仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第98話

 1888年(明治二十二年)一月三日

 白河駅

 「今日、関所が廃止される日か」

 「白河の関を越えて鉄道が走ったのだ。幕府もやっと全国の関所を廃止することに合意した」

 「鉄道に乗っていれば、関所の存在が無意味になる。本音でいえば、関所を迂回する意味で鉄道に乗ってくれる旅人がいる間は、関所があった方が中山道鉄道株式会社としては、儲かるんだが」

 「しかし、関所は長時間にわたって拘束される場所、商人泣かせの施設であることは変わりなかった」

 「沖を蒸気船が走り、都市と都市を蒸気機関車で数時間で結ぶ世の中となったのだ」

 「それはいえるな。関所に拘束される時間より、郡山と白河を移動する時間の方が短いときた」

 「開国したのであるから、日本国内も関所で人の往来を妨げるのではなく、州同士を開国しなければなるまい」

 「そして、今日を限りとして関所の役人は、外国と日本の貿易に関する業務に異動する」

 「清国内に浮世絵を販売する方に近年力を入れているから、浮世絵という出版物という名の輸出品を取り扱う部署への増員は決定事項だな」

 「そして、わが社は次回、関東に進出することができる」

 「そして懸念事項であった天王寺から奈良を経由して京の四条と結ぶことができた」

 「やっと、関西の集客を期待できるところに線路を延ばす余裕ができたな」

 「わが社は、関西で先有権を主張することが出来るようにするのが今後の目標だな」

 「残る関西の路線は、いかがいたそう」

 「関東で外環状線がうまくいっているという話だ。関西でも実現できぬか」

 「環状線をつくるなら、やはり大坂を中心に据えて考えるべきであろう」

 「では、二年後までに大坂にも環状線を走らせる路線を考えてみよう」

 

 

 一月二十三日

 パリ 駐仏日本大使館

 「カール=ガスナーが仏蘭西において、乾電池の特許を申請したのが、先月二十九日」

 「日本で屋井式乾電池を特許申請したのが同二十八日」

 「いまだ、電池なる物、時計の電源となるほか、実験室で直流電力を供給する以外、さほど需要がないものだが、日本初の電池に関する特許申請一号であったのだ。同盟国たる仏蘭西で屋井式乾電池の販売ができるようにする方法はないか」

 「できれば、同盟国である仏蘭西にふさわしい科学力と言わしめることができるであろうが」

 「独逸人の特許を無視して乾電池を販売することは出来ないでしょう。特許に対する対策をたてねばなりません」

 「ということは、双方の特許は一部分なりとも重なることころがあるということか」

 「では、後塵を拝しますが、屋井式乾電池の特許を仏蘭西でも申請いたしますか」

 「それは、期日の関係で却下されるであろう」

 「では、仏蘭西特許局に独逸人の特許を却下してもらうように申請いたしますか」

 「それは、こちらが先に特許を申請したという証拠がなければ無理であろうな」

 「では、他の手段を探さなければなりませんね」

 「おお、特許に関する関係書類を隅から隅まで探しまくってくれ」

 「では、特許申請に関する法律書を最初から読んでいきます」

 「ああ、日本では特許に関する法案ができたてであるから、このような事態になれた者がいないのが現状だが」

 「書記長、この条項は使えると思いますが」

 「これだよこれ、これに必要な書類は、日本で出願した書類の写しか」

 「では、日本から書類を取り寄せます」

 「それまでにかかる日数は、五十日か、何とかなるな」

 

 

 三月十三日

 仏蘭西特許申請局

 「関係書類を集めてまいりました。日本から乾電池の特許に関して優先権を主張いたします」

 「では、中身を改めて吟味させていただく。おって、駐仏日本大使館に結果を報告させていただく」

 「お願いいたす」

 

 

 五月二十五日

 駐仏独逸大使館

 「お、カール=ガスナーが仏蘭西で申請した乾電池の特許申請に関して、返事が返ってきたか。何、却下だと。理由を述べよ、理由を」

 カール=ガスナー殿

 貴殿が仏蘭西特許申請局に申請された乾電池の特許であるが、貴殿が仏蘭西において乾電池の特許申請が一番早かったことと工業特許の先進性に関しても問題がなかったことを当局は認める

