仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第125話

 1894年(明治二十九年) 十月六日

 富山城外郭

 「今日は、紙の道と言われるシベリア鉄道で食堂車を担う日本料理の代表ということで鱒寿司を食べる」

 「亜米利加人のおっちゃんが食べるのは、ナイフとフォークかと思ったが箸やったんか」

 「私の氏は、李と申しまして香港から亜米利加に移住した両親の下で成長したため、箸も使えます」

 「そうか、亜米利加は移民国家やったな。中国系がいても変やないと」

 「さすがに中部に住む中国系は少ないですが、西海岸で移民の受け入れ口であるサンフランシスコは、中華街がありますから」

 「あ、あれやな、大陸横断鉄道建設に従事した連中が作った街やな」

 「はい。しかし、大陸横断鉄道建設の誇りもパナマ運河建設ではたいして役に立ちませんでしたが」

 「あれは、たまたまや。蚊取り線香ちゅうもんがパナマにとどかへんかったら、日本人かて二十万人死んでもまだ足りへんかもしれへんかったからな」

 「一足先に、『パナマ運河物語』を読ませていただきましたが、いいかえると日本中の英知が詰まっていたともいえますね」

 「そやな、日本中から侍が集まって、逃げ出した清人の代わりに工事したんや。誰か一人くらい、死なんでも済むような方法を考え出してもおかしくあらへん」

 「ええ、只今、パナマ運河では蚊取り線香で追い出した土地で黄熱病とマラリアの研究をしているとか」

 「後、工事も六年や。そやけど、この時期に『パナマ運河物語』が発売される意味がわからへんか」

 「そ、それは、パナマ運河を建設したという歴史的な偉業を祝福するためでないでしょうか」

 「それやと、三十点や」

 「そ、そんなもんですか」

 「ええか、後六年で工事が完成すると不必要になるものがたくさん出る。その筆頭はなんや」

 「工夫でしょうか」

 「工夫はな、任期が終われば日本一周乗り放題切符を手にして、日本全国の同じ釜を食った連中で泊まり歩きをするのが恒例や。工賃を今度は消費してもらう役目が待っておるんや。そやから、ちゃう」

 「では、パナマ運河を建設するために使った建設機械でしょうか」

 「まだまだ、日本は鉄道後進国や、しかもあんちゃんが通ってきた北陸線は、難所の連続でな。そのまま、運河建設に使った機械は、未開通区間もしくは単線区間で複線化に使われるんや」

 「それでは、わかりませんねえ」

 「ええか、日本にとってパナマ運河建設というのは、戦場扱いや。募集した工夫が逃げ出したんやから、本来は支配階級である侍が土方をするしかあらへんかった。そこで使われる物資は軍需品で、国内で生産していた物資は最優先で前線ともいえるパナマ運河にまわされたんや」

 「そうですねえ、後六年でその前線がなくなります」

 「で、そこで使われていた大量の蚊取り線香が大量の在庫を産むことになるんや」

 「そりゃ、大変ですね」

 「で、これを売りさばくために亜米利加で『パナマ運河物語』のための販促や」

 「なるほど、マイアミあたりで大量に購入してくれるかもしれませんね」

 「一石二鳥を狙うのが販促でええんや」

 「で、亜米利加発売の時期は決まってますのでしょうか」

 「たしか、十二月の半ばだったかな。まだまだ、浮世絵の強みはとれへんな」

 「はい、確かに欧米でも単色カラーというものができつつありますが、多彩な使い方をする浮世絵には一歩及ばずといった感じですね」

 「単色が二色三色あたりまで機械化できたが、四食以上は技術的な問題点が多数存在するんや」

 「はい、色の三原則で三色まで用意するのは難しくなりましたが、四色目を用意するとなれば、そのどれかを混合しなければなりません」

 「そういうことや、その中間色を用意するとなってもそれぞれ十分の一のサイズで点を打つか、写真の原理で重ね合わせするしかない」

 「この場合、アルファベット二十六字しか使わない活字印刷方式の方に発展性がありません」

 「そやな、まなにはともあれ、この鱒寿司の色を機械で出すのはまだまだ先やな」

 「では、いただくことにしましょう」

 「少し、酢が強いですが、笹の香りが素晴らしいですねえ」

 「それは、仕方あらへん。この押し寿司は、保存食で常温で一週間ほど食べれるために腐敗防止のためや」

 「なるほど、保存性を優先した結果ですか」

 「そやな、食味を優先するんやったら、今の半分の酢で賞味期限が半減でも、寿司本来の味を引き立てることも出来ようかな」

 「これだと、箸でなくナイフとフォークで食べても違和感がありませんね」

 「そやな、そこに付属している竹の小刀で等円に八分割して、一部ごとに食べるのもいけはるな」

 「これに合う酒となりますと、たいていの酒に合いますね」

 「和の食だが、これに合わせるために麦酒を買う客も多いな」

 「これがシベリア鉄道で出される日本料理ですか。亜米利加が食堂車から追い出されるものをもってますね」

 「これは単なる押し寿司や。しかし日本食に使われる発酵とは、歴史そのものや。どの食品とどの菌がいいかというその組み合わせを長い歴史の中で人類が探して初めて食品となったものだ。仏蘭西にチーズとワイン。英吉利に紅茶。日本やと醤油に味噌といったところや」

 「醤油は、中国でも使いますし、紅茶はそもそも中国生まれです」

 「そやったな」

 「ともあれ、食では日仏に追い付くのは相当難しそうです」

 「で、食べた後はどないすんや。このまま、分館か」

 「ええ、富山まで来た最大の理由はそれです。後は、ウラジオストクでつながるシベリア鉄道が日本のどこと接続をするかを確認するためですね」

 「ということは、この分館に展示されている浮世絵の歴史をみるのがここ富山城まで来た理由か」

 「はい、お付き合いありがとうございます」

 「ウラジオストクからだと、そこは不凍港やから。年中、連絡船が出るのは支障ない。今検討しているのは、そのまま青森にいこうが、富山やろうと下関やろうとたいして差があるわけやない。ちょうどウラジオストクから等心円を画くように三港が並ぶ。となれば、そこから江戸までどこが一番近いかということになる」

 「富山でしょうか?」

 「残念ながら山脈の関係で残り二港やな」

 

 

 

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