仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第116話
1892年(明治二十七年)十一月五日
長門国 馬関 春帆楼 露西亜側控室
「ゴレム外相、本国からの指示はどうなりましたか」
「最優先は、シベリア鉄道に投資してくれた投資家への配慮をすることになった。つまり、仏米日の三カ国が参戦することで、シベリア鉄道の建設に従事している作業員が死傷することは避けよということだ」
「残念です。このまま、シベリア鉄道の権利を清に渡す条件で講和条約を結んで、四カ国で清を攻めれば勝利は容易なのに」
「露西亜にもアキレス腱がある。三カ国が参戦するまでに、ハバロフスクとウラジオストクが落ち、シベリア鉄道の建設工事が中断してしまうことだ」
「そうですね。そうなれば、露西亜国民の被害は十万人を上回ります」
「要は、極東をそのまま露西亜支配下に置き、シベリア鉄道の利権を維持する方向で講和交渉をまとめることだ」
「では、そういった方向で講和がなりますと外相の首はつながりますか」
「殿下の一声で決まってしまう気がする。露西亜側で参戦する国家が実現する条件は満たしていないからな」
「では、事態が好転した程度ですね、現状」
「清の代表みたいに飲み屋で新聞屋にすっぱ抜かれるような外交官に助けられたというべきかね」
十一月六日
長門国 馬関 春帆楼
「清国の代表はまだでしょうか」
「ゴレム外相、申し訳ないが、紫禁城より電信が入ってきて、全権大使を送るとのことだ」
「では、今までの代表は」
「事実上の更迭だ」
「やむを得ませんな」
「先方からの連絡では、交渉再開は四日後に十一月十日になるとのことです」
「わかりました。待ちましょう」
露西亜側控室
「清は、代表をかえてきましたね」
「このまま、清の代表と交渉を継続していた方が露西亜に益が多そうだが、先方も馬鹿ではない。おそらく、李提督よりも上の人間が交渉につくだろう」
「うわ、やり直しですね」
十一月十日
「紫禁城より参りましたボブ=ミッテンです。これより、清国の全権大使を務めさせていただきます」
「露西亜外相のゴレムです。ところで、前任者はいかがいたしたのでしょうか」
「事務方にまわっていただきました。これより実務段階の話し合いをしたいと思います」
「それでは改めて司会を務めさせております毛利元徳より、此度は露西亜より提案をしていただきます」
「露西亜としては、一ヶ月間の停戦を申し出ます。双方にクリスマス休暇を与えることを提案いたします」
「露西亜としては、講和交渉の前に休戦を提案されましたが、清国はこの提案を受け取りますか」
「残念ながら、それは認めることはできません。クリスマス休暇と申されますが、それまでに講和をなせば済むだけのことです。休戦は清にとって利がありません。しかし、清もクリスマスまでに講和がなされるように前向きな検討材料を提示いたしましょう。清からの提案は、以下の通りです」
一、パミール高原を露西亜は清に割譲する
「清は、講和条項を一つに絞ってきましたが、本当にそれでよろしいのですか」
「我々は、大幅に譲渡いたしました。つまり、本気で講和がなされることを御理解していただきたい」
「露西亜に返答をお願いしたい」
「露西亜としては、問題ありません。この条件で講和いたします。ただし、清国は極東露西亜領からの退却はいつなされるか問いただしておきたい」
「講和がなされればすぐさま、退却いたしましょう」
「では、ここに両国の講和が成立いたしたことを宣言いたします」
十一月十三日
十一月十一日、清露戦争、露西亜より清国にパミール高原を割譲して講和がなる
カフェ モンブラン
「講和がならなかったらどうなってたんだろうね」
「ひとつ言えることは、シベリア鉄道に投資した俺が損することだ」
「ごもっとも。この結果に露西亜は満足。清は大損害というところか」
「李提督は、そのまま河北の鹿泉に回されるということらしい」
「ほう、事実上の左遷か」
「なんでも、中国の故事にならって、
馬関代表李提督
鹿泉知県李と並べると、
秦の時代の言葉で上から下に読むと『馬鹿』となるようだ」
「そりゃ、清帝国も怒るわな。四面楚清の直前にまで押しやった人物だからね」
「で、この戦争は各国でどう副題がつくんだ」
「露西亜は、極東を失わなかったから、極東事変とするようだ」
「確かに、ウラジオストクは、これよりシベリア鉄道の終着駅となるのだから、露西亜にとっては金の卵を産むガチョウと言ったところか」
「俺は、むしろサンクトペテルブルクの方が働く場所に困らなくて繁栄を集めると思う」
「それは、シベリア鉄道の事実上の西の終着駅となるためか」
