仮想戦記 『バトル オブ ゼロ』

著者 文音

 第11話 華南編

 1943年(昭和18)四月三日

 南京

 「総統、徐州軍が敗退しました」

 「紅軍はどこまで来ている?」

 「まだ到達していませんが、一月のちには南京の対岸まで押し寄せてくるものと思われます」

 「杜将軍はどうなった?」

 「とらわれた模様です」

 「戦闘の詳細は後でいい。今はこの苦境をどうのりこえるかだ」

 「作戦部、案を出せ」

 「われわれだけではどうしようもありません、ここはアメリカ、日本に救援を要請すべきです」

 「アメリカは、すぐだせる。しかし、日本にはどう要請する?」

 「上海租界の護衛を要請すべきです。上海租界の護衛を要請するということは長江の渡航を防ぐのですから、上海―南京―武漢間の長江防衛を担当することになり、我々は日本軍の傘に入ることができます」

 「よし、すぐさま、上海の日本領事館に上海租界の護衛を要請する。同時にアメリカに援軍要請を出せ」

 「はっ」

 

 

 スービック海軍基地

 「淮海戦役の報告をしてくれ。その後、わが軍の方針を出す」

 「はっ」

 「紅軍二百八十万人、国府軍三百万人が徐州で正面衝突しました。戦力はともに歩兵部隊、戦車部隊、空軍が衝突いたしました」

 「ライトニングとYak-1が空中戦をひろげましたが、赤軍の義勇兵と思われる精鋭によってこちらのライトニングは一方的に追いかけまわされる立場にありました」

 「それはやむをえないだろう、こちらは実戦経験のない中国人空軍だからな」

 「はい、それはわれわれも理解した上でのライトニングの売却でした」

 「サンダーボルトが前線に行きわたるにつれ、クズ鉄にされる運命だったものを国府軍に売却という形をとったものだからな」

 「はい、三百万人同士の対決です。空中戦で制空権を取ろうと地上部隊の数が多すぎて空中戦の結果は大勢に響きませんでした」

 「歩兵部隊の装備か?それとも士気か?勝敗をわけたのは?」

 「国府軍のスプリングフィールドは、むしろ赤軍から供与されたシモノフ半自動小銃より優秀だったくらいですが、勝敗をわけたのは戦車の出来でした」

 「解放者(M4)がT-34に負けたというのか?」

 「はい、歩兵部隊の接触がある前に戦車同士で弾をうちあうように戦役は進行いたしましたところ、解放者が撃った75mmの主砲ではT-34の正面装甲を打ちぬくこともなく、残り半分はT-34の傾斜装甲にはじかれていましたが」

 「つまり、こちらの主砲は当たったとしても正面であればT-34はコツンという音がするだけでまた前進してきたのだな」

 「はい、この安心感が紅軍の歩兵並びに戦車部隊に与える安心感は絶対的なものでした」

 「安心できるのであれば、解放者戦車の有効射程距離の半分までT-34は接近をしてきます。逆に接近を許してはなるものかと解放者は無駄弾を吐き出してしまいますが、T-34は十分な接近を果たしたのち弾を解放者に放ちます。しかし解放者もT-34-76の主砲を正面ならばはじくことができました」

 「戦車戦で勝敗を分けたのは、戦車を動かす兵の練度でした。赤軍義勇兵のベテランは正面で弾をはじく解放者の様子を見ると少しだけ戸惑っていましたが、解放者の側面に回りこみ、側面から装甲をうちぬく技を披露してくれました。対照的に砲身を回し、T-34の側面に打ち込む技量をもつ国府軍兵士はいませんでした」

 「つまり、解放者は初心者兵ばかりで負けたと。T-34部隊はベテランぞろいの戦車部隊ということになるか」

 「はい、数で圧倒しない限りそうなります」

 「そりゃ、線戦が崩壊するわな」

 「その上、離脱した解放者は百キロ走行した後、ガス欠になりますから、大半の解放者は紅軍に鹵獲されてしまいました」

 「戦車部隊だけではどうしようもないな」

 「とりあえず淮海戦役の結果をペンタゴンにまとめて報告しておけ」

 「数で圧倒しない限り、初心者兵の解放者は役に立たんと」

 「はっ」

 

