仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第103話
1888年(明治二十二年)十二月一日
和田山駅
「和田山発鳥取行き急行砂丘発車いたします」
「当初の予定では、鳥取から福知山まで百四十キロは稼げる予定であったものが」
「東の親不知に対し、西の竹野」
「トンネル数ならこっちの勝ちだな。芦谷トンネルの千九百メートルを筆頭に丹場と但馬の境にある夜久野の千三百メートル、竹野に十のトンネル、それだけじゃない岩美に二キロのトンネルとそれ以外に九つのトンネル」
「海岸線を走っているはずが、海際まで山が突き出ているからトンネルを掘るしかない」
「親不知を越えるために五年の年月をかけたそうだが、俺たちは二年で日本最長トンネルを掘ったぞ」
「それは誇っていいが、また経理を泣かせてしまったな」
「おお、トンネルなら一旦掘ってしまえばすむが、完成を考えずに工事した区間もある」
「お化け沼の話か」
「当初、城崎の北にある桃島池に一万立方メートルの土砂を投入すれば沼地の上を通過できると予定を立てていたのだが、土砂を毎日六百立法メートル投入してゆき、土台が安定するまで続けてゆくと、毎日まだかまだかまだ安定しないかから、今日こそ今日こそから、今日も今日もかに代わってゆき、やっと安定したときには、当初予定の十倍の一二万立方メートルを投入したところで沼が沼でなくなった」
「いやそれは違う。今でも安定していない。とりあえず、基礎は打たせてくれたというだけだ」
「経理泣かせの原因は?」
「沼の底に三十メートルの厚さで泥が詰まっていて土砂をいれどもいれども、予定地から転げ落ちるように移動したせいだったという」
「以降の教訓は?」
「事前調査の徹底をしようという話だが、次善の策はそのようなお化け箇所に遭遇したのなら、代換え経路を検討せよというものだが」
「現場に人間にそれを伝えたが、まず無理だと言われた。現場の人間はいつ工事が完成するかまだかまだかと待ち続けている。工事が完成しないのなら意地でも完成までやってやると言われたよ」
「後、完成後に学者が指摘したところがある。余部がこれ以降、難題が持ち上がるというのだ」
「隣接地で千八百メートルの桃観トンネルに金を吸い取られていたせいだろうか、余部越えをする際、鉄橋と堤防方式の二択をする際、何も考えずに最安の木製の土台を使った鉄橋にしてしまった」
「やっぱり堤防にしておけばよかったと言われそうになったのは、工事が完成してからで、毎日毎日、潮風による腐食によって鉄橋が崩壊するのを防ぐために点検作業員が必要と言われたあとだ」
「最善は、堤防方式にしていればだが、次善策は土台を鉄筋コンクリートの鉄橋にしておけば日々、余部鉄橋が崩壊するという悪夢が頭をよぎらなくてすむのだが」
「その金のない状況を幕府がついてきたな」
「ああ、パナマ運河建設に携わった一期生が帰国する際、国元までの経路を幕府負担にしたいので全国一律十円で請け負って欲しいと言われた。あなた方毛利藩の者たちが帰国するのを手伝ってほしいと、一等列車も解放して欲しいと」
「少しでも金が欲しい時期であったし、萩まで帰国する者たちもいることだし、相場の半額で、さらに一等列車代金も免除いたしましょうと引き受けたのだが」
「やられたな。全国乗り放題切符は一ヶ月間の期間で」
「まあ、そこは許せるのだが、そこから軍需指定をかけて一枚当たり五円が振り込まれていたが」
「ふざけるな。五円で品川から進める距離は、三百四十キロ。名古屋までの話を」
「品川と萩の区間で三倍以上の区間に適応せよときたか」
「しかし、一万人の団体であったなら、二十人以上で運賃半額だろ。それに大口割引をきかせてその半値とするのは可能であろう」
「なら、幕府の主張は妥当だというのか」
「幕府のやり方がうまかったといえるんじゃないか。で、この切符は、一般に開放するのか?」
「他社の者たちとも話し合ったのだが、一般開放はしないということで落ち着いた」
「そんなに安い切符で全国一周をされてはたまらない。三年間、密林で難工事に御苦労さまと感謝をすることはできるか、隠居組に一ヶ月間乗りまくられては採算が合わんというところに落ち着いた」
「では、市場には出てこないか」
「それが外国人相手には解放しようかと検討議題になった」
「なるほど、浮世絵対策か」
「ああ、はるばる日本まで来てもらって、浮世絵をみてもらうのなら日本アルプス百景美術館だが、あれは特殊な形式をしているからなあ」
「本館は、日本橋にあるが、分館が日本各地を回っているので納得してもらうんなら両館を見てもらうしかない。なら、二つの館をみてもらうには、鉄道でいってもらうことになる」
「確かに今は函館に異動する準備をしているからなあ。だとしたら外国人相手には売ってもよいか」
