仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第141話
1898年(明治三十三年) 一月十九日
ニューヨーク シバ=リー宅
「で、現在、禁酒法が制定されている州は、いくつあるんだ」
「中西部等にいくつかある。元々、宗教の戒律で飲酒を禁じているキリスト教の宗派が優勢なところだ」
「モルモン教が実質上、州の宗教となっているユタ州がその筆頭だね」
「汝、アルコールを摂取すべからず」
「コーヒーと煙草もそうだが」
「うは、自分とこの州だけでやってくれ。ニューヨークはいい迷惑だ」
「なんせ、州になったのが96年でね。加盟するとともに、禁酒運動活動の筆頭だよ」
「で、支持者はどんな奴が多いの」
「議員さんは、禁酒法賛成者と反対者の両方に支持を得たいから、旗色を鮮明にしないね。支持団体としては、ソフトドリンクメーカーに、飲酒後暴力を受けた弱者を保護する婦人団体といったところかね」
「嘆かわしいね。コーラが敵に回るとは」
「で、その禁酒法案が連邦議会に提出されるのが、一月二十五日。上下院で採決されるのが二月十四日」
「汝、酒より愛を取るべきと教会で布教されそうだな」
「で、法案を審議される議員たちは、この法案にたいしてどうされるのかね」
「酒造メーカーを抱えている州と酒が手を離せない議員以外は、この法案に賛成する見込みだとか。賛成が六割を越えるとのことだ」
「俺たちがしておくことは」
「法案が通過する前にすることは何もない」
「賛成が六割ということで、大統領の拒否権発動に期待しようではないか」
「大統領の拒否権に乾杯」
一月二十日
ニューヨーク市役所
「市長、初登庁、おめでとうございます」
「ありがとう。では、早速、市長室に案内させてもらおう」
「シバ=リー市長、新聞社を代表して一つ質問させてください」
「どうぞ」
「市長は、禁酒法に賛成ですか」
「反対だね」
「理由をお聞きしてもよろしいですか」
「私のモットーは、『全ての人に充実した生活を』を掲げている。禁酒法が及ぼす影響は様々なものがあるが、建国以来開業してきた酒造会社に倒産してくれと君は言うのかね」
「しかし、亜米利加に移民してきた人々は、清教徒として清く正しいキリスト教徒として新天地を目指してきたはずです。その中には、堕落した神父をみたくないというものがあったはずです」
「なるほど、それはメイフラワー号以来の歴史を持つプロテスタントとして、後からしゃしゃり出てきたカトリック教徒が酒にだらしないといいたのですかな」
「はい」
「しかし、市長として言わせていただくのならば、他人に迷惑をかけていないのであれば、個人の自由を尊重するのが亜米利加人としての正しい立場と認識しています」
「では、過度の酒に酔って暴力を受けた婦人は、酒が悪いのではなくあくまで暴力振るった夫が悪いと市長はおっしゃるので」
「そうなります。暴力を受けているのであれば、それを訴えればよろしい」
「しかし、禁酒法さえ成立すればそのような不幸な婦人方は、未然に防がれるのではないでしょうか」
「話を元に戻しましょう。禁酒法が制定されますとニューヨークでも多数の失業者が出ます。失業した夫は、暴力のはけ口を妻に求めないでしょうか。働けない不満を暴力に訴えるという方法で解決するのではないでしょうか。私は、禁酒法は百害あって一利なしという立場で臨みます」
「市長、インタヴューにお答えしてくれてありがとうございました」
「いえいえ、当然の義務だよ」
一月二十一日
ニューヨーク市長公邸
新聞朝刊
ニューヨーク市長、禁酒法に反対の立場を明確にする
「禁酒法に反対する立場を明確にした市長には、禁酒法に反対する神輿に祭り上げられるか」
「新聞の続きには、禁酒法が成立することで最も被害が大きいのはニューヨーク市長になるだろうとの続報も入れられているな」
「今日は、市長あてに抗議の電話がさばききれないほど、市庁舎にかかってくるだろうな」
「なあ、もし、禁酒法が成立したらそれに賛成したコーラも市庁舎から排除した方がいいか、マイケル」
「やめとこう。コーラをつくっている工員に罪はない」
「それよりも市長を擁護する電話はかかってこないのか」
「議員が日和見だからね。積極的な支持は集まらないだろうな。なんせ、禁酒法に反対する者は、敬虔なキリスト教徒ではないとレッテルを張る方法を宗教関係者はとるようだしね。尤も、酒造関係者は君の味方だよ」
「ほうほう。市の面積は、単純にいえば縦横三十キロメートルの正方形になるのだが、そのような土地に酒造メーカーはあったかね」
「確かに、人口稠密地では期待は薄いな」
