仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第100話
1888年(明治二十二年)七月一日
直江津駅
「新潟発大坂行き急行白鷺、発車いたします」
「しかし、親不知という地形、トンネルを掘るしか、鉄道を走らせようがない」
「伝承では、親子でこの地を越える際、海岸の浅瀬を歩くしかないのだが、親は波にさらわれるのを警戒するために子に気を配ることができず」
「子不知では、親の手を気にする余裕がなくて子供は波にさらわれるのを覚悟しなければならないか」
「この後、どうやって鉄道に並行した道路を造るかね。手段なぞ、思い浮かびもしない」
「では、並走する道路がないのであれば、鉄道に乗っていただくしかございませんが」
「しかし、それでも投資した一千万円の元を取るには、二十年が必要だと試算が出ていますが」
「投資資本の回収に二十年か。投資案件としては、いささか不都合な路線だな」
「この後、笹子トンネルともなりますと、投資資本の回収に三十年かかるですが」
「では、丹那トンネルともなると五十年か」
「いえ、丹那トンネルは東海道線で鉄道輸送量が多く、かつ御殿場線よりも十二キロ短縮されますので、石炭消費量を一編成が日本橋と大坂とを走る分節約できますので、その分を含めますと十五年ほどで元が取れます」
「しかし、長距離トンネルというものは、他区間の利益をもってつくるものだ。トンネルに鉄道網への波及効果がなければ掘りたくないね」
「掘りたくないときたか。では、豊後の国に散らばる大名家が予定されている線路からどれほど離れているか調査した結果をここで発表させてもらおうかね」
「支線を複数作るなんぞ、鉄道会社としてはしたくないのだが、どうだった」
「大丈夫だ。六つの大名家全てを鉄道埋設予定地に入っている」
「それは上々」
「では、その他の国で大名による我田引鉄を防ぐ対策というものはないか」
「幕府と大名家による要請を断るとなると、何か対価が必要だな」
「鉄道予定地から離れた大名家があり、そこまで支線をひけといわれたら線路埋設費用を全て請求いたすか」
「そうだな、埋設費用を全て出していただけるのでしたら線路をひきましょうと言い切ってしまうか」
「もっと穏やかにこちらは十分やっていますと相手が言い出せない暗黙の了解にさせる手はないか」
「ここは飛脚便を使ってはいかがでしょう」
「鉄道最寄駅から城まで大名行列の手伝いをするのか」
「いえ、わが社はすでに鉄道幹線道を完成いたしていますので、支線をひく予定はございませんと言い切る方法というものがあるのではないかと」
「そのような全てがおさまる方法があるのか」
「どうでしょう、全ての国を飛脚便が網羅していませんが、飛脚便の全国配達を請け負ってはいかがでしょうか」
「なるほど、我が社は鉄道の引いていない貴殿の国でも飛脚便を取り扱っているのですから、貴殿の藩も鉄道最寄駅までお立ち寄りくださいと言わしめるのか」
「もう一段階駄目押しを出きぬか。有無を言わさぬためにも」
「では、それでも線路をひけと言われたならば、線路予定地を買ってしまえばよろしいでしょう」
「しかし、それでは線路をひかねば地代がかかるだけでわが社の丸損ではないか」
「いえいえ、その線路予定地は使用いたします。線路予定地に電線を通すのです。こうすれば線路予定地を遊ばせずにすみます」
「そうか、線路をひく予定であるが金がないといって断るのでなく、全国を網羅する飛脚便と電線を通して貴殿の藩に我が社は貢献しています。しかし、それでもなお線路をひけといわれるのであれば、電線も飛脚便も線路をひくまで一旦中断させていただきますといわしめるのか」
「はい、こうすればいつ来るかもわからない線路のために電線と飛脚便を失うことになるのですから、我田引鉄に対する抑止力となるでしょう」
「だが、電線に線路が負けるようで少しばかり悔しいな」
「電線は、野を越え山を越えれるからなあ」
「いちいちトンネルのお世話にならないからね」
「電線網の全国展開は投入資本が少なくてすむよ」
十一月二十日
品川港
「ここにいられる千人の皆さま方は、仏蘭西がほおりだしたパナマ運河建設を幕府が請け負ったことにより、全国から集められた第一期生の方々となります。その三年の年季が明けた皆さま方に対し、幕府は大したことは出来ませんが、鉄道会社と契約した旅券をここにお配りいたします。この旅券は、本日より一ヶ月間の期間で全国の鉄道を無料で利用できるものです。どうか、帰国をされる方、もしくは田舎に住んでいる家族の顔をみにいかれるのも御自由です。どうか有意義にお使いください」
「て言うことは、日本一周をしてもかまわないんだな」
「はい、一カ月の期間であれば」
「でもなあ。まずは、国に帰るべ」
