仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第112話

 1892年(明治二十七年)三月十七日

 赤い城

 「只今、清より宣戦布告文書が参りました」

 「ゴレム外務大臣を呼んできて、その場で読んでみよ」

 「はっ」

 露西亜政府へ

 先の露西亜による清よりパミール高原を簒奪した行為に対し、清は異議を申し立てる。その報復として外満州を清への併合を実力でもっておこなう。元々、その地はネルチンクス条約以降、二百年に渡り清国が支配してきた地であり、露西亜が租借していたのを返還してもらうだけのことである。露西亜が極東露西亜領を放棄しないのであれば、戦争という手段をもってこれを実力行使する。この声明は、世界各国に通達するものである   

 大清皇帝

 「外相、きいての通りだ。露西亜は、鉄道建設事業を抱えながら、清国と戦線を開くことになった。君は、どちらを選択するかね。清国相手にモンゴルで騎馬戦を仕掛けるのと、シベリアで強制労働に従事するのとだ。君に選択権を与えよう」

 「いえ、陛下との約束では、清国に対し単独で露西亜が戦争をする場合になった場合に、私はシベリアで強制労働につくことを承諾いたしました。ですから、私は世界各国が対清戦争に名乗りをあげた時に、無罪放免となります」

 「確かにそういう約束であったな。では、君が強制労働につくのは両国で講和条約が結ばれるまで猶予を与えよう。それまでに、清国に宣戦布告をする国が現れた時は、外相の主張が通ったということだ。それで間違いはないかね」

 「はい。その時は私もシベリアにいきましょう」

 「よろしい。その首を洗って待っているといい」

 「では、失礼いたします」

 三月十八日

 ビロビジャン近郊(ハバロフスクより西方二百キロメートル)

 「なあ、清が攻めてくるのか」

 「攻めてくるとしたら、まずウラジオストクだよな」

 「では、東側線路埋設の最前線であるここは安全か?」

 「といっても、ここは露清国境から八十キロしかない」

 「しかも、ウラジオストクが落とされれば退却先がない」

 「工夫三万人が捕虜か殺戮に遭うか」

 「俺は大丈夫だと思う」

 「その根拠は?」

 「俺たちを雇ったのは、確かに露西亜政府だ。だが、賃金は外資が負担しているわけで、俺たちの身分を仏蘭西政府が保証しているわけだ。清が俺たちを攻撃する度胸があると思うか」

 「そう言われればそうだな。俺たちを雇ったのは、元はといえば仏蘭西。だから、清の兵隊が現れたら堂々としていようじゃないか」

 「そうだな。露西亜政府なり外資が工事を止めるまで工賃を稼いでやろうじゃないか」

 「よし。この僻地で逃げるところがないなら、明日も働くか」

 三月十九日

 露西亜外務省より通達

 我が国は、清国と交戦状態に入りました。しかし、シベリア鉄道は世界からの要請で建設されています。よって、東西の工事現場での作業は停止させませんし、工夫の生命は露西亜政府が保証いたします

 「ま、なんだ、仕事をする以外極東ですることはないのだから、工事をするべ」

 「資材が届かなくなった地点で、工事は中断か」

 「その場合、休業補償を出してもらうだけさ」

 「うんだ。この時期、凍死はしないだろうしな」

 ハバロフスク極東指令部

 「指令、首都より通達が参っております」

 露西亜極東指令部へ

 我が国は、清と戦争状態に入った。諸君に求めることは、以下のとおりである

 一、陸海軍とも専守防衛に努めよ

 二、住民の生命と財産を保護することが諸君の第一の仕事である

 三、鉄道建設資材は、鉄道埋設個所に速やかに搬送せよ

 四、兵士の食料がなくなる前に鉄道工事関係者の食料がなくなることはあってはならない

    赤い城

 「何とも戦争の常識が通じない通達だな」

 「一は良くありますが」

 「あるな。戦争相手より戦力が不足している場合、相手戦力を上回る地点まで退却するのがナポレオン戦争以来の我が国の伝統だ」

 「しかし、シベリア鉄道が開通していない現地点で、我々が退却できるのは、ハバロフスクまでだが」

 「それは、海軍がいない場合のことであって、海軍の軍艦を陸にあげることはできません」

 「では、極東海軍をいかがいたすか」

 「極東露西亜海軍が清軍に勝てる要素は、百に一つです」

 「規律は、露西亜軍が高いのだが。極東露西亜軍に定遠、鎮遠に対抗できる戦艦がない」

 「では、海軍にも露西亜の伝統を引き継がせましょう。ウラジオストクから出航させた海軍は、太平洋側を鹿島まで南下、後は、フィリピンのスマトラ島、ジャワ島等で補給をしてスリランカを経由してスエズ運河を通り、黒海艦隊と合流させましょう」

