにされたまま、洋上に残された。

 「日の本の幕府御用軍船を襲うとは、東南アジアも節操がない」

 「オランダとポルトガルが退いて、強い海軍はフィリピンのスペイン艦隊のみ」

 「スペインは膨張する気はなく。清国も朝貢だけで満足している」

 「シャムは、覇権を成せるだけの力は備わっていない」

 「この海域に強い国がないので情報が伝わっていないのでしょう」

 「東南アジアは、主無き地となったかもしれないな」

 

 

 

 

 北インド洋

 夏は、時計回りのモンスーン海流(南西季節風海流)となり、

 冬は反時計回りのモンスーン海流(北東季節風海流)となった。

 インド洋の主役は、インド大陸のムガル帝国と、ベンガル王国、ドラヴィダ4ヵ国同盟。

 もう一つは、中東のオスマントルコ帝国海軍であり、

 さらに海賊らが跳梁跋扈していた。

 フランス、スペイン。イギリス、オランダ。日本、清国の船は、脇役だった。

 いくつもの勢力が複雑に絡み、世界でもっとも富に溢れ、不明瞭な海と言えた。

 地政学的に利があるのは、ドラヴィダ4ヵ国同盟であり、

 マラヤラム王国とタミル王国は、インド大陸南端を押さえて有利だったものの、

 ベンガル湾側は、ムガル帝国、ベンガル王国、タミル王国、テルグ王国の4カ国が勢力を競いやすく。

 アラビア海は、ムガル帝国、オスマン帝国、カンナダ王国王国、マラヤラム王国が勢力を競いやすかった。

 マラータの戦い以降、インド覇権戦争は低迷し、

 海上でも確実に仕留めることができない限り、襲撃されることはなく、

 相応の戦力比が保たれているのであれば、儀礼的で平穏な海が広がっていた。

 

 

 インド大陸は、3つの勢力へと分かれていた。

 ムガル帝国(ヒンディー王国、グジャラート王国、ウルドゥー王国、マラーティー王国)

 ベンガル王国、

 ドラヴィダ4ヵ国同盟(カンナダ王国、テルグ王国、タミル王国、マラヤラム王国)

 9ヶ国は、それぞれ独自の言語と歴史と文化を持ち民族的な特徴があり、

 一つ一つの国の文化は、欧州諸国ほどの違いをみせていた。

 もっとも異質だから統一できず、分裂しているのであるが、

 共通項を探すなら北インドは、アーリア系の白人種の比率が多く、イスラム教が強く。

 南インドは、インダス文明を作った先住インド人と言われ、

 ドラヴィダ語圏で黄色人種の比率が増え、ヒンズー教が強かった。

 総じて、白人種系の地位が高く、黄色人種系の地位が低い。

 もっとも熱帯域に属するため白人種といえど、肌は焼けて黒くなりやすく、

 地位の低い白人種系も少なくなく、宗教と並んで、相対的な比較論に過ぎない。

 

 ベンガル王国は、東側のビルマ(タウングー王朝)と組み、

 さらに三大洋国家連合の日本・フランス・タミルとも連携し、ムガル帝国から離脱していた。

 インド大陸は、史上最大のマラータの戦いの後、

 ムガル帝国は、帝政崩壊寸前のまま、低迷期に向かい。

 そして、ドラヴィダ4ヵ国同盟は、隆盛期へ向かっていた。

 ベンガル王国は、ムガル帝国海軍のベンガル支艦隊の半数を接収し、

 安全保障は高まっていた。

 にもかかわらず、次に起こるかもしれない戦いは、インドの王国と領民たちを脅えさせ、

 王国群は、マラータの戦いで失った兵力不足の補填するため稜堡式星型城塞の建設を始める。

 ベンガル王国

 フランス人たち

 「なんだ? 日本人が来てるぞ」

 「建設している星型城塞の確認でもさせているのだろう」

 「ふん、日本人に星型要塞のなんたるかがわかってたまるか」

 「だけど、インド人は計算が速いし正確だぞ」

 「打算的な連中だ」

 「しかもインド商人は、どいつもこいつも手練揃いだ」

 「それに比べ、欧州に対抗できる商人はユダヤ人だけ」

 「日本は皆無だそうだ」

 「狡猾で貪欲な国民が強い国を作れるとは限らんさ」

 「保守的で忠誠心の強い国の方が強い」

 「まぁ そうだがね」

 三大洋国家連合は、ベンガル王国がムガル帝国を衰退させる要になると考え、

 交易量を増やしていた。

 

