仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第126話

 1894年(明治二十九年) 十月六日

 富山城日本アルプス美術館分館

 「しかし、日本はなぜ、本館と分館とに美術館を分けたんでしょうか」

 「そやな、本家と分家とにそれぞれ立場を置き換えるとええか」

 「日本橋にあるのが本家ですか」

 「ここでは、土佐中村で発見されたこの美術館一の売り物をみながら説明したろ」

 「はい、ここまで来たのは、浮世絵の歴史そのものを見学できるとあるからです」

 「まずなぜ、六十年ごとに浮世絵を宝物庫に奉納するかということや」

 「人生でいえば、三十年を一世代とすると二世代で一回ですね」

 「そや、ではなぜ六十年に一度かと言われれば、六十年に一度しか奉納祭が開かれへんからや」

 「六十年と言われれば、十二支に十干の組み合わせで、百二十の組み合わせのうち、そのうち二回が割り当てや」

 「そうだったんですか、云われは中国からですね」

 「中国はどうかわからんが、六十年に一度の奉納で演者が成り立つかと言われれば、成り立つんや。六十か所の奉納先を確保しておけば演者は、毎年持ち回りで演じることができる」

 「では、もし仮に演者がその約束をすっぽかしたとしたら?」

 「そしたら、奉納祭は中止やろな。けれどここに実績があるんや。六十年に一度の奉納祭が六回開かれたというな」

 「これが、日本の歴史ですか」

 「もちろん、全てではないんやけどな。ほな、ここに分館がある理由を説明してやろ」

 「はい、お願いします」

 「中国で有名な天下分け目の戦いといえば、どれや」

 「赤壁の戦いでしょうか」

 「赤壁の舞台に至るまで、主要人物をあげるとしたら、曹家に諸葛家やろか」

 「天下の過半を押さえた曹家と蜀呉の連合軍を結び付けた諸葛家ですね」

 「ここで、どっちも中国人らしい思考方法をとっているといってもいい」

 「どうしてですか。兄嫁を盗んだ者でも使えるならば使えという実力主義の魏と義のために立ちあがった蜀呉連合は対極にあるといってもよいはずです」

 「しかし、視点をかえるんや。両軍が勝負を決したとしたら、曹家は夏侯家とともに一族全てを率いて戦ったわけや。負ければ全てを失うとなれば、一族総崩れや」

 「諸葛家も同じ扱いになるんですか?」

 「なるんや。一族を二つに分け、一族皆殺しの愚を避けたつもりでも、蜀呉連合軍が敗れれば、諸葛家は総倒れになるのもありや」

 「つまり、一族の稼ぎ頭に全てをつぎ込むのが中国式だといいたいんですか」

 「今度の場合、本館と分館との関係を説明や。日本は、戦争もそうやけど、この国を襲うのは、人災ばかりやあらへん。地震、台風、火事、大水のうちどれが美術館を襲うかもわからへん」

 「つまり、本館と分館があるのは、宝物を分割することで天災と人災に遭遇する危険を下げたと言われるのですか」

 「そや、本家は、その地で根を張ることを使命とし、分家は出身地を出て行って、よその地で生計を立てることを望まれる」

 「それが歴史だと言われるのでか」

 「歴史やねん。六十年に一度の約束を守ることを六度も続けるように、その約束を守れへんかったら、この国にいることができなくなるほどの覚悟で守られたもんや」

 「その覚悟が浮世絵を作ったと言われるんですか」

 「そのへんは難しいな。もちろん、浮世絵は絵師と職人の共同作業や。全員の息が全て合わさってなければいい作品はでけへん」

 「ええ、私の知り合いも浮世絵に便乗して浮世絵もどきに挑戦しましたが、ここでいう、満足のいく版画に至ることができませんでした」

 「そや、浮世絵も中期になると美人画から数色からなる版画に進化した」

 「ええ、その程度でしたら、浮世絵もどきの物は出来ましたが」

 「しかし、ここ最近の作品には、六色以上を用いた作品も多数生まれているやろ」

 「そうです、三色と六色ではやはり、購入者の印象ががらりと違います。木版画でも五十年ほど浮世絵が進んでいます」

 「後は、日本人の気質やろか。いいものはいい、外国の手法であろうといいものがあれば取り入れるのが日本人や」

 「そこは、新進国である亜米利加と似てますか。亜米利加の場合、とらわれる歴史がないのでいいものを採用する気質がありますが」

 「日本語しかり。現地語に中国からはいっていた漢字を千年かけて消化していったら、ひらがなとカタカナが生まれた」

 「では、亜米利加は歴史にとらわれない進歩をして行くべきだと?」

 「それは、亜米利加人が決めればいいんや。日本人が口出しをしようとはおもへん」

 「そうでしょうか?」

 「とりあえず、その話は、展示作品をみた後で考えなはれ。いいもんはいい、それも真実や」

 「ええ、この後、西班牙への旅が待っているんで、船旅でじっくり考えることにします」

 「そうしなはれ」

 

 

 十一月十二日

 マドリード王城

 「私がフェルナンド王の下で外務大臣をしていますフランスシスコと申します」

 「亜米利加大統領の全権委任大使を務めますシバ=リーです。早速本題に入ってもよろしいでしょうか」

 「承りましょう」

 「亜米利加政府は、西班牙からキューバ、プエルトリコ並びにフィリピンを購入する用意があります。賛同していただけるでしょうか」

 「我々の選択肢に拒否というものはあるでしょうか」

 「もちろんあります。私はすごすごと亜米利加に帰り、大統領にこれまでのいきさつを報告するだけです」

 「それだけですか」

 「はい。全権大使とて、仏蘭西と日本をまわり両国からおよそ三十億ドルでパナマ運河の権利六割を購入する代わりに、仏日双方にフィリピンを譲渡する約束を取り付けてきたものの全ては最後の西班牙で拒否にあったと報告するだけです」

 「それでは、三国から恨まれるのを西班牙になすりつけると言われるので」

 「事実を申し上げたところで、罪にはなりませんが。それを西班牙がはね返せばよいだけでしょう」

 「三国から戦争に巻き込まれるのも亜米利加は考えのうちですか」

 「いえ、亜米利加は仏日を巻き込むのを抑える方に注力いたします。全ては、亜米利加に任せてくれと」

 「では、亜米利加は西班牙と単独で戦う用意があると言われるので」

 「現政権であるクリーブランド政権は、内政で失策を重ねてしまいました。となれば、民主主義を標榜する国で取る方法の中に支持率上昇のために外敵をつくる選択肢があってもよいかと」

 「つまり、亜米利加は仏日の援護を受け取る選択肢を残しながら西班牙と戦争する用意があるとおっしゃいたいので」

 「それを一年後に取っておく選択肢もあります。まずは、西班牙からの独立をスローガンに立ちあがった植民地の反乱軍に武器と資金を与え、西班牙の植民地を無政府状態に亜米利加政府が呼びかけることもありえるでしょう」

 

 

 

 

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