仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第108話

 1889年(明治二十三年)八月二十日

 赤い城

 「まずは、外交でございます。私は、ちょうど各国を外遊いたすに敵した年齢である二十一でございます。私が各国にシベリア鉄道債を売ってまいりましょう」

 「ニコライよ、確かにそちは各国の言葉を流暢にしゃべれるときく。シベリア鉄道債を各国に勧めてゆくには適しているが、さて、どれほどの金額を売ってまいるつもりだ」

 「できますれば、鉄道埋設費用の三分の二を調達してまいりたくあります」

 「ほう、全長七千六百キロのシベリア鉄道に要する費用は、鉄道に関する部分で、三億五千万ルーブルと試算されているが、その三分の二となれば、二億五千万ルーブル (1 ルーブル 1.16 gの金と交換可能。天保小判金含量 6.38 g とすれば、5.5  ルーブル= 1 円参考文献 ロシア革命の貨幣史http://www.a-saida.jp/russ/stvol/010.htm )を世界から集めてくるというのか」

 「世界から集めてくるというのは、語弊があります。これまで我が国は、独逸並びにハンガリーと三帝同盟を外交の軸といたしておりましたが、どうやら、独逸の政策はビスマルク後を見据えているようで、清に陸海軍将校を赴任させました」

 「そうだ。我が国は、極東の半植民地までに地位が低下した清を英吉利、仏蘭西とともに包囲し、後に各国でこれを分割するのが暗黙の了解となっていた」

 「そうです。これに独逸は異議を唱えたわけです。三帝同盟をこれ以上更新する利益を独逸自らが拒否したわけであります」

 「そうだ。三帝同盟に代わる政策は、露仏同盟に軸を移し、対清国で一致した利益を追求することになる」

 「はい。鉄道に関する技術的な支援並びに鉄道債の消化には、仏蘭西を使うのが最も効率的でございます。私が、仏蘭西を中心とする欧米各国でシベリア鉄道債を売り歩いてまいりましょう」

 「では、そちが活躍する場はパリか」

 「はい、最初の訪問地としてパリに行くつもりでございます」

 「よかろう。そちの外遊を許可いたそう。それで、出発はいつになるつもりだ」

 「十月には、パリを訪れる手筈で進捗しております」

 「ふむ。それでは、そちが売ってまいったシベリア鉄道債の金額次第でサンクトペテルブルクとウラジオストーク間の開通時期が左右されるな。完成時期を決める閣議決定は、そちの手腕次第ぞ」

 「ははっ」

 

 

 十月十日

 仏蘭西大統領府

 「ロシア帝国皇太子ニコライ殿下、露西亜皇帝の名代としてパリを親善訪問」

 「ようこそ、皇太子殿下」

 「歓迎ありがとうございます。大統領」

 「いえいえ、我が国と同盟を結んでくださると偉業を達成させてくれる。ナポレオン皇帝以来の外交成果をもたらせてくれる殿下には、感謝感謝の言葉でしかない」

 「いえいえ、対清包囲網を形成する国家にありましては、仏蘭西は清の南部、露西亜は清の北方。双方は、接しておりませんから同盟を結ぶにあたって障害は何一つございません。誰にでもできることですよ」

 「そうでございましょうか。我が国のロシア大使館勤務の者からの報告によれば、現在話している流暢な仏蘭西語でのやり取りにより、仏露同盟の実務者会談は実に円滑に進んだとお聞きいたしておりますが」

 「私の両国への貢献なぞ、大したことはございません」

 「しかし、我が国へは対独包囲網を形成するに貢献した殿下は、我が国にその対価を求めてこられたとか」

 「はい。露西亜は、産業革命の産声をあげましたが、これは、仏蘭西の同盟国たる日本と同時期でして」

 「たしか、露西亜は産業革命のために61年に農奴解放をして、産業革命の種が育ちつつあるとか」

 「はい。産業革命に必要なのはなんといっても鉄道でございます。どうでしょうか、我が国に鉄道は国土の西半分しか張り巡らせておりません。我が国の鉄道の近代化並びに、サンクトペテルブルクとウラジオストーク間の一万キロを大陸横断鉄道で結びたくあります。どうでしょう、それに仏蘭西は協力していただけますでしょうか」

 「ほう、カナダで85年に完成した大陸横断鉄道に二倍の距離を一国でなそうとするのは、難題でしょう。ぜひとも同盟国として協力いたしましょう」

 「はい技術的な協力並びに包括的な協力をお願いいたしたい」

 「では、シベリア鉄道はどういった資金集めをなさるつもりで」

 「シベリア鉄道債として世界から資金協力をお願いして回るつもりです」

 「ほう。それは頼もしい。では我が国に集まる資本家が一堂に集まる集会がございます。再来週、ぜひとも富嶽三十六景美術館に私の友人としてご招待いたしましょう」

 「あの世界の富豪が集まるという会員制の集会ですか」

 「確かに会員制の集会ですねえ。紹介がなければその日は入れません」

 「ぜひとも、お連れください。私は西の聖地での目的はそれだったんですよ」

 「そうですか。西の聖地をご存知ですか。しかし、資金調達をできるかどうかは、殿下の手腕にかかっていますよ」

 「それは、存じ上げています」

  

 

 十月二十四日

 オペラ界隈 富嶽三十六景美術館

 「殿下、目下、この地での話題というのは、日本からわざわざ酒の販売促進のために開かれる大会についてですが、御存知ですか」

 「はい、露西亜では、その話はこうなっております。日本人が主催者となって開く催しということで、参加条件は、浮世絵に出てくる格好をしていれば大会に参加できると。露西亜で気の早い連中は、和服の似合う侍やシャーロックホームズの服装を縫っておりますよ」

