仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第120話

 1894年(明治二十九年)

 四月二十日

 英吉利外務省秘密情報部

 「諸君、今回の集合の集まりの目的はすでにご存じだと思う」

 「この頭にかぶっている犬耳に関するものですね。となれば、浮世絵ですね」

 「諸君全てに犬耳をかぶってもらったのは、他でもない。わが情報部の失敗に対し、身をもって示したものだ」

 「ということは、このように七つの海と新聞というマスメディアを制した英吉利が浮世絵のいうカラー印刷技術に追い詰められていることをわが情報部の失敗と言われるので」

 「そうだ。そもそもの始まりは、エジプトに蔓延した浮世絵文化をして、我が国の上の連中はおかんむりだ」

 「と言われますが、スエズ運河開通からはすでに四十年近く過ぎていまして、この失敗をしでかした連中は、すでに我が局にはいませんが」

 「しかし、情報操作という点で浮世絵の与える影響は著しく大きい。我が国の誇るタイムズ紙をもってサハラ諸国並びにアフリカ赤道地帯を訪れたところで、文字が読めないとなる地点で先方は興味を失う」

 「しかし、先方が文盲であろうと、いや先方が文盲であるからこそ、描写の情報から入ってゆく浮世絵の情報は先方にすぐさま信頼してもらえる」

 「はい、世界中はまだ文盲が人口の四分の三を占める状況です。このため、我が国はアフリカ諸国でも仏蘭西から遠い南アフリカから北上をするしかありませんでした」

 「で、今回は浮世絵がオリンピックの広報を担当するまでになった状況の中で、仏日の関係が極めて良好であるのかを検討していただく」

 「まず、オタクの定義は言うまでもありませんが、一芸に秀でたものを示す尊称ですねえ」

 「戦争というものになると、オタクは一度食らいついたらその道を進んでしまいますからねえ」

 「オタクが世界史に介入してきたのは、普仏戦争の時でした」

 「そして、先の清露戦争では当初関心を示すふりをしませんでした」

 「まずはこの分析であるが、オタクというものは自分が興味を示すことを犯されると極めて反応が素早い」

 「これは、普仏戦争でオタクの聖地であるオペラ界隈を普軍が占領する危機に遭いましたためです」

 「しかし、当初、清仏戦争では重量なことは東西の聖地を結ぶシベリア鉄道を完成してくれるのであれば、清でも露西亜でもかまわないという態度をとりました」

 「しかし、清がシベリア鉄道を取り上げるとなれば一転して日仏米の政府を巻き込んで露西亜に肩入れをするようになりました」

 「言い換えると、興味を示す範囲が極めて狭いのであり、一歩間違うと熱中しやすい所はすさまじい集中力をしますが、それ以外の分野では冷めている」

 「これをラテン気質に絡めて、熱しやすく冷めやすい気質と浮世絵は相性がいいのだ」

 「ということは、ゲルマン民族もケルト民族も英吉利人も独逸人も浮世絵音の相性では一歩劣ると」

 「証拠になるかわからないが、ラテン系のイタリア人に人気の浮世絵を一枚提示しよう」

 「「「こ、これは。それほどでは」」」

 「この東洋の雷神のかっこをした少女に伊太利人男子は恋をするという」

 「この水着のようなトラの毛皮をまとい、角を生やした少女に夢中になるという」

 「恐るべしラテン気質。ここまで熱をあげるのがわからない」

 「というわけで、日仏伊に共通することは、大まかに言えば二つある。三者とも絵画で抜きんでたものがあることと、料理がうまいことだ」

 「あのー、仏蘭西料理と伊太利料理がうまいのはわかるのですが、日本食はうまいのですか」

 「かの国は、世界中から取り入れることがうまくてな。これがその証拠写真のいえよう」

 「ステーキ?いや、揚げ物だから我が国にあるカットレットと似ていますが、このソースは我が国にありませんね」

 「使われている肉は、ポークでな。これにパン粉をつけて揚げただけなら単なる代用食となるのだが、これを食べた駐日英吉利人は、これはオリジナルにあふれていると言わせたそうだ。ソテーのようにフライパンで揚げるのではなく、テンプラのように高温で一様に揚げること。キャベツを生で下敷きにしていてこれが極めて豚に合うこと。そしてデミグラソースで食するとステーキを食べるのが馬鹿らしくなるといわしめたものだ」

