仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第97話
1887年(明治二十一年)十一月二十日
水戸藩江戸屋敷
「最近、鹿島製鉄所は、缶詰製造のために注文が殺到しているときくが」
「はい、各地に缶詰製造工場が立ち上がっております。当然、その材料となる缶を鹿島製鉄所が請け負っておりますゆえ」
「なるほど、民需で製鉄所の採算が良好か。では、一つ冒険をいたすか」
「それは、北常陸の開発でしょうか」
「うむ、現在、日立近郊で鉱山といえば常磐炭田といわれておるが、日立炭田に併設して硫化銅並びに黄銅鉱が取れる」
「しかし、鉱石の質が良くないと昔、鉱山に学者を呼んで開発延期といたしたのではございませんか」
「その時、学者が言うには経済が発展した際には、この鉱山で採算がとれるようになると」
「で、我が藩は製鉄所の建設を優先したわけであるが、鹿島近郊には金属加工業が起こりつつある」
「では、かの者達が集まっているのを利用されるわけで」
「世間では、非鉄金属といわれるようであるが、採算性の低い銅鉱山を採算にのせる条件は整っている」
「では、日立で銅鉱山を開山いたすので」
「開山はするが、会社名は常陸銅線にいたそうと思っている」
「なるほど、日本各地で電球がともりつつあります」
「そうじゃ、電球をともすには、電線を日本中に張りめぐらさねばならぬ」
「電線は、銅でできていますゆえ、これは将来性が保証されています」
「そうじゃ、そして電力供給は、会社内に石炭火力発電所を建設するまで常磐線沿いに供給される関東電力の電気を使えば問題ない」
「我が藩は、関東電力の本社も立地いたしていますゆえ、もしかしてこのような条件がそろうのを待っていらしたのでは」
「電力会社が我が藩にできるのは予想出来なかったが、製鉄所が採算に乗るような経済発展をいたしているのであれば藩内で工業化の遅れている北部を開発すれば、領民も南部をうらやましがることもあるまい」
「そして、南部と北部が工業化されるのであれば、その中心となる水戸駅周辺は鉄道の起点と終点を務め、物資の集積地として発展いたしております」
「うむ、陸上部だけではないぞ。鹿島港は製鉄の出荷港として大型船が乗りいれる良好となった」
「はい、鹿島港は北関東に物資を運ぶにも最良の港として発展を続けています」
「そうよの。北関東の鉄道路線といえば外環状線よ。路線一本で鹿島港に直行いたしておるわな」
「はい、鹿島といえば田舎の代名詞でしたが、近頃、貨物列車のみならず、職を求めて関東中から人が集まりだしております」
「ふむ、どうやら経済規模は、紀州藩に匹敵するまでになったか」
「はい、御三家の三男坊は稼ぎ頭となりつつあります」
「ふむ、後は常磐線と外環状線に沿って民家が増えればいうことなしか」
十二月十日
神田 屋井乾電池会社
「さあ、第一の壁であった電解質は、塩化アンモニウムを使うことで液体とはおさらばできた」
「第二の壁は、正極を何にいたすかという壁でしたが、貴方は減極剤を兼ねたものという条件を満たした物の中から二酸化マンガンを選択することで越えることができました」
「おかげで起電力も一ボルト半とダニエル電池の五割増しまであげるおまけまでついてきましたわ」
「そして、最後に正極とは別に二酸化マンガンに電子を与える集極剤を決めることで乾電池が完成することになる」
「しかし、白金と金は乾電池全体に電子を授与する大きさになると一グラムを必要とする」
「これだと、採算が合いませんねえ」
「だから、最後の手段である炭素棒を加工して集極剤をつくっているのであるが、液漏れの原因となる毛細管現象により集極剤を伝わって、液漏れを起こしてしまう」
「炭素棒には空隙がどうしてもあります。空隙を伝わって、正極から液漏れが起きてしまいます」
「何かいい手はないか」
「いい手が浮かびません」
「とりあえず、炭素棒を水で洗浄しておいてくれ。明日また問題に取り掛かろう」
「はい、では、水に炭素棒を一晩浸けておきます」
「頼むよ」
十二月十一日
「さあ、炭素棒を渡してくれ」
「そ、それがすいません。実は炭素棒を水で洗浄しておいたつもりなのですが、一晩ベンゼン液につけてしまいました。これから洗浄をし直そうと思います」