 そして、三大陸国家連合のイギリスとオランダは、中洋のムガル帝国が抜ける事を恐れ、

 ムガル帝国のテコ入れを進めていた。

 ムガル帝国首都ラホール

 イギリス人たち

 「どういうことだ? まるで敗戦国じゃないか」

 「マラータの戦いは、引き分けだったのだろう?」

 「まるで負けたような雰囲気じゃないか」

 「封建社会は、王の威信と忠誠心が低下すると、脆いからな」

 「やっぱり、釈迦帝凰がサイイド家の傀儡になっているとこんなものか・・・」

 「もう、釈迦帝凰どころか。サイイド家も標的にされてる」

 「サイイド家は、どうするって?」

 「ふっ もう、逃げに入ってるよ」

 「カシミールに強大な星型要塞を建設してるし」

 「艦隊を東アフリカに派遣して入植地を建設させている」

 「世界最強の艦隊をそんなモノのために使うとは・・・」

 「まぁ 権力者が追い詰められた結果だな」

 「そうなると、このままムガルと組んでも・・・」

 「だが組まなければインド洋で中継地を失う」

 「んん・・・ちっ 組んだ相手が悪かったか・・・」

 

 

 その日、スクーナー型帆船がタミル王国に到着する。

 ヒンズー教の経典を求めた山伏たちの旅は、インド人の狡猾さで思わぬ障害の旅となった。

 とある村が盗賊たちに襲撃されていた。

 事情の分からぬ、山蔵たち一行は、戸惑う。

 そして、盗賊たちが村娘に剣を向けようとしたとき・・・

 「護空。佐五条。白海。助けて上げなさい」

 「「「はい」」」

 3本のダマスカス刀が盗賊たちの剣を圧し折っていく、

 ダマスカス鋼発祥の地で、ダマスカスの剣は廃れ、

 日本製ダマスカス刀は練熟し、その真価を発揮していた。

 旧来の日本刀の製法であれば峰打ちの衝撃は、日本刀の寿命を縮めた。

 しかし、新しい製法のダマスカス刀は、硬と柔が年輪の如く重なっており、

 峰打ちでも日本刀の寿命を縮める事はなかった。

 一時の戦いの後、山賊たちが倒れ、

 助けられたインドの村人たちは、娘も含めて倒れた山賊から追剥、

 「「「「・・・・」」」」  ( ・ o ・ ) × 4

 礼も言わず、去っていく。

 「・・・護空、佐五条、白海」

 「はい。山蔵法師様」

 「変ですね」

 「なぜか、日本人が一番、人が良いような気がするのですが・・・」

 「わたしたちも、そう感じました」

 「まるで、インド大陸は、悪党という名の妖怪によって支配されているではないか」

 「御意にございます師匠」

 「ここは、ヒンズー教の発祥地ではないのか?」

 「はい」

 「インド人は、日本人よりはるかに狡猾で利己主義ではないか」

 「輪廻が生の価値を薄め」

 「四住期を軽んじさせ」

 「解脱の阻害になっているのではありませんか?」

 「つまり転生が有るが故に利己主義の自制が効かない?」

 「かもしれません」

 山蔵は、峰打ちで倒れている盗賊に近付いた。

 「大丈夫ですか?」

 「くっそぉ〜 あの村人は、俺たちの村が反乱を起こしていると領主に密告しやがったんだ」

 「反乱などと・・・」

 「嘘だ! あいつらが反乱を起こそうとしていたのに濡れ衣を着せやがったんだ」

 「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 「「「「・・・・」」」」

 「護空、佐五条、白海・・調べて来なさい」

 「「「御意」」」

 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・

 「西蔵様。二つの村は、仲が悪く」

 「数百年も互いに相手の村を滅ぼそうとし、工作を繰り返していたようです」

 「な・・・何という事を・・・」

 「西蔵様。我々は旅の身。ここは、手を引いた方が・・・」

 「んん・・・和解の道はないのですか」

 「貧しい村同士です、憎しみ合う事を生き甲斐とし、結束しているようで・・・」

 「や、やむえません・・・」

 「しかし、ヒンズー教の教えが届いていないのであろうか」

 「いえ、信仰深い生活を送っているように見受けられます」

 「「「・・・・」」」

 「では、輪廻で何度も人生を繰り返せるヒンズー教より」

 「たった一度の生を尊び美しく生きる選択を強いられるキリスト教が優位かもしれません」

 「そうですね。善に生きる美学でいうならキリスト教の方が良いかもしれません」

 「んん・・・宗教という善の光は、届かぬところの闇を濃くするのだろうか」

 「それとも浄を望むあまり、不浄を忌み嫌い、どちらをも地獄へと誘うのであろうか」

 「弟子には、わかりかねます」

 「我々山伏は、己が体と精神のみ。こと世の慣わしには疎い」

 「「「・・・・」」」

 「・・・とりあえず、経典だけは持ち帰らなければならぬな」

 「「「はい、師匠」」」

 

