仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第109話

 1889年(明治二十三年)十月二十六日

 赤い城

 「陛下、皇太子様より電報が参っております」

 「ふむ。ごくろう。こ、これは、すぐさま臨時に大臣会議を開催いたす。閣僚全てを招集せよ」

 「ははっ」

 「陛下、お召により全閣僚が集合いたしまいした」

 「ふむ、そちたちを招集いたしたのは他でもない。パリにいるニコライより、シベリア鉄道債として、二億ルーブルの調達に成功したとある」

 「それは真でございますか」

 「この電報の送り出し先は、駐パリ露西亜大使館であるからまず間違いはない

 「シベリア鉄道の完成にめどが立ちましたね。さすが、殿下」

 「では、ここに全大臣が招集された理由はいかなる御用件で」

 「ニコライは、この先、亜米利加を経由して日本まで足を伸ばした後、西周りで世界中にシベリア鉄道債を売ってまいるとある」

 「では、我が国が予定していた二億ルーブルと殿下が獲得した二億ルーブルにさらに上乗せされる可能性があるのでしょうか」

 「せがれは、亜米利加で二億ルーブル、日本でさらに二億ルーブルを調達できる可能性があると電報にはある」

 「では、我々の招集理由は、まず工事開始時期の前倒しですかな」

 「資金が集まったのであるから、第一次の要件はそれになる。逓信大臣、いかほど前倒しができるかね」

 「当初の予定では、二年後の九十一年からとなっておりましたが、この際、九十年からの工事開始が妥当と思われます」

 「それ以上の前倒しは無理か」

 「可能かもしれませんが、殿下はこの後、亜米利加と日本で追加の資金を調達するやもしれません。殿下がいわれる八億ルーブルが確定していない現在では、一年の前倒しが限界です」

 「よろしい。では、逓信大臣の進言通り、工事の開始は一年繰り上げるものとする」

 「ははっ」

 「次に、資金が当初の予定よりも過剰にあち埋まったと思う者がいるだろうが、この八億ルーブルという数字は、仏蘭西の鉄道埋設者が試算したものであり、シベリア鉄道債を購入する者達がその金額の根拠を述べている。シベリア鉄道債は、露西亜政府が見積もった三億五千万ルーブルであるが、資本家は、単線ではなく、旅客に都合のよい複線を要望している。これにより、五億ルーブルの金額が必要とされている。どうだろう、逓信大臣の試算では、複線化の予算もしておったはずだ」

 「はい。我々の試算では、五億一千万ルーブルとなっておりました。もちろん、五億ルーブルでも複線化は出来ます」

 「では、工期短縮をするすべとして、人員を二倍にすることで七億ルーブルにするのもまことか」

 「残念ながら、シベリアは我々が一般行員の採用をためらうほどのでございまして、一般行員を雇うのであれば、賃金は最低寒冷地手当が必要で、首都で雇う人夫の五割増しなければならないでしょう。これで六億七千万ルーブルと言ったところでございます。ただし、工期短縮とするならば、囚人にも報奨金として支払いをすることができます。囚人にも首都圏での人夫手当てをあてがえば、さらに工事の進捗具合がはかどりますでしょう。これで、七億一千万ルーブルと言ったところでしょうか」

 「どうやら、その仏蘭西人鉄道技師は、経験豊かな信頼できる人物であるな。では、どうだ、シベリア産の生産物をヨーロッパに搬出する経費を計上いたせば、八億ルーブルとなるか」

 「陛下、逓信大臣といたしましてはいっそのこと、シベリア鉄道債そのものを外資に渡しまして、六億ルーブルで仮に株式会社シベリア鉄道といたしてはいかがでしょう」

 「ふむ、何か理由があるのであろう。申してみよ」

 「シベリア鉄道の工賃として二億ルーブルを仏蘭西人は計上いたしてくれました。もしこれが、わが国民の賃金として経済を動かしてくれますと。一億人の国民のうち、少なくとも先の条件であれば、百万人が恩恵を被ることができます。しかし、鉄道建設事業を国営といたしますと、支出を削ることしか官僚は考えておりませんし、官僚の中抜きを防ぐことはかなり難しくあります」

 「そうか、だから、民間での多大なる給与を国民が受け取れるように外資をそのまま国民への収入として計上できるように、外資100%でおこなえか」

 「大蔵大臣、逓信大臣の提案を財務を預かる身としてどう受け取るか」

 「では、大蔵大臣として二点指摘させていただきます。我が国が用意できる金額の二億ルーブルはそれでは、どこにいくのか」

 「シベリア鉄道は、全長七千キロのうち、多数の河川をまたいでいかねばなりません。鉄道の陸橋をつくるとともに、その河川をまたぐ際、水路の整備をするべきです。さすれば、灌漑や北極海にそそぐ河川を整備して、シベリア鉄道沿いにまで、北は北極海から南は清との国境線までの南北水路を有効に利用できるのみならず、水路を利用して集積した荷を鉄道に乗り換えて、遠く西ヨーロッパまで運搬することができます。この費用として、露西亜政府が用意した二億ルーブルを用いるべきです」

 「なるほど、この提案なれば、出資者も納得してくれよう」

 「では、二点目の指摘です。外資が工夫の給与として支払われるのです。国としては、その給金の一部を税金として回収できます。つまり、二億ルーブルの賃金のうち、二割の四千万ルーブルを国庫に納めることができます。まわりまわって、国税収入になるのです。労働者への賃金。大いに結構です」

 「ふむ、議論も尽きてきたが、最後に工事期間は、当初十一年を予定しておったが、仮に八億ルーブルをニコライが集めてきた場合、完成日時の試算をせよ」

 「逓信大臣の立場でお答えします。来年に工事が始まれば、七年での完成ができるように工期が短縮され、96年には完成できるかと」

 「ふむ、今日の試算をニコライに伝えよ。そちの頑張り次第では、96年にもシベリア鉄道が完成するとな」

 「では、早速、駐パリ大使館員人までこの結果を伝えてまいります」

 「ふむ、皇太子には、そちの言った金額が実現できれば、我が国に中産階級が百万人出現するやもしれんと伝えてやれ」

 「ははっ」

 

 

 十一月十八日

 紫禁城

 「ついさきほど、駐サンクトペテルブルク大使館経由で露西亜帝国からの情報が入ってきた」

 「我々が予測した工事期間八年どころか、さらに一年前倒しでの着工と合わせて合計二年もシベリア鉄道の完成が早まるか」

 「どうやら、我々が注目した項目に仏蘭西資本家も気がついたか」

 「仏蘭西は、スエズ運河での投資に成功。普仏戦争での引き分け。パナマ運河での不良債権を日本に押し付け等。やることにそつがないな」

 「我々の敗色が濃くなる日は、シベリア鉄道が完成する96年か」

 「さらに八億ルーブルという大金が露西亜の国庫に収納される見込みとなりつつある。露西亜は、戦費として事前に八億ルーブルを手にしたも同然だ」

 「オタクの代表には、露西亜のニコライ皇太子が露西亜皇帝一家では顕著とある」

 「どうだ、これを揺さぶりをかける手はないか」

 「あるにはある。ニコライの日本での予定はすでに入手済みだ。京に一泊。日本橋に九泊。そのうち公式行事に二日。残り七日間は、お忍びだ。李氏朝鮮を追い出された親露派とニコライが日本橋周辺でかち合うように誘導しようではないか」

 「予測はつかないが、何かが起こるでろう」

 「では、手はずを整える」

 

 

 

 

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