仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第130話
1895年(明治三十年) 七月二十日
とある藩の二の丸
「それで、幕府はフィリピンの統治をいかがするといっておるのじゃ」
「まだ、江戸城の中でしか話し合われていない状況ですが、此度のパナマ運河を完成にこぎつけたのは、諸藩の貢献が大きくございましてフィリピン統治領のうち、日本に割り当てられるのはその半分」
「そうであったな、かの地は日仏で共同統治だ」
「幕府直轄領を除くと、おおよそ全領土の三分の一が諸藩に割り振られるようでございます」
「ほう、幕府が半分のその三分の一。六分の一を幕府が取り、その二倍を諸藩に配分か」
「では、我が藩も一島ぐらいは貰えるかのう」
「いえ、前提が二つございまして、かの地は独立運動が頻発しておりまして、これを鎮めることが第一」
「そうよの。我が藩も関ヶ原の戦いの際、領地替えをした。その時の苦労は、今でも我が藩に伝わっており、当時に始まったお祭りは藩内の各地にあるわ」
「ですから、パナマ運河が完成するまでフィリピンは、日仏並びに現在の統治主の西班牙による共同統治という形をとります」
「西班牙は、植民地から金があがれば文句を言わぬのであろう」
「はい。当地は、旧宗主国となる西班牙が当地に失敗したという前提がありまして、一言でいいますと、儲かってないので売りに出したと」
「日本でいえば、藩が一つお取りつぶしになるようなものかのう」
「で、仏蘭西との話い合いですが、ベトナム寄りの西半分を仏蘭西が、日本寄りの東半分を日本が統治するか、中間線で双方の植民地に組み込むというのをこれから話し合うということです」
「ま、それが自然な成り行きよのう。では、最初の問題は解決か」
「いえ、植民地の配り方ですが、第二の問題と絡めて幕府は解決をはかるようでございます」
「何、一島を配るだけでよいではないか」
「何事も論功に対する見返りとなるのが土地でございます。論功には、パナマ運河建設での貢献に対するものが第一」
「それは確かにそうだな。だが、各藩がそれぞれの石高に応じて人手を出したのであるから、それほど気にすることはあるまい」
「いえ、一つだけ忘れてはいけない貢献がございます。この貢献がなければ、老中の首がいくつもとんでいたことでしょう」
「そんな貢献があったかのう」
「蚊取り線香でございます」
「なるほど、それなら納得できるわ」
「はい、蚊取り線香を持ち込んだ紀州藩には最大の島が割り振られるという話でございます」
「それはこの国にあるどの藩も納得するわ。わしの首も今頃はとんでおったかもしれんからのう」
「それを除くとこれからの論功がございます。かの地は、独立勢力が跋扈する土地。ですから、独立運動を鎮静化した藩に幕府は貢献多大といたすでしょう。そのために、五藩ほどをひとまとめにして、その地にある独立勢力の鎮静化に最も貢献した藩から土地の配分をいたすことになるとの噂でございます」
「その貢献は、独立勢力の旗頭の首か?」
「いえ、どうやら幕府は慰撫だけで独立を踏みとどまってくれるならば、独立勢力の活動停止とともにこれまでの独立運動に対する罪を問わないという考えで初めは臨むようでございます」
「そうか、台湾であれほど鮮やかな統治がすすんでおるからのう。幕府は二匹目のどじょうを狙ってきたか」
「はい。できれば文民統治を幕府は望んでいるようです」
「では、我が藩がすべきことは何か申し上げてみよ」
「くら替えの際の苦労話を集めておきますと、円滑な統治への伏線となるかもしれません。また、かの地で栽培する予定の作物候補を集めておくべきでしょう」
「よし。それでは、亜熱帯で栽培する作物候補を藩内から集めておけ。まだ、城内の文書係に三百年前の話で役に立ちそうなものを掘り起こさせておくように」
「指示はこのようなところか」
「老中。蚊取り線香をぜひとももってゆくべきです。後、現地の風土病を調べておくべきかと」
「これはすまぬ。パナマ運河堀りの教訓が全く身についていないではないか。これでは、三百年前の教訓なぞ発掘できぬではないか。ふむ、現地の調査が最優先事項だな」
「はい、幕府の公示があり次第、すぐさま動けるように準備をしておきます」
「やれやれ、三百年ぶりの新領地か。浮かれすぎておるな」
「これは、関係ない話でございますが、かの地は三期作まで可能でございます。人によっては話半分の石高と思っておいてください」
九月三十日
紫禁城
「清を取り巻く状況だが、我が国を取り巻く国家は、四カ国に絞られた」
「北方を露西亜、東方を日本、南方を仏蘭西、西方を英吉利」
「西班牙が撤退することは吉かね、それとも凶かね?」
「吉凶半々と言えます。悪い所は、我が国を取り巻く国が減少することで、上記の四カ国が談合をして我が国を攻めてきた場合、残りの一国もしくは二国は勝ち馬に乗り遅れないためにも最悪四カ国を清は相手にしなければなりません」
「吉は何かね?」
「我が国に門戸開放を強硬に主張していた亜米利加が矛を収めました。よって、各国は我が国にさらなる不平等条約を押し付ける機会が大幅に減少いたしました。よって、国内体制の強化に向ける時間を得ることができました」
「それでは、国外に目を向けるのではなく国内問題を優先せよと」
「幸い、我が国の最後の戦争では、清露戦争で勝利を収めています。勝利国として、我が国に干渉する前に、敗戦国である露西亜に干渉すべきとの論法で十分だと思います」
「なるほど、良い方便だな。これが今後の我が国の方針か?」
「はい、改めて富国強兵を推し進めるべきです。独逸人顧問が訓練してくれた八旗兵は、わが国最強の兵力とともに機動力を有しています。この兵力で馬賊つぶしを継続すべきです」
「よかろう。国外からのちょっかいがないのがこれほど快適であると再確認できた二年だったな」
「はい。我が国は眠れる獅子であり続ける必要があります。他国から戦争を仕掛けれるのを躊躇させるためにも、国内の安定を追求すべきです」
1896年(明治三十一年) 一月六日
赤い城
「どうですか、皇帝の席は」
「父上の死亡に伴ってこの座について一年か。代わりがいれば、譲ってもかまわんが」
「確かに、ニコライ二世皇帝陛下は、皇太子時代にすでに歴代皇帝よりも露西亜に多大な貢献をしてくれました。その席に執着されないのは良いことですが。それには前提がございます」
「わかっておる、じいの一番の口癖である皇族の義務というものであろう」
「はい。まだ、戴冠式を終えておりません。皇后をお迎えいたしたものの、国外で戴冠式をおこないたいという陛下のわがままでございますが」
「ほれそこは、露仏友好の演出じゃ。シベリア鉄道が完成すればパリで戴冠式をおこなってやる」
「わかりました。その言葉に嘘がないと信じておりますぞ」
「ああ、シベリア鉄道の開通とアテネオリンピックは、我が戴冠式より先発されねばならん」
「新婚旅行でヨーロッパに戴冠のあいさつですか。いつもそのような世間を納得させるだけの思いつきが尽きぬものですな」
「後を継いでからというもの、この席に座っていると自由がきかん。少しは、はめを外してもよかろう」
「その口ぶり、皇太子時代とどう違うのですかな」
「それでよい。皇太子のような気楽な気分にならねば長続きせぬぞ」
「わかりました。よろしいですか、皇族の義務である後継者を早くつくってください。それがすまねば世間が納得いたしませぬ」
「はは、その話はまたな」
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