仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第127話
1894年(明治二十九年) 十一月十二日
マドリード王城
「どうやら、こちら西班牙の情報は、かなり収集しているようですね」
「はい。私としては、外交成果で終える方が望ましいですが、『新興国亜米利加、南米に植民地を建国した西班牙に手痛いしっぺ返しを食らう』という題名でニューヨークタイムズに特ダネを提供いたしたところで、ちっともかまわないんですが」
「では、そこまでこちらのことを調査されたリー殿に西班牙の問題点をあげていただければ、こちらは承諾するとしましょう」
「本当にそれでよろしいので」
「ええ、立ち寄られた日本では、分割払いで構わないといわれたそうですが、あいにくこちらは立て直しをはかる所が多数ございまして、亜米利加と戦争なぞ、誰も望んでおりません」
「そうですね。問題点というのであれば、植民地で勃発している独立運動を抑え込めないことではないでしょうか」
「ええ、それも要因の一つでしょうね。植民地を抑え込むには、武力統治もしくは優秀な警察機構あるいは、現地民を納得させる分量の植民地への還元でしょうね」
「つまり、それが現在の西班牙にはないと西班牙政府は認めていると。そこからさらに問題点をあげろとは、なかなか難題ですね」
「何も太陽の沈まぬ国と言われた十六世紀を取り戻せといってるのではないのです。現状の改善点を提供してもらいたい」
「そうですね。まずは、西班牙にある物から入りましょう。西班牙は鉱物資源に関して、仏蘭西より豊かではございませんか」
「はい、現代のエネルギー源である石炭は自給できていますし、我が国の重要な輸出品となっています」
「そして、それと対をなす鉄鉱石もありますね」
「確かにあります。バスクのビルバオ鉱山が有名ですね。ですが、我が国に大規模な製鉄所がありません」
「それ以外にも鉱石は一式そろっていますね」
「はい。有名なところでは、金銀の採掘に使われる水銀こそ、世界有数です」
「西班牙を世界帝国にしたのは、亜米利加大陸に広がる植民地でしたが、そこからあがってくる洋銀こそ、西班牙の富の象徴でしたね」
「水銀は金や銀とアマルガムという金属を形成し、ごく微量の金銀鉱石からの収率が跳ね上がりました」
「旧約聖書にも登場する灰吹法ですね。では、私が言いたいことはこれからいいましょう」
「西班牙は、亜米利加大陸から金銀を輸送させ一大帝国を築いた。アルマダの戦いで、英吉利に敗れた西班牙は覇者としての資格を失った。これが歴史の上での認識ですね」
「アルマダの戦いは、英仏海峡であり、地中海仕様の軍艦で戦った西班牙は、外洋規格の軍艦を用いた英吉利軍に敗れました」
「しかし、その後も西班牙には膨大な植民地が亜米利加大陸にありました。この植民地を使えば、盛り返すことは可能でしたよね」
「できたでしょう。もう一度、英吉利に勝利すること、西班牙の悲願でした」
「しかし、歴史をなぞることで西班牙はついに世界中に散らばる植民地をことごとく失いつつあります。この原因こそ、十九世紀の歴史だといえます」
「原因は、十九世紀ですか?」
「歴史家に使われた言葉では、今世紀の37年にルイ=オーギュスト=ブランキが用いた産業革命の一言に集約されるでしょう」
「原因は、産業革命ですか?」
「ええ、これまで述べたように西班牙には、鉄があり石炭もあり、鉱物資源並びにカリウムやマグネシウムも世界有数の国です。これだけの条件がそろっているのにもかかわらず、貴国で産業革命が進行したという話は聞きません」
「では、産業革命の産声を上げなかった西班牙は、露西亜や日本にも劣るとおっしゃるのですか」
「産業革命は、その集大成ですが要するに大量生産と同一規格の商品を生産し、低価格を武器に手工業を駆逐するわけですが、その中身は技術革新と優秀な労働力により達成させられています。軍事力に例えれば、新兵器と優秀な軍隊であり、他国を圧迫することができるわけです」
「しかし、手工業の強い分野もありますね」
