仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第14話

 安政五年(1858)一月二十一日

 日本橋 奥村屋

 「遅くなったが、『三銃士』の続編を浮世絵にしてくれ」

 「これは若様、自ら恐れ入ります」

 「それとこちらは、パリから侍女と王妃のスケッチ。英吉利公爵もあるぞ」

 「ありがとうございます。これがないと読者からの突き上げがきつくて、絵師泣かせでございます」

 「さて、次はナポレオン戦記の方の確認だな。ぼちぼち、形になっておろう」

 告示

 スエズ運河が予定通り五年で完成する見込みである。此度、工期の後半部分をになってくれる工夫を二千名募集する旨、公示する

    徳川慶喜

 「二年の外国暮らしか。少しだけいってみたいな」

 「三銃士に出てきた銃士隊員に会えるのか?」

 「鼻の大きいところはそっくりだそうだ」

 

 

 一月二十三日

 江戸 日本橋

 「号外、号外。てーへんだ、てーへんだ。なんと、あの丘蒸気を徳川家で走らせようってんだ。さあさあ、詳しくは、この瓦版を読んでくれ」

「ひとつくれ」

「俺にもくれ」

 東海道鉄道設置願い

 此度、仏蘭西政府の協力を得たうえで、日本橋と大坂間に鉄道をひきたく、徳川慶喜懇願する。鉄道を開設する国は強国といわれる国々ゆえ、是非日本もその仲間に加わりたくそうろう。つきましては、日本橋と大坂間に鉄道をひく許可を幕府に求めたく候。この鉄道が開通のあかつきには、日本橋と大坂間が一日で結ばれますゆえ、天下の役に立つことは間違いございませぬ。資本金八百万両を徳川慶喜が代表として用意いたしました。何卒東海道の住民を代表して、願意御採用被成下度、此段奉懇願候也。

    安政四年十二月八日 一橋家当主 徳川慶喜

 水戸藩主 徳川斉昭

        薩摩藩主 島津斉彬

 幕府殿

 「丘蒸気に乗ると江戸から大阪まで一日でいけるのかい。時代は変わったねえ」

 「これは、南紀派に対する一橋派の盛り返しか」

 

 

 二月一日

 江戸城内

 「巷は丘蒸気の話でもちきりだとか」

 「黒船が現れたのが五年前、その当時はやった狂歌は、『太平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず』といわれたものだ」

 「それが今の世を示すのは、『錦絵も海を越えれば丘かえる』だ」

 「慶喜が三銃士を浮世絵にしたのは事実。それを日本に持ってきただけで丘蒸気が買えてしまうと庶民は思っておる」

 「尊王攘夷がはやらないとか」

 「隊員が商家に押し寄せて金をせびりに行くと今までは金を出してくれていたそうだ」

 「しかし、商家が出すのは浮世絵に使う彫刻刀を出してくるようになったそうだ『あんたら、西洋に対抗するなら浮世絵を彫りなさんな、それで一流になれば丘蒸気も買えまっせ』そんな店には、武士の誇りを捨てろと言われているのだから二度といくわけにはいかぬ」

 「では、まず金五千万フランの出所だがどうであった」

 「八百万両ですか。隠密に問い合わせたところ、国内で作ったものではないとの返事です。ただ、浮世絵を買いあさり、根付や仏像を仕入れて船出したそうです」

 「どう頑張っても、二桁足りぬな」

 「文字通り、外国かぶれは仏蘭西との間で裏取引をしたのでしょうか」

 「しかし、持ち出せるものに見当もつかぬ。日本から二十万両は運河の出資金ということで持ち出したが、これは仏蘭西政府から出資金としてスエズ運河株式会社の株式一割を受け取っておるから私的な流用は見受けられん」

 「一橋家をお取りつぶしにし、慶喜の資産を押さえるというのはどうですか」

 「それは、一橋派を一網打尽とする意味で魅力的だ」

 「待った。東海道鉄道設置願いの要請文には、仏蘭西政府の協力を得たうえでとある。この箇所がくさい」

 「どの程度の協力なのでしょうか」

 「最悪、慶喜から資産を取り上げたところ、日本は仏蘭西の同盟国たる資格はない。こちらから軍艦を引き連れ、英仏で清の後にやりこめてやるわといわれるかもしれん」

 「すぐさま、水戸家に使者を出せ。仏蘭西政府の協力とはいかがなものかと問いあわせてこい」

 

 