 タミル王国 大チョーラ朝寺院

 「山蔵。よく日本からはるばる来られた」

 「はい、日の本の人心は、まだ荒んでおります」

 「ヒンドゥーの貴き教えによって、日の本の民を御救いください」

 「よかろう」

 「聖典のヴェーダ、マハーバーラタ(バガヴァッド・ギーター)、ウパニシャッド、ラーマーヤナ」

 「法典・律法経のマヌ法典、ヤージュニャヴァルキヤ法典を帥に使わせよ」

 「ありがとうございます」

 「しかし・・・最初の釈迦帝凰が立って以来、ヒンドゥーの教えは、大きく歪められてきた」

 「我々は、ヒンドゥーの教えに忠実にあろうとした」

 「しかし、歴代釈迦帝凰はそれを許さず」

 「現タミル王も同様のようだ」

 「王たちは、多くの言語を血を流して破壊し、言語を統合してきた」

 「いまでは、人民を統合する言語と利害関係で構築した権力機構に頼るばかり」

 「人心を治める役割は、ヒンドゥーの教えでなくても良いと考えてるのだ」

 「いまでは、カースト制も簡素なものとなり」

 「人心は、己が生を定めることを拒み、定まることなく、争い諍い合っている」

 「そうでしたか、ここに来る道中、欲望のまま生きようとする者を見てまいりました」

 「そうであろう。残念なことだ」

 

 

