仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第114話

 1892年(明治二十七年)十一月一日

 ウランバートル 清陸軍司令部

 「偵察からの通信が入っております。コサック兵二十万人、ウランバートル北方二十キロメートルの地点を通過」

 「第二報によりますと、ウランバートル北方十キロメートルの地点で陣地を構築中。なお、攻城兵器は見受けられません」

 「よろしい。では、各自、兵器の最終手入れをおこないたまえ」

 「はっ」

 「どうみる。ボブ」

 「露西亜軍に残された時間は、多くない。こちらは、一ヶ月間、ここ、ウランバートルを防衛すれば勝ちだろ」

 「先方の陣営を見るとそうだな。攻城兵器がないということは、このウランバートルに無理攻めはないだろう」

 「こちらは、三年も前からこの地での決戦を想定して、要塞化をおこなってきたのだが」

 「さすがに、このウランバートルは、草原のど真ん中にあり、二メートルの外壁を構築するだけで、後は機関銃を持ち込んだだけだが」

 「で、どうする。野戦をするのか」

 「こちらも騎兵だけで出陣いたそう。一戦だけ軽く当たってみるか」

 「四分六までなる大丈夫だ」

 「おう、やばくなったら、ここの機関銃の迎撃範囲内に逃げ込むさ」

 「ま、走りまわれば大けがはしないだろう」

 「では、先方が陣地を構築する前に一戦してこよう」

 「では、いつ頃出陣だ」

 「午後三時に出陣する」

 「ということは、戦闘時間は、二時間ほどだな」

 「騎馬戦での野戦は無理だろうな」

 「足元が高すぎる。戦うには最低限、光源が必要さ」

 「では、俺も愛馬のところにいってくるさ」

 「おお、こちらは任せてくれ」

 「いいよな、海戦はなかったんだから」

 「あった方が早く終われた気がするんだが」

 「いってくるよ。ボブ」

 「吉報を期待する」

 

 

 ウランバートル 北方十キロメートル コサック陣地

 「あの砂煙はなんだ」

 「方向が南からです。距離、二キロ。兵数、十万。三分後に交戦かと」

 「ちっ、地の利は清か。全騎馬兵、二分で体制を整えよ」

 「ただいま」

 

 

 清司令部

 「いいか、当初の打ち合わせ通り、駆け抜けろ。打ち合う必要はない」

 「戦闘時間は、二時間もない。遠征で疲れている敵をあしらえ。敵の抵抗が強ければ、さっさとひくぞ」

 「左軍、露西亜陣地西方に展開」

 「右軍、陣地東方五十メートルを通過せよ」

 

 

 露西亜司令部

 「敵軍、左右に別れました。陣地を左右から砲撃してくるつもりかと」

 「敵は、一撃あててくるのが目的か。こちら二部隊に編成。敵前方四十メートルの地点で一斉砲撃準備」

 「カシャ」

 「待て、まだだ」

 「敵、六十メートル」

 「パン、パパン」

 「待て」

 「敵、陣地より五十メートルまで接近するも通過してゆきます」

 「敵に向かって一斉砲撃、撃て」

 「「「パン」」」

 「第二撃用意」

 「カシャ」

 「撃て」

 「「「パン」」」

 「騎馬隊、全員騎乗。敵の後方を追撃」

 「出撃」

 

 

 清司令部

 「露西亜軍、わが軍の後方を攻撃する模様」

 「かまわん、左軍、左折百八十度するぞ。相手は、まだ出撃前だ。十分、振り切れる。地形を知っているわが軍の方が有利だ」

 「ついてこい」

 

 

