仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第123話

 1894年(明治二十九年) 八月二十一日

 パリ 大統領府

 「諸君、亜米利加の外交官が仏日からパナマ運河を四十年間で五十億ドルを支払い、買い取りたいといってきた。さて、返事はどうすべきかな」

 「選択肢は、三つですか。承諾。安いといって条件闘争。拒否」

 「それでは、それぞれの選択肢で討論しようとしよう」

 「拒否するということは、中南米にできる仏蘭西の利権を亜米利加に与えないということを意味します。その場合、亜米利加が得るものは、西海岸と東海岸をやり取りする船舶の大幅な時短です」

 「亜米利加横断鉄道ができていないうちに、パナマ運河ができていれば効果は絶大だったでしょうが、亜米利加は鉄道過剰不況の真っ最中ですから、現状でさえ大陸横断鉄道がになっている貨物を奪うようなパナマ運河は、鉄道従事者にとっては厄介者以外にあり得ないでしょう」

 「この場合、亜米利加における仏蘭西の友好度が下がりますね」

 「現政権である民主党政権のうちであれば、このことを根に持ってパナマ運河を攻めてこないでしょうが、97年の大統領選に共和党あたりが勝利いたしますと、パナマ運河を亜米利加の勢力下に置く武力衝突が起きる可能性もあります」

 「さらに、膨張主義者であれば、ハワイを亜米利加の勢力下に置くのみならず、西班牙からキューバ並びにフィリピン、プエルトルコを分捕ることを模索するでしょう」

 「これに加え、西班牙領グアムも亜米利加は狙ってくるでしょう」

 「一言でいえば、米西間であれば帝国主義を掲げる国が入れ替わるとみてよろしいかと」

 「海軍大臣に問う。もし、米西間で戦争が勃発した場合、勝利するのはどちらかな」

 「西班牙は斜陽の国です。亜米利加が狙っている西班牙の植民地では独立運動がここ十年ほど継続しており、西班牙はこれ一つをとっても軍が力を落としている証拠と言えます」

 「となれば、植民地の独立勢力よりは亜米利加兵の方が強いのであるから、力関係は、亜米利加兵>西班牙植民地独立勢力>西班牙兵の関係が成り立つとみてもいいか」

 「ゲリラ戦における戦力となればその関係式が成り立つでしょう」

 「では、仏蘭西海軍と亜米利加海軍となればどうかね」

 「作戦海域を指定してくれなければ、前提が成り立ちませんが。東大西洋ならば仏蘭西海軍が優位であり、カリブ海となれば、地の利を発揮する亜米利加海軍が有利となりますが、いくつか条件があります。元々、亜米利加海軍は太平洋艦隊と大西洋艦隊に二分されています。パナマ運河ができていないうちに我が海軍に主導権があれば、仏蘭西海軍対亜米利加大西洋艦隊という構図ができれば、仏蘭西海軍の勝利は固いとみています」

 「ほう、軍事上の利点さえ、パナマ運河はもたらすか。私が亜米利加海軍提督であれば、仏蘭西海軍を発見したら、適当にあしらった後、太平洋艦隊と大西洋艦隊を合流させて、決戦をはかるね。少なくとも作戦海域がカリブ海でありなおかつパナマ運河が完成している条件が付いてくるがね」

 「なるほど、今回の取引、亜米利加軍にしてみればパナマ運河を我がものにできるのであれば、賛成するでしょうね」

 「亜米利加軍にしてみれば、今回の取引がうまくいかなければ仏蘭西からパナマ運河を取り上げる事件をでっちあげるかもしれませんね」

 「それはまずい。我が国の仮想敵対国は独逸とそれに味方する国家である。亜米利加をその輪に加えるのは、外交上の敗北であり許容しがたい」

 「では、今回の亜米利加による提案を拒否するのは利点がないとして、条件付き賛成か承諾の二択に絞らせていただきます」

 「まず、四十年間で五十億ドルを受け取り、その対価としてフィリピンを仏日で統治する案ですが、金銭的にはどうかね」

 「一ドルを金1.5 gと交換できるのであれば、工事費の二倍の金を受け取り、尚かつ分割払いであるため、二割五分の上乗せとなれば、資本家であれば賛成に回るには十分かと」

 「では、無条件で今回の件を承認するのがよいと言われるので」

 「利点としては、亜米利加が帝国主義から三歩ほど引き下がった所に位置するのであれば清国に対し亜米利加は手出しを控えるといってきているのです。帝国主義と決別すると言っている亜米利加を私は支持いたします」

