仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第99話

 1888年(明治二十二年)三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、外環状線の全通、函館線は小樽と小沢駅間、日南線は小倉と行橋駅間、奥羽線は青森から川部駅間。百円の収入を得るために必要な経費は、四十円でした。なお、今年の六月中には、子不知トンネルの開通によりまして、北陸線の全通となります」

 「北陸線が全通か。金のかかる区間だったな」

 「今まで五年の歳月をかけて通した区間なぞなかったなあ」

 「トンネルが主体となる区間では、進捗速度が五分の一程度だな」

 「いたしかたないでしょう。直江津と富山駅間は日本の背骨ともいえる重要個所。同区間がなければ、新潟と京の区間での輸送は、直江津から信州経由で岐阜に迂回する路線と同様に高山線で岐阜に抜ける路線を経由して京に到着するする路線しかございません」

 「距離にして短縮できたのはいかほどか」

 「信越線経由で、六百九キロ。高山線経由で五百九十七キロ。北陸線を西進すると五百三十十八キロ」

 「ということは、短縮できたのは六十キロか」

 「ただし、北陸線は近江と若狭の国境以外、海岸線を直進できますので、蒸気機関車が大の苦手とする勾配がほとんどございません。東海道線という平坦地に換算すると五百キロと八百キロ程度の利点が生まれたと考えてよいでしょう」

 「そのくらいでなければトンネルを掘った意味がないわ」

 「よって、来年から四キロトンネルである甲斐の国にある笹子トンネルに取り掛かることになります。その次に待っている丹那トンネルの開通までは、日本の鉄道網が完成をみてしまうな」

 「北は北海道から南は九州まで主要な路線は、それまでにできてしまうが、鉄道が通っていない藩からは、最後の要望が集いそうだな」

 「後、幕府が憲法を作成しています。今までは大名というものは、水戸藩を除き参勤交代により、一年ごとに国と江戸を往復されていましたが、議会なるものができますと一年のうち半年を議論をするために江戸に、議会が閉鎖される期間は国元に帰ることになるようです」

 「一年ごとに領地と江戸を往復していたものが半年ごとなるのか」

 「ですので、議会を招集する幕府といたしましては、議員となる大名のために、全ての大名が線路で国と江戸とを往復できるように路線の埋設を日本全国津々浦々まで江戸とつなげさせるようにするでしょう」

 「では、今までと違い線路をつなげるのではなく、江戸が終点で全国の大名所在地まであっちこっちと支線をひくような事態となると」

 「でなければ、大名家で議会なんぞでんわと駄々をこねることになりかもしれません」

 「大名による我田引鉄ですか」

 「とはいいますが、それほど恐れた事態とはならないでしょう。東日本の大名家は大規模なところが多く、幹線を通しさえすれば、ほぼ大名家を拾えるでしょう」

 「では、もめるところは?」

 「少数の大名家が林立している州は、播磨で日本海側にも大名家があります」

 「それと豊後に大名家が林立しています」

 「今まさに路線を伸ばしている地ですね。日南線」

 「早速、豊後の大名家が埋設予定地に入っているか至急調査をさせなさい」

 「了承いたしました。それでは、今年の新規路線はいかがいたしましょう」

 「函館線は、長万部駅までを」

 「奥羽線は、大館駅までを」

 「日南線は、柳ヶ浦駅までを」

 「函館線は目名駅までとする以外申請通りとする」

 「以上をもちまして、本年度の決算報告を終えさせていただきます」

 

 

 四月三日

 オテル日本橋

 「今年の課題は、駅弁か」

 「駅がない所は、不利だな」

 「鉄道が発展したここ十年の結果がみたいそうだ」

 「前回の勝負では、鯛飯で今治駅が勝利をおさめたのであったな」

 「ここ最近、缶詰をはじめとする保存食が発達してきているから、当然駅弁にも影響があるはずだな」

 「その前に、審査員が一般人になったのであるから数を用意しなければ審査対象にさえならない」

 「ふむ、大量に用意できていて、なおかつ美味、見た目の良さを求められるか。だとしたら、材料に野生の雉とか猪とかは数が用意できずに退場か」

 「大量生産できねば、票が入らぬときたか」

 「あれなぞ優勝候補だろ。仙台の牛タン弁当」

 「西日本なら、新参者である奈良の柿の葉寿司」

 「地元からは、深川めしだな」

 「しかし、冷蔵および冷凍技術が発展した今となっては、鮮度勝負となりませんか」

 「ふむ、色で訴えかけるのも勝負の一環だな。やはり、最優秀に輝いたのは、北海道から出てこなかった、いや冷蔵技術が未熟であるうちは参加できなかった函館駅のうにイクラ弁当か」

