仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第115話
1892年(明治二十七年)十一月一日
長門国 馬関 春帆楼
「ゴレム外相、赤い城より緊急に電信を受け取りました。ウランバートル攻略を目指して、出陣したコサック兵が退却を始めたとのことです」
「清側もその情報を入手しているな」
「はい。清がウランバートルの防衛に成功。わが軍は、退却中とのことです」
「では、講和条約の交渉に入ろう。わが軍に残された時間は、二カ月しかない。もし、講和がならなければ、籠城中の極東二都市は、開城。極東防衛軍並びに市民は全て捕虜か」
「残念です。露西亜に同調して清に開戦してくれる国は現れませんでした」
「なに、私が自ら招いたことだよ。病弱なアレクサンドル皇帝と頭痛持ちのニコライ皇太子が不在の時に、パミール高原を露西亜に編入したために清に開戦理由を与えてしまった」
「シベリア鉄道が完成していれば、問題なかったんでしょうね」
「その後四年が待てなかった。現皇帝の死去が刻一刻と近づいていたせいもある。何か実績をつくらねば、皇太子が即位する際に罷免されると先読みしてしまったんだろう。現在の露西亜の状況と自分の現状は良く似ているよ。孤立無援の一言だね」
「しかし、講和条約を話し合う場を第三国に設定できましたから、これから外交で盛り返せばすむことでしょう」
「時間が味方してくれれば問題ないが、時間は清の味方だ。だが、兵士を無事、家族に再会させてやらねばなるまい。さて、最後の奉公といこう」
「はい」
「それでは、清国代表に李提督、露西亜代表にゴレム外相。司会は、毛利藩主毛利元徳が務めさせていただきます。それでは、清国より講和条件を述べていただきたい」
「それでは、清国より講和条件を列挙させていただきます」
一、 外満州の清への割譲
二、 パミール高原を清国領土であることを明記した外交文章を締結
三、 日本円で戦費五千万円を清国に支払うこと
四、 清国に対して最恵国待遇を露西亜は与える
五、 露西亜は、清国に対する最恵国待遇を破棄する
六、 露西亜は、清国に対する不平等条約をそのまま、両者の立場をひっくり返して適用させるものとする
七、 外満州にあるシベリア鉄道の所有権を清国のものとする
「では、これに対する露西亜側の回答をいただきたい」
「難しいの一言ですな。三から七までを取り除くというのなら、納得いたしましょう。ですから、露西亜側からの提案はこうですな」
一、 外満州の清への割譲
二、 パミール高原を清国領土であることを明記した外交文章を締結
「それでは、この回答に対する清国の返答は」
「三がなければ、戦争継続以外に選択肢はない。そもそも、この戦争の原因を招いたのは、露西亜が我が国の領土であるパミール高原を我が国の了承もなく勝手に露西亜領土に編入したために我が国はそれを受けて立つ以外になく、やむなく戦争という運びになりました。では、その戦費を誰が負担すべきでしょうか。当然、露西亜でしょう」
「李提督。そもそも五千万円がいかほどになるかと思いか。五千万円といえば、二億七千五百万ルーブル。目下、シベリア鉄道を建設中の露西亜にそのような金はない」
「いやいや、それはおかしい。露西亜が獲得した外貨は、六億ルーブル。余裕で払えるではありませんか」
「外貨を管理しているのは、シベリア鉄道株式会社であって、露西亜政府ではない。あえて言えば、投資される金はあくまで仏米日の三カ国の投資家のものである」
「では、金は出せないと」
「それだけではございません。四から六までの条件は、両国の国力によって決まるのです。露西亜は、清国より国力が上回っている限り応じるわけにはいきません」
「国力を端的に表す一つの尺度が武力だ。戦争に勝てば、清国の国力が露西亜の国力を上回ったという歴然たる証拠だ」
「清国はそう言われるのであれば、どうでしょう、本日は双方の提示をしたのみで双方で検討をするということにしませんか。外相として、本国の指示を待たなければならない事項も出ましたので」
「露西亜側から講和内容の吟味をする時間をいただきたいと提案がありましたが、本日の交渉は一時打ち切りといたしませんか、李提督」
「もちろんかまいません。時間は我らの味方。いつだろうとこちらは交渉の場に立ちましょう。次回の会合日時もそちらの指定で構いません」
「では、清国の要望を本国に伝えてみましょう。では」
「うむ、交渉決裂で何も問題ないが、清としては」
露西亜側控室
「交渉は難航しそうですね」