「終着駅というよりも広軌と標準軌が交わる地点となるわけで、相互に荷物を積み替える人夫仕事には困らないだろう」
「なるほど、貨物量が増えれば増えるほど露西亜の首都は、発展するか」
「標準軌との差は九センチしかないが、ウラジオストクとパリを結んだ場合、サンクトペテルブルクで貨物の積み替え作業が必要となるか」
「そのために、露西亜はシベリア鉄道を外資に開放したのか」
「時間にしてみれば、サンクトペテルブルクで三時間ほど時間を損することになるな」
「ことは、国防上の問題ゆえ、どちらも歩み寄ることはできまい」
「次に、清ではこの戦争の副題は、パミール高原奪回となるかな。世間は、薄氷ながらも清の勝利を認めたということかな」
「ということで、めでたく独逸から派遣された将校二人は本国に凱旋帰国となりました」
「いや、それは清の海軍提督に呆れて愛想を尽かしたとも言わないか」
「形の上だけでも清の勝利を認めさせるのが二人いる独逸将校の役目だったからね」
「ということは、世界は黄色人種による白人に対する勝利を認めたのか」
「難しいんじゃない。白人にしてみれば、独逸の将校によって露西亜兵が負けたといいはるのではないかな」
「それで、世界はウランバートルでの清軍の勝利を高く評価して、清ではなく日本製の乾電池が清に勝利をもたらした言う話で落ち着くのではないかと」
「確かに清がウランバートルで露西亜をほんろうしたのは、野外に置かれた有線の電源として日本製の乾電池が大活躍した」
「露西亜が持ち込んだ液体電池は、氷点下のウランバートルでは使用がままならず、極端な話、前線に向けて補給物資を送ったとの通信さえできなかった」
「それに対し、清の斥候は露西亜の輜重部隊を発見したらすぐさま電信のある地点に馬を走らせ、数をそろえて輜重部隊の食料を焼き払うことができた」
「情報を制するものは、戦争に負けない。その代表例かね」
「だから、世界に広がる清仏戦争の副題は、乾電池戦争といってもいい」
「軍需物資に、乾電池が加わるだろうな」
「一家に一台、乾電池さえあれば憂いなし。お前も買わないか」
「うちで乾電池を有効活用する方法が浮かばないね」
「ふふ、世界は乾電池を待っていたんだよ。そのうち、この通りでもそれらしい遊びが流行るだろう。ただし、フィラメントが炭素であるせいで、連続使用には耐えないようだ。せいぜい子供の遊び道具としてふさわしいかもしれん」
「なにはともあれ、シベリア鉄道の収益で俺の財布は暖かい」
十二月二十日
日本橋 料亭梶裏
「くたばれ、八旗兵、コサックレイヨン」
「ナンの、食らえコサック、屋井フラッシュ」
「うーーー、やられた」
「子供たちにかかれば高価な懐中電灯も遊び道具の一つか」
「便利なものですけど、乾電池はいいんですけど、豆電球が今一つで」
「まだ、炭素を使ったフィラメントだからね。新しい部品が見つかるまで竹を使わざるを得んさ」
「世界が屋井式乾電池を認めたおかげで、乾電池を輸出することになったのはいいが売れる製品がごく最近までなかった。そこで民生品である懐中電灯として世界中に輸出か」
「もっとも、独逸では特許の関係上、輸出できないそうですよ」
「売り出し方がうまいんだろうな。一家に一台懐中電灯。清露戦争でも大活躍との掛け声で売れてるようだ」
「親露戦争で一番得をしたのはもっぱら日本ではないかという声が上がってるようですよ」
「清露戦争の調停者をさせていただいたのだ。日本も大国を仕切るという快挙を成し遂げたのさ」
「でも、戦争の一歩手前までいったのでしょ」
「そうだな。一歩間違えば、ベトナムより仏蘭西と歩調を合わせて清に攻め込んでいたかもしれなかったが」
「戦争にならなくて本当に良かった」
「四年後、日本と仏蘭西は本当に近くになるさ」
十二月二十八日
赤い城
「ゴレム外相、帰国いたしました」
「ごくろうでした。外相、引き続きそなたに引き受けてもらいたい仕事がある」
「どのような仕事でしょうか」
「仏蘭西にクーベルタン男爵がギリシャと組んでマラソンの故事にちなんだオリンピックの祭典を計画している。その件に関して、彼に協力を申し出て欲しい」
「それは、露西亜政府として協力するということでしょうか」
「シベリア鉄道を用いて、協力するということになるだろうか。世界中から運動能力に優れたものを集めた祭典を計画しているとこのことだ。となれば、世紀の祭典に参加する者にシベリア鉄道を利用してもらうことになるだろうと思ってね」
「了解いたしました」
「計画では、96年に第一回をアテネで開く予定らしい」
「つまり、それまでにシベリア鉄道を完成させろと言われるので」
「できればそうしたい」
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