 「確かに、鉄道と冷蔵技術が発達なくして函館からイクラを輸送してくる手段なぞありはしないわな」

 「青函連絡船が優勝に貢献か」

 「ついに日本アルプス百景美術館は、海を越えて北海道に渡るか」

 「これで四島全てで一等をとったことになる」

 「同美術館は、九州にはいっていないがな」

 「来年あたりから、武蔵の国でイクラを食する機会が増えるかね」

 「いや、無理だろ。函館で食べていただくことになるだろう」

 「買い取りをしないかがいり、イクラを江戸にはこぶ体制は整っていないだろう」

 

 

 四月二十日

 江戸城外国奉行所

 「朝鮮の情勢はいかがか」

 「84年に開国派とよばれた連中が三日間ほど天下を握りましたが、袁世凱率いる清軍の参戦により、旧主流派ともいえる清国の柵封国であり続けるべきだとする守旧派が依然として実権を握り続けています」

 「朝鮮は天下泰平か?」

 「それが、四年前に開国派を徹底して弾圧いたしましたので、政治体制は反対派がいない状況ですが、国そのものが財政難にあえいでいますので、国としては清の後ろ盾がなくなれば危ういの一言です」

 「では、柵封は財政難を乗り切るために必要な手段か」

 「国防も清の兵隊頼りともいわれています」

 「我が国としては、朝鮮に進出するのは、百害あって一利なしか」

 「何も得るところがないといえるでしょう。朝鮮に手をだすのは、清国の代理人である袁世凱を通して清国と戦争をする覚悟が必要でしょう」

 「朝鮮とことを構えるのは、清国が誇る二隻の戦艦をしとめる必要がある。制海権を清国に握られては、すぐさま立往生をしてしまうでしょう」

 「では、大陸には無関係でいこう」

 

 

 五月三日

 源氏物語『雲隠』『匂宮』を浮世絵化

 

 

 六月十九日

 徳川憲法草案

 一、藩内での税制は、その藩を支配する大名家が決定する権利を持つ

 二、議会は貴族院のみの一院制とする

 三、議会での決定は、国防や外交、関税などを話し合う場とし、地方のことはその国を治める大名家が責任をもってあたる

 四、大名家の内で一揆がおこった場合、藩内で処理できなければ大名家を取りつぶせる権利を貴族院で話し合うこととなる

 五、大名家は、後継者がいなければ取りつぶされる

 六、大名家間での結婚は解禁とする

 七、国外との戦争になれば、非常事態宣言とし、戦争への協力をする義務を大名家はもつ

 八、ただし、高等教育機関を全国各地に建設する予定である。各藩は、その期間に子弟を留学させる義務を負う

 九、日本国は、世界に貢献すために世界平和を探求する

 十、そのために世界に向けて信頼の構築に努力する義務を負う

 「なあ、ちょんまげが結えなくなると議員資格を失うとあるが、あれはやはり入れなくては駄目か」

 「駄目だ。あれは老害を防ぐ意味もある。ちょんまげが故なくなれば、高齢となったのであるから、さっさと議員を引退してくださいという引退勧告だ」

 「確かに、相撲取りも髷が結えなくなれば引退せざるを得ない」

 「その応用をさせていただきました」

 「ただな、この憲法草案、中央集権からは程遠いな」

 「そうだが、京と大坂、江戸はこれからも発展してゆくだろう。で、地方の発展は大名家が責任をもってあたるのであるから、三大都市の発展より大きく遅れれば、領民が逃げ出してしまう」

 「つまり、領民の引き留めができない大名家は発言権が多いに下がると」

 「そうだ、田舎という経済発展から取り残された地を抱えないほうが投資が少なくて済む利点もある」

 「確かに、大名家は三大都市の発展に神経をとがらせずにおられないな」

 「大名家の領地経営は、関所がなくなった今こそ試される」

 

 

 

 

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