「極東露西亜兵三万人を見捨てて、イルクーツクから攻め込む方法を取れれば、露西亜陸軍を大動員できるが、その場合、戦争が来年以降も続く。そうなれば、シベリア鉄道の建設に従事している労働者も見捨ててしまうことになる。講和交渉が決裂して困るのは露西亜だから、清は強気そのものだ。さりとて、露西亜に切れるカードは何一つない」
「かといって、不凍港を喪失するだけで露西亜にとって長年の投資が全て無駄になるのですから、この上、賠償金を払うなど、露西亜は飲むことができません」
「なんといっても七番のシベリア鉄道の権利を清に譲れときたか。露西亜の国有財ならばその要求も通るだろうが、シベリア鉄道の権利を持っているのは仏米日といっても清は聞く耳を持たない。八方ふさがりとはこのことか。とりあえず、本国に交渉材料を伝えておいてくれたまえ」
「了承いたしました」
料亭 福宝遣
「李提督、本日の交渉は痛快アル」
「その通りアル。独逸人に数年間、つきあった甲斐があったアル」
「独逸人は、とにかく鍛えるとなったら、清の皇室も関係なく、訓練場に放りだしていたアル」
「上の特権というものをわかっていないアル」
「そういうな。下の連中は目の色をかえて訓練に励んでいたが」
「しかし、やつらが幅を利かせるのも昨日までアル」
「そうだ、後は、俺たちに任せて帰国するアル」
「「「乾杯」」」
「おい、そこの者たちにも今日はおごってやるアル。店主、ここで飲む者の勘定は全て払うアル」
「「「「「乾杯」」」」」
「で、何に対して乾杯なんですか」
「清が露西亜に勝ったことに対してアル」
「それはすごいですね、どこで勝ったんですか」
「モンゴルのウランバートルに、外満州の二か所アル」
「違うアル。講和交渉の勝利に対してアル」
「では、講和がなった時にはどうなるんで」
「外満州とパミール高原及び清領となる土地でのシベリア鉄道の権利が全て清のものとなるアル」
「しかし、露西亜が拒否した場合にはどうなるんで」
「かまわないアル。その時は、極東の露西亜兵が全員餓死するだけアル」
「それで、戦争が終わるんですか」
「問題ないアル。外満州に送られてくる露西亜兵はいないアル。その時は全て、清のものアル」
「そうですか、そいつは目出てえ。乾杯」
「黄色人種が初めて白人に勝った歴史的快挙になるアル」
十一月三日
号外
清、外満州におけるシベリア鉄道を接収する方針で講和交渉を露西亜とおこなっている。もしこのことが講和交渉で成立すれば、露西亜はシベリア鉄道債を購入した仏米日に対し、極めて苦しい立場に立つこととなる。清露戦争は、清が強気の交渉を継続中
紫禁城
「あの提督を講和交渉に出すんではなかった」
「ああ、俺たちがウランバートルにいっている間、講和交渉の事務段階での詰めをはかるだけでいいのに、全権大使をきどり、新聞にすっぱぬかれたか」
「明日の朝刊が俺は怖い。俺はすぐさま、馬関に向かう。その足で全権大使として交渉を取り仕切る」
「それしかあるまい。ああ、全てがひっくり返らねばいいが」
十一月四日
仏米日の三国が清に対し、最終勧告。清との戦争も辞さず
カフェ モンブラン
「三国が清に対して宣戦布告一歩手前か」
「ああ、露西亜側として参戦する用意があるといってきた」
「まあ、シベリア鉄道はあくまで仏米日の三国の投資であるから、国民の財産を守るのが政府の務めである。よって、清がシベリア鉄道を接収するというのならば、国家への侵略行為に対し、戦争という手段に訴えると」
「となると、清はどういった対処を取るかね」
「さすがに、清を取り巻く四カ国のうち英国を除く仏日露が宣戦布告をすれば、勝ち馬に乗ろうと英国も対清の宣戦布告に加わるであろう」
「それは、清にとって悪夢。露西亜にとって吉報。だが、まだ講和交渉は成立していないのであろう。清は善後策を取ることができるだろう」
「逆に露西亜はすぐさま、講和条件を承認して英米を加えた五カ国の戦力で改めて戦争の継続をするのも一つの手だな」
「ということは、実質的に清対仏米日の代理人である露西亜という構図ができたのか」
「できたね。露西亜が勝つのはそう難しいことではなくなった。だから、清は講和交渉にあたる者の首を切るしかあるまい」
「そうだな。全権大使を交代して、再交渉とするしかないだろう」
「清の強みは、極東露西亜軍の三万人の胃袋を握っていることだな」
「それを見捨てることができれば、露西亜は勝てるだろう」
「講和交渉で露西亜の逆襲が始まるか。清はこのまま逃げ切るか」
「仏米日の三国干渉がこの戦争の転換点か」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + livedoor.com
第114話 |
第115話 |
第116話 |