 二月二日

 江戸城内

 「こちらに慶喜からの返答が参ってきておりますゆえ、読みあげさせていただきます『仏蘭西政府から鉄道会社に一割の出資を約束していただきました』」

 「つまり、我々がスエズ運河に出資したように仏蘭西も鉄道に出資するというのか」

 「これは、文字道理相互出資という形であり、同盟関係にあるといわれれば否定できませぬ」

 「では、慶喜から一橋家を取り上げますと、こちらから同盟関係を崩したと言われてもしかたがありませんな」

 「この申請文は、踏み絵ですか。これを踏みにじれば日本は世界から孤立いたすという」

 「井伊殿、二月十日付で許可証を出してやってくだされ。外圧はこりごりというのを皆、身にしみていますから」

 

 

 二月十日

 水戸藩江戸屋敷

 東海道鉄道埋設許可証

 幕府は、安政五年二月十日をもって徳川慶喜公より申請があった日本橋と大坂を結ぶ鉄道を開設する許可を与えるものとする

 「慶喜、まずはめでたい。お主が砂漠で苦労した日々が報われたのう」

 「幕府も仏蘭西政府の出資があれば許可を出さざるを得なかった模様です」

 「何を言う、幕府には慶喜に感謝せねばならぬところぞ」

 「それは、巷で言うところの尊王攘夷がはやらないということでしょうか」

 「いや、もっと直接幕府が倒れるやもしれぬことよ。お主、薩摩守から五十万両をせしめたそうよの」

 「はい。そのさい、水戸殿は貧乏であるから金は出せぬだろうが、わしは署名のみならず出資もいたすといわれました」

 「我が藩の内情をよく知っておるのう。さて、その五十万両であるが一橋派に出資すると言えなくもないが、一歩間違えればその金を元に倒幕に使われる金だったかもしれぬ」

「まさか」

 「いや、去年の盆にわしと薩摩守が増上寺で密談をした折、南紀派が十四代目を継いだことに憤慨し、薩摩から五千人の兵隊を連れてきて幕府に抗議すると息巻いておった。あれは、幕府と一戦を構えてもかまわぬという意気込みであった」

 「英吉利あたりから銃器を購入されますと幕府軍では負けるかもしれませぬ」

 「そうか、火縄銃抱えて戦争を仕掛けたところでひとひねりさせられるかもしれぬか」

 「では、戦争回避につながった金を用いて用地買収と土地の平坦化を進めねばなりますまい」

 「まず聞くが、日本橋からどこまで用地買収をするつもりじゃ」

 「当初、江戸城西の日本橋から平塚まででしたが新たな出資をいただきましたんで、小田原まで幅三十三尺の幅を確保する必要があります。できましたらなるべくまっすぐで傾斜のない土地が望ましい線路用地です」

 「東海道鉄道とあるが、東海道に沿って土地を買う必要があるか?」

 「むしろ、宿場町から離れた場所の方が用地買収をしやすいので、宿場町のはずれをかすめる程度、東海道から離した方が用地買収も早くなるでしょう」

 「後、慶喜よ。小田原の隣は箱根の関だ。ここは二つの意味で越えるのが難しい」

 「箱根の山と関ですか」

 「そうよ、天下の険である場所に平坦な土地はない。次に関所を越えるために手形が必要じゃ」

 「何か対策がいりますね。しかし、阿蘭陀と仏蘭西の国境を越えた経験から言わせてもらいますと、かえって簡単かもしれません」

「そんなものか」

 「小田原と次の停車駅を仮に三島としましょう。その間に関所改めを乗車させるのです。乗っているのは三等でも米一斗相当の料金を払って乗車してくれた方々です。次の駅に着くまでに通行手形を改めてくれるでしょう」

 「なるほどそのようなものか。それに五年先の話をここでするのも気の早い話じゃ」

 「では、用地買収は幅三十三尺の土地でよいのか」

 「後は、東海道の宿場町と同じように停車駅と始発と終着の駅が必要です。何分、初めてのことですからそれぞれの駅に千坪を割り当てるとよいでしょう。途中駅は、それぞれ品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、平塚、大磯を予定しております」

 「では、慶喜よ、地図沿いに鉄道を敷くところを線で示せ。薩摩守とわしとで用地買収をいたそう。ここだけの話だが、薩摩藩の江戸上屋敷が東海道筋沿いにあってもし島津守を取り込めなければ、線路を大きく迂回せねばならぬといらぬ心配をしておったところじゃ」

 「そこまでお考えでしたか」

 「それはたまたまじゃ。徳川御三家と薩摩守で用地買収にあたるのじゃ。徳川家で駄目なら外様大名で押してみるのもよかろう」

 「確かにそれであれば、抵抗するのが難しいですな」

 「では、用地買収予定地を決めたらそれを二枚用意いたせ。わしと薩摩守とでお主が国外に出ている間に買収しておこう」

 「ですが、後二年あるのです。その間は土地の使用をできるだけ認めてやってください。線路をひくといっても平地(ひらち)になっていればいいのであって、直前に平らにすればよいだけのこと、急がずにお願いします」