「後は、山陽鉄道会社の管轄に同美術館を誘致せよ。京と和田山間も難工事で経理を泣かせるぞ」
「努力はするが、敵は手ごわいぞ。お題の消化も毎回苦労しているのだが」
「やってはいる。おいしい物の発掘には抜かりはないはずだが」
「それは認める。おいしいものに罪はない」
1889年(明治二十三年)二月十一日
徳川憲法の発布
一、貴族院は、三分の二以上の合意をもって行政をつかさどる幕府の政策を拒否できる。これは予算案にも適用される
二、貴族院議長は、貴族院議員の投票によって決定される
三、藩は、国防に参加する義務を有する。軍隊と軍艦を用意できない藩は、幕府に対し売上税のうち、三分を代わりに納入すること
四、将軍と貴族議員たる大名家は、後継者がいれば相続される
五、全国統一の相続税というものは、相続の障害になるので各藩と幕府が個別に設定の有無を決定する
六、立法府は、貴族院の一院制とする
七、裁判は、徳川幕府並びに各藩の管轄で奉行所が担当する二審。各町内と村が担当する一審。立法府が最高裁を担当する
八、最高裁は一つで、この裁判所のみ全国に適用される。二審までは地方に裁量権がゆだねられる
九、日本国民は、三審まで上告できる
十、藩は、藩内で適用される藩令を設けることができる。それを否定できるのは、この憲法の趣旨に反するとして最高裁で否定されるときである
日本橋 料亭梶
「なあ、これまでいろいろと憲法草案と今回の憲法内容を勉強してみたんだが、今までとどう違うんだ」
「仏蘭西との比較でいうと、日本は貴族院がいいかえると大名家が強い。それに対し、仏蘭西国家は大統領制を採用していて、立候補すれば誰にも大統領になれる権利を持っているし、大統領権限は極めて強い」
「ということは、日本の場合、地方分権が極めて強いといえるのか」
「藩内であれば、法律の適用も藩独自にできるし、藩の運営費も国に出す分はわずかで済む」
「大名家は特権が温存か」
「ただし、関所は廃止されたから。民が仕事を求めて都会とか工業地の水戸藩とかに流れてゆくのを妨げる術はなくなったからね」
「おら、都会にいってひと旗あげるさと言われれば、止める術はない」
「そっか、時代はかわったな。昔、無理やり人返し令を発動した天保の改革は通じなくなるのか」
「わかりにくい所では、寺の特権が一つなくなったね。檀家に登録していなくては、関所を通過する札をもらえなかったけど、関所がなくなったのだから平民といえど必要以上に寺にペコペコしなくなるよ」
「そっか、移動の自由を平民は獲得したか。それは進歩だな」
「でも、誰にも大統領になれる国か。日本では考えられないな」
「それは市民が強いからだよ。仏蘭西は市民が打倒したフランス革命が有名だね。その当時の王はギロチンで首がスパンととばされたのだからね」
「大統領制も時代の要請だよ。フランス革命言い換えると市民による革命を恐れたヨーロッパ各国は各国に波及するのを恐れて仏蘭西を攻めた。攻められた仏蘭西は指導者を失って混乱していたところへヨーロッパ連合による攻勢をかけられた。この防衛戦争を乗り切るために強力な指導力が必要だったわけで、大統領に多大な権限を集中させて難局を乗り切ったわけさ」
「なるほど、時代の要請か。だとしたら日本はどの段階に相当するのか」
「大名を貴族としてこれからそういう人がいるだろうが、貴族の支配する国というと封建制の国かね。アジアは押し並べて全てこれかな」
「ヨーロッパに当てはめると、かれこれ十三世紀のイギリスに名言がある。マグナ=カルタさ」
「無能なる王がいれば、それを止める権利は貴族が持つ。貴族が一致団結すれば絶対王政を誇っている王といえども貴族に屈すると」
「それで時代が変わったのか?」
「変わったね。神の代行者であったはずの王が貴族の要求で王と言えども法によって権利が制限される時代に移った。日本でいうと、南北町奉行が江戸の裁判と行政と法の三法を担っているけど、この憲法以降、裁判所の権限に集中するね。法は、貴族院がいうなれば、貴族が制定する時代へと移り変わる」
「だったとしたら、生類憐みの法のような悪法は二度と生まれないのか」
「生まれにくくなったというべきかな。幕府が法を制定できなくなったからね。将軍個人の手で悪法は出てこれなくなった」
「幕府と大名家に共通する特権は崩せないだろうけど」
「法によって支配される時代か」
「法を制定する者は、その特権を放棄する方面に走ることはありえないだろうけど」
「幕府批判が鎮静しているこのときに、立憲国家に移行か」
「時代の要請だろうね。仏蘭西がそのきっかけをつくったともいわれているけど」
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