仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第03話

 安政二年(1855年一月二十六日)

 ネーデル号

 「やっぱり、日本人はこれですよね」

 「汗をかいてる最中でも、汗をかいた後でも最適です」

 「これと白いご飯があれば、ご飯三杯いける」

 「若様、最初からこれを船にもちこんだんですか」

 「いや、万丈が特産品をもちこんだ方が取引に有利だときいたから水戸藩大坂屋敷からもらってきた」

 「確かに、今の我々でしたらひと壺あれば、洋銀四枚と交換するかも知れません」

 「では、日本人であることを感謝していただきましょう」

 「「「いただきます」」」

 「「「すっぱ」」」

 「熱帯で梅干を食べて心はもうひと踏ん張りかな」

 一月二十七日

 「寛よ、これは地図に見えるのだが、どこを示しておるのだ」

 「若様、これは世界地図です」

 「では、日本はどこへ」

 「この地図は、阿蘭陀を中心にしていますから、日本は一番東の果てにあります」

 「ほう、小さなものだな。阿蘭陀とパリはどこだ」

 「オランダが地図の中心の上部に、その下にパリがあります」

 「で、いまはどこだ」

 「我々が属している太平洋からインド洋に移ろうとしています」

 「航海は、まだまだ六分の一というところか」

 「印度に到着して三分の一。アフリカ大陸の最南端にたどり着いてさらに三分の一でしょうか」

 「寛よ、アフリカとインドとの境にある紅海と地中海は海でつながっていないのか?」

 「それが、陸でつながっており、百マイルほど海が離れているので船でいくことはできません」

 「そうよの、船を受け取りに行くのに陸に上がるわけにはいかん」

 「でも、阿蘭陀人によると、この地峡にそって馬車鉄道を整備したことで、阿蘭陀とインドとの手紙は、三か月から一月に短縮したそうですよ」

 「しかし、阿蘭陀が日本から遠いことにかわりはないな」

 「しかし、二日前に停泊したジャカルタは、阿蘭陀領だそうですよ。ちなみに今我々が次の目的地としている印度も英国の領土だそうです」

 「寛よ、わかっている範囲でよいから阿蘭陀、英国、仏蘭西の領土を区別してみてくれぬか」

 「では、わかりやすいとこから、アフリカ大陸は英国と仏蘭西でほぼ二分。阿蘭陀の植民地はインドネシアのみ。印度、オーストラリア大陸は英国。北アメリカは、カナダが英国」

 「寛よ、それは覚えねばならぬことか」

 「日本は独立国であり、交戦している国がないのでどこに港にも立ち寄れますが、仮に英国と仏蘭西とを相手に戦争を始めますと、敵国領の港に立ち寄ることはできなくなりますから今度のような阿蘭陀行きの航海をするのは補給できる港がほとんどなくなります。航海士になりますと紛争ぼっ発後の対応が必要だと言われました」

 「ほう、少なくとも英国と戦争した清が負けたのだ。英国と仏蘭西の連合軍に対して戦争を仕掛けるわけにはいかんな」

 二月六日 カルカッタ

 「久しぶりの上陸か」

 「やっと船旅も三分の一か」

 「食事の前に方針を聞くが、手かフォークか、食事先は二択だそうだ」

 「手を選んだら、手づかみですか?」

 「そうだ、清浄なる右手で食べるそうだ」

 「毎日、ナイフとフォークでの食事ですから、手づかみも捨てがたいですねえ」

 「しかし、抵抗感は手づかみの方がある」

 「楠よ、そなたに意見はあるか」

 「診療所の後取りとして言わせてもらえるなら、やはり箸かフォークで食べてください。生水も厳禁です。一人が病気になりますと他のものにうつしたりする場合があります。船の中では、ふせぐのが難しくなります」

