仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第106話
1889年(明治二十三年)四月三日
オテル日本橋
「今年の課題は、粉ものか」
「小麦粉、片栗粉、そば粉といったものを使用すれば可か」
「和洋中華、どれでもござれ」
「正統派は、大坂の中華まん」
「宇都宮の餃子」
「讃岐の天麩羅うどん」
「松本の鴨南蛮」
「匂いで釣るか、油で揚げる音もいい」
「見た目で勝負か」
「中華鍋でジュウジュウと焦げ付く音は脅威だ」
「しかしその中で、うず高く積み上がったお椀の数は、出た数では文句ないな。盛岡のわんこそば」
「いや、その隣で色彩では圧倒しているのが六甲山のナンというものか。パン生地みたいなものの上に白、緑、黄色、赤等の香辛料で味付けた各種食材をのせて食べるのか」
「ああ、あれは病みつきになる。一口食べだしたら食材がなくなるまで食べ続けるしかない。辛いのだがな」
「それでは来年の日本アルプス百景美術館を開館する場所が決定いたしました。印度料理であるナンを出展した六甲山を擁した三宮駅です」
「和洋中華全てが印度料理に負けたか」
「来年に雪辱をかけよう」
五月三日
源氏物語『紅梅』『竹川』を浮世絵化
六月十三日
紫禁城
「さて、どこから手をつけるか」
「迅速なる兵の展開に欠かせないのは、鉄道だな。カール、まずはどこにひく」
「対露となると、目指す攻略地点は、ハバロフスクかウラジオストクだな」
「二択にするか。ウラジオストクは、最初、朝鮮で攻めていただこう。清の陸軍で攻めるのは、ハバロフスクだ」
「では、それに合わせて鉄道の伸張だな。北京からまずは、ハルビンまでの八百キロメートルを標準軌で埋設だ」
「必要な時間はどうみる」
「二年でひかせよう」
「鉄道がもうかるということをさっさと理解させて、北京から西安までの路線をひかせる」
「そちらも、同程度の距離だ。こちらも次の二年で完成させる」
「そのあたりまでか、露西亜が待ってくれるのは」
「外交手段で抑え込みにかかるかな」
「では、海軍の増強はどうするのだ」
「予算は、どこからとってくるのだ」
「鉄道も軍艦も金がかかる」
「横滑りだな。一時的に頤和園の工事を中止して、露西亜に勝つことを最優先してもらう」
「あれは、光緒帝の名で実施されているのだが」
「そんなのは知らん。俺たちの言葉が皇帝の言葉だ」
「確かにそれこそ俺たちが清に来る条件だったな。では、その契約条項を盾に折衝をしてみるか」
「君、工部省長官を呼びだしたまえ」
「ははっ」
「陳工部省長官、お召により参上いたしました」
「そなたに出す命令書は、これだ」
北京とハルビン間に鉄道を二年以内に埋設し、鉄道を走らせる。また、巡洋艦二隻を建造するものとする
「それはできません。第一予算がございません」
「では、予算がつけば問題ないと」
「その通りで」
「では、その予算を出そう。これがその命令書だ」
頤和園の工事は、露西亜に勝利をした後、その戦勝記念として建造するものとする。それまでは、鉄道建設と軍艦の建を優先するものとする
「確かにこれで予算は確保できますが、この命令書の責任はだれが取るのか、明言していただきたい」
「その命令書にある通りで結構」
「では、この命令書にある尚書省の尚書令として結構ですか」
「予算は当てができましたが、鉄道技術者はいかがいたしましょう。軍艦に関しましては、欧州に発注するだけで済みますが」
「極東であったな。本国独逸のつもりで命令書を出してしまった。技官に関して当てはあるか」
「言葉が通じるとなりますと、台湾にいる連中でしょうか。目下、台湾は日本の支配下ですが、台湾縦貫鉄道の建設並びに運用は、福遣省出身の者たちが多数いますので、何とかなるかと」
「では、その者たちを使うか。後、独逸まで機関車の発注をしてくれ」
「承りました」
六月二十五日
江戸幕府
「ここに、紫禁城より外交文書が届きました」
清国は、この度、二年先に北京とハルビン間で鉄道の運行を開始する運びとなった。つきましては、台湾縦貫鉄道での機関手要請をはかりたいので協力をお願いたしたい。また、台湾にいる鉄道埋設者を清国の鉄道埋設に役立てたいので、協力をお願いいたしたい
光緒帝
「ずいぶん低姿勢な文面だ」
「これに対する返答はいいかがいたしましょうか」
「はて、この文章をよこす人物はどなたであろうか。間違っても北洋艦隊を率いる人物ではあるまい」
「ないな。それは」
「とりあえず、外国奉行を呼べ。北京在住の外交官ならば、様子を知っているであろう」
「外国奉行、お召により参上いたしました。また、北京からの外交報告も持ってまいりました」
「では、この外交文章を読んでどうだ。この文章を書いた人物に当てはあるか」
「これは、ビッケン、ミッテンの二人の独逸人のうちのどちらかですね。いえ、これは彼らの共著でしょう」
「彼らについて、知ってることがあれば教えてくれ」
「彼らは、独逸の陸軍学校並びに海軍学校を卒業いたしたともに二十代の若手将官です」
「では、独逸が清にテコ入れをしたのか」
「清が仏蘭西と接しましたので、敵の敵は味方という論法で独逸が清からの要請に応じました」
「彼らの立場は?」
「この文章をよこした人物は、光緒帝となっております。どうやら、玉璽を自由に使えることが独逸将校二人が赴任する条件だったようで」
「では、この友好的な要請を断れば台湾を攻めてくる理由に使われるのか」
「それはないかと。独逸は大陸国家であります。海洋国家とことを構えるよりも、勝利が容易な条件を狙うと伝わってきております。赴任初日に述べています内容では、モンゴルでの清露戦争に勝つために暗躍するとか」
「では、この線路埋設も文字通りにとっていいのか。北京とハルビン間で鉄道を走らせえると」
「ここで嘘をいっても得はないかと」
「福遣省と北京をつなぐとなれば、仏蘭西との協議が必要であろうが、中国北方での鉄道建設か。ここは、清に恩を売る方が得か」
「もう少し前であれば、交換条件にパナマ運河建設要員を清に飲ませるのですがその必要もなくなりましたし」
「ふむ、わなのようあり警戒は必要だが」
「では、こちらからも条件を出しましょう。北京とハルビン間で鉄道埋設をしない場合、台湾で研修した機関士見習いを清に帰国させずにパナマにて強制労働をさせると」
「その条件を入れておけば一安心だな」
「あまり、条件にこだわりますと清の心証が悪くなるだけですし、金を出せば独逸から機関士を呼んでくればすむのですし」
「そうよのう。これ以上の条件は無用だ。日仏同盟の名において、ベトナム国が不利益を被らないよう、仏蘭西に配慮した条件が必要であるとして、承諾いたすか」
「しかし、清は大国だな。二年で鉄道を導入し、日本橋と広島間と同じ距離を初期に走らせるとなるとは」
「もし、彼らが五年前に清国にいれば、清仏戦争の結果はひっくり返っていたか」
「黒旗軍次第でしょう。ベトナム最強の兵力をひきぬかれましたら仏蘭西の勝利は危うかったかと」
「独逸の最新技術が清に渡るか」
「少なくとも徴兵制の導入と鉄道を使った戦力投入を最初にするでしょう」
「なにはともあれ、清は露西亜を仮想敵対国といたしたようだ。我が国を敵視しないのであれば今回の話もそう悪くはない」
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