 「しかし、これだけでは評価は出来ないでしょう」

 「それだけではない。仏日米で運用するシベリア鉄道の食堂車に仏蘭西人が半分とはいえ、日本人に食堂車を任せることと決まった」

 「しかし、料理がうまいことを外交でどう関係するのでしょうか」

 「仏日ならばすでにその枠組みが決まっているので、驚愕はない。しかし、ここで伊太利が加わっていることに諸君は注目していただきたい」

 「あの伊太利は、独逸と墺太利との三国同盟を82年に結んでいますから、仏蘭西とは相容れぬものがあるでしょう」

 「仏と伊だけではくっつけないが、そこは日本が入ると三者で共通の利益を追求できるようになることもある。お題は未回収の伊太利と言われる伊太利王国の北部と接する地だ」

 「これをえさに伊太利が仏蘭西と同調すればどうなるかな」

 「少なくとも、独逸は墺太利以外の強国が味方に不在となってしまいます」

 「今世界は、西洋各国による帝国主義による覇権主義がぶつかる一歩手前まで来ている」

 「はい、英吉利も独逸との間で建艦競争を繰り広げております」

 「その中でヨーロッパ各国が戦争をするとなると勝敗のカギを握る国となればどこだろうか」

 「戦争の色を鮮明にしているはずの伊太利が仏蘭西側につくとなれば、それだけで仏蘭西外交の勝利と言えるのではないでしょうか」

 「あの伊太利が重要なことは良くわかります。それだと独逸の敵にまわる伊太利という前提ではありますが、伊太利と英吉利は味方同士となるのですね」

 「そうだ、敵の敵は味方の言葉道理だ」

 「しかし、それはどのようにしてわかるのでしょうか。何か兆候とかあるのでしょうか」

 「ある。此度、バルカン半島のギリシアで第一回、第二回をパリで開催されるオリンピックで伊太利と仏蘭西、日本との距離感をつかみ直せ」

 「わかりました。平和の祭典であるオリンピックですから、その場では誰と付き合おうとかまわないのですが、我が英吉利もオリンピックに注目するしかないとなるのですね」

 「そうだ、がんばって絵のうまい連中を英吉利から連れてゆけ。さりげなく三者の間で会話できるやつだ」

 「となると、仏蘭西語ができるオタクですか。かなり限られますねえ、が、何とかしてみましょう、ことは戦争の勝敗を分ける分岐となるかもしれませんから」

 「では、残りの者に告げる。英吉利は七つの海を制覇した国だといわれている。しかし、今それが揺らいでいる」

 「スエズ運河とパナマ運河、それにシベリア鉄道ですね」

 「そうだ、英吉利が七つの海を制した国ならば、スエズとパナマ運河を制した地点で、七つの海を隔てる国と言われるようになるであろう。それに対する対抗策を提示せよ」

 「では、パナマ運河が開通した地点で、仏と米が戦争をするようにしかけるのはどうでしょう」

 「シベリア鉄道で共同出資をしている国同士かが」

 「局長、要は仏蘭西がパナマ運河の主導権を手放す方向で謀略を仕掛けることができればよろしいのですね」

 「そうだな。最善は、パナマ運河を我が国の支配下に置くことだが、次善の策はパナマ運河が仏蘭西の支配下から脱することだ」

 「パナマ運河が完成する時期はいつでしょうか」

 「二十世紀初頭だ」

 「では、1901年をめどに仕掛ける策がありますが」

 「よろしい。君の意見を聞こう」

 

 

 

 

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