仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第104話

 1889年(明治二十三年)三月一日

 江戸城貴族院議会

 「将軍の名において、只今より貴族院議長が決定するまで議長代理を務める。貴族院議員の方々は、ここに集まりし貴族議員の中から、議長にふさわしいと思われる方に投票していただきたい。初回に過半数を獲得せしめるものがいなければ、上位二者を残して決選投票といたす。それでは、各自江戸城三の丸改め貴族院議会での投票をおこなっていただきたい」

 「どこが優勢だと思うか」

 「対立軸はいくつかあるが、数の理論で行けば譜代大名が数を握っている」

 「ということは、譜代が投票を集めたものの勝利か」

 「外様は、最初から代表を決めておけば決選投票に送りこめる二番手までに入ることができるだろう」

 「ということは、正副議長議長のうち、一人は外様からか」

 「譜代は、一回目の投票では割れるのではないか。だとしたら、一回目の第一位は外様から、二番手以降に譜代大名が押す者が続くと思われるが」

 「さて、吾輩の押す議員は二番手までに入ることができるか」

 「それがわかれば、誰も苦労しないね」

 

 

 一時間後

 「それでは、開票結果を公表いたします。

 第一位 前田藩 六十八票

 第二位 尾張藩 三十五票

 第三位 水戸藩 二十九票

 第四位 紀伊藩 二十六票

 第五位 一橋家 十六票

 以下は省かせていただきますが、投票総数二百六十六票が全て有効票となりました。決選投票では、前田藩か尾張藩のどちらかに投票していただきたい」

 「がやがや。前田藩は、順当なところだな」

 「御三家が二番手から四番手までを占めている」

 「石高で選ばれたような前田藩に習えば、石高順に並べれば、二番手から四番手までの順番は、尾張藩、紀伊藩、水戸藩の順番になるはずであるが。水戸藩が割り込んだ」

 「いや、一橋家は水戸藩の直系が入っているのであるから、水戸藩と一橋家を足したとすれば、両者の票を足せば第二位の地位にのぼれる」

 「両者に投票した貴族は、東海道鉄道株式会社で恩顧を賜っている大名家が多いだろうな」

 「わらわは、東海道鉄道会社の経営状況が与える配当のおかげではないか」

 「確かに、同株式を持っていれば配当金がもらえ、金融機関も同株券を所有する大名家には融資がおりやすい」

 「ワシは、同社社長の渋沢にうちの大名家の財務をみて欲しいと頼んだことがあるが、面倒見は良かったぞ。信頼できる配下を連れてきて問題点の指摘と収入見込みの改善をはかる策を提案してくれた」

 「では、お主は一橋家に入れた口か」

 「入れたよ。我が藩は、同社に駅や客車用に納品される材木を納めることができるようになり、林業の多い山がちな土地柄でもやってゆけるようになった」

 「それもあるな。同社は、日本各地から様々な物品を購買する会社であり、また消費地である三都まで物品を運んでくれる日本最大の運送業者でもあるからな」

 「単純にいこうぜ。経済で成功した者に議会を任せておけば問題はあるまいと」

 「それもありか。日本で一番の金持ちだからな」

 「では、決選投票と参りますか」

 「結果は見えたようなものだが」

 

 

 一時間後

 「決選投票の結果を発表させていただきます。第一位は、百六十九票を獲得した尾張藩であります。同藩には、貴族院議長を務めていただきます。第二位は、九十七票を獲得いたしました前田藩です。同藩には貴族院副議長を務めていただきます。それでは、午後より来年度予算等に関する質疑応答に移らせていただきます」

 

 

 昼食時間

 「副議長、我々は、貴藩に投票いたしたのであるから我が藩からの議案が通るかどうか議論していただきたい」

 「その件は、了承した。しかし、数の理論がまかり通るのであるから本日は、さぐり程度でお願いたしたい」

 「無論だ。数が多ければ議長についているはずであるからな」

 「外様は、石高が大きいがその分、数が少ないから」

 「譜代大名家は、数万石が多い」

 「貴族院の議決を石高でなく大名家の数で決めるようにいたしたのは、為政者である幕府が有利にするためであろうな」

 「それもあろうが、いつの世にも石高で全て決まるわけではなくなりつつある。関東、畿内の十万石ならば、奥州の二十万石に相当するであろう」

 「鉄道がひいていない地では、すぐさま十万石に国替えを希望するだろう」

 

 

