仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第122話

 1894年(明治二十九年)六月二十三日

 ワシントン D.C.

 シバ=リー邸宅

 「マイケルよ、君は僕に西班牙と亜米利加間で植民地の友好的な譲渡を仏日込みで成功させろと」

 「いい策だと思うんだが、君の考えはどうだい」

 「マイケル、只今、亜米利加は鉄道過剰不況の真っ最中だ。金はないといいたいが」

 「おっと、それは問題ない。パナマ運河は、今世紀中には完成しない。来世紀までに不況が克服されていればいい」

 「米西の調整も難しいが、仏日を納得させるのが一番の難所だろうな」

 「どうしてだ。パナマ運河の代わりにフィリピンを獲得できて、両国ともハッピーだろ」

 「フィリピンという地政学的な位置は最高だろうな。仏蘭西領ベトナムと日本列島を隔てる清領海南島の妨げにならずに、帯状に清国を半包囲するようになる」

 「だろ。俺の策に問題などありはしない」

 「では、その対価としてのパナマ運河株だが、これを買い取るのに必要な金額はどう思う」

 「六千万ドルで充分だろ」

 「マイケルは、英吉利局だから知らないのかもしれないが、仏日がパナマ運河に費やした金額は、合計百億フランを越える」

 「えーと、一フランが金 0.29 g  で、一ドルが 1.5 g だから、げ、二十億ドルを用意しろってか」

 「それは、原価だよ。二十年間で成功に導いたのであれば、成功報酬もそれだけ必要だから、四十億ドルは最低限必要だな」

 「つまり俺が想定した金だと、一桁足りんと門前払いだったのか」

 「そうだな、フィリピンを手土産にしたころで、四十億ドルを用意しなければ仏日は納得しないな」

 「いい策だと思ったんだが、問題は金か」

 「時期的には今をおいては成功しないのも事実だ。現職大統領であるグロバー=クリーブランドは、現在の不況を悪化させた犯人の一人だ。鉄道ストライキに介入し、農業政策も失策続きだ。どこかで点を稼いでおきたい。外交で植民地を獲得できたとあれば、歴史上に残る偉業として評価されよう」

 「ああ、そうだ。クリーブランドの任期は、97年まで。時間的にまだ余裕があるだろ」

 「いや、後二年だな。最後の一年はあてにならん。国民にそっぽを向かれている民主党政権は、97年の選挙で大敗するだろう。つまり、最後の一年は法案が通らないとみてよい」

 「二年あれば充分だろ」

 「まずは金だな。四十億ドルを用意しなければ、話にならん」

 「分割払いでどうにかならんか」

 「四十年で払うとなれば、五十億ドルとなろう」

 「一年あたり、一億二千五百万ドルか。これなら、何とかなるのではないか」

 「払える金額であることはたしかだ」

 「よし、これで最大の関門は通過した。これで現職大統領就任中にパナマ運河と西班牙植民地領を買い取るめどがついた」

 「で、それを大統領に話すのは誰なんだい」

 「やだな、シバ、君しかいなはずだ」

 「マイケル、どうして君が建てた策を君が上奏しないのかね」

 「それはだね、君のためだよ」

 「どうして僕のためなのかな」

 「君がなりたい職はなんだろね」

 「ニューヨーク市長」

 「そうだね。だったら、外務省にいる間に快挙の一つ達成しなければ人は投票してくれないじゃないか」

 「おれは、メトロポリタン美術館があるニューヨークで市長をしたいのだが、それを利用されるとは」

 「僕は君のためを思って頑張ったのに」

 「‥‥‥」

 「わかったよ、これから上奏書を書くよ」

 「それがいいと思うよ。君に残された時間は、二年しかないもの。僕も次の大統領は、共和党から出て、クリーブランドの外交政策をわきに押しやり、西班牙とは外交的手段ではなく、力でキューバとフィリピンを獲得する方を選ぶと思うな」

 「ああ、今の大統領のうちだけだろうなあ。ハワイにもキューバに手を出さないのは」

 

 

 七月三日

 白い家

 「リー君、君かね。今こそ植民地とパナマ運河と外交的成功の三つを私にもたらせてくれるのは」

 「ええ、大統領。不況のさなかにあるからこそ、人気取りに走らなければなりません。我が国が獲得した植民地はいまだかつてありません。かつ、大統領は亜米利加の膨張政策に懐疑的な考えをされています。大統領ならではの方針で植民地を獲得できれば、国民はこぞって大統領を支持してくれるでしょう」

 「いくつか、疑問点を私からあげさせてもらおう。なぜ、パナマ運河なのだね。そうだな、具体的には、ハワイでもかまわないはずだ」

 「ハワイは、独立国です。大統領は、これに干渉いたしますか」

 「いや、それは私の政策ではない」

 「それに、パナマ運河の最大の受益国はどう転んでも亜米利加に間違いありません。東海岸と西海岸の有機的な結合は、パナマ運河があって初めてなし得るのです」

 「なるほどねえ。たしかに受益という観点を持ち出すなら、議会も資本家も納得をしやすい。しかし、年間に一億二千五百万ドルねえ。払えぬこともないが、これを減らすすべはないかね」

 「パナマ運河の料金ですが、船舶一トン当たり一ドルの徴収となりますと、将来的には年間収入は、一億トンの貨物量で、一億ドルの収入が五十年後には見込めます。決して高くはないかと。むしろ、これから仏日に話を通しにいくのです。五十億ドルで足りるかといえば、私の努力次第では、年間二億ドルを用意しなければならないかもしれませんが」

 「わ、わかった。仏日の利権を譲り受けるのがどれほど難しいか。それでは、一億二千五百万ドルで決着すれば安い買い物だと私も認めよう」

 「それでは、大統領の承認も得られましたので、仏日との交渉に入ります」

 「うむ、良い返事を期待する」

 

 

 八月二十日

 パリ 大統領府

 「パナマ運河に関する亜米利加全権大使を務めさせていただきますシバ=リーと申します」

 「君かね。仏蘭西からパナマ運河を買い取りたいといってきたのは」

 「はい。パナマ運河最大の受益国は亜米利加です。また、パナマの地は亜米利加の裏庭に位置します。国防という観点からもパナマ運河をわが国の管理下に置きたいと本日参上いたしました」

 「ほう、確かにパナマは、我が国にとっては、ジブラルタルとスエズに相当する位置づけにある。亜米利加が交渉に来るのは当然かもしれない。で、その対価はなんだろうね」

 「西班牙を巻き込んで、西班牙領のフィリピンを仏蘭西にあっせんする用意があります」

 「他には」

 「仏日が所有するパナマ運河株を亜米利加が買い取りたくあります」

 「金額は?」

 「合計五十億ドルで、四十年分割」

 「少し考えさせてくれないか。ジャポンとも話をしなければならないからね」

 「それはもちろんです」

 

 

 

 

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