 ムガル帝国の4500トン級ダウ・ガレオン船が南インドの哨戒線を突破する。

 行き先は、アフリカ大陸の一角、サイイド家によって支配されたザンジバル島。

 ムガル帝国のザンジバル入植は、サイイド一族が生き残るための橋頭堡であり、

 その支配圏は、東アフリカに伸びようとしていた。

 同時にイギリス、オランダ、清国の船が停泊できる西アフリカの寄港地となっていた。

 300トン級スクーナー型帆船 玉龍がムガル帝国の4500トン級大型ガレオン帆船の後を付ける。

 10分の1以下の帆船が10倍以上の帆船に勝てようはずもなく、追撃は、危険な行為と言えた。

 東アフリカ ザンジバル島沖

 玉龍

 「山蔵様、オスマントルコ行きは、残念でしたね」

 「なに、構わんよ」

 「日本人は権威に弱いのだからエルサレムでなくとも、ローマでも十分に権威付けできるだろう」

 「しかし、あの船・・・」

 「サイイド家がヒンドゥー教の聖典。ラーマーヤナの外伝を所有してるのは本当なのかね?」

 「ヒンズーの本家を気取るドラヴィダ語圏は、気になるでしょうね」

 「ラーマーヤナ自体が物語というか、神話だからね」

 「いくらでも創作の余地はありそうだが」

 「そのラーマーヤナ外伝がどこまで貴重なのかわかりませんが」

 「カンナダ人たちをザンジバル島に降ろせば、約束事は完了です」

 玉龍は、速度と小回りが良く、

 この種の任務に対応しやすかった。

 「あまり品の良さそうな客人たちには見えませんが」

 「まぁ 商人たちには見えないな」

 「しかし、大丈夫かな。ムガル帝国の入植地だろう」

 「それは、カンナダ人の問題だと思います」

 「ダウ・ガレオンが来たら逃げる」

 「それ以下の帆船なら互角以上に戦える」

 「あまり、傷つけたくないな」

 「玉龍は、綺麗な船ですからね・・・」

 「艦長。10時と2時方向にムガルのダウ・ガレオン船!」

 「こちらに向かってきます」

 帆走船の操船は、風と海流に支配された船の抵抗を変える事でなされた。

 風と海流以上の性能は引き出せない。

 そのため、風の方向と海流を敏感に感じるだけでなく、

 他の帆船の動きも艦首の向き、吃水、帆の動きで感じなければならない。

 玉龍の描く軌跡とムガル帝国のダウ・ガレオンの描く軌跡が、

 頭の中で何度も繰り返され、修正されていく、

 ダウ・ガレオンは縦帆が多く、

 横帆が多い欧州ガレオンより、追い風より、横風に強く、

 複雑な操船が可能だった。

 そういった意味では、スクーナ型帆船の操船に近い。

 しかし、スクーナの方が細身で軽く、速い事が有利だった。

 「全速」

 風向きとムガル船の吃水を見つつ、やや、取舵気味に速度を上げる。

 スクーナの中央突破に驚いたのか、

 左右のダウガレオンの船首が回り始めた。

 「正面。ダウ・ガレオン。左舷に回頭します」

 「・・・そう来たか」

 スクーナーが追い風を利用しようと取舵で左寄りに進み、

 前方のダウ・ガレオンもスクーナーの頭を押さえようと、取舵を切った。

 双方とも風と海流を読み、複雑な計算の後の軌跡だった。

 この時点で、考えていた構想の半分が消える。

 帆船の機動は、基本的に緩慢であり、

 操船の成否の確認は、時間差を置いて、ゆっくりと見えてくる。

 この時点ではまた砲撃はされていない。

 スクーナ帆船は速度で勝っており、

 逃げられれば、ムガル帝国海運が困ることになった。

 そう攻撃するなら確実に捕らえられるか、

 それとも撃沈できる時しかなかった。

 そして・・・・面舵・・・・

 風が弱まり速度が落ちた。

 しかし、それは、同じ軌道を取ろうとするダウ・ガレオン2隻にもいえ、

 追い風側で脅威となった左舷側のダウ・ガレオンも正面のスクーナーより、

 同じように迫る僚船のガレオンとの衝突を避けようと、転舵しなければならなかった。

 玉龍は、風で膨らんだ縦帆で傾ぎ飛沫を上げながら、

 数度にわたってダウ・ガレオン3隻の射線に晒され・・・

 しかし、砲撃はなされなかった。

 それほど、操船による大砲の角度修正は困難であり、

 無理に角度を合わせようと修正すると速度が低下した。

 玉龍は、速く、確実に命中させられる状況を作らせず、舵を切って旋回し・・・

 

 左舷側のダウ・ガレオンが右舷に切るか、左舷に切るかで、構想の9割が消える。

 ムガル帝国のダウ・ガレオン3隻は、スクーナー船が逃げると仮定して操船し、

 玉龍は、スクーナー船の性能からひねり出せる自由度は、構想量の差に転嫁され、

 突破する視野も含んでいた玉龍の船長の構想力が勝る。

 左舷側のダウ・ガレオンは、左舷側に切って、追撃態勢に入っていく、

 玉龍は、ダウガレオン船2隻を撒いて、1隻に追われることになった。

 しかし、速度で勝っていることから、徐々に引き離していく、

 「どうやら、追撃は失敗しましたね」

 「あの船が、どこに積み荷を降ろすかわからない」

 「だが、客人を小さな島に降ろす事は出来るさ」

 「この船の噂がザンジバルに広まれば、ラーマーヤナの外伝がどこに収まるかも分かるだろう」

 

 

 18世紀、

 第一次産業で地主大家が増え、列強各国で富の集約が起きていた。

 食料生産の増大は、商品経済を発達させ、余剰労力を吸収し、

 加工品の第二次産業と、奉仕の第三次産業を増大させていた。

 新しい産業は、競合が少なく、利潤が加えられ、所得に加味され、

 貨幣価値を押し上げ、

 人々が必要とする生活必需品を増やし、貨幣価値を増大させた。

 経済的に勝利した者は、財欲に目が眩み、さらに富を得ようと働き、

 経済的に敗北した者は、社会の底辺を彷徨い、

 利権もなく金もない者は、体を使うか、体を売るしか生存の道が残されていなかった。

 封建社会における特権階級は、積極的な投資による利幅を生み出せず。

 労働奉仕による対価で金を受け取るような下賤な商行為もできず。

 搾取量を増やすか、商人に借金をするよりなかった。

 商品経済と貨幣経済の発達は、既得権に頼る封建社会を追い詰め、

 新しい価値観による権力構造が望まれ、軋みを立てていたと言える。

 そして、サムライたちは、封建社会を延命しようと、

 もう一つの財源、南アフリカへ船を向かわせることになった。

 

 南アフリカ

 先住民の間で、ズールー語、南ンデベレ語、北ソト語、ソト語、スワジ語、

 ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語、コサ語の9言語が話されていた。

 しかし、これらの言語は先住民にとっての多数派であり、

 さらに少数言語部族が存在していた。

 そこにタミル語とマラヤラム語。フランス語、スペイン語。

 そして、日本語が加わる。

 特にタミル人とマラヤラム人の入植は多く、

 先住民同士を戦わせ、負けた方を奴隷として買って新大陸へと送り、

 さらに先住民から騙すようにして、土地を奪っていく、

 インド人は、日本人とフランス人、スペイン人が奇妙に思うほど軍事的な占有を望まず、

 日本とフランス、スペインを引き入れる事で南アフリカの軍事的に安定させる。

 これは、インド人が商人で、軍事的な冒険は望まない気質にあった。

 不利な状況下に陥るほど士気が低下する傾向にあり、

 タミル人とマラヤラム人だけでは、不利と認識したに他ならない。

 一方、日本人、フランス人、スペイン人は、軍事的に不利だと、取り分が増えると感じるのか、

 不利な状況下でも戦う気概を捨てない傾向があった。

 インド人は、日本とフランス、スペインを用心棒代わりに利権分けしていた。

 

 ケープタウン

 南アフリカ会社の塔に株主国、フランス、スペイン。タミル、マラヤラム。日本の旗と、

 西洋、中洋、東洋の三つの世界を現わす三海洋旗が立っていた。

 インド人は、ヒンドゥー教のサフランを望み、

 日本人は、太陽の赤を望んだ。

 しかし、フランス人は、肌の色で決めるべしと強行。

 紆余曲折を経て、海の青と白、褐色、黄・・・・

 フランス人が描いたと思えない、美しくない四色旗がはためいていた。

 そして、その旗が三海洋国家連合を結束させる旗となっていく、

 三大洋国家連合は、南アフリカ会社に投資し、

 金に目が眩んだ勢力は、私財を賭け、国家の命運まで賭けた。

 タミル、マラヤラムは、財政に余裕があったものの、商人の血を騒がせ、

 フランス財政は、死活問題で南アフリカしかなく、

 徳川幕府も、佐渡金山の金銀が減少し、

 幕府財政の補填と徳川の延命は、南アフリカ会社しか残されていなかった。

 