 「はは、スエズ運河の最大深長八メートル以下の軍艦ばかりであるから、黒海まで退却させるか」

 「清軍も海軍を使って海からウラジオストクを攻撃することはないでしょう。先方の予定は、ウラジオストクの海上封鎖をするだけでしょう」

 「しかし、ウラジオストクが海上封鎖されれば、鉄道建設工事は止まるし、俺たちは食糧不足になるぞ」

 「三と四の項目を実行しましょう。我々軍人より、鉄道従事者の食料を優先せよというのです。食料がなくなった地点で住民の生命の保証をはかるために清軍に降伏いたしましょう」

 「食いぶちを減らすために海軍戦力を後方に下げましたといえばよいのです」

 「なるほど、では、清軍に包囲された地点で、工事資材が滞るのはいつだ。また、食料がなくなるのはいつだ」

 「順調に工事が進捗いたしますと、資材がなくなるのは一ヶ月後の四月二十日ごろ。食料がなくなるのは、海軍を追い出すと八カ月後です」

 「その八ヶ月後というのは、工事関係者と極東露西亜陸軍を支える分だよな」

 「はい。守備兵だけを養うならば、一年以上もちますが」

 「では、最長八ヶ月間の籠城といこうではないか」

 「はっ」

 三月二十五日

 ハバロフスク 露西亜極東指令部

 「ウラジオストクより報告が参りました。ウラジオストクを清軍十万人で包囲されました。先方は攻撃を仕掛けてこないとのことです」

 「ふむ、わが司令部があるハバロフスクも清軍二十万人に包囲された。相互の連携をたたれたか。先方の狙いは、食料切れか」

 「海軍を追い出して正解のようです」

 「続きがあります。海軍を追い出したウラジオストク港を清海軍が海上封鎖いたしましたが、シベリア鉄道資材は、臨検を受けた後、関係資材のみはウラジオストク港に入港いたしております」

 「どうみるかね」

 「文字通りというしかないでしょう。清軍はシベリア鉄道建設を妨害する意図はない。シベリア鉄道に出資している仏米日と外交関係がこじれるのを嫌ったものでしょう」

 「では、この部分をそのまま赤い城まで送ってやれ。援軍をよこすかどうかは、政府が決めればよい。我々は、八ヶ月間こもるだけさ。もっとも、援軍をよこす手段を俺は知らないが」

 「はい、上からの命令は工夫を飢えさせるなというのです。食料がなくなれば降伏しかありません」

 三月二十六日

 赤い城

 「極東露西亜司令部より報告が参っております。清軍がウラジオストク並びにハバロフスクの包囲をおこないました。しかし、こちらが発送したシベリア鉄道の資材は、予定通り線路埋設箇所まで届けられ、工事は無事進展中。なお、こちらの食料は後八カ月でなくなる予定とのことです」

 「ということだ。ゴレム外相、君がシベリア送りになるのは八ヶ月後だ。食料がなくなれば、極東露西亜軍は降伏するしかない。極東露西亜軍が海軍を黒海に送ったのは英断だと前もって言っておく」

 「はい、第一段は清にやられたと言わざるをえません。シベリア鉄道に出資した関係国を巻き込まないために工事の中断をしないとは恐れ入った策です」

 「そうだな。このままであれば、食料がなくなって工事が止まったとあれば、出資三国の追求の目は無駄な戦争を招いた露西亜に向かう。つまり、三国は短期に戦争終結を求めている。そうしなければ、三国は露西亜の責任を追及するであろう。もしそうなれば、病床の皇帝に代わって皇太子として清の要求をきくしかあるまい。外満州の清国への譲渡並びにパミール高原の返還は最低限のことだ。さらに清国に渡るであろう線路のために、三国には極東での埋設公費を返還しなければなるまい」

 四月十日

 カフェ モンブラン

 「清露戦争の行方はどうだい」

 「対露に専念したい清国と第三国の介入を望んでいる露西亜というところかね」

 「このまま進行すれば、極東に援軍を送れない露西亜の負けだね」

 「で、シベリア鉄道に出資した連中は騒いでいるのか」

 「それが、静観するしかないそうだ。露西亜は清国がシベリア鉄道関係者に手を出すことを望んでいるが、清国もそれは重々承知。おかげで、工事はむしろ順調に進捗しているということだ」

 「両国は、線路埋設従事者に死傷者並びに飢えるのを極端に恐れているよ。ただ、このままいけば、包囲されているのだから露西亜は食料がなくなってしまうね」

 「その地点で戦争は終結か」

 「露西亜は援軍をどうにかして送らねばなるまいね」

 「となると、モンゴルでコサック兵対八旗軍の騎馬戦か」

 「露西亜が戦力を送れるのは十月か。十月のウランバートル周辺で最後の決戦かね」

 「義勇兵が参戦しない珍しい戦いか」

 「いや、オタクこそ陰の主役だろ。両国ともオタクを味方につけたいがために工事関係者に最大限の配慮をしている」

 「清軍は工事関係者への略奪を厳禁しているし、露西亜軍は兵の食料より工事関係者の食料配給を優先せよとのおたっしだ」

 「なるほど、兵力であるはずの極東海軍をひかせたのも食料確保のためか。いやはや、兵の食料より工夫の食料が大事か。奇妙な戦いだ」

 

 

 

 

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