仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第137話

 1897年(明治三十二年)

 八月十三日

 ニューヨーク シバ=リー宅

 「また、映画フィルムを持ち出して、上映会かい」

 「いや、ニューヨークのマスコミを一手に味方につける手段を思いついたのさ」

 「共和党の予備選では、かろうじて勝利したが、敵もさるモノ、ニューヨークと並ぶ映画産業の集積地シカゴで作ったネガティヴキャンペーンに苦戦させられたからね」

 「映画の集積地であるニューヨークの動向さえ押さえていれば問題ないかと思っていたら、動画をシカゴで取り、それをぶつけてくるとは」

 「で、苦労させられたシカゴに動画でお返しをするのか」

 「いや、大元を押さえておこうと思ってね」

 「動画の大元といえば、確かにセルロイドだがどう確保するのか」

 「セルロイドの原料は、セルロースに樟脳」

 「セルロースは、紙の原料でもあるから森にいけばいくらでもある。ということは、樟脳を確保するのか」

 「そういうこと。樟脳の最大の産地は台湾。台湾は幕府領。だから、江戸幕府と交渉して独占的に樟脳を確保してきて」

 「いや、それはどうか。幕府もセルロイドにしてからなら売ってくれるかもしれないが」

 「そうか、わざわざ遠い日本から樟脳を運ばせるより、セルロイドにしてから運搬した方がよいか。そのへんは、臨機応変に任せる」

 「俺が嫌だと言ったら、喜んで行くんだろ」

 「マイケル、そりゃ勿論、十一月の本選でにっちもさっちもいかない状況でも行くぞ」

 「しょうがない。しかし、樟脳ないしセルロイドを確保しても売り手を確保しなければどうにもならない。そのへんはどうするんだい」

 「それなら問題ない。うちが西海岸を中心に貿易商をしているのを知っているだろ。だから、李貿易商の取扱品目の中に一品加えるだけでいい」

 「なるほど、それなら江戸にいってもまごつかないですむが、俺一人でか」

 「もちろん、李貿易商から一人、技術員を同行させる。そいつが買い取り金額等、妥当なところでまとめてくれるさ」

 「やれやれ、大急ぎでいってこなくては、本選に出遅れてしまう」

 「ついでに、江戸がニューヨークと友好都市縁組を結ぶ用意があるか確認してくれば一石二鳥だろ」

 「なんか、うまくまとめられた感はあるが大急ぎでいってくるさ」

 「いってらっしゃい」

 

 

 

 九月十三日

 江戸城 台湾奉行所

 「ニューヨークより参りましたマイケルと申します」

 「台湾奉行の黒崎だ。今回の来日目的をお伺いいたしましょう」

 「奉行は、セルロイドなる物をご存じで」

 「いや、初耳ですな」

 「セルロイドは、セルロースといって紙の原料となるものと硝酸カリウムから第一段階としてニトロセルロースを合成いたします」

 「ほう、では紙に類するものですかな」

 「紙のように薄っぺらいものもありますが、ニトロセルロースと樟脳とを合成することで作り手が自由に伸ばしたり丸めたりできるセルロイドを合成することができます」

 「なにやら、楽しいもののようですな」

 「ここに製品例としてフィルムを用意しました」

 「今までの話の中で台湾奉行に私に御用があるのはどういう話でしょうか」

 「実は、セルロイドを合成するために私どもは樟脳を求めてまいりました」

 「なるほど、やっと話が通じましたね。確かに楠から取れる樟脳は、台湾が世界一の産地です。日本での使い方はもっぱら防腐剤として使われてますが。ということは、楠の葉をお求めですか」

 「いえ、我々が欲しいのはあくまで樟脳でして。どうでしょう、台湾産の樟脳をここにいるリー貿易商で独占的に購入させていただけないでしょうか」

 「確かに、防腐剤として国内需要はありますが、それを上回る分につきましては単に楠の葉を蒸留すればできますので、一定量を購入予約していただければ現地の取引所で応対できるでしょう。しかし、話の流れからしますと、日本でセルロイドを製品化してセルロイドとして、輸出してもかまわないのではかと私の部下が会談前に申しておりましたが。そこのところをお話ししてもよろしいでしょうか」

 「もちろん、こちらとしてはかまいませんが。セルロイドとして製品化されたものでなければ、こちらとしては納得できません。セルロイドの品質が守られていれば、こちらとして購入する運びとなります」

 「では、少々お待ちください。だれか、羽田を呼んできなさい」

 「お待たせいたしました。これが日本製のセルロイドですが、そちらの品質基準に合格ですかな」

 「少しお待ちください。こちらの技術員に鑑定させていただきます」

 「マイケル様、この品質であればセルロイドとしてわが貿易商で取り扱いさせていただけます」

 「それは良かったのですが、このセルロイド、製造過程では問題ないのですが、少々運搬に向かないのですよ」

 「マイケル様、セルロイドを高温で保存いたしますと、一定の割合でセルロイド単品が発火いたします」

 「困りましたね。私がニューヨークからここまで一ヶ月間かかりました。その間、船なり鉄道なりで発火いたしますと、わざわざ太平洋を横断してきたかいがふいになりますね」

 「ですから、今回は樟脳として納品させていただこうかと思いますが」

 「では、そうしていただきましょう」

 「では、リー商会と樟脳の優先販売協定を結ばせていただきます」

 「ありがとうございます」

 

 

 

 

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