 その日、一隻のスクーナー型帆船がケープタウンに入港し、

 山蔵一行が南アフリカの大地に足を降した。

 「師匠。日本区画は、右手のようです」

 日本語で書かれた標識があった。

 「荷物持ちます。荷物持ちます」 × 人だかり

 「結構だ!」

 山蔵一行は、剣を抜いて人だかりを散らした。

 港を管理しているのは南アフリカ会社で打算的なタミル人のように思えた。

 しかし、中間管理職は、杓子定規な日本人、気取り屋なフランス人もいる。

 インド人と黒人が群れをなし、獲物を探し回っていた。

 「やれやれ、幕府の財源の地だというのに随分と忙しないな」

 「世俗は己が心身の価値ではなく、衣食住の安寧に価値を見出しておりますれば・・・」

 「金は必定のモノかと・・・」

 「金という宗教に惑わされ、己が人生を賭ける者は多きことよ」

 「「「・・・」」」

 「では、船の補給が済むまで、暫し、街で休息を取る事にしよう」

 「では、護空。後を頼むぞ」

 「はい、はい」 しょんぼり

 「ちゃんと手伝うんだぞ、護空♪」

 「ちっ」

 

 

 日本区画に日本風の城郭が建ち、城下町が造られていた。

 日本人だけでなく、タミル人、フランス人、黒人も少なくなく、

 いくつもの言語が飛び交い、

 現地の産物だけでなく、世界中の加工品が店先に並んでいた。

 南アフリカは、収奪される世界から西中東文化圏が混ざり合う世界へと変貌しつつあった。

 「・・・山蔵様。このまま、社会基盤が大きくなっていくと、帰属意識が強まり」

 「祖国への金銀移送を拒むようになるのでは?」

 「んん、しかし、タミル人は、この地を拠点に己が世界を作ろうとしておるし」

 「日本所司代も、フランス総督府も自衛のため追随している」

 「もし、社会基盤を増やした結果、南アフリカが独立する様な事になったら・・・」

 「幕府は窮し。三海洋国家連合も崩壊するかもしれないな」

 「放っておくのですか?」

 「そうだな。しかし、自然の流れに逆らうことはなかろう」

 「南アフリカは、南アフリカの大地に住む者たちが決めるべきことだ」

 「それで、よろしいので?」

 「我々は、国家の安泰でなく。人心の平安のために旅を続けているのだ」

 「はい 師匠」

 

 

 スクーナー型帆船は、そよ風程度でも進むことができた。

 山蔵一行は、船の仕事をこなしつつ、

 空いた時間を利用して修験の道を欠かさない。

 世俗化した儒教、道教、神道は、民意と資本を結集し、

 権勢に影響を与える事は、少なくない、

 しかし、民意と資本と関わりのない山伏の一派が歴史の裏舞台で働く事もあった。

 山伏は、山岳信仰を基盤に神道、道教、儒教を巧みに取り交ぜ、

 己が心身の肥やしとしていた。

 過去においては、役小角、空海・・・

 山伏は、各宗教の専門家でありながら宗教を目的とせず、

 己が心身を極めるための手段としていた。

 特定の宗教に依存していないためか、世俗以上に無色無空といえた。

 そして、山伏の一派が忍者となり、忍者が山伏へ転向することもあった。

 彼らは、天皇家、幕府の双方に知られる山伏であり、

 世俗と違う理で動いていた。

 「艦長、これより半時ほど、西に向かってください」

 「山蔵様。何か、問題でも?」

 「このまま進むと凪いだ海域に入ります」

 「に、西だ。取舵!」

 

 

 海は、無法の象徴だった。

 船は、新大陸の金銀、奴隷、スパイスを運べば莫大な富を築く事が出来、

 船を襲撃するだけで貧民は、貴族へ成り上がることができた。

 海賊船が奴隷船を襲う。

 そこには、善悪を介入させる法も是非もなく、

 奴隷を新大陸へ叩き売れば、金になり、

 奴隷船を武装すれば、海賊船2隻でより大きな獲物を狙う事もできた。

 海賊は、多国籍・無国籍の貧民層の集まりに過ぎず、

 彼らは仲間同士の結束があるのみであり、倫理観はなかった。

 18世紀以降、国家同士が連合し、建前が幅を利かせ始め、

 祖国が海賊の敵になると、海賊は生き残るため、

 敵国の海賊とも結束する。

 海賊の手下は、港という港、酒場という酒場に潜み、

 ある者は、数枚の金貨で、船の入出港情報を海賊に流し、懐を肥やした、

 

