仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第107話

 1889年(明治二十三年)六月三十日

 紫禁城

 「日本からの返事は、鉄道建設に協力をいたすと」

 「ただし、日仏同盟に配慮し、もし先の条件である清の北方に鉄道を埋設するのではなく、日仏同盟を脅かす南方方面に鉄道を埋設いたすのであれば、台湾にて研修いたした機関手見習いは、パナマにて強制労働に就労させると」

 「こちらから違約をするのであれば、違約に相当する罰則を設けたか」

 「ま、当然だな。仏蘭西のご機嫌を損なってまで、清にテコ入れをするということは同盟国ではない」

 「それに、向こうも最初に鉄道を南方方面にひかなければ文句は言ってきまい。こちらとしても対露に貢献しない、南方は軽視ですむのであればそれにこしたことはない」

 「余裕があれば、五年後くらいには北京と南京まで鉄道をひきたいのだが、あいにく俺たちは経済官僚ではない」

 「五年後をめどに対露西亜に勝利したら、お主、契約通り本国に凱旋するか」

 「清には足りないものが多すぎるしな。もし文官だったら、俺たちは玉璽を使って下水道をひかせ、北京と天清間で自動車道を整備させ、俺たち専用道路にして爆走するのだが。さっさと独逸に帰還して昇進人事と与りたい」

 「とりあえず、機関手にめどはたった。どうだ、二年でハルビンと北京間に鉄道を走らせられようか」

 「それは、問題ないようだ。さすがは人はあり余っている。人海戦術で各五十キロごとを十六区画策定し、掘って掘りまくっているという話だ」

 「よし、では、兵員の弾力的な運用にめどはたった。次は、俺たちの手足となって兵が動いてくれることだな」

 「というわけで、産業革命に必要な鉄道が今世紀中ごろの話ならば、情報伝達に関して電信を首都とハルビン、最前線、敦煌等を張り巡らせねばならぬ」

 「こっちは、さしたる金がかからないのが利点だな。だが、これを使える人材の育成をはからなければならない」

 「またしても、現地民の教導をしなければならない。幸い、電信は民間で清国内を通過しているのであるから、民間に兵を預けて指導させるだけでよかろう」

 「さて、露西亜での情報収集に関して本国独逸から何か書簡が届いていないか」

 「前回の通知では、シベリア鉄道に皇帝からの勅使という形で建設が始まるのは91年に始まり、十二年ほどでの完成を画策しているとあったが」

 「では、独逸が得意とした鉄道による大量動員は極東では俺たちがいる間はないと言いきれるか」

 「だが、オビ川から騎兵を投入してくる所までは、露西亜も鉄道を引っ張ってきている。モンゴルでの騎兵戦に勝利しなければ俺たちの出世はない。がんばれよ、陸軍顧問」

 「双方の国境線が長いのが不確定事項だな。戦争開始時期がいつになるかわからん」

 「ああ、双方で民間人の交流があるが、日本から清を経由して流れてゆく商品の中から浮世絵を見つけたよ」

 「なあ、普仏戦争の際、最大の不確定条項であったオタクは清仏戦争で介入しないよな」

 「あれは、忌々しい出来事だったが、あれはプロイセンがオタクの聖地であるパリのオペラ界隈を占領する気配をみせたところをオタクの現仏蘭西大統領に聖戦を仕掛けられたせいだろ」

 「ああ、俺たちはそのような愚は侵すまい。東の聖地である日本橋を敵に回すのではなく、友好的な中立をかかげさせるのだ」

 「そうだ。皇帝の名を借りた下におもねるような日本への要請文一つにそれは、徹底させている」

 「そうだ。後はオタクの代名詞と言える人物が敵に現れないことを祈るだけだ」

 「不確定条項の排除がオタクとの友好関係か」

 「結構難題だな。独逸の英雄ビスマルク首相も仏蘭西では、オタクの仇敵筆頭に祭り上げられているから」

 「不確定条項の排除のために、本国独逸に露西亜皇族のオタク度調査を要請しておこう」

 「ああ、『シベリア鉄道は、ヨーロッパから東の聖地日本橋までの一万キロを二週間で到達させる世紀の事業とするために計画されたものです。これによって、我々オタクは東西の聖地巡業を従来の四十日から三分の一に短縮させることができるのです。どうか世界各国の投資家には、そのために早期シベリア鉄道完成のためにさらなる投資を露西亜にお願いしていただきたい』とあおり文句にしたらどうだ」

 「いや、嫌すぎるあおり文句だな」

 「だな。文面を考えただけで寒気がした」

 「しかし、この方面で露西亜が世界から投資が集まると思うか」

 「あ、集まるだろ。シベリア鉄道債をそのようなあおり文句で集めれば、シベリア鉄道周辺で炭鉱が発見しました。金山が埋まっていますと露西亜が発表されるたびに、シベリア鉄道債は、欧米でとぶように売れるぞ」

 「そして、露西亜が清の北方を占領する目的は、シベリア鉄道の終着点を釜山として、さらに東西の聖地の巡回時間を十一日に短縮するためでございます。どうか世界の皆様におかれましては、この聖戦のために露西亜に友好的な中立を約束させていただきたいとしたらどうだ」

 「まずいそ、それは、モンゴルでの騎兵決戦の予定が、清の八旗軍対コサック兵から」

 「八旗軍対コサックとオタクの連合軍へと劣勢を強いられることになりえないか」

 「なんという高大な目的がシベリア鉄道にはあったのか」

 「で、各国と友好的な中立を勝ち取った露西亜は、劣勢に俺たちが追い込んだところで南からは仏蘭西の黒旗軍が、印度方面並びに香港からは英吉利軍が。そして最も士気を上昇させる東の聖地を抱える日本からは義勇軍が冬季で凍結した樺太からハバロフスクへの援軍として浮世絵を差し入れにやってくるという事態が待っている」

 「俺たちはその地点で独逸からの召喚命令がやってきて、これ以上独逸を世界から孤立させるでないと清国からの国外撤退に追い込まれる」

 「独逸に帰国してからは、極東情勢を分析する閑職に追いやられるという未来が待っているではないか」

 「なぜだ。このような分析をする優秀なゲルマン民族の頭脳がこれほど憎いと思ったことはないぞ」

 「来世紀ではなく、シベリア鉄道が完成する目途を八年後の99年に設定をし直せ」

 「それまでに清国を勝利に導くシナリオを構築し直すのだ。どんな形でもよい。シベリア鉄道が完成するまでに清国に勝利を」

 「そして勝利した後は、速やかに本国独逸に凱旋」

 「時間は俺たちの敵だ」

 「敵が俺たちがたどり着いた結論に到達する前にたたきつけるのみ」

 

 

 八月二十日

 赤い城

 「皇太子よ。シベリア鉄道建設を二年後に開始することが閣議決定した。この完成をいそぐ良い手はないか」

 

 

 

 

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