「あります。貴殿の言われることは、浮世絵のことですか」
「ええ、我が国も歴史ある国です。浮世絵のいいとこどりをはかろうといたしましたが、うまくいきませんでした」
「世界が購入せざるを得ない物は二つあります。安価で他国が太刀打ちできない物と唯一物であることです。世界中で使われる窒素源は今のところ、チリ硝石しかありません」
「はい、チリ硝石を産出するチリは、チリ硝石の値段を一切引き下げません」
「話はそれましたが、西班牙は世界中の銀が集まる国でしたが、それを浪費したのです。鉱山で産出した金銀で、技術革新を推進していれば世界初の産業革命は西班牙で産声をあげていたこともあり得たでしょう」
「なるほど、西班牙の課題がわかったような気がします。亜米利加から支払われる金を元に、西班牙でも産業革命の芽を育てることにしましょう」
「それでは、今まで条件で調印していただけますか」
「西班牙の復興課題。そのヒントがつかめた気がします」
十二月十三日
アメリカ議会議事堂
「大統領、私は仏西日を交えたパナマ運河購入法案の成立なぞ認めはしない。なぜならば、そのような斜陽の西班牙なぞ、戦争をすれば全てが手に入るからだ」
「では、パナマ運河なぞ、必要とないと言われるので」
「西班牙に勝利した後、そのことを考えればよい」
「それはいつのことでしょうか?」
「来世紀のことではないか」
「では、外交手段を用いた今回の措置の方が早いのではありませんか」
「そもそも、パナマ運河なぞ、大陸横断鉄道の二番煎じだ。我が国は四半世紀も前から運用されている横断鉄道がある。パナマ運河なぞ、必要ない」
「そんなことはありません。チリ硝石を東海岸に運ぶ場合、チリの港からパナマ運河を経由して、直接東海岸の港に運ぶ方法こそ、最短ルートになります。もし、現在の方法であれば、一度西海岸に荷揚げして横断鉄道でさらに一週間を必要といたします。時短で半減する方法こそ、我が国に利益をもたらすのです」
「そんなことはない。我が国にある超特急に対する冒涜である。横断鉄道は、最短四日である。訂正を要求する」
「失礼しました。確かにそれは、超特急の場合です。チリ鉱石にも超特急を使われるのですか」
「使って何が悪い」
「では、私から反論させていただきます。鉄道で運べないものがあります。その筆頭は、軍艦です。パナマ運河があれば、三日で亜米利加海軍の兵力を一つにできます。国防にもパナマ運河は必要です」
「そんなことは必要ない。東海岸と西海岸に双方に現有軍艦兵力を二倍にすれば済むだけの話だ」
「維持費にどれほどかかると思っているのですか。そんな金があれば、パナマ運河を完全国有化できます。パナマ運河の活用こそ、陸海軍の一体的な運用に必要です」
「そんなもの、横断鉄道があれば済む」
「それでは、本日の議論を尽くしたところでクリスマス休暇とします。皆良き休暇をお過ごしください」
白い家
「リー君。反対の者は、大陸横断鉄道を運営する会社が強い地域を基盤としている議員だね。いやあ、民主党は与党のはずだが、なぜ、こうまで大統領提案を拒むかね」
「それは、単純な話でしょう。横断鉄道の荷物がパナマ運河に移れば、鉄道の仕事が減ります。皆、失業者を増やして落選したくないのでしょう」
「まさに反対のための反対か」
「さもなくば、鉄道労働者と鉄道会社からの献金を失うことを恐れているのでしょう」
「三国を納得させるより議会対策のほうが大変だったか」
「なにかいい方法はないかね。このままだと、賛成票は四割ほどだ」
「つまり、二割の議員票をこのクリスマス休暇に取り込まねばならないと」
「大統領、このまま採決をしても大丈夫でしょう。休暇明けの採決ならば問題ありません」
「ほう、その根拠は?」
「大統領、クリスマスのプレゼント向けに発売された商品があります。大統領には、その商品を一足先にお渡しいたしましょう。では、良い休暇を」
「よい、休暇を」
十二月十五日
『パナマ運河物語』を全世界販売
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