 「ほうほう、それは早耳ですな。幾分、話が口コミで広まっているせいでしょうかねえ。少しばかり、誇張が入っている気がいたしますが」

 「それは否定できませんねえ。パリとサンクトペテルブルグ間の千五百キロで、仏蘭西語が独逸語に変換され、さらに露西亜語に再変換されますと、都合二十回程度はまた聞きとなりますでしょう。途中、何度かは、誤訳もありますでしょう」

 「そうですか。主催者の発表では、このパリで桜の開花した時期に花をみながら酒を飲みたいという日本人の風習をぜひともこの異郷でおこないたいとそれが催しの原動力となっておりまして」

 「なるほど。なるほど。東の聖地からやってくる日本人は、船で四十日がかりでございますねえ」

 「いえいえ。我々が殿下をお招きいたしたのは、東西の聖地を十日あまりで行き来する方策を我々に手伝えとのことで今日の催しが開かれたわけでございます。どうか、詳細を教えていただけますか」

 「はい。露西亜はサンクトペテルブルグとウラジオストーク間を広軌でつなぐシベリア鉄道の建設をはかりたくあります」

 「ほう。広軌ですか。ヨーロッパと互換性がございませんねえ」

 「それはご勘弁いただきたい。鉄道は時に戦争時は敵の足となります。標準軌を使いますと我が国の戦術を大幅に選択肢を狭められてしまいます」

 「確かに、仏蘭西も独逸の鉄道による電光石火の攻勢に普仏戦争の折、苦しめられましたから」

 「対独包囲網を形成した国々に独逸が鉄道を使われては、反攻までにサンクトペテルブルグが落ちているとなっては目も当てられませんな」

 「これは、こちらが譲歩するしかあるまい」

 「では、資金を集めるめどはいかほどで」

 「三億五千万ルーブルがシベリア鉄道債として発行いたします金額でございます。この金額を満額集めるのが私がここにやってまいりました副題でございます」

 「ふむ。中身を検めさせていただくが、完成予定時は?」

 「91年から工事を始め、01年の完成を目標といたしております」

 「なるほど、十一年がかりの計画ですか。では、鉄道債の出資比率がそのまま、仮にシベリア鉄道会社の出資比率として適用されるのですかな」

 「はい。それは、そのような運びになるかと」

 「なるほど、なるほど。その工事をする人夫はどのような方々になる予定で」

 「囚人を最優先で使う予定あります。何分、厳寒地ゆえ、一般工夫の集まりは期待できません」

 「ほう。それで三億五千万ルーブルという低水準に落ち着くのですなあ」

 「あの、そんなに少ないのでしょうか」

 「全長七千キロの鉄道に対しては安いの一言です。たとえ、地代がほとんどただといってもねえ」

 「アン殿、そちは鉄道をひきに極東を訪れたよな」

 「ああ、この富嶽三十六景美術館の大恩人である慶喜殿について東海道に鉄道をひいたなあ」

 「その場合、百キロ当たりでいかほどの資金がかかったかな。標準軌だったが、百キロを埋設すれば、二百万円はかかったか」

 「そうですか。単純に七千キロに換算いたしますと、一億四千万円ですねえ。もちろん、日本の場合、初めての鉄道埋設ということもありましたが、露西亜での埋設はその二分の一程度の予算で済みますねえ。その差は広軌と標準軌との差で埋まりますでしょう。では、改めてその中身を検証させていただきましょう」

 「お手やわらかに」

 「では、この鉄道の目的は、我々のいう二つの聖地の時間短縮をはかるものというのであれば、当然旅客移動が主たる目的となりますが、この路線の建設目的はそれに沿ったものでしょうか」

 「と言われますと?」

 「あまりにも建設費が安い。最低限旅客を主体といたすならば、複線が最低限必要です。これについてはこの予算に入っていますかな」

 「いえ、極東までの軍事力を輸送するのが主目的でございますので、戦時にサンクトペテルブルグからウラジオストークまでの片道切符さえあればかまいませんから、単線で始めるつもりですが」

 「アン殿、この当初予算に複線化を入れますと再計算していただけますか」

 「ま、五億ルーブルというところですかな」

 「よろしい。工期が十一年とありますが、一般人を雇えば期間短縮をはかれますでしょう。そうですねえ、東と西から線路を伸ばしていくのはかわりありませんが、工夫を二倍にいたしましょう」

 「となりますと、七億ルーブルですねね」

 ((((汗汗汗汗汗))))

 「さらに債権者を満足させるには、沿線での足となり、その地で取れたものをヨーロッパの大市場まで運ぶ設備が必要になりますねえ」

 「それは、当然でしょう。当地で採れた毛皮だけでなく、その地で採掘された鉱石や石炭、肉を運ぶようにしなければなりません」

 「となりますと、必要な金額はいかほどになりますかな」

 「八億ルーブルですなあ」

 「殿下。露西亜が出資いたす金額はいかほどになりますかな」

 「二億ルーブルが上限です」

 「我々が出せるのは、その金額程度ですなあ」

 「後四億ルーブル足りませんが」

 「では、亜米利加大統領あてに書簡をもっていかれるといいでしょう。これで二億ルーブルを調達できるでしょう」

 「何から何まで、ありがとうございます」

 「何をおっしゃいます。殿下は、ワシントンでも紹介状を持たせていただけると確信いたしておりますよ」

 「といわれると、残りの二億ルーブルにも当てがございますので」

 「詰は東の聖都でお聞きするがよろしいでしょう。あそこは、世界の出版社が震かんする株式会社がありますかあねえ」

 「はは。三百パーセントの出資金が集まってしまいましたか」

 

 

 

 

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