仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第111話
1890年(明治二十四年)五月二十日
紫禁城
「日本橋でニコライにけしかけた朝鮮人は、使い物にならなかったか」
「元々捨て駒だったんだが、あたりどころが後十センチずれていたら、致命傷にまでいけたんじゃないか」
「では、捨て駒にしてみればよくやったんではないか」
「お忍びの最中にしか襲えなかったが。そこが全てを決めたか」
「お忍びの最中であれば、日本を戦争に巻き込まなくてすむのが利点だが」
「お忍びの最中を襲ったとなると、周りにいた侍の臨界点も低い。江戸者が田舎者をさして使う野暮の一言だ」
「一長一短か。しかし、露西亜は、此度の襲撃に関して沈黙を貫いた」
「捕まった朝鮮人が全部吐いたようなものだ。『俺たちは殿下を殺す気はなかったニダ。刃物を持っているやつがいるなんてしらなかったニダ。ただ、殿下のまわりで騒いで殿下を困らせてみたかったニダ』」
「責任は、刃物を持っていたやつに全て押し付けた」
「そして、そいつは奉行所に連れていかれ、パナマで強制労働を言い渡された」
「俺たちは、露西亜に不幸な事件が起こってそれを言いがかりに清に宣戦布告をしてくれることを望んでいたのだが」
「今なら、陸海で極東露西亜軍を蹂躙できる」
「冷静にシベリア鉄道が完成するまで待たれると、俺たちは苦しい」
「シベリア鉄道債だが、仏米日の比率が各国に33%と、仏蘭西に代表権ということで1%の加算が加わった」
「ということは、シベリア鉄道は外資100%か。あれは露西亜でないのか」
「シベリア鉄道に攻撃を加えてみろ。各国政府があれは我が国の持ち物であるから、仏米日の各国が清に対し、宣戦布告をしてきてもおかしくない」
「そして、露西亜はシベリア鉄道建設のために賃金として二億ルーブル分、つぎ込むことを発表した」
「おかげで、歴代露西亜皇帝の中で当代の支持率は、今年が過去最高という話だ」
「露西亜内部の不平分子がいたとしてもそれに同調する勢力が現れないとなれば、露西亜に対する内部工作は、単なる金食い虫で見返りが期待できな」
「露西亜が発表したことは、シベリア鉄道の工事開始を今年の十月一日に設定しましたということだ」
「清と朝鮮に関しては無関心を貫いた」
「十月一日以降、我々が敗戦する日まで砂時計が落ちていくように近づいてゆくな」
「砂のなくなる日は、東西から埋設したシベリア鉄道がつながる日だ」
「ハバロフスクを我々が落とす前に、サンクトペテルブルグから鉄道による大量輸送によって蹴散らされるのは清軍だな」
「親露朝鮮人には、ほんのちょっと期待したのだが」
「俺は三割ほど期待していたのだが」
「ピストルを渡さなかった俺たちの失策かな」
「それだと三分の一ぐらいには、成功率が上がったのでは」
「では、襲った連中全員にピストルを渡しておけばどうだったろうか」
「手付とピストルを換金されて、とんずらされると思うのだが」
「やっぱり、これ以上は成功率が下がってしまうな」
「うんうん、刃物を一人に渡しておいて正解だよ」
十月一日
露西亜 チェリャビンスク州 チェリャビンスク
「それでは、ここに露西亜帝国ニコライ皇太子をお招きして、露西亜を東西につなぐシベリア鉄道に起工式をおこないます。なお、この式典は、西の起点となるウラジオストクでも州知事を招いておこなわれます」
「それでは、皇太子殿下にハンマーによる式典に参加していただきます」
「チャンチャン」
「それでは、この鉄道は皆さんもご存じのように仏米日の資金を結集して建設を始めることができるようになりました。それでは、この後、仏蘭西のパリより来露された料理、芸術等をお楽しみください」
「なあ、口コミってすごいな」
「すごいよ。この場は、来年の春に咲く桜のために、パリで開く酒の販促プレ大会として露西亜政府より招へいがかかった」
「で、普段は巴里っ子に囲まれている富嶽三十六景関係者がこの場にお招きいただきました」
「で、口コミで乗り乗りな人は、侍を気取っている格好や」
