仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第136話

 1897年(明治三十二年)六月二十日

 カフェ モンブラン

 「第一次エチオピア戦争終結から一年。エチオピア戦記を浮世絵化か」

 「主な動機はいくつか考えられるが、アフリカ分割が事実上終結したのだから、英仏両国が統治する植民地には手を出すな。出すなら、両国の緩衝地となったエチオピアにしろという暗黙の圧力かね」

 「俺は、軍需会社の圧力ととらえるが。世界の皆さん、先進帝国諸国から武器を購入しましょう。さすれば、エチオピアのように白人たる伊太利さえも跳ね返すことができますよ」

 「うーーん。それはどうだろうか。世界の独立国は、アフリカ大陸とアジアで壊滅的だからね。商売先となれば、南アメリカぐらいかね。全世界でライフル生産できない国家となれば、輸出先として三十ヵ国程度かね。うまみがない」

 「仏蘭西友好国の露西亜に対する配慮かね。清露戦争で露西亜が清に敗れたことを世界は速やかに忘れましょうという」

 「やはり、仏蘭西軍に対するいましめだろう。敵の装備を知らずに侮っていては、清仏戦争でさえ、黒旗軍を清側についてしまわれたら仏蘭西軍は大いに苦戦しただろうという教訓だろう」

 「いや、やはり、仏蘭西軍需会社の策略だろう。世界各国の皆さん、仏蘭西は此度、いくつかの要因に基づき、エチオピアに武器援助をいたしました。結果はご覧の通り、エチオピア軍が伊太利軍を退けることができました。この画期的な出来事をなした要因は、エチオピア軍が使用した仏蘭西製の武器です。近代火器を使えば、黒人でさえ白人に打ち勝つことができるのです。どうか仏蘭西製の武器をもって、欧州各国の横暴に立ち向かいませんか」

 「読み方をかえると、世界は平和です。軍需会社は武器の輸出先を探しております。どうか、わが社の武器購入を検討していただきたくありますと」

 「それよりも、この戦記が戦争終結から一年で書かれたことに対する各国の情報機関の反応が見てみたい」

 「単に、文盲が多くいる地域に浮世絵が強いという事実をもたらすだけではないか」

 「何はともあれ、世界の情報発信は仏蘭西のパリから、この事実は四半世紀の間、不動だ」

 

 

 七月十日

 とある藩 御殿

 「フィリピンの刀狩りはどうだ」

 「順調かと。武器を持ってくれば、交換に浮世絵を渡す手法は識字率の低さも問題とならず、むしろ我が藩の武器より優秀な火器も集まっております」

 「では第二弾といこう。武器と交換に鍬と鎌も渡す用意があると」

 「御意」

 「では、西班牙との間で独立戦争を仕掛けていた連中はどうだ」

 「只今、おとなしくしております。一つには我が藩の政策がどの程度現地民に受け入れられるかを見極めている最中かと。次に、仮に独立戦争の火が再点火した場合にも抑え込めるだけの兵力を現地に送っております。相手側もそれを理解しているのでしょう。現地民に不満がなければ現状兵力では勝てぬと思わせております」

 「では、西班牙との共同統治が終わるまでは問題なさそうか」

 「そうですね。ただ一つ、日本らしいことをするべきかと」

 「ほうほう、訊こう」

 「実は、日本とフィリピンとの共同統治になってからも抜け荷がはやっております」

 「手段は?」

 「夜間に手こぎ船を使ってサンゴ礁やナマコを華僑の手で清にまで密輸している模様で」

 「つまりまかり回って、それが火器の購入代金となるというのか」

 「はい。丘にある作物ならばすぐにとがめられるだろうが、海にある物ならばわかりはせんだろうという理論で」

 「いつの時代になっても、清は良き貿易相手か。鎖国時代と変わらんのう。で、どうするのか、手段はあるか」

 「上から押さえつける手段は最後に取っておきます。抜け荷よりも高額で買い取ってやる交換所を設けるしかないでしょう」

 「そうよの。庄屋階級は地元民で任せたい」

 「では知識層は、現地民を中間階級に充てる方針は堅持といたします。後、公文章ですが、しばらくの間、現地語のタガログ語とスペイン語の併記でよろしいですか」

 「それは、治安が安定するまで待てという意味か」

 「はい。十年間はそのまま引き継ぎますが、そのうち、現地語と日本語の併記に落ち着かせたくあります」

 「台湾ではそのような不便はなかったが、さすがに我が藩の者にタガログ語を学べとはいえぬわ」

 「はい。漢語ならば筆談でいかほどにも苦労がないのですが、目下、師範学校で学ばせているのは、第一外国語に仏蘭西語、ついで漢語でして、三番目にタガログ語をもってきても教師のあてがございません」

 「そうはいってもな。現地に寺子屋を建てねばなるまい。こちらも難問よのう」

 「寺子屋以外にも武装兵力にも仕事を見つけてやらねばなりません」

 「一旦、武器を持った人間にもう一度田を耕せといってもなかなか受け入れてくれぬからのう」

 「ですから、最重要課題に寺子屋とともに山師です。銅鉱山を発見して、武装兵力についている連中を鉱山で働かせねばなりません」

 「他にはあるか」

 「基本となる農業ですが、これは三分割でおこないたくあります。米の多作、バナナ、金銭作物」

 「金銭作物にはあてはあるか」

 「薩摩藩がかつて独占していたサトウキビにマニラ麻、ヤシの実等がその候補となります」

 「ヤシの実とはどういったものができるのじゃ」

 「ヤシ油から石鹸ができます。ほう、それは仏蘭西等にも輸出できるものか」

 「はい、できます」

 「魅力的な作物だが、なにか現地で問題となるようなものは?」

 「台風の一言です。この時期、台風一個が常に現地にあるような状況で」

 「地震も多いときく。まるで、関ヶ原の合戦があった時期の日本の様子そのものではないか」

 「各藩に割り当てられた島々がそれぞれ一つの藩だといたしますと、幕藩体制が成り立つ以前の戦国時代そのものかと」

 「本州といった核となる土地がなければそのようにもなるか。長い目で見るしかあるまい」

 

 

 

 

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