仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第118話

 1893年(明治二十八年)四月四日

 パリ 外縁

 「パリで桜の季節に日本の酒を販促するのも今年で三回目」

 「今年は、清露戦争が終結したために参加人数は二十万人を越えるかね」

 「越えるだろう。尤も、酒の販促を目的に集まる人数はその四分の一程度だが」

 「大半は、桜を背景に浮世絵の登場人物になりきるための集まりとなってしまったなあ」

 「かまわんさ、二十万人を集客する催しものだと本国には言っている。というわけで、日本の酒組合が出す資金は潤沢にある」

 「日本の酒売り上げもヨーロッパで伸びているから、先方もホクホクさ」

 「とはいえ、今回の集まりで話題となっているのは、シベリア鉄道の完成後」

 「三年後、日本から到着する荷物は十五日でパリに到着となる」

 「浮世絵のパリで発売日が早まるのが第一か」

 「それを待ち望む人数が最大だろうな。ついで、パリまで日本から温州みかんが鉄道便となる」

 「ミカンの収穫は、十一月以降。そのころ、シベリア鉄道に搭載するとなると青果なら、凍結防止策を施す必要があるか」

 「冷蔵庫に入れておけば、凍結することはないときいたことがある。少しばかりの出費で大丈夫だろう」

 「それとシベリア鉄道の運行形態だが、日本がウラジオストク発サンクトペテルブルグ行きの食堂車を運営する権利を得た」

 「おや、仏蘭西はどうすんだい」

 「仏蘭西料理は、サンクトペテルブルグ発の列車で食堂車を運営する」

 「ほう、片道で仕事をしたシェフは、帰りの列車では休養かい」

 「列車の中で二週間も拘束されるのだから、それくらいは必要だね」

 「仏蘭西料理はパリに住んでいればどういった料理が出るかはわかるよ。しかし、日本食とは懐石料理を出すのかい」

 「それが日本アルプスを決める大会で優勝した地が食堂車を任されることになる方向で調節しているようだ」

 「そりゃまた、日本を代表する味だから、世界発信にはふさわしいかもね」

 「日本アルプス百景振興会としては、ここで外貨を稼いでおきたいようで、そろそろ、第二回目の鉄道をひく権利をかけて日本アルプス選手権が開催される」

 「あのでっかい権利がね。自前で鉄道をひく権利が手に入るとなれば、どの藩も力の入れようはすさまじいものがあるからね」

 「すでに鉄道をひいた藩も路面電車が欲しいといっている。水力発電が二年前に琵琶湖疏水で運用が始まり、京の駅馬車はすでに路面電車で運用できるように改装中だ」

 「ともあれ、シベリア鉄道は片道二週間で、これまで最優秀を得た土地でも往復四週間をまかなうとなれば、それぞれ二日を受け持たないといけないことになりそうだ」

 「これから優勝する土地が増えてゆくのだから、もう少し緩和されるだろうけど」

 「それはそうだが、きちんとした仏蘭西料理もできないといけないのだろう」

 「コースで三通りは仏蘭西料理を作らなければならないかな。シベリア鉄道に乗車してくれる乗客は、白人が主体となるからね」

 「そこは、仏蘭西料理を学びにパリに留学している連中をあてがえば問題ないだろう。むしろ、ウラル山地以東のアジアでは、日本食の方が受けが良いかもしれぬが」

 「後は、シベリア鉄道の完成を祝うようにアテネでオリンピックが開催される」

 「力と力のぶつかり合いか。新しい物語が出来上がるのだろうな」

 「しかし、ここに集まった連中にはアテネオリンピックの受けが良くない」

 「アテネ市長がギリシア原理主義というか。ギリシアがオリンピックを離したがらない事態となりそうだな」

 「ここに集まった連中は、第一回アテネ大会は傍観に徹するようだ」

 「勝負はアテネを離れる第二回大会のここパリでの開催」

 「歴史をつくるのはパリ。お金を出すのもパリ。となれば、第二回大会こそ本当の勝負だとさ」

 

 