 

 「これからの対処だが政治的な配慮が入るだろう。選択肢として、国府軍への援助停止、空軍支援、全面支援」

 「三択だが、さてペンタゴンの指示待ちとなるな。紅軍の情報を集めておけ」

 

 

 上海 日本領事館

 「井上領事、日本に上海租界の防衛をお願いしたい。このままですと南満州鉄道を接収した紅軍が次に租界を接収することになるでしょう」

 「それはどうでしょうか。劉大使、紅軍は長征で苦杯をなめた国府軍を目指して長江の南京対岸に陣取るのではないでしょうか」

 「確かにそうでしょうが、南京が落ちた地点で上海租界の防衛は危険きわまる状態になります。紅軍が長江沿岸に達する前に長江防衛をすることで上海租界の防衛が達成できると」

 「確かに一理ありますが、その場合、長江渡航中を狙うのが一番効果的ですな」

 「よって、長江対岸に紅軍陣地ができるのを確認してからが理想的ですな」

 「しかし、その場合長江の上流に迂回した後、言い換えれば四川省方面で渡航をした後、南京、上海という手順で攻めてくる手段があります」

 「この場合、上海防衛を国際的に求められた日本といたしましても打ち破るのが困難でしょう」

 「その場合、一年の余裕がありますな。日本としても世界中に上海租界防衛軍を呼び掛けれます。世界を相手に紅軍は租界に攻めてこないでしょうな」

 「日本は、上海租界防衛のために長江を守る意欲がないと」

 「なにぶん、陸軍戦力が枯渇しておりましてな」

 「上海租界の主人である英国に要請してみてはどうでしょうか」

 「わかりました。今日は引きさがります」

 「あ、そうそう。英国領事館に行かれるのでしたら、これをもっていったらどうでしょう。この紅茶でしたら、英国を口説けるかもしれませんな」

 

 

 英国領事館

 「テーラー領事、租界の主である英国に租界防衛を要請に参りました。どうぞ、これをお納めください」

 「劉大使、我々も陸軍兵士が枯渇していることをご存知ですな」

 「はい、東欧派遣団のために忙しいと伺っております」

 「それを踏まえたうえで来られたのですから、その難しいところを本国に伝えたとして了承がえられるかといえは、目を覆うばかりですな」

 「しかし、租界百年の歴史を無駄にするというのは英国としても了承しがたいことだと」

 「少し考えてみましょう。それよりも貴殿がもってこられた茶で仕切り直しをしませんか」

 「はい、少し考える時間も必要かと」

 

 

 「劉大使、この紅茶をもってこられた貴殿であるなら議会を口説き落とすこともできないとはいえません」

 「はて、そんな方法があるのでしょうか」

 「我が国は貴国から紅茶輸入に関しては並々ならぬ努力をしてきました。時に戦争手段に発展することもあったほどに」

 「その象徴ともいえるのがこのキーマン。どうでしょう、このキーマン紅茶を産する一帯を英国直轄領になさいませんか」

 「もしそれがなされた場合、上海租界防衛をなさってくれるというのでしょうか?」

 「そうですな、我が国から日本を口説き落とす仲介を取る用意がありますが」

 「ぜひ、お願いします」

 「はて、我が国には紅茶をいただけそうですが、日本には何をおみあげにしましょうかな」

 「日本ですか、かの国が求めるものはなんでしょう」

 「このまま、二人で日本領事館にいってからにしましょう」

 

 

 日本領事館

 「これはこれは、劉大使にテーラー領事。二人して日本を口説き落としに参ったのですかな」

 「これは参りました。もう用件が伝わってしまいました。どうでしょう、日本が上海租界防衛を約束するというのは」

 「劉大使、英国を口説き落とされた貴殿だ。もし仮に我々日本が上海租界のために長江を防衛するといたして対価として何をいただけますかな」

 「それは、最大限考慮いたします。なんなりと」

 「このまま、放置しておきますと貴殿の立場は大使から紅軍の賞金首へと転落する。半年後全てを失うといえますな。その代償となるとしたら、上海―南京―武漢の防衛を請け負う代わりに、武漢以西は日本と英国が切り取り自由としなければ納得できませんな」

