仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第140話
1897年(明治三十二年)十二月十八日
英吉利 情報局
「原油とは、それほど素晴らしいものかね」
「亜米利加等で、地表ににじみ出る石油は、単なる煤を出して燃える燃料という位置づけでした」
「それが亜米利加で自噴井でなく、地下からくみ取る油井を組み立てたことから、亜米利加が石油産業で最先端を走っています」
「ロックフェラーが立ち上げたスタンダード石油は、独占禁止法に触れて解体されたが、石油精製業は亜米利加が独占的だ」
「コーカサスとルーマニアでも亜米利加で発明された石油精製業並びに採掘技術が使われているな」
「亜米利加人にしてみれば、両国で石油精製をするくらいならば、消費地の仏蘭西ないしは独逸で石油精製をした方が効率的だと考えそうだな」
「亜米利加ではやっているパイプラインは、国境を超える難問が待ち構えていますから、パイプを張り巡らせるわけにはいかないでしょうが」
「よし、まず石油の現状を報告してくれ」
「はい。今世紀半ばまで世界各国は捕鯨に熱を出していました」
「鯨油だけを狙って、鯨一頭のうち利用する部位は全体の二割ほどだったが」
「最近、評価をあげているシベリア鉄道では、食べ物として出てくるそうです。極東や北欧だと食物を得る手段として二十世紀も捕鯨をするでしょうが、欧米各国は、鯨油を使ったガス灯から石油から精製したアルコールへと変換しました」
「エジソンが発熱電灯を発明して、ガス灯需要は一気にしぼんだがね」
「しかし、独逸で内燃機関が発明されますと石油はアルコールを精製するだけにあったものから、内燃機関で使われる燃料として廃棄物であったガソリンを使用するようになるとの予測がたっております」
「しかし、私がきいたところによると、ガソリンの比率は高品質の原油でも二割だときいている。六割がた捨てる残渣に脅威を感じないのだがね」
「実は、内燃機関もガソリン機関のみであれば、七つの海を支配する英吉利に与える影響も小さくなりそうなのですが、使用される燃料を選ばないディーゼル機関という新しい内燃機関の原理が今年の八月、実用化されました。独逸内のことです」
「その話かたであれば、ディーゼル機関というものは石油の残渣からでも発動するように聞こえるのだが」
「はい、この機関は油というものはすべてといってよいくらい利用できます。植物油、動物油でもかまいません。要は、爆発する場所まで管を通って移動できればかまわないのです。どうしようもなく粘っこいもの以外、油というものはすべてこの機関で使用可能です」
「それは、どのような影響を与えるのかね」
「五年後、世界中を走る船舶は、現在の石炭を燃料にしている船から、ディーゼル機関で走る船舶に順次、交代してゆくでしょう。いえ、蒸気機関からディーゼル機関に置き換えて、新しい船舶といて活躍するようになるでしょう」
「性能面ではどうなのだね」
「理論上、蒸気機関の速度の二倍まで船舶速度があがるものかと」
「なんと、世界中の無煙炭を押さえている英吉利の利点がなくなるではないか」
「はい、最大の懸念はそこです。無煙炭は、英吉利海軍が持つ最大の利点です。敵が無煙炭を用意できなければ、それだけで英吉利は有利に立つことができました」
「無煙炭は、艦隊を組む時も視界を妨げません。英吉利海軍の錬度が高い理由の一つになっています」
「前方を炭煤で妨害されれば、満足な艦隊行動をとることもできず、迂回行動をとるのも困難になるからな」
「それ以前に、黒煙を巻き上げている艦隊は敵に早期発見をされます。侵攻側では、その不利はあまり余ってしまいます」
「対策は?」
「我が国の領土並びに植民地で石油の採掘可能地を発見することです」
「忌々しい。英吉利、インド亜大陸、オセアニア、アフリカ南部、東南アジアでなぜ石油が出ないのだ」
「石炭が出るからでしょう。石炭と石油が取れる土地はほとんど重ならないときいております」
「もちろん、内燃機関の研究に対し政府からも補助金を出させます」
「内側はそれでよい。石油精製で最先端をゆく亜米利加に対し、スパイ活動をせよ」
「生ぬるい。ニューヨーク市長というカードを切れ」
「石油精製にどうからめるのですか」
「清教徒を中心に禁酒法をロビー活動させる」
「これは、石油精製業界の支持も得られそうですね。植物からアルコールが作れなくなるのでしたら、燃料という燃料はすべて石油から作ることになりますから」
「で、折よく禁酒法が成立したあかつきには、一人のニューヨーク市長が反乱をおこす。ニューヨークは禁酒法の治外法権だとして」
「となりますと、ニューヨーク市対全米」
「いや、宗教関係者と石油業界対酒造組合と観光業といった構図ができる」
「我々としては、亜米利加がバラバラになって混乱してくれるだけでよい」
「治安が乱れれば、亜米利加国内でのスパイ活動も容易になるでしょう」
「全てが操られているとわかりあえている者は我らだけでよい」
「では、早速手はずを整えます」
1898年(明治三十三年)一月一日
日本橋 告示
この度、平民も名字を名乗り、名主までその名字を届けよ
幕府
一月十日
ニューヨーク シバ=リー宅
「市長就任まで後十日か。選挙戦は、掛け足だったな」
「それよりもワシントンがきな臭い。市長就任とともに禁酒法が成立しそうだ」
「そんなバカなことがあるか。ニューヨークは観光都市。禁酒法が成立なんてしてみろ、ホテル、飲食店、酒造会社、バーが軒並み倒産だろ」
「全勤労者の一割が失業という憂き目をみそうだな」
「大変な時に市長就任だ。いっそのこと退職するか」
「馬鹿を言え。全ての市民に充実した生活を。それが俺のモットーだ」
「やれやれ、戦う市長の誕生か」
「敵は、メソジストか」
「それが敵の本陣かな」
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