 「ふむ、ここまで読んだ内容であれば却下される理由にはならない。何か重大な欠点が」

 貴殿が仏蘭西で申請された期日は、昨年の十二月二十九日。これより先にジャポンで昨年の十二月二十八日、貴殿と特許内容が類似している屋井式乾電池なるものが特許申請されている。当局といたしましては、仏蘭西にジャポンから届けられた書類を見る限り、貴殿の特許申請日よりも屋井式乾電池がジャポンの特許申請局に先着している

 「ここまで読む限り、独逸式の乾電池の方が仏蘭西で先着しているだろう」

 よって、我が国では、一年以内に同盟国たる国家で出願された期日を仏蘭西における特許申請日といたすことを『工業所有権の保護に関するパリ条約(1883年)』を根拠として、仏蘭西国内及びその植民地では、乾電池に関する特許を屋井式乾電池の発明者である屋井先蔵が所有いたすものと認めることに相成った

 「同盟国条項のバッキャロー」

 

 

 パリ 駐仏日本大使館

 「ふう、仏蘭西の同盟国でよかったな」

 「一年以上発明を放置していれば、仏蘭西でも乾電池の特許は、独逸人が握ることになったでしょう」

 「欧州で仏蘭西国内を押さえることができたことを喜ぼう」

 「はい、この特許騒動で日本人もやればできると科学者や発明家に励みとなってくれれば幸いです」

 「後、特許料の低減ができないか。今回は、たまたま連続時計二百五十個の注文があったから、発明からすぐ特許を押さえることができたが、後一日遅ければ独逸人に仏蘭西国内での乾電池特許を持っていかれるところだったぞ」

 「幕府に働きかけるとともに、特許取得を応援してくれる事業家が見つかるといいのですが」

 「いやはや、この騒動を浮世絵にして日本国内で配布してくれ」

 「はい特許の成功例として世間に広めたくあります」

 

 

 五月二十九日

 江戸城

 「筆頭株主である仏蘭西とも話し合ったのだが、パナマ運河の三代目社長も日本から派遣してくれと依頼が参った」

 「では、候補として押していたこの人物を勝のもとで修業させるか」

 「樺太探検隊にも所属し、ジョン万次郎の下で外国語も習得したとは、よくこのような人物が残っていたな」

 「阿蘭陀に留学した経歴を持つとは、どこまで国際派なのだ」

 「長崎海軍伝習所でも学んだ経歴がある。勝がそのまま次期社長に任命していても問題なかったのはないか」

 「これなら、仏蘭西政府も満足であろう」

 「当年数え年で五十一歳。これも問題なかろう」

 榎本武揚にパナマ運河株式会社への出向を命じる 幕府

 

 

 六月二十日

 パナマ市 パナマ運河会社

 「榎本、やはりお前ぐらいの国際派でなければ社長は務まらんよな」

 「勝殿、長崎伝習所以来であります」

 「一年は、俺がすることを補佐してくれればよい」

 「私が社長見習いでよろしいのでしょうか」

 「誰かがやらなきゃならない。だったらやるしかあるまい。俺はもうすぐ、六十の後半だぜ。さすがに体にガタが来始めている。俺もぼちぼち隠居するしかないんだわ」

 「勝社長、完成までの日時はいかほどかかるのでしょうか」

 「目標は、後十年だ。先は長いぞ」

 「では、私の社長は何年続くのでしょうか」

 「さあ、ワシがわかるはずがないが、開始時期なら二年後から社長だな」

 「了解いたしました」

 「それと、ここの年季は三年だからな。三年ごとに作業員が入れ替わるからな」

 「なんとか、四期生で終わりたいですね」

 「作業自体は、難しくはない。山を掘って溝を掘るだけ。毎日これの繰り返しよ」

 「では、私が帳簿をつける必要はあるのでしょうか」

 「さあな、俺は勝家の家才に任せっぱなしだ。金に関してはそいつに聞けや」

 「相変わらず、細かいことに気を取られない方ですねえ」

 「そうでもしなけりゃなあ、同僚が風土病で死にゆくのを見ていられなかったせいだ。それも蚊取り線香で解決だ。風土病で死んでゆく日々だったら、毎日、気が休まらなかったぞ」

 「なんでも世紀の発見だったとか」

 「世紀の発見にするのはここに来る仏蘭西の医療従事者だろうな。まだ何にもわかっちゃいない」

 「風土病がきかない熱帯なぞ、世界中を探してもここしかないという噂ですよ」

 「まあ、頼むわ」

 

 

 

 

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