 「それは、厳しすぎます。もう少し配慮を」

 「いえ、これが最大限の譲歩です」

 「劉大使、この対価は貴殿一人が取り決めになるには重すぎます。南京に戻って話し合われたらどうですかな」

 「確かにこの話し合いの結果を持ち帰り検討させていただきます」

 

 

 四月四日

 南京 国府軍司令部

 「劉大使、これでは売国奴と言われても仕方がございませんぞ」

 「しかし、英国を口説き落とし、やっと日本が長江防衛を請け負ってくれそうなのです。さらに、日本は我々が三ヶ月後に無一文になる情報を得ていました。日本と英国からこれ以上の条件を取り付ける自信があるのでしたらどなたか代わりにいかれたらどうでしょう」

 「確かに、我々に逃げる場所がない。このままであればルソン島に亡命するしかない状況だ。やむを得ん。この条件で日英と結べ。さもなくば、兵士が逃亡する」

 「はっ」

 

 

 四月五日

 日英国府三国協定

 

 

 日本は長江防衛を武漢―南京―上海の区間で請け負う

 英国は祁門県を直轄領とする

 日英は武漢以西で切り取り自由とする

 三国は長江以北でそれぞれの権限で切り取った領土は各自が得たものとする

 この協定は中国国内で適応されるものとする

 

 

 四月六日

 長崎佐世保港

 「秋月型駆逐艦(主砲65口径10cm連装高角砲四基射程20km)十隻による長江の護衛活動ですか」

 「津波(T-34-76)の射程の十倍だね」

 「単装なら突っ込んでくる馬鹿がいるかもしれないが、四連装だと初弾を外しても二撃目を外すのはかなり困難だからね」

 「しかし、受け持ち河川区間が八百キロとはね」

 「日本の軍艦が川に浮かぶのは予想もしてなかった事態だが。第二陣で同数を派遣するしかないね」

 「三交代制で駆逐艦を三十隻もっていかれると、対潜水艦活動が不可能になるんだが」

 「空母には軽巡洋艦をつかせる。もっとも、空母の出番はなさそうだ。紅軍に海軍がないからね。あえて言えば、長江北岸に紅軍が出てきたときに、上海寄りだった時のみ空爆だね。向こうもそんなことはせずに、南京より西に出てくるだろうから。今回の陸空軍司令部を置いた香港まで戦車を海上警備するのが空母の仕事だ」

 「しかし、海上輸送しても香港―長沙間八百キロを鉄道輸送とは、戦車とは重たいものだね」

 「紅軍が長江北岸に進出してくるまでに一月とみている。戦車部隊二百台を輸送するだけで精いっぱいだね」

 「爆撃部隊並びに戦闘機部隊は南西諸島沿いに空路で現地集合だ」

 「二式飛行艇の役割はブルドーザーを抱え込んで現地で空港の拡張作業」

 「英国空軍の輸送機はインドと長沙間をピストン輸送さ。一回の輸送で五十人が運べるけど」

 「アブロ ランカスターを生み出した国だ。最悪、爆撃機に印度人を詰め込んで昼も夜も送りだしてくるさ」

 

 

 四月八日

 長沙 日本陸軍司令部

 「今村司令、英国軍からの連絡です。四月中に長沙にやってくる印度兵は空輸で一日一万人、計三十万人。各自に英国歩兵装備をもたせて空輸するそうです」

 「ほう、四発機に五十人ずつ乗せるとして、輸送機四百機体制か。大した準備だな。受け入れ態勢は順調か?」

 「衣食住のうち、元あった国府軍陸軍基地をそのまま使用していますから衣と住は何とかなりますが、このままですと食はマグヌードルばっかりの模様です」

 「それはまずいな。統合本部に連絡して対策を取ってもらおう」

 

