仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第13話

 安政四年(1857年八月二十一日)

 仏蘭西 陸軍本部

 「さて、本日の議題だが緑茶を軍用食として試験導入する是非を問いたい」

 「英吉利は紅茶を使っているが、それをまねたのか?」

 「そうではない。スエズ運河建設工事において工夫の脱落を大幅に減少させた実績をもつ優れた軍用食だ」

 「では、その実績というやつを聞きたい」

 「まず、生水を飲まないで沸かした緑茶を飲むことで消化器の疾患が激減いたしました」

 「それは、紅茶でも同じだな」

 「さらに、食事に使う食器を使用直前に緑茶に浸すとこれが何と感染症の伝染が大幅に減少いたしました」

 「それは眉唾な」

 「ですので、改めて検証実験をおこないたいと思います。百人の部隊を七つ用意いたします。第一部隊は、生水を飲む部隊です。第二部隊は、紅茶を飲む部隊です。第三部隊は、紅茶を飲み紅茶で食器を洗う部隊です。第四部隊は、緑茶を飲む部隊です。第五部隊は、緑茶を飲み緑茶で食器を洗う部隊です。第六部隊は、コーヒーを飲む部隊です。第七部隊は、コーヒーを飲みコーヒーで食器を洗う部隊です」

 「よかろう。試験をする期間は?」

 「できれば、一年間でお願いいたします」

 「中間報告を二カ月ごとに行うことを義務づけるものとし、試験を許可する」

 「ははっ」

 

 

 九月二十日

 シャンゼリア

 「最近。日本の景気はどうだ?」

 「大量の注文を抱えていますのが縮緬織り。こちらは来年まで農作業を休んで生産に取りかかってもらってます」

 「主副逆転か。農作業が主であったものが、従にまわる」

 「生糸産業も在庫を抱えていません」

 「これは、天災がらみだからな。ヨーロッパで生糸生産が落ち込み、その穴埋めを日本に求めてきたものか」

 「後、清と英仏間がぎくしゃくしています。清の生糸も生産の落ち込みと輸出の落ち込みがあるかと」

 「長崎奉行あてに一筆書いておくか。諸外国が日本に生糸を求めてきた場合、日仏生糸協定に基づき、日本国内で生産された生糸は優先交渉権を仏蘭西が獲得した故、日本産の生糸を求めるのであれば仏蘭西と交渉されたしとな」

 「浮世絵を扱う問屋は、我々が中古品を根こそぎ購入した上、新規発注もおこなっておりますゆえ、古い版画の原版を引っ張り出し、再版を出すところも多いとのことです。もちろん、絵師と彫師も大幅な募集をしています」

 「刷ればよいだけなら、他の産業と違い根こそぎ購入しても問題なかろう」

 「後、京周辺の料亭は客が少なくなっておりますゆえ、この業界のみ不景気ときいております。ただし、治安が良好なため一般市民からの評判はすこぶるよしとのことです」

 「不良連中を砂漠に監禁しているからな。噂でも流すか、運河建設の二次募集をしている。募集及び徴発条件は一次と同じだと」

 「まっとうな連中なら手に職を求めるでしょう。砂漠に監禁されるよりはましでしょうし」

 「嘘から出た誠だが、実際、第二次募集をやろう。五年も砂漠に閉じ込めておくのは少し気の毒になった。来年の年初から帰国を希望する者は帰国を認めよう。その人数分、補充者を日本中から集めることにしよう」

 「御意」

 

 

 九月二十日

 「十月十日をもってポートサイド経由江戸行きの航海をすることにした。目的は、スエズ運河建設工事が過半まで来たので、帰国希望者がいればそれを認め、その分を日本から補充することにした。渋沢、なんぞ要望があるか」

 「飲料アルコール会社を立ち上げたく思います」

 「ワインか?」

 「ワインは年月がかかるような気がしますゆえ、阿蘭陀でビールの製法を学ばせる工員を五名連れてきてくれれば幸いです」

 「そうよの。赤ワインは武士が幅を利かせている間は、縁起が悪いと言って敬遠するやもしれん」

 「できましたら、鉄道が開通する際に駅直営店舗で目玉としてまずビールを販売したく思います」

 「わかった」

 

 