 「亜米利加が仏蘭西の友好国に名乗り出るのであれば、いかほどか先方の提示価格を下げてもいいかと」

 「亜米利加が仏蘭西とは友好である国である間、私としてはこの期間を延ばす方向で努力すべきかと思われます」

 「つまり、四十年払いであるのを五十年分割にできるのであればその方がよいと」

 「仏蘭西の外交のためであればそれを支持いたします」

 「では、仏蘭西に対するパナマ運河代金の支払いが続いている間、パナマ運河は仏蘭西の支配下であることを条件でつけてはどうでしょうか」

 「つまり、支払い完了がしないうちにパナマ運河を武力で亜米利加の手にしようとするのであればそれまで積み上げてきた支払いが無駄になると条件をつければ、次代以降の亜米利加大統領でも支払いを続ける最大限の努力をさせるというのですか」

 「なるほど、その条件をつけるのであればこうですかね。亜米利加はパナマ運河株を優先株として仏蘭西から受け取るが、以下の条件が優先株には付属する

 一、 仏蘭西が亜米利加側に手渡す株券であるがその優先株が普通株に転換される機会は二度しかない。西班牙が運河の権利を全額得た時と亜米利加が運河株を全て仏蘭西側に支払い終えた時である

 二、 一の条件が満たされない場合、仮に半分以上を支払い終えていた場合でも亜米利加が支払いを停止した場合、その優先株は紙くずであり、パナマ運河に関する権利は仏蘭西が引き続き有するものとする

 三、 先の条件がつくため、仏蘭西は亜米利加の支払期限を五十年間と設定する

 四、 優先株を亜米利加が獲得するために、その年度初めのパナマ運河株に二割五分の割り増しを足した金額で購入をする

 五、 この支払であるがわが仏蘭西が有するパナマ運河株三割よりも優先すべき株券がある。それは日本が所有するパナマ運河株三割である。仏蘭西が保有する株券は日本が亜米利加に対して全額引き渡された時、引き渡しを始めるものとする。この条件は、仏蘭西が同盟国である日本への配慮の結果、生まれたものである

 六、 現時点で、日本が亜米利加に要求する条件は、仏蘭西は関与していない。が、同様の条件を日本が課すとなれば、パナマ運河株の六割を引き渡す順序は以下のようになる。日本が有する株券二割をまず西班牙に引き渡すものとする。続いて残りの一割を亜米利加に引き渡すものとする。最後に仏蘭西が保有する株券三割を亜米利加に引き渡すものとする。この場合、優先株が議決権を有する普通株に変換されるのは都合三度である。西班牙の持ち分が全額譲渡された時と日本が保有する株券が全額譲渡された時、並びに仏蘭西分が全額譲渡された時の三度となる

 七、 この取引には、一般投資家が保有するパナマ運河株の四割は直接関与しない。日本政府と仏蘭西政府が保有する各三割がその対象となる

 「ほう、同盟国日本への配慮ですか。先に日本の保有株を亜米利加ドルに交換してやるのですな」

 「はい。当初、パナマ運河株式会社が集めた金額は五十億フランでした。しかし、亜米利加大陸の背骨を掘る作業は難航し、固い地盤に阻まれたせいで工事期間は大幅に延長し、追加出資は五十億フランを必要としました」

 「その間、辛抱強く工事を続けてくれた日本に仏蘭西も配慮しなければならないでしょう」

 「しかし、パナマ運河株の上乗せを二割五分としたのは、かなり譲歩したのではないでしょうか」

 「私はそうは思いません。パナマ運河はこれからも通行量が増加してゆく運河だと思われます。これはスエズ運河が交通量を増加していったのと同様の経路をとるかと思います。つまり、運河交通量が多いほどパナマ運河株式会社の利益が増大するわけでして二割五分の上乗せと思っていたものが、当初の三倍まで株券が高騰して最終的に仏蘭西が得る金額は、日本が得る金額の二倍以上になる可能性もあります」

 「それは意地が悪い条項ですな。この優先株は支払いが完了しなければ仏蘭西が引き続きパナマ運河株を保有していくわけですから、それまでの支払いを無駄にしないためにも高い金額を亜米利加は仏蘭西に支払い続けてくれることになりそうです」

 「これならば、歴代亜米利加大統領も自分の任期の期間は支払いを続けてくれるでしょう」「そうでしょうね。自分の任期の期間に支払い停止となれな歴代大統領の積み重ねを無駄にするのですから」

 「亜米利加は歴史の積み重ねに敬意を払うことに関して他国よりも高い評価を与えますから」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誤字脱字・感想があれば掲示板へ

humanoz9 + @ + livedoor.com

第122話
第123話
第124話