「まあ、何事も失敗はつきものだ。そのベンゼンにつけた炭素棒も試してみるから」
「はい、わかりました」
十二月十二日
「どうしたものか。ベンゼンで洗浄したものは、液漏れまでの期間が今までの三倍長かった。これはどうみるべきか。空隙にベンゼンが入っていれば、微小な空隙は埋まっているので、液漏れしないが、ベンゼンは揮発性の物資であり、ベンゼンが揮発すると液漏れが始まる。ということは、空隙をふさぎかつ気化しない物資をつめれば液漏れを解決できるのおではないか」
「すぐさま、炭素棒を煮るぞ。その煮る液は低温で固体、百度前後で液化する物資が望ましい。それでは、これより最後の試行錯誤を始める」
「はい、わかりました」
十二月十八日
「できた。乾電池の完成だ。炭素棒を煮る液をロウであるパラフィンにすれば乾電池の完成だ。さあ、これでできた乾電池を東海道鉄道株式会社仙台駅で時計として試験運用してもらう」
「さあ、善は急げだ」
「はい」
十二月二十日
仙台駅
「屋井乾電池会社が寒冷地で使える時計をもってきたって?」
「ああ、乾電池なるものと連続時計を設置している最中だ」
「これで、送電線が雪で切られても一年中使えるのか」
「ああ、ゼンマイを日々巻く必要もなくなるであろう」
「とにかく、試しなければわからんが、三日後には結果がでているであろうな」
十二月二十四日
屋井乾電池会社御中
仙台駅での試験運用により、弊社の連続時計の実用性は一年中使用に耐えるものと確認されました。よって、わが社は弊社に連続時計を年間五十個、五年間継続して注文することを決定しました 東海道鉄道株式会社 購買担当 安達春臣
「あなた、注文殺到ですね」
「ああ、これから念願は、日本中にわが社の時計を売りまくり、正確な時を提供することだ」
「ですよね、江戸工大を受験するために出かけた日のことは何度も聞かされました」
「ああ、周りの時計が全て九時五分前を示しているのに江戸工大の時計だけは九時五分を示していて、試験会場に入ることがかなわなかった」
「はい、それが日本中を正確な時計で埋め尽くそうと努力される原点になったと何度も聞かされました」
「うむ、念願かなった」
「あなた、追伸があります」
「『貴殿が発明した乾電池なる物は、ヨーロッパを回ったわが社の関係者が一度も見たことがないと申されました。すぐさま、特許を取られるべし。特許費用がないといわれるのであれば、わが社に納品される時計の前金としてお渡しする用意があると』」
「では、甘えさせていただこう」
「はい、では私は時計の部品を発注させていただきます」
十二月二十八日
江戸特許申請局
日本で初めて電気に関する特許である屋井式乾電池が特許申請される
十二月二十日
独逸特許申請局
カール=ガスナーがベルリンで乾電池の特許を申請する
十二月二十九日
仏蘭西特許申請局
カール=ガスナーがパリでも乾電池の特許を申請する
1888年(明治二十二年)一月四日
江戸城 憲法制定局 草案
一、将軍は江戸幕府が続く限り、徳川家が踏襲するものとする
二、将軍は、行政を担い、その下に大老を常設職とし、大老を任命するのも罷免するのも自由である
三、大老は、法律を審議する議会が三分の二以上の不信任を突きつけられた時も辞任しなければならない
四、議会に出席できる議員は、大名とする。一万石以上の石高を有する大名のみが議員として法案の作成に携わることができる
五、国会の開催時期は、毎年四月より半年間を基本とする
六、国会の開設に伴い、大名行列を廃止する。ただし、国会の開催時期は原則として江戸住まいとする
七、各藩は、徳川幕府より領国内の治安維持、開発、税収入に関する権利を与えられたものであり、藩内の治安維持のために軍隊を有することができる
八、外国との戦争に発展した場合、将軍は各藩より軍事の指揮をすることをすることができるものとする。このとき、将軍が提督を代表として軍事権を委託してもよい
九、幕府は、領民からの訴えが目安箱に投書された場合に限り、各藩内に立ち入り調査を実施できるものとする
十、議員になれるのは、ちょんまげを結えることが必要である
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