仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第131話

 1896年(明治三十一年) 三月六日

 ウラジオストク駅

 「サンクトペテルブルクまで総延長9947 km 。時差にして七時間」

 「ということは、露西亜の主要な時間帯は、全部で八区間か」

 「大陸横断鉄道の先輩である亜米利加が大陸で四つの標準時を使っているのを考えると、単純に二倍か」

 「緯度の関係で、そこまでは差がない。露西亜の緯度を北緯六十度、亜米利加横断鉄道の緯度を北緯四十度にすると、前者は、r cos 60°= 0.5 r。後者は、r cos 40°=0.766 r。とヨーロッパの中心をパリだとするならば、パリは北緯49度であるから、ちょうど、亜米利加横断鉄道とシベリア鉄道の中間となるから、荷物は東進もしくは西進させた後に、南北にずれることを無視してもよいのなら、両者の列車速度が同じとすれば、シベリア鉄道の方が地球を回ることに関しては、五割効率が良い」

 「というわけで、世界最長の列車の旅は、時刻表で十二日となる。パリと日本橋間が十五日」

 「対抗手段としてスエズ運河経由で四十日。日本橋から太平洋を越えて亜米利加大陸横断鉄道に乗車後、大西洋航路の旅で三十日弱」

 「前者が貨物航路。後者が客車航路とするならば、列車に搭載させることができるものならば、シベリア鉄道は競争力で競合路線をよけつけないな」

 「ただ一つの難所は、サンクトペテルブルグでの標準軌と広軌の載せ換えだ」

 「確かに、手間暇が貨物の場合三時間ほど余分にかかるが、逆にいえばこの荷受け作業のために露西亜人に多大な労働力の提供を求めており、シベリア鉄道の建設後も露西亜に多大な外貨を落とすわけで、シベリア鉄道は外貨獲得鉄道として優秀だな」

 「なにはともあれ、オリンピックを一ヶ月後に控えた今、やっとこさ完成にこぎつけたんだ。今日は飲もう」

 「俺は、自分がつるはしをふるった鉄道で一往復してくるよ」

 「問題は、往復二十四日の旅で満足させるだけの食事が出てくるかだ」

 「そこは国際列車の旅だ。世界三大料理の筆頭仏蘭西料理を食いながら戻ってくればいいさ」

 「行きの日本食はどうなのだ。仏蘭西料理の原点である露西亜料理を押しのけて採用されたのであるから、期待してよいのか?」

 「お前さんは、露西亜料理をひいきするが俺にいわせれば、露西亜料理は仏蘭西人料理長を十八世紀に招き、それに伴って露西亜料理の格は二三段向上した。それに対して仏蘭西料理に与えたものは一つしかない」

 「その一つが重要なのだ」

 「料理が冷めないように一皿ずつ出すことだけが露西亜料理の貢献なんだけどな。味には貢献していない。仏蘭西料理を完成させた人物は、墺太利から輿入れしたマリー=アントワネットであり、その原点は伊太利料理にあるから」

 「要するに、ナイフとフォークを採用した伊太利料理は、誇ってよいが、露西亜式給仕は誇ってはいかんというのか」

 「どっちも大事だけどさ。給仕と中身のどちらを重視するかで料理の対する評価は分かれるさ。俺っちはうまいものがあればいい。肩がこるまで料理の味がわからないような緊張はしたくないね」

 「だったら、日本食の旅についてこい。伝え聞くところによると、食堂車を改良して車外をみながら食事をする特等席を用意したときく」

 「その席で特別料金を取るためか?」

 「それが、日本食を食べるために仏日双方が妥協するために展望室がどうしても必要だと意見が一致したそうだ」

 「?展望室、二階建ての食堂車両か」

 「さあ、そこまではまだ噂でしかないからな」

 「よし、サンクトペテルブルクまでの旅にお前、つきあえ」

 「閑だからいいか」

 

 

 三月十日

 バイカル湖湖畔

 「ズルズル、ズーズー」

 「モグモグ、パタパタパタ」

 「いや、三日目にして麺をズルズルと音を出しながら食べるのに慣れたね」

 「そうだ。だからこそ、この展望デッキが食堂車後方につないであるのがわかったよ」

 「湖畔をみながら、片手で寿司をつかむ。こののんびりした時間こそ旅のだいご味だね」

 「手掴みで寿司を食べるのは、ヨーロッパでは十三世紀の中世に戻ることかと危惧したけれど、景色を見ながらの食事なら皿の適当な位置にまで片手を伸ばし、食べ物に触れた地点をもって手でつかみ口にまで引き戻す。肩から力が抜ける食べ方だね」

 「いやいや、温州みかんでもできるぞ。景色を見ながら、両手を使って皮を剥き、一房口に持ってくる」

 「国際列車の旅で食事に使える時間は、一日六時間を割り当ててもいいからできる贅沢だ」

 「庶民的な食事風景。これは、仏蘭西料理のように身構える必要のない所こそ、売りというところか」

 「そうはいうが、この展望デッキを用意させるために、日本人料理長は、毎日分野外の仏蘭西料理三コースを調理してそれを提供するための免許を取得しておかなければならないそうだ」

 「なるほど、基本ができているからこそ、日本料理が生きるというものか」

 「食堂車に採用された区画では、料理選手権において面前で料理し、調理の過程も審査の対象となるらしい」

 「なるほど、だから寿司を対面で調理するさまが決まっているのか」

 「日本食の売りは、シェフとの距離が最も近い料理人と客との意思の疎通がなっている所かね」

 「明日は、天麩羅というものが出てくるときいたぞ」

 「俺は、展望デッキでパタパタと焼き鳥を焼いてくれるという話を楽しみにしている」

 「サンクトペテルブルグまで退屈はしないで済みそうだ」

 

 

 四月六日

 アテネ オリンピックコロシアム

 「なんか、ガシャンガシャンと音が聞こえてきそうな入場行進だな」

 「参加国数二十か」

 「ギリシアが騎手だけ入場してからアルファベット順に各国が入場し最後に開催国であるギリシアの入場時に今日のピークをもってくる」

 「いくらなんでも古代オリンピアの故事に忠実であろうとする姿勢ばかりが目立つ」

 「ギリシアは、八年後もアテネでオリンピックを開催したいようだな」

 「どうぞどうぞ、こんなつまらん開催式なら八年後もアテネでやってくれ」

 「そ、そういうな。四年後は仏蘭西のパリでやるおかげで資金面での不足はないのだが八年後の大会は資金繰りがついていないんだぞ」

 「それは、アテネでやれば金がついてこないということかね」

 「世界中から選手が集まってくるのだから宿泊費というものだけでも馬鹿にならん」

 「しかしな、我が国も立候補するならば何か特徴というものを必要としている。何かないのか、金を出す立場の人間を説得させるだけの材料が」

 「はは、ナンというか第三回大会を開催する場所は第二回大会が終了してから決めるからいいアイデアがあれば、どしどし言ってくれ」

 「では、今日の感想をいっておく」

 「おう、是非参考にしたいから頼む」

 「も、もえない」

 「厳しい意見をありがとう」

 

 

 

 

 

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