 

 「統合本部からの通達だ。長沙に赴任する兵隊には国家機密で開発途中の装備を送る。開発中の研究者も同行させるので研究終了の一助となってほしい」

 「マグヌードルで体がへそを曲げるより良しとするしかないか」

 「それは国家機密の出来次第です」

 

 

 四月九日

 「これがその国家機密か、どうみても鉄でできた鍋にしか見えないが」

 「論より証拠と申します。早速皆様には本日の昼食でこれを使って食べていただきます」

 「期待しておこう」

 

 

 「お待たせしました。開発途中でありますが、わたしが給仕を務めさせていただきます」

 「それでは印度人に配慮した食事をどうぞ」

 「パクッ」

 「うーーん、これは海軍カレーとは違うね」

 「はい、印度の宗教では牛は神聖なもの、豚は不浄なものなど宗教上の諍いから戦争に発展したこともあるので今回は、中に入っている肉まで原材料を見せることにします」

 「で、我々が食べたこの肉は何かね?」

 「これです」

 「どうみても鰹節にしか見えないが」

 「正確には鰹を油で煮て缶詰にしたものを食べたわけですが」

 「つまり宗教的には菜食主義者以外全てを問題としない食事となるのか」

 「はい、そしてこれが使ったスパイス。海軍上がりの曹長がいたようで印度人から見れば出来上がりはかなりとろとろとなってしまいましたが、この固形スパイスを一切れ鍋に入れるだけで一人分の料理ができる分量です、しかも携帯性に優れています。さらに菜食主義者にも適応可能です。ツナの缶詰だけ個別に給仕すれば菜食主義だろうと文句は出ません」

 「しかし、三十万人分の食事に対応可能かね?」

 「それはこの電気釜。スイッチをいれとけば一時間後でも八時間後でも米が炊けます。実際のところ、最後のスイッチ調整のため開発はあとひと山まできています。きちんと炊飯段階をへてスイッチが切れる工程を仕上げるために研究者はがんばっており今年中には完成品を出荷できると思われます」

 「炊飯係は一人で百人分のご飯が用意できます」

 「また、日本にいる回教徒に調理の下準備の際、回教徒が食べるために下準備をしてもらいます。日本で言う{いただきます}を調理人にさせてしまうと言ってしまえばいいかと」

 「それなら安心だが、最後に一つだけ確認しておく。このツナ缶、使っている油は何かね?」

 「鰯油ですがそれが?」

 「それなら問題はない。獣油を使った銃の薬包のために起こった反乱は回避できそうだ」

 

 

 「さて、お次は近攻遠交をして紅軍に集中できる体制を敷かねば。最初にガンデンポタン政府と交渉を行わねば。ここは、仏教徒がいいだろうな。大谷少尉がいたな、彼をしてかの国と友好関係を築いてきてくれ」

 

 

 ラサ 大昭寺境内

 「陛下(ダライラマ十三世)におかれましては、国府軍を引き継ぎました我々日英軍の四川省統治を承認いたされますようにお願いに参りました」

 「貴殿は、我々のアムドとカムドの統治を認めるや否や」

 「四川省に含まれない区域なら認めます」

 「‥‥‥。よろしい、我々と友好関係を」

 「はっ」

 

 

 帰りの二式飛行艇

 「大谷少尉、つつがなく任務が終了いたしましてなによりです。何か秘訣がおありですか」

 「孫子で言う敵を知り己を知れば百戦危うからず」

 「なるほど」

 「なに、ガンデンポタン政府は長征の際、国府軍の要請に従って紅軍に手ひどい一撃を加えている情報を得ていてね。このまま、中国が紅軍の手に渡れば次は自分たちの番だったんだよ。紅軍とて人間、一番苦しい最中(長征)に受けた攻撃は忘れないものだよ」

 「我々は救いの手だったのかもしれませんね」

 「それより、さっさと四川省の受け渡しをしておこう。重慶から西安にむけ戦略空爆をする可能性がある。ここが天下分け目の天王山となるかもしれん」

 

 

 

 

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