 九月二十四日

 「若様、後二年ほどでスエズ運河が開通いたします。ぼちぼち、機関車等の発注をされてはいかがでしょうか」

 「それは、渋沢に一任いたそう。完成まで十五カ月となったところで、機関車等の発注を出してくれ」

 「若様、では並行いたしまして線路予定地で用地買収をいたしますか?」

 「誰にやらすかな。そこが問題だ」

 「候補といたしまして、奉行所、町民、幕府」

 「どれも一長一短がある。しかし、最初にやる事は幕府に鉄道開設願いか?」

 「前例がございませぬが、干拓地を開く場合と同じように幕府に願い出るのがよろしいかと」

 「では、内容はこんなものか?」

 東海道鉄道設置願い

 此度、仏蘭西政府の協力を得たうえで、日本橋と大坂間に鉄道をひきたく、徳川慶喜懇願する。鉄道を開設する国は強国といわれる国々ゆえ、是非日本もその仲間に加わりたくそうろう。つきましては、日本橋と大坂間に鉄道をひく許可を幕府に求めたく候。この鉄道が開通のあかつきには、日本橋と大坂間が一日で結ばれますゆえ、天下の役に立つことは間違いございませぬ。資本金五千万フランを徳川慶喜が代表として用意いたしました。何卒東海道の住民を代表して、願意御採用被成下度、此段奉懇願候也。

       安政五年元旦 一橋家当主 徳川慶喜

 

 

 幕府殿

 「さて、これに反対する理由はございますかな」

 「前例がない故、返事はしばらく待つがよいと言われそうだが。とりあえず、安政五年に出してみよう」

 「若様、金をいかがして作りましたかと問われましたら、どうされますか?」

 「どうもこうもない。(パリ市民の)皆が金を出しあったと言ってやるわ。老中が詮索することではない」

 「そうですな、株式会社の成り立ちを説明すればよいかと。複数の者が金を出し合って用意いたしたとすれば問題ないでしょう。後は、これを瓦版に流すことですな。町民の間から圧力をかけるとよろしいかと。町民から許可はいつ下りるのかと期待させれば老中も放置できますまい」

 「なるほど、江戸町民周知のものとすれば武家屋敷にいても老中連中はこの問題は放置できまい」

 

 

 十月九日

 「渋沢、ポートサイドに行ってまいる。手土産は、シャンペンとプチフールだ」

 「いってらっしゃいませ」

 

 

 十月十三日

 ポートサイド

 「慶喜殿、待たせたね。今回はシャンペン持参ですか」

 「いえ、工事現場からここまで三時間かかるということは、工事が順調だという証拠でしょう」

 「ああ、過半は越えた。これで追加の資金要請をしなくて済みそうだ」

 「実は工事が五年で完成する前提として、日本人で帰国を希望する者がいれば交代要員と交代させようかと思い、本日はやってまいりました」

 「慶喜殿、何割の日本人が帰国を希望すると思う?」

 「半数でしょうか」

 「半数までなら作業に支障をきたしませんでしょう。それならこちらからも帰国を許可したい」

 「レセップ殿、帰国希望者は半数を超えるとお思いですか?」

 「難しい質問ですなあ。世紀の事業を途中でほっぽり出すのは男としてなさけない。しかし、砂漠に放り出されて三年、帰国したいものもいるでしょう。ただし、彼らのうち、藩主なる人物から派遣された者たちは途中で投げ出したことを藩主にとがめられるのを本能的に避け、工事完成するまでここにいるでしょうから、帰国希望を名乗りあげれる人物は四分の一でしょう」

 「では、帰国希望者がいれば本部に申し出るようにしてください。来年夏までに交代要員を連れてきますので、来年の夏に帰国を希望する者がいれば申請を受け付けるとしてください」

 「それなら問題あるまい」

 「後は、半数が帰国したいと言わないのを願うばかりですな」

 

 

 十月十五日

 「慶喜殿、千六百人ほどが帰国を希望した」

 「了解いたしました。来年の夏までに補充人数を連れてきます」

 「うむ、後は工事が順調に進展するのみだな」

 

 

 安政五年(1858)一月二十日

 水戸藩江戸屋敷

 「殿、只今帰国いたしました」

 「よくぞ無事戻った。此度の目的は何か?」

 「表向きは、スエズ運河の二次募集をいたすつもりです。二千人弱が帰国を希望いたしましたゆえ、工期の残り半分を新人の二千人と既存の八千人でおこなうつもりです」

 「ふむ。ではもう一つの命題は」

 「スエズ運河が開通する見通しが出ましたゆえ、幕府に鉄道をひく申請をするためです」

 「申請願いは作成したか?」

 「はい、ここに用意しています」

 「慶喜、代表にお主の名前が入っておるだけではさびしいのう」

 「しかし、金を出してくれる人物にあてがございませぬ」

 「一人は、わしの名前を貸してやる。どうせ、金を出すのはお主にかわりはないが。さて、もう一人は、薩摩殿にするか。このまま、この申請書をもって薩摩藩江戸上屋敷に行け。確実に署名してくれるとは限らんが、申し込みをする価値はあるだろう」