 露西亜司令部

 「騎兵隊、追撃中止。陣地構築を急ぐように」

 「敵は、一撃離脱か」

 「スピードに乗って、風のように去っていったな」

 「こちらに追いつくだけの暇を与えなかったか」

 「指令、味方負傷者八十五名を数えました。敵の脱落者、五名を確保しました」

 「ふむ、初戦、痛み分けかね」

 「こちとら、この先、ウランバートルから一キロの地点に最前線を構築したかったのだが、もはや敵の偵察圏内か」

 「敵さん、軽くあしらうだけで、本格的に交戦をするつもりはないようだな」

 「ということは、厳しい戦いになりそうだ」

 「こちらに攻城兵器がないのを見透かしているようだな」

 「そうだな。攻城兵器があれば、それを壊しに来たのだろうが、その必要もないと思われたのだろう」

 「攻城兵器を連れてくるには、かなり難しい。本部は、イルクーツクまでの移動も認めなかったからね。三大河川を越えるのは無理だと判断したためであろう」

 「どうやら、清軍の準備は万全のようだな」

 「ウランバートルも防御力をあげてるのだろうな」

 「まず、間違いはない」

 「こちとら、補給に難があるというのに。で、お主、ここでの交戦期間はいかほどだと思っている」

 「今月一杯と思っているが。それ以降になると、天候的にもまずい。月が替われば、引き上げることにしよう」

 「その間に仕掛けてきてくれるといいのだが」

 「期待は薄いな」

 

 

 ウランバートル 清司令部

 「よう。ご苦労さん。で、どうだったか」

 「負傷者、五十名。脱落者五名。脱落者全員、女真族だ」

 「ほう、兵の半分を占める漢民族に脱落者はいなかったか」

 「露西亜軍の編成は遅かったよ。だが、手はず通り、ウランバートルで防御をしながら、敵の輜重部隊を襲うことにしよう」

 「了解。では、この地の情報では、十一月、日平均気温はマイナス八度。テント暮らしは、清兵だときついかね」

 「ま、いろいろと凍ってしまう温度だな。そうだな。乾期の今、水の確保にも困るのではないか」

 「それは、火を焚いて融かせば大丈夫だろ。脱水症状を起こす時期はやはり夏だよ。二十度を超える日も多いからね」

 「そうか、それは残念な知らせだ」

 

 

 十一月十九日

 露西亜司令部

 「チッ、今日も輜重部隊が襲われた。襲撃が多すぎる」

 「では、月を越えての陣は無理か」

 「無理だな。向こうもこちらの陣を攻めてこないが、向こうは防衛で拠点さえ取られなければ、勝ちだからな」

 「しかし、イルクーツクとウランバートル間五百キロは長いが、視界の悪い所はない。敵は輜重部隊の位置を探知しているとしか言いようがない」

 「おまけに、俺たちが輜重部隊を迎えに行けば、襲撃はない」

 「相手の思うつぼだな。敵は輜重部隊を襲ったら火をつけて廃棄する徹底ぶりだからな」

 「イルクーツクと即座に連絡が取れないのがもどかしい。先方と電信で連絡が取れれば、もっとやりようがあるのだが」

 「敵の目は何か?」

 

 

 十月三十日

 「指令、行商人からこのようなものを手に入れました」

 「ほう、漢字表記で乾電池、仏蘭西語表記でpileか。どうやら、通信機を動かす電源で液体電池の代わりとして使えるもののようだが」

 「液体電池は駄目だよ。この氷点下だと、単なる色のついた氷でしかない」

 「おかげで、無用の長物だな」

 「物はためしだ。使ってみれば」

 「そうだな」

 「ジージー。こちらイルクーツク中継基地。おい、どうした、二カ月ぶりの連絡、いや、行軍中初の連絡だな」

 「ああ、残念な連絡だ。そちらは把握しているかどうかわからんが、輜重部隊が連続して襲われてな。食料切れで撤退する」

 「それはやむを得んな。しかし、なぜそのような重要事項が定時連絡なしで、いいや、それは無理か。今まで連絡がなかったのだからな。了承した。本部にはこちらから連絡を入れる」

 「ああ、頼むよ」

 「指令、そのような便利なものがわが露西亜にはなかったのでしょう」

 「ああ、決定的な差がついた。どうやら、清国内ではこれを使って通信をしていたのだろう」

 「無線機の前に立ち、わが軍の輜重部隊とわが軍の兵力を把握していれば効率的に襲えるからな」

 「情報をせしたのは、黄色人種の清でしたか」

 

 

 

 

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