仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第139話

 1897年(明治三十二年)九月十五日

 江戸城 三の丸

 「老中各位におかれましては、この度、大奥より同所で働く女中たちに氏を名乗らせてやってくれと嘆願がまいっております」

 「経緯を訊こう」

 「出版事業を手掛けています大奥ですが、三千人の大世帯が一つの事業をいたしますと、熊井門左衛門が妻、菊井はるかと嫁ぐ前であった実家の名前で表記いたすものがいる他、市囲の者が大奥で働いておりますと、神田町の一(はじめ)と名乗っております平民が複数いたりと、事業の遂行の上で不便このうえないと申されまして」

 「訊いた限りだと、話は武士階級にとどまらぬようだが」

 「はい、平民の女性にも氏を設ける必要があるかと」

 「実は、戸籍を管理いたす部署からの声も上がってきております。只今、町内会単位で名主にやらせておりますが、それを代官所にあげてきますと、複数の同名がおります。この同名の中に、悪さをしたものがいますと該当者が複数存在いたしまして、捕物方も手間暇がかかってかなわんと」

 「また、多数の同名がいますせいで、悪の中には隣町で悪さをした後、罪をなすりつける者もおりまして」

 「また、鉄道機関が発達したために、藩を越えて移動することも容易になりました。ので、各藩より新規に入居したものにつきましては、名前だけではなく、氏も管理したいとあります」

 「要するに時代の要請であるから、氏を平民並びに女にも解放せよというのか」

 「はい。大奥は、働く女という女でありかつ平民を抱えておりますのでその代表として話をあげてきたと申すべきかと」

 「よかろう。反対意見はないようじゃ。名字帯刀ののうち、名字を平民にも開放するものとする。これは、鉄道の発達という時代の要請といたす」

 「ははっ」

 

 

 十月三日

 ニューヨーク市シバ=リー選挙事務所

 「ただいま」

 「おかえり、マイケル。で、どうだった、紙の道の乗り心地は」

 「船旅より快適だね。毎日、食料補給をできるからね」

 「ほうほう、で、料理はどうだったか」

 「サンクトペテルブルグ行きは、日本食を出すことになっているが、初物がたくさんあったな」

 「例えば?」

 「西洋のサンドイッチに肩を並べるといえばいいのか、鉄火巻や河童巻といった寿司も出てきた」

 「ああ、浮世絵でよく出てくる庶民の携行食か」

 「ざるに盛った天麩羅そばという麺が出てきたね」

 「なるほど、二八そばの屋台料理か」

 「決して和食にこだわるわけじゃないが、朝食に出てきたヨーグルトも絶品だったよ」

 「そうか、となると、海産物あり、東日本のそばに最終的にヨーグルトときたか。となると、最後は、舶来モノが入ってくる地となると武蔵か信州あるいは北海道となる。この列車を担当した土地は、武蔵の国だろ」

 「シバ、その通りだ。もう紙の道なぞ乗る必要はないぞ、お主」

 「何をいう。たまたま正解しただけで、うどんも食べていない。穴子もまだだぞ」

 「ま、今回、Paris、Edo、New York と三都市を結んで姉妹都市縁組を結ぶ準備をしておいた」

 「では、三都市の頭文字をとってP.E.N. 友好都市条約としておくか」

 「それぞれの都市には、三都市は芸術の分野において相互に尊重をし、友好都市縁組を結ぶこととする。三都市は、それぞれの困難に直面した際、相互扶助の精神で連携するものとする。と、友好都市条約を入れておくか」

 「そんなところだろう。江戸は、パリに向けてセルロイドの納入する準備をしていたよ。両都市間に食い込むのは並大抵のことではできないぞ。で、お土産だ。極甘口のみりんという酒だ」

 「すぐさま飲んでよいか」

 「かまわんぞ」

 「これは未知の酒だ」

 「そりゃそうだ。現在は料理酒という位置づけだからな」

 「恐るべし、奥が深すぎるぞ。浮世絵の世界」

 

 

 十二月十八日

 英吉利 情報局

 「本日の議題は、次の世紀を見据えたうえでの懸念事項です」

 「亜米利加がパナマ運河、仏蘭西がスエズ運河を確保しているがそれ以上に厄介なことかね」

 「今世紀は問題ありませんが、科学の発達次第では七つの海を確保する大英帝国を揺るがしかねない事象に格上げされるかもしれません」

 「はて、それは大英帝国と英国連邦を揺るがすことかね」

 「実は、大英帝国の植民地は、南アフリカに、インド亜大陸それに連なる東南アジアが主たる所ですが、この植民地をもってしても地政学上の偏性により算出しない鉱物資源がございます」

 「それは、東アジアに産出する樟脳かね。それともブラジルにあるゴムの木かね」

 「樟脳は、台湾だけではございません。中国大陸からも産出いたします。ゴムの木は、今世紀末、我が国の産業スパイがゴムの木の種を盗み出すことができました。目下、わが国の植民地でもゴムの木の栽培が軌道に乗ることでしょう」

 「では、それ以上に厄介なことかね」

 「今、これから議題にのぼる資源は、亜米利加、露西亜のコーカサス、ルーマニアでしか産出しないものです」

 「それぞれ、大国の支配下におかれた土地だな」

 「亜米利加はともかく、露西亜、独逸墺太利と我が国が手を出しにくい土地ばかりだ」

 「今世紀中に産出するのはこの三か所だけだと思われますが、英吉利の支配下からは産出しない鉱物は、原油です」

 「独逸で内燃機関が発明されたからな。石油の重要性はあがることはあろうが下がることはあるまい」

 「英吉利のとる方針といたしましては、英吉利領もしくは植民地領から石油の油井を掘り上げることか、上記の三カ国のうち、友好関係を維持することになるでしょう」

 「ふむ。これはすぐさま、英国連邦国家に最優先事項として通達しよう」

 「ついで、我が国の方針に立ちはだかる国家がございます。紙の道を通した仏蘭西です。かの国は、大陸横断鉄道を通して、露西亜とルーマニアから直接石油を搬送させることができます。亜米利加の石油会社も上記二か所の石油精製となりますと消費地の仏蘭西で精製所を建設することを上奏するのは時間の問題です」

 「これは難題だ」

 

 

 

 

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