 

 

 二月十一日

 「殿、地図に沿って筆を入れました」

 「なるほど、この線に沿って用地買収すればよいのじゃな。だれぞ、これを薩摩藩江戸上屋敷に持ってゆけ。返事はいらぬ」

「ははっ」

 「それと水戸藩からも形の上で出資していただきます」

 「形だけでよいのか」

 「形式は、私が持って帰りました仏蘭西銀貨一千二百万フラン。これは日本の二百万両を返済できるだけの銀含有量が入っております」

「ほう」

 「これで水戸藩から商人に借金を返済した形をとらせていただきます。そして商人から用地買収に必要な金を用立ててください。これで、水戸藩も薩摩藩と同じ二百万両を東海道鉄道株式会社に出資したことになります」

 「慶喜、薩摩守五十万両と同額とはいかなる理由がある?単純に薩摩守に合わせるのであれば、五十万両でよいではないが」

 「実は西洋の相場は、金を十六倍の銀の交換できるというもので、国内であれば四倍量の銀としか交換できません。ですので、仏蘭西からの出資をいただくのですから、仏蘭西の相場である金は十六倍量の銀と同価値であるという杓子で計算しております。要するに世界では金五十万両は銀二百万両相当と同価値なのです」

 「慶喜、お主のことであるから、西洋と日本を往復すれば金ができるとは思わなんだか」

 「まずは、日本と清で往復すれば幕府の借金が返済できるかもしれぬと思いましたが、清はアヘンの流入以降、清国内で銀の流出が止まらず銀で税金を納める庶民は銀を購入して税金を納めるのに四苦八苦しているとのことです。そのようなところに銀を購入しに来たと言えば、さらなる庶民の困窮を招くので取りやめにしました」

 「そうか、一足先に開国させられた清もそのような困窮が待ち受けておったか」

 「ですので、国内から海外に支払いをする場合、金で。国内の商人に支払いをする場合、手持ちの銀で支払うという影響がなるべく少ない方法を選択いたしました」

 「そうか、そうしておかねば清に習えば国内の金がどしどし海外へ流出し、庶民は物価の高騰に困窮いたすというのか」

 「日本が開国するのであれば、世界の相場である金銀交換比率を導入しなければならないでしょう。そのために国内に銀をだぶつかせ、金と銀の交換比率を国際水準に近づけなければならないのですが、これが難問で今の四倍量の銀がないと幕府が金銀交換比率を一対十六にしたところで庶民の交換要求に応じられずに世界水準を満たす前につぶれてしまいます」

 「では、改めて聞くが株式会社東海道鉄道会社の出資状況はどうなる?」

 「仏蘭西が一割。殿と薩摩守がそれぞれ一割八分二厘、残りが私となっております」

 「もし万が一、過半数を握る慶喜が倒れたり、刑罰に服したりした場合、どうなる?」

 「社長を務める渋沢が私の持ち分である株式の権利を行使できる委任状を与えております」

 「今の答えであれば、大株主として安心ぞ」

 「殿、スエズで工事に携わる工夫二千人が集まり次第、慶喜はもう一度仏蘭西に行ってまいります」

 「此度は、機関士のような見習いを連れて行かぬのか」

 「此度は、杜氏でなくビールを製造する職人の見習いとして五名を連れてゆくつもりです」

 「何事も百聞は一見に如かずだ。あれこれ文章で習ったことよりも実地で手足を動かす方が覚えも早かろう。で、慶喜、そのビールというやつはうまいのか?」

 「夏場はうまいですし、砂漠では水のように飲みたくなるくせになる苦みが特徴です」

 「ほうほう、今度もって帰らぬのか」

 「三か月がかりの旅はビールにはつらいでしょう。スエズ運河が開通すればもって帰れるように時間短縮ができるやもしれませぬ」

 「運河開通の楽しみが一つ増えたのう」

 

 

 二月十二日

 薩摩藩江戸上屋敷

 「誰か、善兵衛を呼べ」

 「ははっ」

 「善兵衛、参上いたしました」

 「お主に新しい仕事を申しつける。わしが隠居した最初の仕事よ、この地図に沿って用地買収をいたす」

「承りました」

 「詳細は、水戸藩江戸屋敷できけ」

 「いってまいります」

 「うむ」

 

 

 二月十三日

 水戸藩江戸屋敷

 「ごめん、西郷善兵衛と申す。鉄道の用地買収について詳細に聞きたいことがあってまいった、取り次ぎをお願いいたしたい」

 

 

 

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