 

 カーボベルデは、日本、タミル、マラヤラムの欧州大陸への足掛かりであり、

 南アフリカ権益防衛の前哨基地だった。

 また、西アフリカの奴隷海岸を封鎖するような位置にあり、

 奴隷貿易の増大に比例して価値を高め、

 三大洋国家連合の優位性を確立するものでもあった。

 カーボベルデと北方のアゾレス諸島は取り立てて大きな産業がなく、

 旨みがないことからタミル、マラヤラムは、日本に押し付け、

 日本の一元管理としたのは、三大洋国家連合内の事情だった。

 結果的に日本人とフランスの絆は強まり、

 日本人のカーボベルデ入植は進み、日仏西の関係を補填してしまう。

 カーボベルデ 所司代

 日本風の城郭が造られ、そこから港を一望できた。

 「まるで日本だな」

 「日本から欧州へ行く船は、一旦、ここか。アゾレス諸島に入港するからな」

 「タミル船も多い。大陸は島と違って、あくせくしなくても必要なモノは国内にあるというのに・・・」

 「対ムガル戦が落ち付いたんじゃないか。インド商人は、金の匂いに敏感だからな」

 港湾は、大小様々な帆船が港に浮かんで活気を見せていた。

 船から橋げたを桟橋に降ろし、

 積み荷を桟橋に降ろし、新たな水と食料を荷上げしていく、

 船の左舷を港側に付け、停泊するのはバイキング以来の伝統であり、

 混乱を防ぐため、三大陸国家連合だけでなく、三大洋国家連合も踏襲していた。

 「じゃ 後は頼んだぞ、沙五条」

 「へいへい」

 大型船ほど海面上の舷側は高く、橋げたの勾配は大きくなり、

 積み上げ積み降ろし作業は重労働になった。

 船は、積み荷が増えるほど吃水が深くなり、

 前後左右のバランスを取りつつ、積み荷を整理し載せて行く、

 カーボベルデ 所司代

 「所司代。イギリスの船です」

 水平線上から現れた帆船は、真っ直ぐ港に向かってきていた。

 「なんだ? 襲撃か?」

 「・・・奴隷船のようです。水と食料の購入では?」

 「・・次の戦争が始まるまでは、取引相手だ」

 「水先案内人を出して、伝染病患者がいる様だったら追い返せ」

 「はい」

 

 

 その日、カーボベルテに白人奴隷が降ろされた。

 奴隷市場は、拘束具を付けた奴隷が裸で並ばされる。

 健康であれば高く売れ、

 不健康なら安値で買いたたかれる。

 買う時も歯並びを見たり、息の匂いで疾患を見たり、

 言葉が話せるか、どんな労働ができるかなど、

 人間に対するようでなく、家畜の検分と同じだった。

 労働条件でいうなら物語の構成上、鞭を用いて労働を強いる光景は面白い、

 しかし、現実は、失態、怠惰、不正が発覚した時に鞭が行使される、

 家畜同様、元を取り、

 さらに利益を上げるまで使い切る資産として買うのであって、

 酷使して中途で殺すわけにはいかない。

 奴隷の能力次第では、自分自身を買い取って自由の身になれる事もあった。

 「へぇ〜 白人奴隷なんて珍しい」

 「海賊に襲撃された奴隷船の乗員だろう」

 「だけど、白人が白人の奴隷を売るなんて、海賊も節操がないな」

 「地中海では、回教徒の捕虜にされて奴隷にされた事はあるらしいけど」

 「でも買うのか?」

 「身元を保証する白人が現れたら、買った値に色を付けて売るか」

 「でもな。身内がいても海賊船の乗員をやっているような人間だ」

 「保証金なんて出さんだろう」

 「だけど、白人の奴隷を買うとイギリスに恨まれるじゃないか?」

 「フランス人も良い顔しないだろうし」

 「だよな。でも買わないでこのまま大西洋を横断させて見殺しにするよりいいかも」

 「買うと人身売買、買わないと見殺しか。どっちも口実になって、攻められそうだな」

 「やっぱり罠と?」

 「カーボベルテやアゾレス諸島が目障りなのは、確かだからね」

 「結局、タミル人に押し付けられたようなものじゃないか」

 「もっと大きな大砲を並べた方が良いかもしれないな」

 「そうだな」

 「しかし、いくら入植地や奴隷船を襲ったからって、良さそうな若者が多いな」

 「海賊の仲間になった方が良いような連中だ」

 「・・・間者の可能性もあるな」

 「んん・・・」

 

 

 

 

