仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第133話

 1896年(明治三十一年) 十一月十一日

 ワシントンD.C.

 シバ=リー宅

 「シバ、そろそろ、ニューヨークで市長になりたいのなら選挙活動をせねばならないだろ」

 「共和党員である自分には、まず共和党の予備選で勝つ必要があるな」

 「任期が98年の初頭からで、そのため選挙は97年の十一月で、その予備選となるとその半年前だから、のんきに雷夢を眺めている場合か」

 「いや、選挙に出るのはもう心の中で決定済み。今は、この美人画と最後の別れを偲んでいるんだ」

 「はっ、お前、金には苦労したことがない貿易商の跡取りだろう。もしかして選挙に立候補するのに親が反対だとか」

 「いや、両親の心配は36歳になっても独身の跡取りの方にな」

 「そうかそれは心配ごとが一つ減った。そういや、いつまでお前独身貴族を気取るつもりだ。独身より既婚者の方が選挙には当選しやすい。選挙のために結婚しようとする意志はあるのか」

 「まだない」

 「それでは、選挙に勝てる方針なり政策なりをきかせていただこうか」

 「まず選挙参謀は、君だ。マイケル君」

 「了解、片棒を担ごうじゃないか」

 「ついで実績だが、外務省勤務時の実績はあまり重視しない方向で」

 「なぜだ、今の外交成果はシバに負うところが大きいんだが。これを捨てるのはもったいない」

 「それを共和党の予備選でいうのも一長一短だ」

 「そうだな。現職は、97年まで任期のある民主党クリーブランドは任期途中まで不支持率が高かった」

 「それが、西班牙から植民地領を買い取った成果で支持率を盛り返しただろ」

 「で、先週におこなわれた中間選挙で与党である民主党の支持率も同様の流れさ」

 「と、共和党が中間選挙で芳しくなかった責任の一端を自分がになっているわけさ」

 「共和党のお偉いさんの前で外交官としての実績を話すのは、ご機嫌斜めになるか」

 「というより、僕の出身は西海岸で縁もゆかりもない東海岸のニューヨークで立候補する不自然さも乗り越えなくちゃならないんだぞ」

 「はあ、乗り越えなくちゃならん障壁が多すぎるぞ」

 「まあまあ、だからこそ雷夢とのしばしの別れをしているんじゃないか」

 「それが選挙に役立つのか」

 「順を追って説明するとな。最初にやることは、雷夢をメトロポリタン美術館に寄付するとともに、浮世絵別館建設費も寄付する」

 「それはそれは世間を驚かすことになるだろう」

 「ま、それが親からの援助ということになるかな」

 「無償か、それ」

 「代償は、早く孫の顔をみせてくれというものだ」

 「それは、金で買えないからな」

 「よ、名誉館長さん、かっこいい」

 「というわけで、この美人画ともしばしお別れだ」

 「浮世絵が絡む時、お前の集中力は研ぎ澄まされるからな。やる気に関しては心配いらんだろ」

 「これで、立候補に向けて動機づけ、立候補の目的も乗り越えたと」

 「でだな、美術館別館を市庁舎の隣に建設するか、市庁舎の方を美術館隣に移転するのは公約に入れてもいいか」

 「はは、余計な心配ごとを増やすな。両者間の距離は、たかだか三マイルじゃないか。歩いても一時間もかからん」

 「いや、一時間もかかるといいたい」

 「あのな、メトロポリタン美術館は私立であり、市長になったところで自由に動かせるか」

 「いや、浮世絵分館だけ市庁舎の隣に持ってくればいいから」

 「それは、市長一人のためにメトロポリタンを訪れる利用者すべてに不自由をしろというのか」

 「いや、市長権限をもって両者間で路面電車に乗れる乗車券も無料でつけよう」

 「それだったら、市庁舎とメトロポリタン間を路面電車でつなげば済む話だろ」

 「だったら、市庁舎を移転させる話はどうだ」

 「この国の市民が歴史に飢えてるのはいくらなんでも知ってるよな」

 「そうだ。歴史ある浮世絵へのあこがれ、その一端なり」

 「では、ニューヨーク市庁舎の建設はいつだったでしょう」

 「五十年代か」

 「外れだ。今世紀の12年だ」

 「それは相当無理があるな」

 「さすがに先の世紀に建造されたホワイトハウスよりは新しいが、86年に除幕された自由の女神よりは相当古い。どうしても市庁舎を動かしたければ、自由の女神を先に動かせ」

 「亜米利加の象徴を動かせときたか。一応、考えるのは自由だからな。財政難ということで、他州に売り飛ばす」

 「市民は、寄付金集めに走るとともに、市長に対しリコールを突き付けるでしょう」

 「くう。だったら、米仏間を険悪にして、過激派が自由の女神を爆破する危険が生じて、管理しやすい市役所隣に移転させる」

 「自由の女神は、リバティ島にあります。島にあることほど、管理しやすく持ち物検査等がしやすいことはありません」

 「だったら、大統領権限で移民の受け口をニューヨークから引き離し、それとともに移民の受け入れ口に自由の女神を展示しなければならないという理由で、自由の女神も引っ越しというのはどうだ」

 「そんな荒唐無稽な話を。一つわかったとことがある。いいか、三マイル離れている理由はだな。シバ、お前が市長になった時にどうしても必要な距離だ」

 「やっぱそうか」

 「そうだ・そうしないと、市長の仕事をほっぽり出して浮世絵の中にすっぽりとはまってしまいそうだからな」

 「しょうがない。市庁舎移転の話はあきらめるか」

 「それより早く、両親を安心させてやれ」

 「それがな、話が合うやつが見つからん」

 「一応探しているのだな。安心した」

 「失礼なやつだ」

 

 

 

 

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