仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第121話

 1894年(明治二十九年)四月二十日

 英吉利外務省秘密情報部

 「斜陽の帝国西班牙と我が国から独立を勝ち取り世界最長の鉄道路線距離を誇る亜米利加があります。まずは、パナマ運河権益に関する対価を両国から出させます」

 「確かに、残り少なくはなったが西班牙はキューバやフィリピンといった植民地を抱えているが、各地から独立運動が勃発している」

 「キューバは、アントニオ=マセオが独立の旗印となっていたか」

 「フィリピンは、エミリア=アギナルドだったな」

 「西班牙は、植民地を抱えているといってもここ十年ほど植民地からのあがりはほとんどありません」

 「ふむ、ならば西班牙としては、対価を与えることができればそれらの植民地を手放すこともありえよう」

 「そして、南北戦争の終結を受けた亜米利加はその傷も癒え、新たなフロンティアを求めています」

 「そうだな、亜米利加国内最後のフロンティアだったカルフォルニアの黄金ラッシュは終結してしまったからな。矛先としてカリフォルニアの先にあるハワイがその候補となるだろう」

 「しかし、ふとしたきっかけで亜米利加が植民地を欲しがったらどうでしょう。亜米利加のおひざ元であるキューバの植民地支配が揺らいでいます」

 「つまり、キューバの独立をえさにゲリラに資金と武器を与え、一時の独立を勝ちえた後、キューバを支配下に置くというのかね」

 「はい、この場合西班牙に代わる列強の名乗りを亜米利加はするでしょう。すでに清に対しては仏米日の三国干渉を成功させています。此度は実を取りに来てもおかしくありません」

 「外交で成功したら、今度は実力で植民地をもぎりに来るか」

 「英吉利としては面白くない」

 「ですので、この関係を利用して、さらに帝国主義を進む可能性のある亜米利加にひきこもっていただく方法を提案したくあります」

 「面白い。その策を訊こう」

 「まずは手駒を説明させていただきます。父親は、香港国籍を持ち、母親は英吉利国籍を持つサンフランシスコ在住で亜米利加生まれのシバ=リーという人物がいます。かの人物を知らないでも浮世絵の美人画である雷夢を所有している人物としてならご存知の方もいると思います」

 「ほうあれか、確か作品は十八世紀の代表作であったはずだ。その所有者と言われれば、確かに中国系の亜米利加人だったな」

 「はい、その作品は俵屋宗達が描いた風神雷神と双璧をなす作品であり、この美人画を基にした『雷夢の愉快な仲間達』を知らぬオタクはいません」

 「その人物は名声もあることが分かったが。いやそのような作品を所有しているのであるから金持ちであろうが何をさせる気だ」

 「策は二段構えでおこないます。かの人物は、亜米利加の外務省に務めておりまして、その線で英吉利と接触をするのは何らおかしなことではありません。そして、亜米利加と西班牙との間で植民地交換を彼の名でおこないます」

 「西班牙としてはお荷物ではあるが、植民地を取り上げるのであれば対価を西班牙に支払う必要がある」

 「亜米利加は、西班牙に対価を支払いたくないのであれば、戦争という手段に打って出なければならない」

 「ここで西班牙に支払う対価ですが日仏が保有する予定であるパナマ運河の権利のうち四割を、亜米利加はパナマ運河の主導権を握るために同権利の六割を獲得することになります」

 「西班牙が植民地の代わりとして金の卵を産むパナマ運河の権利を得るのは問題ない」

 「亜米利加がパナマ運河の保有権を得るのであれば、日仏が得るものは何かね」

 「日仏に与えられるものは、アジアの植民地であるフィリピンを共同で運営してもらいます」

 「では、一方的に得をする亜米利加が支払う対価は何かね」

 「亜米利加は、西班牙からプエルトルコとキューバを得る代わりに六千万ドルを支払うという基本線を考えています」

 「この線でいけば、西班牙に残る植民地はグアムだけか」

 「この方針でいけば、いくつか優れた点がある」

 「まずは、清に野心を示す亜米利加の拠点が文字通りなくなることだな」

 「清を取り囲む国は、英仏日露の四カ国に絞られることだな」

 「第二の点は、亜米利加という国を亜米利加大陸とその付属諸島に押しとどめることができる」

 「その良い点は、帝国主義をおしすすめようにも亜米利加大陸から抜け出す手段を亜米利加に与えないことだな」

 「言い換えると、ハワイあたりで亜米利加のフロンティアがついえることだな」

 「しかし、これをきっかけに亜米利加は帝国主義を邁進しないとは、誰が言えるのだ」

 「この条約を足がかりに亜米利加の帝国主義は加速しましたでは、そもそもの前提が崩れるが」

 「はい第一段階までを今世紀中にまとめる方向でおしすすめ、第二弾は実際の権利交換がなるパナマ運河開通の来世紀初めにおこなわれる亜米利加大統領選に、シバ=リーを立候補させることです」

 「いやはや、これは奇想天外な発想だ。ただし、この立候補は亜米利加の市民権を亜米利加生まれであり、なおかつ一定な年齢に達していれば拒むことは出来ない」

 「確かに、木こりの息子であろうと大統領になれるのが亜米利加という国だが、白人でなければ、大統領になれないだろう」

 「民主党と共和党のうち、彼が立候補するとなれば、共和党ですが彼の政策とかぶる人物が出るでしょうか」

 「でないな。伝統的に共和党はキリスト教が支配的な政党だよ。それは、保守層が多い南部と中部が基盤だ」

 「それに対して、シバ=リーが掲げる政策は、ラテン系並びに都市部の市民層が支持基盤となるだろう」

 「言い換えれば、革新であり、共和党の伝統基盤である右派とは相容れぬものがある」

 「では、彼が共和党の予備選で三位以内に入れば、都市部票が欲しい二位候補者は、彼を副大統領候補に祭り上げても、二位と三位の連合で共和党の予備選を勝ち抜く方針を選択するでしょう」

 「なるほど、他の候補者とかぶらないからこそ三位以内に入れば、シバ=リーの勝利か」

 「して、彼に掲げさせ、他の候補者に彼の政策として取りこませる策は?」

 「孤立主義です。彼は外務省に長く勤務し、亜米利加にキューバとプエルトルコという植民地をもたらした実績をかかげて、これ以上亜米利加に拡張政策は必要ないと言わしめるのです」

 「よろしい、この策を許可しよう。亜米利加が名誉ある孤立主義を取らせる点がこの策の要点だ」

 「はい、後は、彼をして知名度を上げるためにもう一段考えています。彼の持つ『雷夢』をコスモポリタン美術館に寄付させ、仮にロッキー山脈四十六景分館を建築させることです」

 「そうなれば、知名度とともにラテン票はすべて彼のものだな」

 

 

 

 

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