 「では、いってまいります」

 

 東海道鉄道設置願い

 此度、仏蘭西政府の協力を得たうえで、日本橋と大坂間に鉄道をひきたく、徳川慶喜懇願する。鉄道を開設する国は強国といわれる国々ゆえ、是非日本もその仲間に加わりたくそうろう。つきましては、日本橋と大坂間に鉄道をひく許可を幕府に求めたく候。この鉄道が開通のあかつきには、日本橋と大坂間が一日で結ばれますゆえ、天下の役に立つことは間違いございませぬ。資本金五千万フランを徳川慶喜が代表として用意いたしました。何卒東海道の住民を代表して、願意御採用被成下度、此段奉懇願候也。

    安政四年十二月八日 一橋家当主 徳川慶喜

              水戸藩主 徳川斉昭

 

 

 幕府殿

 薩摩藩江戸上屋敷

 「ごめん、薩摩藩主に面会をお願いいたしたい。こちらは徳川慶喜と申す」

 「当人と確認できるものをお持ちか?」

 「この印篭では駄目でござろうか?」

 「三つ葉の葵。では、しばらくお待ちを」

 「殿、徳川慶喜を名乗る人物がこの印篭を出して面会を求めております」

 「会おう。応接間に通せ」

 「ははっ」

 両者、応接間で上座を開け対面する

 「徳川慶喜でござる」

 「薩摩斉彬でござる」

 「実は、父から薩摩度のならば事業に協力してくれるであろうから署名を要請してこいと言われ参った」

 「ほほう、それはどんな事業でしょうか」

 「ここにその内容がある」

 「拝見いたそう。なるほど、丘蒸気を江戸と大坂間に走らせようといわれるのですな。資金に五千万フランとありますが、すでにめどがついてござるか。ちなみに両に直すとどのくらいか」

 「八百万両に相当する。金は皆が出しあってくれたのですでに用意できておる」

 「水戸殿は江戸屋敷にいつも滞在しておるから貧乏であろうから金を出さなかったであろう。わしは署名とともに出資もいたそう。なに、わしは隠居するゆえ問題ない。そうよの、隠居料として五十万両を出資金にまわそう。ほれ、署名よ」

 東海道鉄道設置願い

 此度、仏蘭西政府の協力を得たうえで、日本橋と大坂間に鉄道をひきたく、徳川慶喜懇願する。鉄道を開設する国は強国といわれる国々ゆえ、是非日本もその仲間に加わりたくそうろう。つきましては、日本橋と大坂間に鉄道をひく許可を幕府に求めたく候。この鉄道が開通のあかつきには、日本橋と大坂間が一日で結ばれますゆえ、天下の役に立つことは間違いございませぬ。資本金五千万フランを徳川慶喜が代表として用意いたしました。何卒東海道の住民を代表して、願意御採用被成下度、此段奉懇願候也。

    安政四年十二月八日

 一橋家当主 徳川慶喜

              水戸藩主 徳川斉昭

                       薩摩藩主 島津斉彬

 幕府殿

 「ありがとうございます」

 「ほれ、幕府の密偵につけられておろう。今日中に江戸城に行くがよい。こそこそせず、堂々と行くがよい」

 「いってまいります」

 

 

江戸城

 「なに、慶喜と薩摩が密会をしておったと。すぐさま、詰問せよ」

 「それが、第二報がまいっております。慶喜殿が薩摩藩を出た後、江戸城に向かってるとのことです」

 「なに」

 「これは敵に考えがあるのでしょう。城内で待ちましょう」

 「井伊殿、それがよろしいでしょう」

 「慶喜殿が老中に面会を求めております。いかがいたしますか」

 「よかろう。会おう」

 「慶喜殿、此度の面会の用件についてききたい」

 「はっ。江戸と大坂間に丘蒸気を走らせたいので申請に参りました」

 「では、その申請書を出してもらおう」

 「ここに」

 「受理いたした。これより審議いたすので後日返答いたす」

 

 

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