 「では、阿蘭陀人のいきつけの店にしよう」

 「む、あれは米ではないか」

 「平らな皿に盛り付けられてますが、フォークで食べるご飯のようですなあ」

 「では、パンとご飯の選択ではご飯にしよう。後は、インド料理一式をフォークで食べるとするか」

 「ぱさぱさとしたご飯も米に違いないな」

 「箸があれば最高だけどな」

 「しかし、調味料が色粉の役目もしているのはすごいな」

 「これは鶏のようだが、黄色に」

 「野菜皿には、緑色になっておる」

 「この飲み物は、ココナッツミルクというものか。ヤシの実を食べるとはなあ」

 「同じようにこっちも白色をしているが、半熟卵みたいに少し固まっている感じだな」

 「それは、牛の乳を発酵させたものだそうだ。インドでは牛は神聖なるもの、街中に放し飼いされてるらしく、食べるわけにはいかず、その乳を利用するようだ」

 「中華料理よりも洋食よりも抵抗感なく、食が進みますねえ」

 「発酵食品というものが日本人になじみがあるせいかもな」

 「お次は、織物問屋に行ってみよう。清では出さなかったが、持参した生糸を買い取ってもらえるなら半分まで売りたい」

 「生糸の買い取りはやってますか?」

 「やってますが、お客さんの要望にこたえるだけの金額を出せるか保証できません。この量だと

 洋銀で購入できます」

 「うーーん」

 「お客さん、見かけない顔ですがどこから」

 「日本だ」

 「ほう、初めて聞くところですねえ。では、どちらへいかれますか」

 「阿蘭陀とパリへ」

 「でしたら、阿蘭陀とパリの買い取り価格を確認したらどうでしょうか」

 「みたところ、一級品の生糸です。これなら清の生糸と同等の評価を得られるやもしれません。世界の評価は清の生糸を一等級に指定しております。さらに、西洋では生糸の品質が大きく清製に劣っておりますうえ、絹織物の産地は第一に仏蘭西のリヨンです。あえて、お客様のために申し上げます。お急ぎでない限り、仏蘭西の買い取り価格を参考にされてはどうでしょうか」

 「あいや、その言に従おう」

 「商談はまとまりませんでしたが、気持のよいものでしたねえ」

 「こちらは、仏蘭西が絹織物の産地とわかっただけでも商談をした買いがあったねえ」

 二月二十日 

 「寛よ、あの雪をいだいておる山は何と言う名前かのう」

 「キリマンジャロと申して、アフリカで一番高い山だそうです」

 「富士山とどちらが高いのか?」

 「それが富士山の高さは正確には誰もわからないそうです」

 「そうか、どちらも地域を代表する山であるとしか言えないかのう」

 二月二十六日

 「満よ、黒船の秘密はわかったか」

 「あの煙突からもくもくと立ち上がる煙は石炭というものを燃やしているためだそうです」

 「まきを燃やすのと違いはあるのか」

 「よく似ておりますが、石炭を燃やすと少ない量で多量の熱を得ることができます。船であれば、まきを置く場所は限られています。でしたら、少ない量でたくさんの熱を動力に変換できる石炭を搭載するのだそうです」

 「なるほどなあ。日本でも取れるといいなあ。新しい産業になるやもしれん」

 「そうですねえ、金鉱探しをしている山師に石炭を渡してこんな黒い石を探し出してこいと言えば見つかるかもしれません。ただし、熱で蒸気を生み出しそれで動力を得る機械は複雑怪奇です」