 六月二十日

 露西亜 赤い城

 「殿下、皇帝陛下のご様態ですが主治医の見立てですと後一年かと」

 「まだ、五十にも手が届いていないものだが、ウオッカがその行く手を阻むか」

 「はい、強い酒というものは体を温めるものです。露西亜の国民病かと」

 「しかし、サンクトペテルブルク以上に温暖な地となると地中海沿岸となるが科学水準が落ちてしまうからな」

 「はい。それはまずうございます。先の露清戦争では我が国が電源として使用した物は液体電池でして、日本から清に流れた乾電池というものに手ひどい目にあわされてしまいました」

 「ああ、あれは情報部の怠慢だったといいたい。しばしば浮世絵で乾電池なる物は特許戦争の成功例として登場していたのだが、余も見落としていた。では、父上にシベリア鉄道の完成を見てもらうのは無理か」

 「御意、目下96年のオリンピックの開催時期までに完成を急がせています。が、オリンピックの開催が四月とアテネ市長が決定したため、これさえ間に合わせるのが大変な状況で、95年に前倒しは無理かと」

 「だろうな、これ以上の前倒しは不幸な事故を招きやすい。それに戦争に対する出費は少なかったとはいえ、極東は一年間の籠城で経済の立て直しからとなっている。復興事業費も馬鹿にならない」

 「極東は、シベリア鉄道に対する出資のおかげで露西亜と日本、ベーリング海峡をはさんだ露西亜と亜米利加間は極めて友好的な状況であり、外資を呼び込みやすくなっております。これも殿下のお力添えかと」

 「極東の安定は我が国にとっても喜ばしい。そちの言う国が連携していれば清国もせめて来たりしないであろう」

 「はい。シベリア鉄道は我が国の大動脈となるかと。そして我が国の投資は、シベリアの運河を整備することでシベリア鉄道という大動脈に物流を運ぶ毛細血管として機能しつつあります」

 「では、我が国の不安定要因をあげてみよ」

 「独逸でございます。鉄腕のビスマルク宰相がいなくなりましたが、現皇帝であるヴィルヘイム二世はビスマルクが押しとどめていた帝国主義を推進し、軍拡をおしすすめつつあります。これがいつ露西亜に向けて牙をむけるかもしれません」

 「ふむ、独逸の推進する軍拡だが、陸海軍ともそれの対象か」

 「ベルリンを拠点として中東に進出するには陸海軍の連携が必要でございます」

 「では、今しばらく独逸の矛先は露西亜に向かないといえるか」

 「はい、植民地競争をするとなりますとバグダットまで鉄道を伸ばしてゆくのが独逸にとって有効な策でございます」

 「いましばらく傍観者としてかまわん。中東にねじ込むことで印度を制している英吉利とエジプトに居座っている仏蘭西を刺激しよう。独逸という新参者が相当うまく立ち回らねば英仏の接近を招くだろう。となるとパミール高原を失ったのはかえって吉報となるやもしれん。我が国も中央アジアへと南下政策をとっている。これは仏蘭西とよく協議して双方で益となるようにはかれ。そうすれば、独逸とは仏蘭西もしくは英吉利が交戦してくれよう。外交方針はこれでよかろう」

 「では、国内ですが外資による投資で国民に金がまわり、露西亜は好景気を謳歌しております。しかし、皇室が不安定でございます」

 「弟のゲオルギーが相続順位二位というやつか。別に問題あるまい」

 「そうではございません。陛下にもしやのことがありますと、殿下が皇帝となるのですから、現地点では皇太孫の誕生を臣下一同、首を長くして今か今かと待ちわびております」

 「ふむ、そちの諫言が心にしみるようだ」

 「では、殿下。殿下の優先順位を入れ替えますよう進言しておきます。殿下の優先順位の一番がアレクサンドラ妃にされ、浮世絵の順位をその下に置きますよう臣下一同のお願いであります」

 「それはすごくつらいものがある。同順位でかまわぬであろう」

 「結果が伴えば我ら臣下にいうことはありませんが、こればかりは」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誤字脱字・感想があれば掲示板へ

humanoz9 + @ + livedoor.com

第117話
第118話
第119話