「とりあえず、市議会にパリと江戸及びニューヨークで相互友好都市条約を通過させよう」
「反対する者はいないから、それは通るだろうね」
二月十日
ニューヨーク市議会
「ここに、パリと江戸及びニューヨークを結んで相互友好都市条約を締結することを市議会として承認いたします。これは、各都市の頭文字をとって、P.E.N.友好都市条約として発効させていただきます。それぞれの都市は、芸術分野において互いに文化を尊重し、互いにふそくな事態が発生した際には、相互に助け合うものとする」
二月二十五日
朝刊
大統領拒否権を発動するものの上下院は三分の二以上の賛成をもって、禁酒法案は再可決により成立した。各州がこの憲法を修正したことを批准するまでに一年がかかるものと思われる。よって、この禁酒法案が効力を持つのは、さらに一年が必要であり、1900年初頭からの見込みである。この法案の中身は、
飲料用アルコールの製造、販売、運搬等が禁止する。これには同製品の輸出入も含まれる
例外規定
自宅内での飲酒は合法。自家製酒の製造も合法。治療のための飲酒は認められる
これを推進した団体は、飲酒がもたらす犯罪が大きく減少することで、亜米利加国内での犯罪が減少することを法案の趣旨としている
ニューヨーク市長公邸
「ついに禁酒法案が成立か」
「拒否権も及ばずとは、世の中、それほどまでに宗教票が強いかね」
「十字軍を編成したことないプロテスタントにしてみれば、現代の十戒というものもいるよ」
「ま、禁酒法に反対する立場の先鋒に立つものとして、その対策は?」
「宗教色が強いうちは駄目だな。猶予期間のうちにすることは楽しいことだよ」
「はて、大きい葡萄園と大きいワイン蔵でも建てるか」
「そんな土地は、ニューヨークにはない。日本食の普及をはかる」
「確かにうまいものだ。はやるだろう。シベリア鉄道ではやっているという噂を流せば、はやり物の好きなニューヨーク子は飛びつくだろう」
「名目としては、P.E.N.友好都市条約を批准した効果をお披露目することにすればいいだろ」
「もしかして、その直接交渉をするために江戸にいきたいのか」
「行くさ。ちょっと頼みたいこともあるからな」
「夏休みにいけよ」
「それは我慢しよう。けれど、手紙を出すからな、ニューヨークで日本食を出しませんかというお誘いの手紙を」
「その手紙は、江戸市長の手で配布してもらえよ」
「しょうがない。そこも妥協しよう。ただし、行き帰り、紙の道を使うからな」
「ほうほう。どんな名目で」
「それは、江戸にだけいくのは、パリに失礼でしょう。両都市にいかねば、いらぬ疑いがかかるから」
「悪知恵だけは働くな」
七月十九日
パリ 富嶽三十六景美術館
「本日は、P.E.N.友好都市条約の締結に尽力されたシバ=リーニューヨーク市長を迎えての晩さん会です。何と、彼は仏蘭西と亜米利加との間でパナマ運河の売却を成功させるためにパリを訪れたこともあり、外交実績は十分。両都市間の友好はさらに高まるでしょう」
「シバ=リーです。本日は、仏蘭西ワインの飲み納めのためにパリに来ました。知ってる方もいるでしょうが、亜米利加は、00年より禁酒法が施行されます。そうなりますと、毎年、パリにまで旅行して仏蘭西ワインを購入しなければならなくなるでしょう。しかも一年分を購入しなければなりません。どうか本日は、秘蔵の産地をお教えください。伊太利産なぞに浮気をさせないように」
「「「ははは」」」
七月二十一日
サンクトペテルブルグ駅
「長かったな。シバのお眼鏡にかなう女性が現れるとは」
「うん。富嶽三十六景美術館でであったアニーには一目ぼれしてしまった」
「ま、これでご両親を安心させられるだろう」
「しかし、亜米利加は家庭菜園の業者に仕事が殺到してうれしい悲鳴をあげているのか」
「今年中に自家製葡萄園をつくらないと、来年の葡萄を収穫ができないわけで、再来年まで待っている間に、禁酒法が発令してしまうからね」
「相当無理があるだろ。いくら挿し木で生長する葡萄の木も生長するまでに六年はかかるだろ」
「つまり、自家菜園を収穫できるまでちょうど、ワインを寝かせる年月で、ワイン蔵には六年分の貯蔵施設が必要だな」
「この法は相当荒いな。もし、シカゴに住んでいたら、週末はカナダのロンドン市に遊びに行くよ」
「そうだな。カナダで酒を仕入れて一週間暮せばいい」
「シカゴの酒造メーカーもカナダ領に工場を建設するだろう」
「駄目だろ、禁酒法。技術を持つ人間がいなくなる
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