 午後一時

 「幕府にお伺いいたしますが、パナマ運河の完成はいつになるでしょうか」

 「外国奉行としてお答えいたします。二十世紀初頭に完成させる予定です」

 「完成するといわれるが、その根拠は?」

 「仏蘭西より事業を受け継ぎました初年度は、一万人近い現場を離れる労働者を出しましたが、二年度目以降現場を離れざるを得ない労働者は、百人未満まで減少いたしました。そのため、作業は予定通り進捗いたしております。工期を十二年といたしますと、十二年以内での完成のめどが立ちました。さらに労働条件の改善とともに、一般労働者の名乗りが続々とあがってきております。パナマ運河建設は、もはや普通の土木作業といっても過言ではございません。二十世紀初頭には、日本に運河通行量に基づく配当が降りこまれるはずです」

 「では、その金額はいかほどに」

 「まず、仏蘭西が残した金で工事を続行いたしておりますので、配当金の配分は、ざっと仏蘭西に六割、日本側に四割となっております。続きまして開通初年度の通行量から考えますと、スエズ運河の半分の船舶が通行できると仮定し、そのうち配当に回せる金額の四割を日本側で受領できると思われます」

 「結構です」

 「では、仏蘭西関連で外交についてお尋ねいたします。我が国は、仏蘭西と同盟している関係上、清とフランス植民地領のベトナムに関係がある以上、清国に介入する予定はないのでしょうか」

 「外国奉行からお答えいたします。清国は、朝鮮を実質植民地化しております。そして日本は、清国に対し、関税自主権を設定できる権利を有しております。これは、日本からの輸出入に関しても極めて有利な点であります。この利点を用いて、清国並びに朝鮮に対し日本からの輸出先として両国の市場を開拓すべきだと思われます。市場は、戦争を招くような事態になりますと市場が小さくなりますので、陽国間と緊張を招くような介入はすべきでないと位置付けます。よって貴殿からの質問に対しては、介入する必要がないとお答えいたします」

 「結構です」

 「奥州にある秋田藩として、先の質問に関連いたしたことをお伺いいたします。日本の幹線鉄道がほぼ完成いたしました。この先、いついかなる時に戦争になるやもしれません。その際、鉄道は軍需物資の輸送並びに兵力の輸送に大いに力を発揮いたします」

 「はい。その点は異論ございません。軍艦奉行としてお答えいたしました」

 「しかし、幹線を民間企業が握っています。これは軍需物資の輸送機関としてふさわしくありません。少なくとも基幹線は国有化することを検討議題にあげてはいかがでしょうか」

 「幕府は、鉄道埋設を許可する機関でもあります。貴殿の懸念は、おもに福山駅における東海道鉄道株式会社と山陽道鉄道株会社との相互乗り入れとどちらか一方が乗り入れを拒否知る事態と軍需物資の輸送で支障が出ることを懸念したものと思われます」

 「はい。例として福山駅が適当だと認めます」

 「まず、実績からお答えします。幕府は両社に対し、福山駅で相互乗り入れをするように命じました。そして、相互乗り入れは両社に富をもたらし、両者は相互乗り入れで福山駅で乗務員の入れ替えを実施いたしてから問題となったことはございません。されに、軍需品の輸送でも両社は実績がございます。清仏戦争の折、仏蘭西は、長崎で補給をする作戦をたてまして、日本橋から東海道並びに山陽道、鹿児島線、長崎線を経由して長崎まで軍需物資を輸送した実績は幕府として満足するものでした」

 「では、国有化の必要性はないといわれるので」

 「ないと思われます。それに、国有と言われますが、我が国の鉄道会社は、ここにいる貴族議員が主体となって建設した鉄道です。私有ですが、国に対する利益を損なう行為は取られないでしょう」

 「岡山藩としては、藩独自に伯備線を建設している最中であるが、鉄道を国有化する必要は感じませぬ。鉄道の路線は、輸送をおこなうためにあり、我が藩も岡山倉敷間の線路は東海道鉄道株式会社の線路を借り受けておこなっています。鉄道の規格が標準軌である限り、日本中どこまでも線路がひかれている限り、輸送できるとここにいる皆さま方は御考えだと思いますが」

 「「「異議なし」」」

 「それでは、国有化に関する議論は時期尚早とさせていただきます」

   (((ここにいる連中は、鉄道会社の株主ばかりだというのに、私有だからこそ特権だ.空気の読めない鉄道未開地州め)))

 

 

 

 

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