仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第105話
1889年(明治二十三年)三月一日
水道橋駅
「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、函館線の小沢と目名駅間、奥羽線の川部と大館駅間、日南線は行橋と柳ヶ浦駅間でした。なお、今年より甲斐の国で笹子トンネルを採掘してゆくゆくは四キロのトンネルを開通させる予定です。百円の収入を得るために必要な経費は、四十一円でした」
「日本一のトンネルという座は、山陰線の桃観トンネルに一年で取られてしまったか」
「笹子トンネルが開通するまでは、日本一の座は渡さないでしょう」
「笹子トンネルにこだわりたいのでしたら、上下線で掘るという話もありますが」
「いや、本命は東海道線の丹那トンネルだ。丹那トンネルができるまで、笹子トンネルは、単線で運用してもらいたい」
「本日、提案したいことは、今日より江戸城で開催されました国会対策でございます。本日わが社の会長がそちらに参加しております。今日より大名は貴族議員を兼ねまして、立法をつかさどることになります。言い換えますと、大名からの我田引鉄を防ぐ意味でいくつか提案していただこうと思います。昨年から企画としてあがってきておりますことは、我が社は全国津々浦々に鉄道をひいていませんが、一足早くに電線が全国津々浦々の州にいきわたりつつありまして、それに伴い飛脚便の全国一律に営業範囲を広げたくあります。まずは、これについて意見を伺いたくあります」
「まだ、飛脚便は全国展開していなかったのか」
「残念ながら、鉄道未開通区間は、九州の太平洋側と奥州の日本海側等にございまして手を出すのは後五年後を予定しておりました」
「五年早くなるのですか。それはかまいませんが、我田引鉄の具体的な事例を教えていただきたい」
「鉄道をひく際、我が藩の中に駅を設置せよというのは良くある事例ですが、我が藩内の領地に大きく迂回して線路をひけというものや、我が藩の城下町に支線をひけというものまで、鉄道経営が芳しくなくなる事例は多数ございます。一番ひどいのは、採算の全くない路線をつけさせられることです」
「なるほど、では議員の立場になって立場が強くなった大名に対し、無理強いを押さえるのを目的に今日の会合があるとなるので」
「はい、その通りです」
「飛脚便の全国展開は良いと思いますが、まだ他にはございますのでしょうか」
「鉄道より先に電線が日本中に張り巡らせつつあります。もし、支線をひけといわれるのでしたら、土地は買収いたしまして電線のみ埋設する話は出てきておりますが」
「そうですねえ、仮にも議員になられたのですから大名の特権意識をこちらがくすぐるのも手でしょう」
「具体的には?」
「庶務に伺いますが、我が社の株券を一厘所有している人数は?」
「一厘所有ですと、二十八名になります」
「貴族議員が二百六十六名ですか。少しばかりそれでは足りませんねえ。では、五毛では?」
「百八十名になります」
「それぐらいが適当ですねえ。では、我が社の株券を五毛所有している方々には、我が社の無料旅券を進呈いたしましょう。一年有効として、来年も権利を有している方々に進呈いたしましょう」
「なるほど、国会から運賃免除申請がある前にこちらから仕掛けるわけですねえ。でしたらこのような優遇策はいかがでしょう。同じく五厘を所有している方々に列車内で食事等の支払いをする際、我が社から進呈した名刺を係員に見せるだけで清算が済むというものです」
「でしたら、その場合、運賃並びに食事代金等が無料となるわけですか」
「いえ、後日わが社からの配当で清算していただきます」
「それは、手間を省くことができるというわけですね」
「ええ、それにおなごにもてると思いますよ。食事の時間を邪魔されずにすみますし、特権意識をくすぐるのです」
「魅力的な提案ですが、どうでしょう。どちらか一方を採択いたします。どちらにいたしましょうか」
「「「特権をくすぐる名刺で」」」
「では、今年度の伸長区間の受け付けですが」
「函館線は、山越までを」
「奥州線は、東能代までを」
「日南線は、大分までを」
「では、会長に代わり社長として以下の三路線の伸長を認めるものとする。なお、国会の開催により、来年の決算報告は二月末日とする」