 「クロノメーターとどちらが難しそうにみえる」

 「どちらも技術の粋をきわめていますねえ。あえていえば、極小の極致と極大の極致ですかねえ」

 「ほう、どちらも西洋技術の真髄というものかのう」

 三月一日 ケープタウン

 「ここはアジアを見渡す最前線というところで最後の寄港地だそうだ」

 「ここで何を食べるんですか」

 「すごいのう、にわか船乗りである者にとって、海の難所でしけにあったら食欲もない」

 「ワインをたらふく飲みながらパン食だそうだ」

 「それって、船内食とどう違うんで」

 「それをいうな。新鮮な食事ができるだけましというもんだ」

 「すっかり、缶詰というものにも慣れてしまったな。魚が食べれないのは何ともつらいが、肉食にも抵抗感がなくなったなあ」

 「ここより先、西洋が始まるとしたら何としても医学をおさめて帰らねば」

 四月三日 アムステルダム港

 「なんだか、正月にでたら到着した阿蘭陀で春になってました」

 「周りのの風景を見るだけで、異国情緒たっぷりだな」

 「あのチューリップというものを日本で植えても花が咲くかな」

 「日本へ持って帰るか?」

 「いいねえ。あちこちへ植えてみようぜ」

 「万丈、お前たちはこのまま阿蘭陀で船を受け取るのか」

 「そうなりますが、一人、パリにいかせようとおもいます。クロノメーターの値段を調べてほしいのと生糸と縮緬の売り込みをさせたいので」

 「万丈、一人指名してくれ。我と渋沢はパリに向かう予定だ」

 「では、広を連れて行ってください」

 「わかった」

 アムステルダム中央駅

 「旅券確認よし」

 「しかし、日本には一つもない丘蒸気がこれほどあるとは」

 「これにのっていれば、パリの他、ベルギー、独逸にもいけるとは」

 「列車に乗る前に、よくよく行き先を確認せよと言われたのもうなずけるよなあ」

 「とりあえず、この座席に乗っておれば問題なかろう」

 「所で若様、貨車に荷車一台分の荷物がのっていましたがそんなに必要なんですか」

 「広は知っておるか。パリで来月から万国博覧会が開かれるのを」

 「はい、若様はそれを見学されるために西洋にこられたとか」

 「で、その代表者がナポレオン三世というんだが、彼に掛け合って日本の展示をしようかと思ってな」

 「会えるんですか?その仏蘭西の将軍という方へ」

 「実はアムステルダムで面会をしてもらうための紹介状をしたためてもらった」

 「それはすごいですねえ」

 「期待はしておらんが、はるばる海路で三カ月をかけてきたのだ。粗末には扱われんだろう」

 「それは、東の端に住む我々ですから、道中のように好奇心いっぱいでみられるかもしれません」

 「そうよのう。我々の恰好が一番の展示かもしれん。いままで侍の格好をした国はなかったものよ」

 「あえていえば、髪型だけべん髪をしている清人と似たりよったりという感じでしたが」

 「それで展示されるものは何にされたんですか」

 「阿蘭陀人にも確認をしたところなのだが、生糸とちりめんを展示しようともっている」

 「もしかして、パリの織物問屋でその感触をつかもんですか」

 「そう、情報は多いほうがよい」

 「承りました」

 パリ 北駅

 「早い、早すぎますよ。もう、パリに到着ですよ」

 「驚くのはまだ早い。ホームが十もあるつまり行き先が十もあるということさ」

 サントノーレ通り

 「若様、このような華やかな通りで、すこし気おくれするんですが」

 「我々は客だ。どこかの織物問屋に入るしかないわ」

 とある一軒の織物問屋

 「この生糸の買い取りをしてほしい」

 「洋銀ですと四十枚になります」

 「売った」

 「少し、尋ねるが、この生糸の品質はどうだ?」

 「清のものと同じ一等級をつけます」

 「なるほど、インドの店員の目は確かであったか」

 「つぎは、この丹後縮緬の買い取りをしてほしい」

 「こ、これは。少々お待ちください」

 「若様、店員が奥に引き込みましたが何か悪い知らせでしょうか」

 「さあ、もっと上の者が出てくるんではないか」

 「なぜでしょう」

 「さあ、我が初めて讃岐うどんを食べたのと同じ気持ちになったのではないか」

 「どういうことでしょうか」

 「いままでこんな生地に出会ったことはない、とかな」

 「それは、高く買い取ってもらえるということでしょうか?」

 「多分な」

 「お待たせいたしました。お客様、この縮緬という生地、横糸に強いよりをかけてあるため、独特のちじみが出てきております。もしこの生地があるのであればあるだけ買い取りたいのですが」

 「申し訳ないが初めて海外に出たものだ。ここにある分しかない」

 「では、千洋銀でいかがでしょうか」

 「若様、そんな高金を手にしてもよいのでしょうか」

 「いいさ、その価値があったというだけの話さ。ただし、この国の金銀交換比率だと小判に交換したら、四十両というところさ」

 「それを聞いて安心しました。それなら我々が行っております商いではよくあることです」

 「いや、特産品というもの。さすがにほしいところに持ってくれば売れるものよのう」

 「後、反物で三反あれば、クロノメーターがかえたのに」

 「それより、広よ。どうやら、お主、万博が終わるまでパリにいなければならぬようだ」

 「若様、それはどういうことで」

 「決まっておる。日本の特産品の宣伝をしてもらう」

 大統領府

 「遠路はるばる御苦労である」

 「陛下におかれましては、どうか我々が万国博覧会に出展いたします許可をいただきたく存じ上げます」

 「よかろう。さて、日本はアジアの国だそうだが、どうだ、スエズ運河の出資してみないか」

 「陛下は、我々が金と労働力を提供いたしました場合、見返りは何でしょうか?」

 「スエズ運河の権利を一部与える」

 「では、できる限りのことを協力することを誓います」

 「渋沢、我は阿蘭陀船に乗船して帰国せねばならなくなった。お主は広とともに万国博覧会の出展を準備しておいてくれ」

 「ははっ」

 「ではたのむ。我はこのまま、鉄道で万丈たちと合流する」

 六月六日 シャンゼリゼ 万国博覧会会場

 「ヘイ、これはすばらしい」

 「このアングル、この色遣い」

 「縮緬を見てくれるのはうれしいが、最初に目にいくのが皆、若様が残していったものとはねえ」

 「しかも退屈しないように三十六枚あるから、毎日、日替わりでめくればいいさといっていましたけど。おかげで一昨日見た顔が昨日も今日もみたというのがいる」

 「我々の語学力がメキメキと上がるのはいいのですが、説明しづらいことばかりですねえ、美術用語は」

 「出展前の評判をいち早く阿蘭陀に届けたので、出航前の若様を捕まえることができてなによりだ」

 「これで、タダ同然のものが仏蘭西では高値で売れるんですかねえ。若様が無事、日本からもどってきたら、クロノメーターを買わせましょう」

 

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