 世界最大の帆船は、清国の鄭和級(7000t級)であり。

 世界最強のガレオン船は、ムガル帝国のダウ・ガレオン(4500t)だった、

 しかし、概ね戦闘力の高いガレオン船は、欧州海軍が多く、

 欧州最大の海軍はフランス=スペイン連合艦隊だった。

 そして、世界最強の海軍は、イギリス艦隊が常識だった。

 戦列艦

 1等艦(2000t以上、100門以上)、2等艦(2000t、90〜98門)、

 3等艦(1700t〜1900t、64〜80門)、4等艦(1500t〜1700t、46〜60門)、

 フリゲート

 4等艦(700〜1450t以上、32〜44門)、5等艦(450〜550t以上、20〜28門)

 スクーナー型帆船の玉龍(300t、12門)は、帆船として優れていても、

 欧州の基準では、主戦力外のスループ(10〜20門)扱いだった。

 

 300t級スクーナー型帆船 玉龍 は、欧州に近付くにつれ、

 欧州帆船との接触が増えた。

 「船長。11時方向にオランダ海軍4等戦列艦です」

 「オランダか、小さい国なのにバイタリティがあるな」

 「イギリスがテコ入れしているのだろう」

 「面舵30。射線から離れよう」

 

 

 地中海は、陸地が入り組み、大洋よりも風が弱く、

 風向きも安定していなかった。

 「なんか、風が弱いし安定してないな」

 「縦帆だからいいけど、ガレー船に襲われたら事だぞ」

 「逃げる事もできず、射線も合わせるのも一苦労だし」

 「数を揃えられて襲撃されたら終わりだな」

 「スペインのジーベックは?」

 「ガレーより低速でも、大きいから襲われても乗っ取られることはなさそうだ」

 ジーベックは、帆と櫓の両方の特性を生かす船として、地中海で発達していた。

 地中海の主役は、櫂のある船であり、

 ガレー船は、いまだ力を発揮することができた。

 帆走だけの玉龍は、地中海に入ると船足が遅くなり、カモの様にも感じられた。

 友好国のスペインがジーベック一隻をローマまで同行させてくれたことが救いだった。

 防御力の高いジーベックとスペインを恐れたのか、海賊は現れず。

 玉龍は、無事、ローマへと到着した。

 当初、小型帆船で来た事で疑われたものの、

 山伏たちが法力を持って、自らの力を証明すると、

 ローマ法王の謁見が可能になった。

 日の本は、プロテスタントの輸入が多かったことから、

 ローマ法王訪問は、天正遣欧少年使節(1585年)以来の歓迎がなされた。

 聖遺物は、聖人と云われる者の形見だった。

 カトリックにとっては、何をもを代え難い代物であるものの、

 日本は、三大洋国家連合の一角であり、

 東洋のキリスト教伝播を考えると無碍にできず。

 法王は、安全な大型ガレオン船で聖遺物を日本へ送ると約束してしまう。

 

 

 

 フランス財政は、逼迫し、重税は、国民を押し潰そうとしていた。

 最大の障害は、地域保護のため農民を固定し、

 莫大な穀物を産する国内の穀物移動を制限していたことと言えた。

 当然、労働力の移動も好まれず、新たな産業を抑制する。

 そして、国内の穀物移動を阻まれた事で、

 余剰になる穀物生産も控えられてしまっていた。

 そう、局所的な自給自足制度がフランス全体の潜在能力を殺していたのだった。

 フランス人民の声ならぬ声、

 穀物取引の自由化と特権を持つギルドの廃止が求められたものの、

 特権階級者の圧力によって潰される。

 農家が貧しければ、安直な方法で若い娘を得る事も魅力と言えた。

 日本場合、陸路を関所で押さえても、出女と入り鉄砲が中心であり、

 海路を使えば全国へと供給することができ、

 幕藩体制では、海路を使った移動を食い止められるだけの人材を揃えられなかった。

 フランス人の日本人は、糞尿処理を利用して既得権を抉じ開け、

 郊外の農地への穀物輸送ルートを確保し、物流の一翼を担ったものの、

 まだ、フランス全土へは行き渡らない。

 

 フランス パリ 日本人区画、新撰組駐屯地、

 三大洋国家連合の存続と、

 日本人の保守、勤労、勤勉がフランス国内の身分を保障させてしまう。

 日本人居留民は、ブルボン王朝の犬になる事で、日系人の勢力は拡大していた。

 日本人区画で行われる相撲大会は、パリっ子の暇潰しになった。

 無手の大男がぶつかり、数分で勝負が付く。

 相撲は、神道の神事、奉納を由来にした格闘技であり、

 それ故に土俵内の戦いに特化され、

 実戦的でないことから娯楽として大成した興業ともなった。

 日本文化は、インド文化と並び、フランスで認識され、意識されるようになっていた。

 また、日本庭園で行われる茶道、茶道、華道も注目され、

 フランス王家も市民の目を誤魔化すため日本・南インド文化を利用していた。

 少なくともパリを花のパリにしていたのは、日本人であり・・・

 パン屋

 フランス人と日本人

 「なんだ? また上がったのか?」

 「いくら誤魔化しても、パンが安くなるわけじゃないさ」

 「パンは、小麦粉から作るのが一番だな」

 「小麦粉も上がってる」

 「だけど、フランスは、南アフリカから金を得てるし」

 「ミシシッピー計画で貧民層の移民先もあるのにな」

 「フランス人は、見栄に金を掛け過ぎだよ」

 「フランス人は、日本人みたいに長いものに巻かれて卑屈な生き方ができないんだよ」

 「「お前らに比べたらな」」

 「日本の幕府は、どうなんだ?」

 「んん・・・幕藩体制は、まだ持ちそうだけどな」

 そして・・・

 !?