「はい、日本全国津々浦々、二日もあればご帰国できますので、その後お考えされても問題ないかと」
「おら、同期で死んだ新発田の長尾の墓参りに行ってやるって今決めただ」
「そうだな。俺の同期は松山藩のやつと弘前藩のやつと紀州は白浜のやつだったな。どれ、一年二年と同じ釜で飯を食ったやつらだ。三か所で墓参りといこうか」
「そりゃ、お前よう。墓参りにかこつけた温泉巡りというやつだ」
「悪いんか」
「いや、俺は五か所行くつもりや。蚊取り線香でない線香をあげてくるさ」
「そうか、俺は少ない方か」
品川駅
「駅員さん、わし、高松藩の遠藤っていう。この旅券で越後の新発田までいきたんだが、本当に何もいらないんか」
「はい、この幕府が発給した旅券があれば本日の日付を入れるだけで一等車両にもご自由にお使いください」
「ワシがいいたいのは、関所で苦労しないかということだ」
「それでしたら問題ありません。鉄道に乗っている間は関所というものはございませんし、奥州に残されていた白河の関をはじめとする全ての関所は廃止されました。そのため藩が設置していました関所も全て廃止の運びとなりました。幕府に旅券の申請は一切必要ございません」
「それがわかったら一安心だ。で、どこまで乗ればいいんか」
「新発田ですと新発田駅まで行かれることになります」
「て、いうことはどんくらい時間がかかる?」
「その前に経路をお決めください。新発田駅までいかれるのでしたら、経路は二つでしょう。信越線経由か仙台と米沢経由となります。前者は、五百二十キロ。丸一日がかり。後者であれば、六百キロ。こちらもほぼ同じ時間がかかります」
「では、先の方で」
「でしたら、乗り換えのご案内をさせていただきます。品川駅から東海道線で日本橋駅へ行かれましたら、そこで日本橋発松本行きの急行列車に御乗り換えください。松本駅につかれましたら、新潟行きの急行に乗り換えをされましてから、新潟で会津若松行きの急行に御乗り換えください」
「どっか、間違えやすい駅はあるか」
「日本橋駅だけご注意ください。そこで中央線に乗っていただければ、後は乗車間違えは起きません」
「わかった。ではいってくる」
「お客様、丸一日がかりの旅となります。駅弁を日本橋駅と松本駅、新潟駅でお求めされてはいかがでしょう」
「あい、わかった」
日本橋駅中央線ホーム
「えーと、これが中央線の松本行きか。新発田まで一日で行けるようになったか。俺たちがパナマで穴掘りしている間に、日本も便利になったもんだ。で、駅弁を仕入れてゆけか」
「いらっしゃいませ」
「とりあえず、深川めしと茶を一つずつくれ」
「かしこまりました」
「中央線、松本行き急行発車いたします」
「ま、とりあえず、これで乗り間違えはないだろ。日本に帰国して初めての御飯にするか」
「パク。もぐもぐもぐもぐ。うまいな。パナマでもあさりの缶詰が届いたが、やはり浅草で採れたあさりを食って御飯を食べたら、日本に帰ってきたんだな。長尾のやつも食べることができればよかったんだが、現地で風土病にかかったもんは誰もが匙を投げていたもんだ。たまたま俺はあたらなかっただけの話だからな。同期の十人のうち三人が死んでしまった。それも当初三カ月のうちに」
塩尻駅近郊
「信州に入ったら気温が下がったな。列車内はストーブがきいているから快適だが、日が暮れてからガラスに結露ができている。けど、昼間と同じように通過する駅の駅名は読める。あれは、篝火でもないし、なんや」
「あんちゃん、電球をしらんのか」
「電球ってなんです」
「電気で明るくなる照明器具だ。昼間のように駅は明るいだろ」
「へい、その通りで」
「だとしたら、駅に設置している連続時計も知らんのか」
「はい、なにぶんにも三年ぶりの日本でして」
「あの連続時計ってなすごいもんで、一年使っても誤差は一分以内ってな話だ」
「そら、すごいもんで。仏蘭西製ですか」
「あの時計に使ってる電池は、日本人の発明や。なんでも世界初ってな話だ」
「へーそらすごいもんですねえ。それをしってるおっちゃんもたいしたもんです」
「なんでも、独逸に特許をさらわれる直前に、気がついた大使館員の知恵で仏蘭西でも特許を持っているそうや」
「いや、帰国したらいいことをきかせていただきました。外国で頑張ったかいがありました」
「にいちゃん、どこまでいくんや」
「へー。越後の新発田までです」
「なんだ、直江津までいくんなら、富山まで足をのばしな。日本人が全長二キロのトンネルを掘った親不知をみていかなくて鉄道に乗っている意味なんぞないで」
「では、そこも墓参りを済ませたら通ってみます」
「そうか、墓参りも楽になったがそら大事な用事やな。きーつけていくんやで」
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