「パイプをくわえた人物も目立つ」
「で、その中でも多いのが犬耳をしたホームズだよな」
「子供向けにホームズは、犬が登場人物となっているからね」
「そうだな。パリでは英吉利人を見掛けることは多いが、露西亜にいる英吉利人はほとんどいない」
「と、いうわけで、露西亜のホームズといえば、いや英吉利人といえば犬耳をしている方が普通と思われていると」
「ま、英吉利人はこの式典に招待されていないから問題ないが」
「英吉利人を普段見掛けない地域では、犬耳をしているのが英吉利人と思われているかな」
「ま、俺たちに実害はないからいいか」
「しかし、えらくたくさんの人が起工式に集まったな。開通式と違って一番列車が出るわけでもないのに」
「一つは、工夫の表情が明るいせいかね。露西亜政府は、シベリア鉄道の工賃に大盤振る舞いをしたからねえ」
「知人に聞いた話では、貧困層にいるくらいならいっそのこと、一人前の給金が払われる囚人工夫になるために、わざと犯罪を仕出かそうかと悩むそうだ」
「それはまた、大変な人気だな。多大な報奨金だな」
「工期を繰り上げるために賃金は大盤振る舞いだからね」
「露西亜政府も外資100%の工事ゆえに、懐は痛まないせいもあるが」
「で、このところ露西亜政府支持率はうなぎ上りなのだが、庶民の関心は、次期皇帝に移っている」
「現皇帝が実に露西亜人らしくてウォッカ好きで、体調を崩しているせいで公式行事は皇太子におまかせか」
「でも、皇太子は世界中から六億ルーブルの金を集めてきた剛腕だろ。次世代は明るいのではないか」
「この皇太子の欠点は、時々、古傷がうずいて仕方がない時があるらしい」
「それは、日本橋で朝鮮人から受けた傷が原因というやつか」
「ああ、あの時のサーベルが頭がい骨にまで届いてらしくて、時々閣議を休まなくてはならない日があるそうだ」
「皇帝は、酒で健康を損ね、皇太子は頭通持ちか」
「それだと、皇帝を支える官僚次第か。優秀な頭脳がいれば露西亜国民の表情は明るいものになるであろうな」
「で、とりあえず、今日の参加人数を頭にいれとけよ。どうやら、日本の酒の販促そっちのけで、コスプレ発表会場に来年春のオペラ界隈もなりそうだ」
「ああ、十万人が最低参加人数」
「二十万人が集まる祭典と思っておこうか」
「用意はしておかなければ、パリは世界の観光都市だからな」
1892年(明治二十六年)三月十日
露西亜 パミール高原を露西亜領土に加える
赤い城
「皇太子殿下、ゴレム外務大臣、お召により参上いたしました」
「大臣、君がパミール高原を露西亜領に藩屏したのかい」
「はい。現地からパミール高原に進出してその地を露西亜に献上したいと上奏されていましたので、承認しました」
「その日、私も父上も閣議を欠席していたが、そうか、最終的に認可したのはやはり君か」
「何か問題でも」
「君は、これに対して清が反発するのではないかと危惧しなかったのかね」
「確かに、国境線は平和的に確約するのであれば周辺国の承認が必要であります。が、武力で圧力をかけれるのであれば、一方的に宣言しても問題ありません」
「では、君は清が攻めてきた場合、それに露西亜は勝てるというのだね」
「問題ありません。白人の露西亜に黄色人種は勝てるはずはございません」
「では、極東露西亜兵の三万人で清兵百万人に勝てると」
「問題ありません。仮に極東が取られた場合、露西亜は、英吉利、仏蘭西と合同して清兵を打ち破ればよいのです」
「その根拠を申してみよ」
「只今、シベリアでは、鉄道を埋設中でございます。清がこの鉄道を攻撃しますと、仏蘭西、亜米利加、日本に攻撃を加えたわけであります。世界各国から共同して清を攻めればよいだけです」
「では、君の大言は覚えておくよ。もし万が一、露西亜単独で清と対戦になった場合、君は、シベリア鉄道の建設に強制労働をさせるからな」
「はい。そのことを承りました」
「一ヶ月間、宣戦布告がなければよいがね」
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