「以上をもちまして。本年度の決算報告を終えます」
三月二日
岡山藩江戸屋敷
「どうでした、貴族院は」
「まず、集合場所であるが、江戸城内の三の丸だ。しかし、そこでの居心地は悪くない。そちは知っているか、議会というものが」
「某が浮世絵で見た限り、仏蘭西でいう議会というものは、大学の大規模講義室のように段差をつけて、発言者が中央にて説明をする際、聴講する者はその周辺でその声を拾いやすいように傾斜をつけた扇でいえば、紙の張ってある位置に人が椅子に座るという風でしたが」
「そうだ。そこで一番偉い人間は議長だ。譜代大名の数が多いから議長は、譜代大名が押す御三家の一角である尾張藩が務めることになったが」
「ということは、副議長は大大名の外様からですか」
「ああ、前田藩に落ち着いたところだ」
「では、殿のいう居心地がいいというのは、西の丸御殿で将軍が上座に座り、大名が下座で上位下達がないせいですか」
「ああ、百帖もある畳の間で、わし等大名家はただ一人の将軍に向かって平伏する姿は、つい最近まで疑問に思わなんだが、対等ではなかった」
「では、世間にいうそれまでが絶対王政であり、議会が開かれるようになった今が法の支配だそうです。仏蘭西での絶対王政は、江戸幕府が始まったころから二百年続いたそうです」
「さもあらん。二百年がたてば状況が変わるわい。大名が法を創る議員か。少なくとも理不尽な将軍の発する城郭の改修は発せなくなるであろう」
「後、参勤交代も名実ともどもなくなりました。某にはそれが一番ですな」
「議会は、三月から三ヶ月間の予定で通常国会が開催される。大名が拘束される期間は、それだな。まあ、若年の大名も考えられるから代理人出席でもよいが、せっかく手に入れた議員資格は居心地がよい」
「では、議員特権というものはいかなるものがあるので」
「それがだな。まだない。大名というものは、領地から収入があるのであるから、議員歳費はいらぬであろうとそういう建前で始まったからな」
「では、交通費は?」
「それがわしらも参勤交代費用と江戸滞在費がなくなるのであれば大幅な経費削減になるのでそれまで頭が回らなかった。これから貴族院での話し合いで決まるであろう」
「承りました」
四月一日
紫禁城
「本日、ここに赴任されたカール=ビッケン並びにボブ=ミッテン両氏は、我が国から仏蘭西の宿敵である独逸より参られた。それぞれ、清国の陸軍並びに海軍の参謀として辣腕をふるっていただく。両氏の言葉は、皇帝の言葉として受け止めるように。宿敵露西亜に勝って、大国の仲間入りをいたすのが我が国の悲願である」
「カール=ビッケンだ。陸軍を任せられた」
「ボブ=ミッテンだ。海軍は我が傘下に入っていただく」
「両氏にお伺いする。宿敵露に勝つ方法は?」
「まずは、陸軍に関して言わせていただく。徴兵制の導入をはかり、かつ、鉄道の導入をする」
「具体的には」
「露西亜との戦争が起こる場合、今世紀中はこちらが戦力的に有利な点が挙げられます。露西亜が極東まで鉄道を延ばしてくるのは、来世紀でしょう。ですので、極東のハバロフスクから攻勢をかけられるのは、こちらからの徴兵制で徴兵した戦力でここ十年は戦えます。ですので、仮にそれまでに戦争が起きるとしたら、清と露西亜国境のある西端である外モンゴルとなるでしょう。こちらは、コサック兵との戦いです。言い換えると草原での騎兵戦です。こちらがコサックより機動力の高い兵力を育成できればいいのです。清の八路軍は。騎馬民族の末裔とお伺いいたしています。問題はないでしょう」
「「「はははは」」」汗汗汗
「では、私が手本となりまして、騎馬隊の育成をはかります。一同問題はございませんね」
「御意」
「次に海軍に関して言わせていただく。海軍戦力は、敵より戦力を集め、錬度をあげるのみ。こちらは漢民族が戦力として船員となっているとか。二隻の戦艦で満足していませんか。清と露西亜の艦隊の決戦となるには、さらなる戦力の上積みが必要です。海軍軍艦の戦力を分析した後、必要があれば戦力増強に動きます。同時にビシビシ鍛えるのみです」
(((頼もしい言葉だ。水兵よ、がんばれよ)))
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