 「「な、なんだ」」

 あっという間に群衆がパン屋になだれ込む。

 フランスで、パン屋襲撃は、珍しいことでなくなっていた。

 あっという間にパン屋は空となり、

 外で見ていた日本人とフランス人は取り残されてしまう。

 フランスの警護隊は街のために存在しておらず、

 小さな区画では自警団を雇えず、

 結果的に欧州最強のフランス国内は、赤字と貧しさに喘ぐ者が増えていく、

 

 

 

 

 紅い鳥居とトーテムポールが並び立つ、すめらぎの世界

 ヌートカ島 すめらぎ所司代

 当初、ヌートカ島に作られたすめらぎ城では、行政が覚束なくなり、

 所司代を大陸側へ移す計画を立てていた。

 日本人は、鉄を持ち、識字率が高く、

 個々のインディアン諸部族に対し強いものの、

 全体としてみるならまだ弱く、等身大の付き合いは、地の利で不利だった。

 荒れる “すめらぎ衆族議会”

 「社小屋? 精霊は、そんな事を望まない」

 「いや、共有すべき知識も必要だ」

 喧喧囂囂、喧喧囂囂

 「どうだろう。意見をいくら戦わせても決着がつかない」

 「しかし、どうしても、一つにしなければらない意見もある」

 「「「「「・・・・・」」」」」 戦争の予感・・・

 「そこで。山の天辺に、それぞれの民族を代表する建造物を建て」

 「それを持って意見の統一を図ろうではないか」

 !?

 「「「「「・・・・・」」」」」

 すめらぎ領で “山” といえば、通常、現地の言葉でタコマ山を指し。

 日本人たちは、すめらぎ山と呼んでいた。

 標高14490尺は、4392mで富士山(3776m)より高く、

 その山岳も険しかった。

 日本人たちも民威を誇示し、埒の明かない衆族議会を有利に進めようと、

 山頂に鳥居と狛犬を建てる計画を立てていた。

 誇り高きインディアンたちは、日本側の提案を了承し、

 すめらぎ衆族議会と各部族の命運を賭けた、すめらぎ(タコマ)山登りが始まる。

 麓の日本人たちは、鳥居と狛犬の一部を背負い、

 真っ白な山頂を見上げていた。

 インディンの部族たちもトーテムポールを背負って、

 精霊の声に聞き従い山に向かって登り始めた。

 「たっけぇ〜!」

 「どこのバカが決めた?」

 「もっと小さな鳥居と狛犬にしろよ。人殺しか」

 「鳥居は、トーテムポールより不利だろうが!」

 「しかも狛犬もあるし」

 「現場を知らないんだよ。現場を!」

 「だけどさ、確かにあの山頂にこれを建てたらインディアンも平伏すわな」

 「と、とにかく、山頂に向かって小屋を建てて行こう」

 「失敗しても、小屋があれば、そこを足場にできる」

 「な、なるほど・・・」

 日本は、ルートを決めると、

 先行登山する部隊と後方から山小屋を建設していく部隊に分けていた。

 組織力と装備で勝る日本がルートにとりつくと、膨大な資材を運んで登っていく、

 そして、日本人は、インディアンと違って、勝率を上げるため、

 事前に方策を用意していた。

 「イロンシス。大丈夫だろうな」

 「ええ、途中までは行けるでしょう」

 すめらぎ領は、アイヌ人も入植しており、トナカイの放牧に成功していたのだった。

 また、ロバ、犬も貴重な荷物運びであり、

 すめらぎ所司代は、総力をあげ、

 すめらぎ(コタマ)山の山頂を目指して登っていく、

 

 

 

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 月夜裏 野々香です。

 封建社会は、いろいろ問題を抱え、

 権力の二重構造も、いろいろと不具合があるようです。

 まぁ メリット・デメリットがあるのでしょうが、

 

 日本すめらぎ領の衆族議会は、武力以外の方法で議決権を得ようとしてるようです。

 すめらぎ領は、山登りで衆族議会を治められるでしょうか。

 

 そうそう、山伏ですが、

 実は、空海も山伏でして、

 山岳地で修養を積む山伏は、独特な力を持っていると思われていたようで、

 特異な力があると思われると、

 かなり高い地位の人からも認められる事があるようです。

 

 

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